まさに外道
敵の背中が、再度見えてきた。
正直、情報が無くなって困った所だったんだ。
相手側から尻尾を振って来てくれるのは、非常に有難い。
僕とガレーシャは見つめ合い、敵の背中を再び見つけた事に笑顔で相槌を交わす。
「まあ、人型邪龍ってのはよく分からんが……一人だけ、この事件を生き残っているかもしれない人物がいる」
ラット君は新しい書類をテーブルの上へ張り出した。
その書類には、あるデカデカと顔写真が貼られていた。
ラット君の様に、ネズミの魔族だ。
……いや、亜人だ。
「この女性は?」
すらっとした顔付きに、僕は女性らしさを感じたのでラット君に聞いた。
「デリアン・アリエット。イエロウズ・タワーを立てたアリエット社、社長の令嬢だ……社長室にて血痕を残したまま、どこかへ消えたと見られる」
「犯人に怪我を負わせられた、と言うことか……」
僕は頭の中で現場の状況を再現しながら呟いた。
「そう。しかもその血は真新しく、他の社長などの人物は銃殺されていたのに対し、アリエットだけは居なかった」
「つまり、生きている可能性が高いって事ね……」
「……探しましょう。デリアンさんを」
「……だね。ラット君、引き続き調査を頼む」
「了解」
僕はガレーシャの言葉と共に本腰を入れた。
ラット君が張り切って部屋を出て行ったのを見届けて、僕は意気込む。
「じゃあ、やるよ」
♦︎
僕達は、結構本気で情報収集した。
社長令嬢の目撃情報を集めるのもそうだけど、それを多分殺そうとしている人物についても聞き込みしている。
だって、イエロウズ・タワーという街の象徴とも言える建造物を立てた企業の社長を殺害したんだ。
本当は人型邪龍君達が立てたものだとしても、その功績は国民から讃えられる筈だ。
そんな功績と人望を持つ社長が殺されたんだ。しかも従業員ごと。
それほどまでに目立つ行動が出来るのは、なんらかの強大な力を持つ企業か何かが後ろ盾になっているかもしれない。
だから僕達は住民達に聞いてみたよ。『アリエット社と並ぶ大企業は居ないか』と。
そして、帰って来たのは満場一致で。
「ああ、それなら知ってるよ。『ローズ社』だろ?」
「ローズ社?」
僕達がそのまま聞き返すと、全員がこう答えた。
アリエット社が街の象徴を作る企業なら、ローズ社は街を作る企業だと。
さらに聞くと、ローズ社は結構闇の深そうな企業だった。
ローズ社は主に、街全体に巨大配膳機械を張り巡らせる事業を行なっている様だ。
巨大配膳機械というのは、以前ラット君に紹介された、物資が何処からか届いてくる機械の事ね。
それを町中に張り巡らせ、物流網を組んでいるそうなんだ。
……明らかおかしいよね。
だって、巨大配膳機械とは、見る限り人為的に作れる様な機械じゃない。
天を突く様な機械を、足場もないのにどうやって作るんだか。
そこらへんを聞くと「空から降ってくるんだ」とか住民達は答えてきた。
……は?だよ。まじは。
どこぞの「バルス」して「目がぁぁぁ」ってなる作品じゃないんだから。
これじゃまるで、ローズ社がこの空間を操れるみたいじゃないか。
……まあ、一旦落ちつこう。
これで分かったよ。
『ローズ社は名前の通り、棘付いた怪しい企業だってことが』
♦︎
「ローズ社。怪しいですね」
と、ガレーシャ。街の近未来的風景に目を丸くしながら言っている。
「見るなら一つにしたら……?とまあ、怪しいよね」
「だって全く見たこと無いんですもん!何ですかこのテレビってものは!」
街の風景にはしゃぐガレーシャを横目に、僕等は呟く。
「ガレーシャちゃん……田舎っ子みたい」
「今までは戦いで気を張っていたから大丈夫だったみたいだけど、こうなると最早子供だね……」
「転生者みたいー」
僕達ははしゃぐガレーシャを生暖かい目で見つめていた。
ーーと、そんな時だった。
バン。
銃声が街の中を駆け巡った。
♦︎
「はぁっ……はぁっ……」
ネズミの亜人はただ、走る。
何かから逃れる様に。
その肩からは大量の血が流れ、足のヒールは欠けている。
女性の亜人はおぼつかない足取りで、ひたすら路地を駆ける。
恐怖に苛まれた顔で。
「逃げなきゃ……殺される……」
「父様……母様……」
その目からは涙が流れ、自慢のメイクが崩れ落ちる。
服は乱れ、誰の物かすら分からない返り血が付着している。
それは汗と血によって滲み、走る度にグチョグチョと音を鳴らす。
彼女の白い肌は更に青ざめ、その様は正に死人だった。
後ろからは、革靴の低い足音が迫ってくる。
精神を逆撫でてくるそれは、亜人の女性にとっては苦痛そのものだった。
耳を塞ぎたくなる。
痛い。
楽になりたい。
そんな思考が交差する中、彼女の正面に影が揺らぐ。
「何処へ行く気かな?お嬢さん」
「ひっ……」
ドサ。
彼女は転んだ。
足の欠けたヒールが地面に引っかかったのだ。
受け身すら取れなかった彼女は顎を擦り、目の前の男を、潤んだ目で見つめた。
スーツ姿の魔人。
彼の右腕には血の付着した、銀光放つ銃が握られていた。
あれで、彼女の両親は殺された。
「……やめ……て……」
気付けば、彼女は命乞いをしていた。
メイクは涙によって原型を留めないまでに崩れている。
もう、自分の美しさなんて投げ捨てた彼女の目には、ただ『生きたい』と言った訴えかけだけが光る。
「残念ながら『私も』油断しないタチでな」
スーツ姿の亜魔人は引き金に指を置き構え。
バン。
ーー撃った。




