地に伏す邪龍。それは因果に囚われ……
「転移魔法ですか……想定外だったな」
「私だって、人質になって終わる人間じゃありません!」
「取るに足らない人間風情が、よくもまあ吠えてられるな」
売り言葉に、買い言葉。
以前人質を経験したガレーシャが、邪龍と相対する。
ある意味の因縁を背負ったガレーシャは、二人の尖兵を背に謳う。
「良く吠える犬でも、負け犬になるかどうかは……分かりませんよ」
上手く言葉を切り返したガレーシャ。
雑言を糧に、彼女は創る。
『炎水蒸発魔法』
ただの目眩ましだ。
だがその魔法は、空を仰ぐ人型邪龍を一瞬で飲み込んだ。
「私を霧に包み、視界を奪う気ですか……」
山中に揺らぎ、人を迷わせる死霧の様に。
たった一刻で。
それに、人型邪龍は銀を操作して振り払おうとしたが……。
「……こんな物、私の眷属で……ッ!?使えない!?」
……動かなかった。
今まで疲れ知らずだった銀が、全くもって動かない。
銀は空中に留まるのみで、以前どんな命令を下しても……動かない。
……不動。
そう思える程に、動きというものを忘れた眷属。
その体表には、赤い稲妻が静かに走っていた。
「まさか……ッ!?まずい!」
だがそれについて論議している暇は、邪龍には無い。
それは閃光の様に。
二人の尖兵。
それは、霧内にて出ずる。
邪龍は、光の如き速度で接近する僕達を追い切れず。
「……遅い」
「がは……ッ!!」
僕とモイラの剣撃によって、撃ち落とされる。
霧が晴れる頃には、既に邪龍は両翼をもがれ。
ドサ。
行く気なくした雌鶏の様に、邪龍は地に叩きつけられた。
彼が居たはずの空には、創造神と僕が滞在する。
立場逆転、と言うべきかな。
そして、翼をもがれた哀れな邪龍は、屈辱と共に呟いた。
「私が眷属を盾にして、青い光の筋を防いだ時……創造神様の因果の枷を眷属に付与されたという事か……不覚を取った」
悔しそうに、もがれた両翼をさする人型邪龍君。
喪失感を味わっている邪龍に、モイラは得意げに語りかける。
「どう?私とユトの連携技は」
すると、邪龍は逆に怪しく笑い。
「ああ、確かに効いたが……これくらいでは、私は折れない」
瞬間。邪龍は。
その圧倒的なまでの魔力を以って、両翼の再生を行い始めた。
「何ですかこの魔力の塊は……ッ!」
ガレーシャは、その異常なまでの魔力量に仰け反った。
黒い魔力の渦。
それは邪龍を中心に、世界を狂わしていく。
まるで、世界に上げる悪の号砲の様に。
空間が、邪龍の邪な魔力に汚染されていく。
世界の理を真っ向から破れそうな程の、強大で膨大な魔力。
邪龍はそれの魔力を全て、両翼の再生の為に使った。
……だが、それでも。
「……ッ!?何故再生しないッ!」
耳鳴りが起こるほどの魔力空間が出来ようとも……依然、両翼の再生が始まる事は無かった。
再生に注がれた魔力は即刻霧散し、醜くもがれた両翼の再生を促す事を拒んだ。
まるで、何かに遮られているかの様に。
ただ両翼には『赤い稲妻』が走るのみだった。
……その稲妻は、いずれ邪龍の魔力の流れすらも止める。
理解できない、と慌てふためく人型邪龍を前に、僕は煽る様に説明した。
「君が銀でビームを防いだ時、防げなかった物があったでしょ?」
すると、邪龍はハッと思い出す様に目を泳がせた。
(あの左翼……)
「だが、かすっただけだぞ!?」
創造神は笑う。
「……それで充分なんだよ。創造神、モイラさんにはね」
邪龍の困惑に、モイラは不敵の表情で介入した。
その手には、静かに赤い稲妻が走り。
只々、邪龍の醜い姿を笑っている様だった。
「……くっ」
ギリギリ、と歯ぎしりしながら、邪龍は察した。
あれは超常を超えた、本物の因果の操作だと。
モイラの持つ因果剣には、それが出来ると。
因果の、赤い稲妻。
邪龍は知っていた。
……いや、知っていたからこそ、その御技を理解出来なかった。
どこまで出来るのか。
どこまで因果を、現実を操作出来るのかと。
人型邪龍という老練な魔族だとしても、その本質を理解するには莫大な時間が伴う。
つまり、勉強不足だったと言うわけだ。
残念だったね、邪龍君。
そして……悔しそうな邪龍君に言っておくけど。
……一対一の戦いなら、モイラは僕より強い。
「ちゃんと力関係を学ぶべきだったね……邪龍君。モイラは馬鹿でも、やる時はやるんだよ」
「……」
顔を曇らせる邪龍君。
完全に戦意喪失してそうな顔だったので、僕は告げた。
「じゃさ。答え合わせしようよ……『全て』を」




