花の魔人
ガレーシャとモイラが自己紹介を終えた次の瞬間、通路の壁が爆破されるかの様に剥がれ、その奥からは……
「うわぁ。綺麗なお花畑だね!」
「ふざけてる場合じゃ無いよ。……確かに綺麗だけども」
僕は目の前に広がるその光景に浸った。
……この草原に咲き乱れるは華々しい花束。
赤い花や、黄色い花。
十人十色な花達がそれぞれ調和し合い、幻想的な風景を作り出していた。
見渡す限りの花園。
道すら無い、野に咲き誇った花畑の様だ。
とても綺麗だが、これが古代遺跡の中にある物だと知っていると、異質な感じを受けるね。
空も透き通っていて、どこまでも飛んでいけそうだ……けどいつかはある壁。虚しいね。
そして、僕は高く続いて行く花畑の丘の上で微笑んでいる女性を見つけた。
……敵だね、あの目つき。目が笑ってない。
無理やり作った作り笑いの様だ。
僕は、持ち前の観察眼でその女性を遠目から分析してみた。
……持つ魔力の量と、魔力の大体の属性から見て、あの子は花の操作を得意とするみたい。花の様なオーラが見て取れるしね。
そして……あの子の魔力には、魔族の様な邪悪さが垣間見える。
人型なのは変わりないから、恐らく魔族の血を受け継いだ魔人だね。
……ここの空間の番人かな。あの子は。
そこで、僕はあの子に声をかけてみる事にした。
「君は誰だい?花の魔人の様だけど」
そして、彼女は僕の言った『花の魔人』というワードの所で動きが一度止まったが、それも束の間、ガレーシャが止める様に言ってきた。
「あの……コンタクトを図るのは色々不味いんじゃ……」
「そう?あの子が僕達を問答無用で殺す為に居るなら、もう既に襲われてるよ」
「だとしても……」
と花の魔人の魔力の多さに強敵と判断して居る所為なのか口答えするガレーシャ。
「まあ、ちょっとだけ話してみようよ。ダメだったら戦おう」
そんなガレーシャを笑顔で説得するモイラ。
「まあそれなら……」
納得したのか、ガレーシャは滾らせていた魔力を収め、僕達と一緒に丘の上を見上げた。
「居な……ッ!?」
ーーーだが、もう其処には花の魔人は居なかった。
……背後。
僕とモイラは気配を目で追い、背後の気配に集中した。
近くは無いけど、遠くもない。いつでも攻撃を食らわせられる位置に魔人は居る。
でも、僕達は様子見の為に直ぐには振り返らなかった。
その甲斐あったのか、背後から来たのは攻撃ではなく声だった。
「そう。私は花の魔人。この空間を……貴方達の様な侵入者から守る為だけに存在している」
やっと声を発した魔人。
「!!!!」
ガレーシャは、魔人の気配に追いつけて居なかったので心臓が飛び上がる位に驚いていたが、気にせず僕は彼女の声音からまた色々解析してみた。
振り返り、僕は彼女を見つめる。
……機械的に、感情の篭っていない声で発する彼女は、その死んだ目からでもわかる通り、既に心が無いみたいだ。
だけど、作られた体や人格では無いので、永過ぎる時間の中で、感情を失ってしまった様だね。
人と接さず、無感情の花に囲まれていた所為で、そうなってしまったみたい。
人間だったけど、長い年月、この空間を守り続けた所為で人間では無くなってしまった、と。
哀しいけど『そうなる人間』も居るから、仕方ないのかな。
そして僕は、語りかけるように彼女に言った。
「ずっと、生まれた時からこの空間を守り続けたって事ね。……どんな感情を抱いて守って居たかは知らないけど、仕事熱心だね。……熱心過ぎるのもよく無いけどね」
僕は、多少煽るように。だけど少しの慈悲の心を込めて、彼女に言った。
モイラも、彼女のここまでの哀しい人生を察して、同情するような顔で魔人の彼女を見つめた。
だけど魔人の彼女は、自分の存在意義に従って僕達をこの空間から排斥する為に生きている。
過去の自分が従ってきた、言わば過去の自分の命令に従い続ける……機械の様に。
どれだけ彼女を説得しようとも、無機質なその心には響きもしない。
だから彼女は言う。
「貴方達が侵入者でも、そうで無いとしても、私は排除するだけです」
そうして、彼女は空間の防衛を続ける。
花の咲き乱れた丘の上に移動し、花の魔人は攻撃準備を始めた。
「もう始めるんですか!?」
ガレーシャは突然の戦闘態勢に驚き、咄嗟に炎魔法の準備をした……が。
「やめておいて」
僕が腕で遮り、魔法の発動を止めさせた。
既に、花の魔人は戦闘の態勢を整え、こちらへ凄まじい勢いで花を飛ばしてきている。
それでも、僕はガレーシャの魔法発動を止め続ける。
「……当たりますよ!?」
そうガレーシャの声が聞こえるが、僕は気にしない。
……何故かって?
ーーーー君、モイラの事忘れてない?
そして僕は視界を覆うほどにまで接近した花の様子を見て、笑う。
既にそれらの残虐な攻撃は……全て消滅していたから。
残ったのは、無残に散る多少の花弁だけ。
「え」
ガレーシャは困惑する。
じゃあ、そんな君に心の中で説明してあげよう。
花が全部消えたの、それ全部モイラのせいなんだ。モイラの様子を横目で見てた僕だから分かる。
モイラはただ、僕が以前使った消滅の事象操作を使っただけだけどね。
それでも、あれくらいの花の集合体なんぞに引けを取るほどの事象操作じゃない。
そして、やっとガレーシャもモイラが防いだ事に気付いた様だね。
で、モイラが攻撃を防いだ上に魔力を滾らせたという事は……。
「……一人でやる気なの?」
僕はモイラに向けて言った。
するとガレーシャはそれに乗るかの様に、
「一人でやるんですか!?少し無謀な気が……」
止めるガレーシャを置き去りに、モイラは花の魔人の方の丘へと歩みだした。因果剣を抜かずに。
それを助長する様に、僕は次いでガレーシャに言った。
「大丈夫だよ。……ほら、因果剣を抜かない。それだけの敵って事だね」
僕は眉間にしわを寄せて深い息を吐いているガレーシャの顔を見たので、片手間に軽くモイラへ手を振ってみた。
本当に大丈夫だとガレーシャに伝えるためにね。
そして、モイラは魔剣を召喚しながら手を振り返してきた。
……うん、余裕みたいだね。
モイラは、ガレーシャの心配そうな視線を背中に、謝る様に思っていた。
(この世界での感覚を思い出したいしね……ここは譲って貰うよ、ユト)
そうして、創造神は剣を振るった。




