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 叫ぶは実験体。

 捉えたるは侵入者。


 霊脈を研究していた研究員は耳を抑え、その咆哮に身を沈めた。

 そして、場はどんどん悪化していく。


 脱出だ。

 実験体がカプセル内で突然暴れ出し、割ったのだ。

 自分の意思で。咆哮に共鳴するが如く。


「ぐぉぉぉ」だの「ぅぉおぅぅ」などの呻き声が闊歩し、それぞれが研究員を押し潰した。

 足で踏み潰したり、丸呑みにして食したり。


 数十にも登る実験体は、今ここに放たれた。

 それを止める筈の研究員は、もういない。警備も殺された。


 ───止められるのは僕達だけ。

 これらの実験体を野放しにすれば、計画も危うい。


「作戦変更だ……やるよ。あれを野放しにしてはならない」


 ♦︎


 霊脈の力にて改造された元人間。

 と言うか、元王国兵新兵だろう。かつて着込んでいたとされる制服が所々に確認できるから。

 そしてその緑色の腐った様な体色から、もう依り代は死んでいると仮定できる。

 けれど……。


「……シテ……コロシテ───」


 彼らは痛みに悶えるが如く、呻く。

 其々の体に、死ぬ以前の痛みが刻み込まれているんだろう。


「死霊魔法……にも近いか。けれどもう人間じゃない」

「でも……いえ。苦しんでいるからこそ、その痛みから解放させるのです!!」


 ガレーシャは目の前の死霊を睨んだ。

 口からは一瞬の躊躇が見えたが、もう振り払ったのだろう。

 それは、彼女達も同じだった。


「賛成!作戦に支障が出る前に片付けちゃおう!」

「ねっこみーん!ですわ!あれを倒して、終わらせましょう!」


 モイラが魔剣を召喚し、フェルナが魔法を展開させる。

 ガレーシャも指輪を槍へと変えて、戦闘態勢を取った。


 その視線が行き着くは、数十と歩く実験体の群れ。

 その最後尾には、あの霊脈に完全適合した実験体が居るが───って。


「いやまさか。そんな……」


 僕の足元に首が飛んでくる。

 これは……実験体の物だ。


 目の前に群れる、一体の実験体の一部だ。

 それが突然死んで……首だけが飛ばされてきた。


 ──────あの最後尾に居た、実験体が暴れた故に。


「仲間討ち……?同じ実験体じゃないの!?」


 モイラは驚く。

 目の前の小さな実験体達が……巨漢に似た実験体に蹂躙される様を見て。


 あの巨漢は……僕達を見つけて呻いた実験体だ。

 身に霊脈の青い筋が走った、人らしきモノだ。


 その身は筋肉に溢れ、同時に霊脈の青い筋に焼かれていた。

 その痛みは尋常ではないだろう。理解は毛頭したくないが。


 けれど、見る限りあの実験体だけが霊脈に完全適合しているんだと思う。

 その力を御し切れてはいないが、それでも凶暴性は凄まじいモノがあるだろう。


 だからこそ、他の実験体は蹂躙されているんだろう。

 抵抗もできずに、ただあの豪腕の前に潰されているのだ。


「不味いよ皆───来る!!!」


 そして、邪魔な蟻を潰し切った実験体は……突進する。

 それを感知し、僕達はモイラの声と共に横へ跳んだ。


 瞬時。

 音速を超える速度で、その横を掠っていったのを感じた。

 あの巨体がだ。


 一瞬にして猛進しきった実験体は……ぶつかった。

 そのまま、霊脈の壁へと。


 舞う瓦礫と共に、その実験体はその隻眼を光らせた。

 自身で数十メートルにまで抉った、霊脈の壁を背にして。


「まじすか」


 ───手に負えない。時間が足りない。

 知らせる必要がある。この非道を。


 だから。


「……く。逃げろ君達!!ここは僕が引き受ける!!」


 僕はこの身を捧げよう。

 死ぬつもりは無いが、それでもそう見えたのだろう。


 彼女達は一瞬、一瞬だけ……うろたえた。

 けれどその決めかねる様な表情を……僕は睨んで止めさせた。


 その決意の眼を見せたのだ。

 ───『そもそも死ぬ気は無い』と。

 僕はその視線で熱弁した。


「でも───」


 そして、唯一口を開きそうなフェルナに僕は言い放った。

 目の前の巨漢の拳を受けながら、必死に告げた。


