満目蕭条ノ眼。それを僕は……
満目蕭条ノ眼。
それは、思いつく限りの未来を具現化、手繰り寄せる事が出来る、僕の能力。
今まで、結構使って来たけど……。
これを『使命』の為に使うのは、この世界では初めてだ。
しかも本気で、殺しの為に使うのは。
僕は歩み続ける。
正面の敵達を見つめて。
かなり、憤怒気味の表情を向け。
後ろで、剣を地面に刺す様な音が聞こえ、瞬間。
……因果の鎧が僕の体を覆い尽くした。
バチバチ、と。
まあ、そんなに分厚い鎧でもないけど。
これは、鉄の甲冑の様な防御目的の鎧じゃない。
だから、赤い稲妻は体に薄く貼られるだけで終わる。
……さて。
さっき、この鎧は防御目的じゃないと言ったね。
そう。この鎧は。
ーーこの身に降りかかる因果を全て弾くのだ。
以前、僕等は古代兵器の事象操作により、能力を封じられた。
だが、そんな事はもう関係なくなった。
鎧は、僕の能力が封じられている、という因果を弾いたのだ。
この因果の鎧は外からの因果を防ぎ、内からの能力は通す。
……つまり。
「【『未来視』】これで完封する」
僕の左眼が淡く光る。
「因果の鎧だと!?不味いッ!?」
人型邪龍が何か騒いでいるが。
「……ふん」
僕は手を振り払った。
……誰の目から見ても、僕の手は空を割いただけに見えるよね?
でも、僕の左眼からすれば……違う。
僕の眼は、人型邪龍の無力化を視た。
だから。
「ぐあ……ッ!!?」
人型邪龍の翼は消失し、地面に跪かせる。
彼の能力の銀も地面に落ち。
魔力も、事象操作も。
全て、彼は発動できない状態になった。
間も置かずに。
僕は左手を突いた。
空を突いたその手は『人型邪龍の心臓を破壊する』と言う未来を視た。
だから、案の定。
「うッ!!!」
僕は手を汚す事なく、人型邪龍を屠った。
大量の血飛沫を上げ、漸く地面に伏す邪龍。
「相棒ッ!」
叫びを上げる魔人君。
案ずるな。君も送ってあげる。
僕の淡く光る左眼。
それは、魔人君を刺す様だった。
「くうッ……クソがァ!!」
相棒への弔いの様に、魔人君は撃った。
以前、僕へ放った数百発の弾丸の雨と同様の物だ。
それら全ては、彼の牛の角を生やした覚醒モードによって、威力を底上げされている。
……だが、僕にとっては負け犬の遠吠えにしか見えない。
だから、僕は腕を払った。
蝿を打ち落とす様に。
僕は弱小の存在として、轟音を上げる弾丸が……『消失』するのを見届けた。
満目蕭条ノ眼。わかるでしょ?
「はァ!?」
それを見て怒りの声を叫ぶ魔人。
「……」
同時に、その圧倒的な実力差をひしひしと感じる戦闘を傍観するガレーシャ達。
それを背に、僕は三連続で手を振り払った。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、と。
空を割く手は、其々違う未来を見据えている。
一。
闘争心が消失する未来。
二。
足が斬られ、死ぬまで永遠に跪く未来。
三。
命乞いをせず、僕の刃の前に殺される未来。
ーーそれが、一気に魔人の体に襲いかかる。
「がはッ!!?」
魔人は跪く。
醜く、足から出血しながら。
見下していた魔族達と同じく、闘争心を消され。
牛の角も、それに伴ってもう既に引っ込み。
命乞いもせず、ただ死を待ち焦がれる人形になって。
「おいおい、マジかよ……」
死を悟った魔族として、魔人君は僕を見つめる。
「有難う。僕が定めた運命の手駒になってくれて」
これは皮肉だ。
僕は忠節無心を剣へと変え、彼の首筋に当てる。
慈悲も、暇も与えない僕に、魔人君は安堵する様に目を閉じ。
少し笑いながら呟いた。
「まあ。良いさ……任を果たせたし。お前殺されても文句言えんからな……だがこれだけは言える」
魔人君は瞼を開け、いつもの様に薄ら笑いを浮かべながら、
「最悪だったが、お前らの仲間になってた頃はまあ……楽しませて貰ったよ」
聞き遂げた僕。
最期を悟った醜い戯言だとは思うけど、僕はあえて応えてあげることにした。
「同情はしない。感化も出来ない。だから……」
僕は深く息を吸い込み。
「……魔人君。君をフィルフィナーズの敵と判断する。だから、僕の【使命】の為に……」
僕は剣に力を込めた。
未来のままに。
……そして。
『死んでくれ』
ーー僕の左眼の淡い光に、赤い血潮が飛び散った。
♦︎
横には、体とお別れになった魔人君の頭が転がっている。
瞼は安堵したように閉じている。
少なくとも、彼の……彼等の思惑に、僕等はハマったんだ。
実際、僕達を閉じ込めていた結界は無くなっている。
だから分かる。
本当に、ここの魔族達は全員……死んでしまっているって。
……怒りはある。
後悔も、勿論ある。
あの時こうしていれば。
あの時をどうすれば、こんな結末にならなかったか。
……救いの無い希望的観測だよ。
僕の能力、満目蕭条ノ眼で、魔族達が生き返る未来だって望める。
だけど、それは僕の生き方が、信念が、許さない。
分かってるんだ。これが意味の無いものだって。
僕は、そんな経験を積み過ぎてしまった。
だから、次第に分かってしまうんだ。
僕の身の内に盛り上がるのは怒り。
だけど、それは魔人達に向けてじゃ無い。
僕が一番起こっているのは……。
「ユト……大じょ、ぶ……?」
モイラ達は絶句する。
何故なら。
振り返る僕の顔には、涙が流れていたからだ。
……そう。
僕が怒っているのは魔族達を救えなかった……。
ーー『僕』自身なんだよ。
♦︎
僕は涙を吹く。
そして、血が滴る地面を下に、僕は二人に言った。
「……ああ、済まないね。ちょっと取り乱した」
「え……あ、ま……無理しなくても大丈夫ですよ」
「ありがと」
それに、ぎこちなさを醸し出しながらも心配してくれるガレーシャ。
本当に、君は優しいね。
だけど、ちょっとまだする事があるんだ。
「……でも、まだやる事が残ってる」
「……?何かやり残した事あったけ?」
反応するモイラ。
……君くらいには、気付いてて貰いたかったよ。
はあ……と僕は心の中で溜息を吐く。
でも、場を和ませてくれたのはありがたいので、僕は説明してあげた。
「完全に、外世界から見ると、この街はオーパーツものだ。だから破壊しなくてはならない」
……そうなんだ。
ここは残しておきたいけど、余りにも技術が発展し過ぎてる。
だから、壊す必要がある。
ボロボロに。跡形も残さず。
この魔族街に干渉し、ここの調停者を倒した以上、それはやり遂げねばならない。
……魔族達に墓を作ってやれないのが、やはり癪だけどね。




