地獄の探索
「……どうします?かなり広いですけど」
ガレーシャが、この広いエントランスを見渡しながら言った。
……まあ、広過ぎて何処から手に付けていいか分からないのは同意出来るね。
そして僕がどうしようか、と迷っている内にモイラが声を上げた。
「まあ、手当たり次第に探索してみようよ!」
と。
僕はモイラのその、よく考えないで出されたであろう結論を聞いて絶望しかけた。
でも、僕はそれに納得せざるを得ない事に気付いてしまったんだ。
……ここの探索を無視して良い証拠を見逃してしまったら、それはそれで違う絶望が待っていると言う事を。
この階層の探索にはどれだけ時間が掛かるか分からない。
でも、それを恐れて探索放棄したとして……重要な証拠を見逃して仕舞ったらどうする?
究極の二択だよ。両方最悪だけど。
ーーーそして、僕は悩み悩んで。
「やる……しか無いね……はあ……」
……苦渋の決断で「面倒臭い」と言う言葉を必死に飲み込んで言った。
探索で辛いのは最初だけだと、込み上げてくる悪い予感を必死に見ないようにして、僕は言った。
そして、残酷な事に彼女達は。
「そうですね!行きましょう!」
と言い切ってしまった。否定もせずに。
……止めてくれたらどんなに楽だったか。
本当に、僕の仲間にはろくな奴がいないね。
そして楽しそうにエントランスの探索に元気良く小走りで向かって行く彼女達。
……何処にそんな体力があるんだか。
僕は孫に走って置いてかれるお爺さんの様な気持ちで、その背中をとぼとぼと追っていった。
今思うと、僕はそんな彼女達を止めるべきだったと切に思うよ。
ーーそして、その背後で扉が消えるのを、僕達は気付けなかった。
♦︎
ーー探索終了だ。
僕は憔悴しきった顔で、階層表示を見る。
『六十階』
そう……そうだったね。
僕達は六十階までの階層を探索したんだったね。
で、ここで問題。
『六十階までの探索……ほぼ一日使って得られた情報はいくつか?』
ででで……でん。
ーーーゼロ。
僕の口から、物凄い量の溜息が流れ出ているのが分かる。
(あーあ。やっぱり探索断っておくんだった)
そんな僕の胸の内に有るのは後悔と自責の念……そして多少のモイラ達への殺意。
……今彼女達を恨んだとしても何も変わらないのは分かってる。分かってるけど……。
ーーーーでも、僕がこんなにもやつれているのは、ひとえに彼女達の所為でもある。
♦︎
ちょっと時は遡り五十五階層の時の話。
……そして、そこまで相変わらずの情報ゼロを記録していた。
もうこの頃の僕の頭には、悪い予感しか滞在していなかったのを覚えているよ。
だから言ったんだよ?
「これ以上探索しても何も出ない」って。
すると相手のモイラは、
「いや!絶対何かあるよ!モイラさんセンサーが反応してるからね!ビビビッ!?ビビビー……」
と、僕の忠告を何も聞き入れずにモイラが言う『勘』とやらに振り回された結果……案の定の、情報ゼロだ。
その時のガレーシャも「絶対何かあるはずです!」とモイラの勢いに毒された発言をしていたし。
反対しようにも、数で負けているし。
だから僕は嫌々、付き合ってやったよ。
ーーーーそして、今はこれだ。
ふっざけんな、と流石の僕でもブチ切れそうになった。
で、当の本人達は。
「何もなかったね!でも六十階だから後少しだね!」
と、かなりの楽観的な思考でモイラは言った。
ここまで情報ゼロ、加えて一日以上経過しているというのに元気な事だよ。本当に。
そしてガレーシャも、
「そうですね!」
……残念ながらまだモイラのテンションに毒されている。
疲れと言うものを知らないのか?この子達は。
そして僕は、これからまだ連れてかれるのか、と絶望した。
だが、それは杞憂に終わってくれた。
「ですけど……。実際かなり疲れました……」
ガレーシャが疲れてくれたんだ。
やっと。……だけど、もっと早くしてくれたら良かったのに。
その所為で、僕の精神はズタボロだ。
体は大丈夫とは言え、精神的な負担が結構あって、体はほぼ動かない。
どれも、モイラやガレーシャに合わせ続けた結果だ。
まあ、これがモイラだと分かっているから付いていけたんだけど。
だから、これ以上疲れる前にストップが入って欲しかった。
それが今ってわけだから、僕は心の中で静かに安堵した。
「そうだね……それなら五十九階にあったホテルで休もっか」
「……ですね!」
「じゃあ、行こっか」
途中にモイラは一瞬僕の表情を伺い、笑顔を浮かべたと思ったら、軽く僕を手招きして五十九階までの道に向かって行った。
質問も返答も必要ないって事だね。
……でも、それだけ僕の意図を汲み取る余裕があるなら、勘なんかに頼らず、僕の制止の言葉を聞き入れても良かったのに。
ーーそして僕は少し複雑な気持ちで見探索の六十階を後にした。
♦︎
五十九階層『休憩エリア』
僕は「ここも広かったなぁ……」とか思いながら四角いテーブルにのさばり、座りごごちの良い豪華な椅子に座って、一人心痛を解消していた。
他に人は居ない。不思議なくらいね。
ガレーシャは流石に体の限界が来たようで、眠そうに目を擦りながらホテルの個室に入って行った。
モイラはそれの付き添いの様な形でガレーシャを寝かしに行ったよ。
そして僕は、敵やら何やらが来ないように見張り中。
聞けば、モイラも後で来るようだね。
……ん。そんな話をしていたら早速だよ。
「……ガレーシャは?」
僕は聞く、その人物に。
「大丈夫。ぐっすりと寝てるよ」
そう言って僕の方へ歩んで来るのはモイラだ。
「なら良かったよ。……ちょっと話さない?座ってさ」
僕は軽くモイラに、手振りで椅子に座るようにジェスチャーを送った。
「分かった」
それにモイラは快く了承して、僕と向き合う形で椅子に座り込んだ。
水入らずで相対したこの状況。それは、ここに来て初めてだ。
そしてモイラは椅子の位置を調整しながら、僕に聞いた。
「……で、話って何?」
今までのお馬鹿さん全開の口調とは一転してのシリアスな口調。
雰囲気を感じたようだね。遊びじゃないって事を。
「ただの世間話。……ほら、最近全然話してなかったからね」
「確かに。……いつ振りだっけ?こんな風に一対一で話すのって」
モイラのその言葉に僕は記憶を探り……。
「うーん……三十年くらい?」
と危ういながらも結論を出した。
それにモイラは驚いた様で、
「嘘!もうそんなに経ってたんだ!?」
そして流れる様に、モイラは以前の記憶を探り出す。予想以上に長すぎて、驚いていると言う事だね。
僕はそんなモイラに語りかける。
「ーーーねえ、最近どうだった?」
そしてこれから、僕達のたわいもない会話が始まって行く。