「───あの兄弟に悲哀を抱くんだろう!あれは君だけが救える人間達だ!!君の過去を───君が培った救済者の人生を、ぶつけて来るんだ!!!」


 端的に言えば、後押しだ。

 こうでもしなければ。過去を知っていると明かさねば。

 彼女は動けない。僕の安否を案じ続ける。


 だが───今は救済を重として動くべきなのだ。

 それに、後の事を気にしている暇などない。


「何故知って───」


 けれど、少なからずは困惑するだろう。

 何故自身の過去を知っているのか、と不気味さを覚えるだろう。

 だが、そもそもそんな事を思っている猶予などないのだ。


 だから僕は、訴えた。

 ただ一人で巨漢の攻撃を受け止め、その死地を前にしても尚フェルナへ訴えた。


 ──────行くんだ、と。

 これは君にしか出来ないと。


 その瞳は、自身を顧みないモノが在った。

 無言でもわかる、強い訴えがそこに在った。

 この身を尽くしてでも君に託す、と言う意思が感じられた。


 いや……信じさせられた。───確実にやれる、と。

 故に。


「……っ!分かりましたわ!」


 救済者は、最終的に押し黙った。

 だから僕は笑い、更にガレーシャとモイラにこう告げた。


「ならいい。モイラ達も付いて行ってあげて」

「……!───分かりました」


 葛藤と共に承諾。

 僕は目の前の巨漢を苦し紛れに吹き飛ばし、去りゆくフェルナ達を見送った。


「ユトさん!絶対に生きて帰って来てくださいね!!」


 そう言い残していくフェルナ。


「……応とも」


 僕は背中でそう呟き、グッドサインを出した。

 全て背中で交わされた会話だったが、僕にはわかる。


 ───あの子達なら、やれる。

 ならば、僕はそれの脇役として尽力するだけ。


「───ぅぅぅっがぁぁぁぁ!!!!!」


 叫び散らす巨漢の怪物。

 もう彼?の標的は僕だけに絞られた。


 巨漢は、殺し、暴虐を尽くすだけの殺戮兵器。

 これが『計画』の一つとして作られた完成体ならば───。


「───ここは通さない。僕と踊り狂おうじゃないか」



 逃す道理も、首都に解き放つ道理は無い。

 拳を握る。


 そう……。

 化物は化物同士……。


 ──────人間でも無い兵器同士、仲良くやりましょ?


 ♦︎


 首都侵攻戦線。

 その戦いは、苛烈さを増していた。


 以前の比では無い。形容し難い地獄以上の何か、だ。

 骨は折れ、臓物は飛び散り、叫びや悲鳴は常時聞こえてくる。


 けれど、折れない。

 指揮官に忠誠と命を捧げた兵達は、決して心が折れる事が無い。


 自分達より命を賭け、殺し合っている者が居るから。

 自分達の為に命を燃やしている指揮官が、目の前にいるから。


「殿下───ッ!!!?」

「行かせねぇ!!!あそこはオメエらが入っていい場所じゃねぇんだよォォ!!」


 兵達は死力を尽くしてでも、護るのだ。

 幾ら剣を穿たれようとも。

 幾ら霊脈の槍に体を抉られようとも。


 両陣営の兵達は、一人一人……命を費やす。

 あの『兄弟』の戦いに邪魔などを入れさせない為に。


「母様の為にィ!!死ぬべきだぁっ!糞兄ィィ!!!!」

「僕も譲れないッ!!僕は君を殺してでもっ!!」


 兵達の屍を以って保たれる戦闘は、実に醜く、同時に可憐だった。


 意思と意思の打つかり合い。

 兄弟であろうとも、全く躊躇しない命のやり取り。


 弟の剣は白馬の足を抉り、兄の鎧を剥ぐ。

 兄の剣は弟の追撃を防ぎ、反撃で相手を白馬から堕とす。


 そうして、二人は歩兵の状態へ。

 同じ目線。同じ殺意。


 正しい様で狂った道は、今ここで終わるのかもしれない。

 両者どちらかの、死によって。


「これで対等だなぁッ……殺ろうぜ、終幕の時だ」

「あぁ……。舞台は整っている。清算の時だぁッ……」


 二人は息を切らす。

 先程まで、ずっと命の攻防を繰り広げて来たのだ。

 もうそろそろ限界だろう。両者とも。


 けれど、二人はその刃を向けあった。

 自身の、譲れないモノを守る為に。


 二人は、斬り掛か──────。



 ♦︎


 フェルナ・コルチカム。

 神術の三大勇者である彼女には、ある特異な能力が存在する。


聖母生路(マリア・ライフ)


