傲慢は過程、油断は結果
「……邪龍君が残していったあの日記。あれは、非常に伝導性の高い魔力で形作られていた」
僕は説明の片手間に、人型邪龍君の顔色を伺ってみた。
「……!」
すると、邪龍君は悟った様に顔色を曇らせていた。
まるで、何か失態を犯してしまった様に。
彼の漆黒の羽毛が、焦りとともに揺らぐ。
僕はそれを踏まえ、続きを言った。
「つまり、簡単に日記の一部を改変できるって事。メモやキャンパスの様に、後も残さず、中の情報を改変できる」
「……それに、何の意味がある?」
すると、今まで完全に空気だったラット君が聞いてきた。
横のモイラもそれに頷き、同意見である、と主張した。
……確かに、これだけじゃ分からないか。
僕は、少し薄笑いを浮かべながら言い放った。
「……あの日記の更新頻度は、かなり間隔が空いていた……。つまり、その中に『消された情報』があっても、見た本人は何ら不思議に思わない。そうだよね、人型邪龍君?」
魔力伝導性が高い物質は、文字通り魔力を伝えやすい物質。
変に爆発性の魔力などを注げば、瞬時に爆発するなど、扱い辛い一面もある。
……が、それは同時に、物質を改変する魔力を流し込めば、簡単に物質情報の改変を行うことが出来る、と言う事にもなる。
ここで振り返ろう。
人型邪龍著者の、あの日記だ。
あの邪龍日記は、著しい程更新頻度が遅かった。
……一気に数十年飛んでたりね。
そして、それについてこう記述されていた。
『必要な時にだけ記す』と。
その言葉の通り、本当に重要な所だけしか、邪龍君は書いていなかった。
有言実行もいい所だけど、そうなると疑問が生まれるんだ。
『花の魔人が倒された事も知っていたのに、何故遺跡が外界に露出した事を記さない?』と言う疑問が。
そうなんだよ。
あの日記を見る限り、邪龍君は侵入者の僕達の行動をかなり細かく記述していた。
ストーカーかよ、とか思うくらいにね。
そんな繊細さを持つ邪龍君が、遺跡が外界に露出した事を知らない筈がない。
ちゃんと古代遺跡の状況から、地中深くに埋まっていた、と言うことも裏付けたし。
ましてや、日記に記述しない筈がない。
……確かに、本当に知らなかった、と言うこともあるかもしれない。
けど。けどね。
そんな繊細な魔族が、この空間をずっと監視し続けるのもあり得ない話なんだ。
……人型邪龍君は、必要な時にしか現れなかった。
いつだって油断せず、冷酷で効率を求める様な発言もしていた。
ガレーシャを人質に取ったのも、僕とモイラを動けない様にして、安全に、効率良く全員抹殺する為だったし。
そんな魔族が、監視員をずっと永い間配備し続ける、というのも無理ある話だ。
やるのであれば、その時、その場だけ。
必要な時だけで良い。
それが、効率を優先し繊細な、人型邪龍という生き物なんだから。
ここからは逆算になるけど……。
多分人型邪龍君は、恐らく古代遺跡が外界に露出した事を知り、その事を日記にて記述。
だが、僕達に証拠を見られない様に、その記述した部分を削除した……。
多分、そう言うことなんだろう。
ーーそう思い、僕は人型邪龍君の顔を見た。
「……」
僕の舐める様な視線が刺さり、彼は失意の表情を垣間見せる。
合ってたみたい。
そろそろ……人型邪龍君の鉄面皮も剥がれてきたか。
未だ屈しない所は、褒め称えるべきかな。
……続け、僕は委細かまわず話を進行させる。
「事の裏付けも済んでいる……君の前で、日記を燃やす事で……いや。日記に超微量の炎の魔力を注ぐ事でね」
瞬間、人型邪龍君は「ハッ……」と思い出し始めた。
やっと気付いたか。
『あの時』の伏線を。
そう。あの時だ。
僕達が、人型邪龍君と社長室で相対した時。
僕が日記を燃やし、次の話に移行する時。
そう。あの時、僕は日記を意味無しに燃やした訳じゃない。
そもそも、僕は小さくても証拠だった物を、その場で投げ捨てる人物じゃない。
やるのであれば、こう言った『利用出来る証拠に変える』こと。
つまり、邪龍への罠に仕立て上げるんだよ。
普通なら、魔法無しに燃え尽きる事のない日記を、彼の目の前で処分することによって油断を誘う。
日記にあった小さな情報を、情報ごと処分する事によって、それに気付かせず安心させる。
そうする事によって、邪龍君の思考から『日記』というワードを消失させる事が出来る。
炎魔法を使わずにただの炎属性を持つ微量な魔力で燃やしたのは、彼を試したかったから。
この日記が『かなり魔力伝導性が高く、ほんの少しの炎魔力を流しただけで、魔法を同じ様に燃え盛る』物質だった、という事を気付かせる為に。
多分この日記は元々、いつでも簡単に処分出来る様に、魔力伝導性を高められた物質として作られたんだろう。
だが、彼はその事に気付けなかった。
僕のした行動の真意を知ろうとせず、その過ち……その傲慢の所為で足をすくわれたんだ。
せっかくチャンスと、考える時間をあげたのに、見逃しちゃって……。
日記を燃やしたのが魔法かそうじゃないかなんて、見なくても分かる事だと言うのに。
……本当に勉強不足だね。
「……あの行動はそういう事だったか……もう既に、貴方はあの時に確信されていたんですね」
空元気を浮かべ、薄い余裕を見せる人型邪龍。
背後から、モイラの「そういう事だったのね!」とか言う声を背に、僕は言う。
「傲慢は過程で、油断は結果。君は確かに油断はしなかったけど、過程を突き詰めることはしなかった。僕はそれに気付いた。そこが敗因だよ」
「……不覚を取ってしまったか……私らしくもない」
自虐を重ね、人型邪龍は自分に憤怒した。
そうやって、この子は成長していくのだろう。
……負けが人を成長させると言うが、本当にそうだろうか。
まあ、いいか。
そんな『負け』なんて感情、僕は忘れてしまった。
ーー僕は仕切り直すように、一度深く深呼吸し、言った。
「……でも、まだ終わってないよ。『終幕』が」
「……」
人型邪龍君は、思い出したかの様に目を曇らせた。
そう。まだ。
ーーまだ、分かってないことがある。




