僕の一喝。それは空間を破り……
僕は優しくガレーシャの手を離し、何故か赤面する彼女を置いて笑った。
「実際、これしか無いんだよ。空間をこじ開ける事象と、空間の情報を維持する事象を同時展開し、それで強引にでも扉を作るしか」
「でもそれじゃあ威力足らずになるんじゃ無い?普通の威力無い事象じゃ博打になるよ……?」
(……さっすが創造神様ー。やっと理解出来たか)
僕はモイラの指摘に心の中で皮肉と賞賛を送り、次なる説明をした。
「そうだね。例え詠唱文の改変をしても威力足らずになり、中途半端に空間を破壊しちゃうだろう……でも、他人の事象操作で事象を複写・倍加させ、しかもゼロ距離で放ったらどうなると思う?」
瞬間、ガタッ、っという音が聞こえてきそうなどよめきが起こり、全員が乱れた。
「何言ってるんですか!?空間を破壊するほどの事象を複写・倍加するんですよ!?そんな強力な事象操作の中心にいたら、ユトさんがどうなるか……」
「そうだよ!危ないよ!」
そう、何時ものガレーシャとモイラだ。
「でも、誰かが中心に居なくちゃ……事象操作の関係上、威力足らずになって失敗する恐れがある」
「それだったら私がーー」
「ダメだ。モイラは兎も角、ガレーシャは耐久性が無さすぎる。常に特殊結界を張っている僕がやるべきだ」
ガレーシャの身代わりととれる言葉に、僕は強めの口調で遮った。
……かなり本気の目をして。
誰にも反論を許さない。身代わりすら許さない。
仲間に身代わりを許すくらいなら……僕は死を選ぶ。
そんな僕の決意の篭った目は、変わりもしなかった。
その意思が伝わったのか、二人は気圧された様に口を噤んだ。
「……因果剣、使おうか?」
モイラは因果剣に手を当てながら、気兼ね染みた顔で僕を見た。
「駄目。まだここではモイラの力を使わせられない」
けれど僕は、その憂いに心中で感謝しつつも断った。
実際問題、モイラの因果剣はそんな軽々しく使っていい代物じゃないからね。
……ゲイボルグの時は、まあ……うん。
あの時の選択は軽率な行動だったかなぁ、とか思いながら僕は忠節無心を出現させる。
「僕が使えるのは……この忠節無心だけ。他に障害物があったら、事象操作の複写がし難くなってしまう」
「でも……」
「ガレーシャ。残念だけど、これが一番良い方法なんだ」
「……う」
ガレーシャは申し訳無さそうに顔を曇らせた。
「じゃあ……お二人共、頼んだよ」
不穏そうな雰囲気が流れる中、僕は気丈に振る舞う。
それで鼓舞したつもりだったのだが、二人は辛気臭い顔のまま。
だから僕は言ってやった。
「大丈夫。僕が死ぬわけないじゃ無いか」
ちょっとフラグ染みた言葉だったけど……それは僕の優しさ一杯の笑顔で消し去る。
「……生きて帰ってきてくださいね」
「はいはい」
軽々しく応える僕を囲む様に彼女達は佇み、事象操作の詠唱に移った。
その詠唱は、長文詠唱。
長ければ長いほど、事象操作・魔法は威力を増す。
彼女らの長文詠唱が外から聞こえるのを傍目に、僕も行動を起こす。
白い膜が張った様な密室の中、僕はただ一人盾を突き刺す。
これは忠節無心を変えたもので、彼女達が張っている事象操作と同じく、事象の複写・倍加の性質を持っている。
少しでも、事象操作の威力を上げるためだ。
その破壊目標は、目の前の壁。
向かい合う様に突き刺された盾。
その後ろで、僕は覚悟を決める。
これから、僕は紐なしバンジーに参加する様なものだからね。意を決しなきゃ。
壁が壊れるまでの間、僕は荒れ狂う事象の中、生き残らなければならないから。
死んじゃったら、計画はパアだ。
身震いしそうな緊張感の中、密室にガレーシャの声が響く。
「……ご武運を」
「……りょーかい」
僕はくすぶった様に鼻で笑い、不敵の笑みで目標を捉える。
そして、詠唱を告げた。
「事象;抉る螺旋空間。そして……空間事象記録遅延式」
二つの事象が僕の手の内にて収束を始める。
一方は懐かしいもの。
もう一方は世界を歩み続けた僕の気概そのもの。
記憶と記録。
似た様で、違う事象達。
この世界に来て色々分かったこと、知った事を……僕は見せよう。
……注意。僕は死を悟った訳じゃない。
死ぬ気は無い。
でも死ぬかもしれない。
それはとっても、久し振りの感覚。
人型邪龍君には感謝かもね。
……だって、僕はやっと……その気になれるんだから。
邪竜君。そしてその相棒君。
そして、あの方とやら。
覚悟するがいいね。
……君達は、怒らせてはいけない人物を怒らせてしまった。
憤怒は使命に。
使命は力と成り。
力は人を奮い立たせる。
……是即ち、絶美なる一喝と化す。
「魅せよ。事総てを凌駕し、見えぬ事象よ……森羅万象を律する力を……」
『ーーー記録』
そして、一喝は放たれる……。