 こういった、戦争を収めるには打って付けの能力だ。

 其は世界を慈悲で包みかねん、白金の十字架。

 彼女の人生の現し身たらんその能力は、彼女に意思によって発動する。

 効果は───。


「……ッ!!?体が───」


 彼女が護りたいと思った者のみへの干渉。

 静止。武装解除。回復。防御。

 確実に殺傷には使えない。けれど。


 こういった、戦争を収めるには打って付けの能力だ。


「──────兄弟同士の争い、駄目ェッ!!」


 白金の十字架がそらに輝く時、そんな声が鳴り響く。

 それが耳に入った頃にはもう、戦争は戦争では無くなった。


 敵を斬りつけようとしていた王国兵は、止まり。

 傷に悶えていたレジスタンス兵は、血を空中に留めて止まる。


 時が止まったかのような、超常現象。

 それら全てが、空に浮く巨大な十字架によって為されている。


 唯一、体が痺れて動けない程度で収まったのは、あの兄弟のみ。

 剣を振りかぶる体制で止められた兄弟達は、当然困惑する。


「誰だ……?」


 と。先程鳴った声に吟じた。

 其処には殺意など、毛頭無い。


『忘れ去られた』とも言うべきな兄弟の状況に、ある女性は笑った。

 良かった。これなら───と。


「ねっこみー……じゃなくて。───お久しぶりですね。兄弟達」


 何処からか降って来た救済者……フェルナは、そう語る。

 自分の本心を上部に出して。

 モイラ達をこの場の維持に回し、兄弟とフェルナで三人だけの状況を作り出し、笑う。


「フェルナ……何故ここに?計画は?」


 息の荒れも気にせず、イドルはそう問う。

 その眼は、自身に課せられた拘束を解いてほしいというのも在ったが、フェルナは無視した。


「……今はユトさんが」


 でも返す義理はある筈なので、フェルナは答えた、

 神妙な面持ちで。兄弟のみを見据えて言い放った。


「フェルナ様……これは……?」


 ユリが問いかける。

 それの十字架、その他諸々について。


「私の能力です。……必要であれば、拘束を解きますが」


 神妙な面持ちのまま、フェルナは告げる。


「そうしてくれますか?」

「ああ。俺にも頼む」

「……分かりました」


 一瞬遅れた後、フェルナは拘束を解いた。

 瞬時。


「はぁッ!!!」

「ふぅッ!!」


 手首の感触を確認し終えた兄弟は、剣をまた振りかぶった。

 勿論フェルナに向けてでは無いことは確かなのだが……。


 その刃はやはり、兄弟共々に向いていた。

 やはり、想定外の介入があっても尚……彼らは殺し合うのか。


 それが悟れただけで良い。フェルナはそう思う。

 モイラ達がその状況を見て動揺したのが分かったが、フェルナには関係無かった。


「止めても分からぬのなら───」


 フェルナは『この時』だと、思った。

 ここからが自身の救済だと。そう悟った。

 だから。


「───心を共有させるまでです!!!!」


 腰に携えた、フラスコに入れられた紫の液体を投げ付ける。

 地面に、ひたすら地面に。


 パリン、と。

 フラスコは割れ、中の紫の物体は瞬時に気化して空中に蔓延する。


 これは魔導物質だ。調合済みの。

 フェルナが緊急用に作っておいた、心を共有させる物質。


 作っておいて良かった。

 彼らは、フェルナの声を聞かない。

 なら───。


 ♦︎


 気付けば。目を瞬けば。

 兄弟は『其処』に居た。


 無くなった温室に。

 満月輝く、かつての聖地に。


 ──────兄弟は、見た。


「母……様───」


 かつての母の姿を。

 亡くなった筈の、会えなくなった母様の姿を。


 美しい、母様の銀髪を。

 満月を浴びて輝く、母の笑顔を……兄弟は見た。

 鼻を流れる花々の匂い。

 温い、安寧を感じる空間。


 ───何年と経っても逢いたかった。


 涙が頬を伝う。

 兄と弟は、不甲斐なくも母の姿に見惚れていた。

 そして、母は優しく呟いた。


「酷い顔。───何があったの?話してみなさいな」


 兄弟はその言葉に……更に涙を流した。

 そして、一心にその場で崩れ落ちた。


「母様……僕っ……僕達は───」


 地面に滴るまでに涙を流すユリ。

 イドルはもう、感銘のあまり声も出なかった。

 その様に、カーネは優しい微笑を浮かべた。


「───辛かったね。……母さん、全て受け止めてあげるから」


 その笑顔は……紛れも無い───母カーネの物だった。

 過去に戻ったのか?関係ない。

 これは夢か?……関係ない。


 ただ兄弟は、携えていた剣を落とした。

 届いたのだ。言わずとも……母の声が。


 ♦︎


「───辛かったね」


 母を亡くした後の未来。

 それを一心に聞き届けた母は、ただ一言だけで訴えた。


 変えようのない慈悲を。

 かの兄弟の内情を全て知る彼女は、痛みを共有する様に目を細めた。

 泣きそうな微笑みで。


「ぅぅう……ぅっ」


 その言葉が発せられた時にはもう、兄弟は動けなくなっていた。

 母に逢えた感銘故か。母に狂いを明かせられた、その悲しみ故か。


 母はその様に手を差し出そうとした。

 けれど、直ぐに無駄だと悟り……手を下げた。


 母は目を閉じ、息を吸い。

 虚空を見つめる様に、声を出した。


「やっぱり、唐突過ぎたわね。多分私は、伝え方を間違ったんだろうなぁ。───でもこれは貴方達の責任では無い。それは確か。だからそんなに思い詰めなくても大丈夫よ」


「許して……くれるのか?母様は」


 イドルは涙を拭き取り、顔を上げてカーネを見つめた。

 返ってきたのは、見た事のある慈悲深い笑みだった。


「───ええ。でもその前に……兄弟同士、仲良く話合ってね?」


 母は、笑う。

 今まで争いを続けてきた兄弟に、事のあらましを伝え合えと。

 そうすれば分かり合えると、断れない笑顔を浮かべて告げた。


「話し合う……?」

「そう。───お母さんからの最期の頼みだと思って……ね?」


 ♦︎


 予想通り、あの笑顔を浮かべられたら……断れなくなった。

 先程まで剣を交え合っていた相手と、分かり合えと。


 普通ならば、無理難題過ぎて笑える程だ。

 けれど、その笑みには妙な説得力があった。


 ここがあの温室だからなのか。

 ここに突然飛ばされてきた所為か。

 ───いや。


 ──────あの、母様の願いだからだ。

 もう拝めない筈の、母様の頼みだからだ。


 応えるしかないのだ。

 唯一耳に届く、母の言葉だから。


 ……そして、兄弟は知る。

 自身に伝えられた母の言葉に、矛盾があると。


「バットエンドを防げ……?」

「ストロブ・ラザー物語……?」


 互いが互いに伝えられた言葉を復唱する。

 遺言の意味が、全く違う事に気付いたのだ。


「───まさか」


 この解釈が、間違っている物だと知ったのだ。

 後は、それを元に……組み立てるだけ。


『バットエンド』に『ストロブ・ラザー』

 そして───『防げ』


 まだピースが足りないが、これだけはわかる。


「───兄弟同士で争うな……寧ろ助け合えって事か……?」


 あの物語で兄弟の内、弟が死んだ。

 これを一応の『バットエンド』と捉えるのなら。


 兄弟同士争わず、殺し合わず。

 両方とも死なない様に立ち回れ……つまりは助け合え。


 けれど、未だ腑に落ちない。

 確かに『兄弟同士争うな』は大事だろう。


 だが、この事自体は何時も親から提唱されていた事だ。

 今更遺言として残す必要もない。まあ今はそれの逆を行っているが。


 それでも───遺言としては小さすぎる。

 母様はそんな事の為に涙を流すほど……弱くは無い。


 だが、いくら考えてもそれ以上の結論が出ない。証拠が足りない。

 兄弟達は、訝しげに顔を上げた。


「母様、でも───!?」


 だが、遮る様に見えたのは……一つ笑顔のみだった。

 神妙過ぎるその顔に兄弟は出かけた言葉を飲み込んだ。


 それを受けてなのか、母カーネは意味ありげに動かなくなった足をさすった。

 そして一瞬だけ静かに目を伏せた後、母は告げた。


「終わった……かしら。───だから分からないけど。でも……」


 その呟きは小さかった。聞き取れない箇所も合った。

 けれど、彼女は直ぐに声を張り上げた。


「───託したわよ!ユリ、イドル!母さんの無念、出来たら晴らしてね!───後」


 母は、恥ずかしげに目を逸らした。

 そして車椅子に腕だけで座り直し、意気込みの様に息を吐いたのちに。


「──────愛してるわ。例え私が死んでいたとしても。ずっと空から見守ってるから!」


 母は、笑った。

 精一杯の笑顔で。

 血が吹き出しそうな痛みを抑えて。


 せめて、兄弟の前では理想の母で居ようと。

 冷や汗を流しながらも、苦しみを見せずに愛を伝えた。


「母様───」


 それに兄弟は、またも目を潤ませた。

 その口から出た言葉に疑問を持たず、ただ愛を受け取った。


 それを見たのか。感じたのか。

 車椅子は踵を返し、寂しそうに兄弟へ背を向けた。


「……!!行ってしまわれるのですか!?」

「待てよ母様!俺達はまだ───」


 静止。別れなく無いと云う思い。

 突然に現れた刻限に、兄弟は立ち上がってそれを止めようとした。

 けれど。


「──────私の仕事はもう終わり。黒幕を倒して……ね?」


 止まる様子はなく、車椅子は兄弟を置いて先に逝く。

 悲しくも意志のある、その言葉を残して。


「母──────」


 母は消える。

 空間に瞬く閃光の様に。


 消滅と同時に、その夢を終わらせる様に。

 伝え損ねた遺言を、精一杯伝え終えて。


 その背中の奥で、彼女がどんな顔をしていたのかは分からない。

 兄弟には分からない。


 ───母の方も、やり切れない気持ちに涙を流していた事に。


 ♦︎


 ふと、気付けば。

 兄弟は夢から覚める様に……雪原の最中に立っていた。

 あの戦場に。


 けれど、確かに『居た』のだ。

 確かに言葉を交わし合ったのだ。

 この目で、この耳で。


 確かに感じて居たのに───。


 ♦︎


 腕は空を舞い踊り、血飛沫とともに地面に落ちる。

 少年の腕は、確かに抉り落とされた。


 だが、目を瞬けば既に再生している。

 時を戻された様に。元から切り落とされた事実なぞ存在しない様に。


「ぅぅぅ!!?」


 それに驚く暇も無い。

 数十分と掛けられた攻防は、聖光によって終わりを迎える。


 悲鳴も、呻きも無い。

 ただ其処には、一人の神童が凛然と佇んでいた。


「かっっっった。やっと死んだよ」


 少年は、悪態と共にさっき吹き飛ばされた筈の左腕をさする。

 利き腕を飛ばされた。けれど、もう再生している。


 時戻しに近い再生能力だろう。

 だが、少し不便な所が一つ。


「───あーあ。左腕の所の布がすっぱりと。良いブランドだったんだがねぇ……」


 服は再生しない。モイラの鎧とは違うから。

 つまり、少年の服は左腕の布のみが欠損していると言う世紀末チックなものになっていると言うわけだ。

 これはため息を吐かざるを得ない。


 ……まあ、それは置いておくとして。

 少年は死んだ巨漢を前に、霊脈の調査に入った。


「実験体を作り出す皮下霊脈……少し興味をそそられるね」


 かの神術師の様に。

 少年は忠節無心(カラクリキコウ)で巨大な研究用具を形創る。

 そして───。


「これは──────」


 ある一つの『証拠』を、偶然にも発見した。


 ♦︎


 胸やら、頭などをさする兄弟たち。

 それに、流石に急過ぎたかなぁ……と思うフェルナ。


 けれどその様子……殺し合わない様子を見るに、解決した様だ。

 母の言葉が耳に届いた様だ。今だ仲直りとは行かない様だが。


(カーネ・スノウストが読んでいたとされる、ストロブ・ラザー物語。その中から出てきた栞が役に立った様ね……)


 過去記録と心象風景の共有化。

 それを為された相手は、過去に記録された事象を追体験する事になる。


 事象操作の応用だ。しかもかなり高度な。

 恐らく、カーネ・スノウストと言う女王は、事象操作や魔法力学に秀でていたんだろう。

 それに……。


「実際に相手が目の前にいる訳でも無いのに、あの様子……記録だけで会話を成り立たせるとは……流石に真似できない母親っぷりですわね」


 その身技に、フェルナは素直に感服。

 未だに体をさする兄弟達に、彼女は少しばかり羨ましさを抱いた。


 と、その瞬間。

 モイラたちが合流する途端に、突然空から───。


「君達!即刻宮殿に!」


 少年、ユトが降ってくる。

 雪も立てぬ完璧な着地───とか言っている暇では無い様で。


「どうしたの?そんなに焦って?」


 息を立て、いつもより早い口調にモイラは困惑する。

 それを受けてなのか、少年は深呼吸。


 未だ驚きが隠せない一同に、こう声を張り上げた。


「──────黒幕が、判明した」

「!!!?」


「どう言う事だ」と兄弟達は問う。

 けれど、本当にそれしか言い様が無いのだ。


「黒幕は国王では無い。それを操っている人物だ」


 ユトはその言葉と共に周囲を見渡し、あの人物がいない事に胸を撫で下ろした。

 まぁ、とにかく説明が足りない。


 一応救済者側は理解できた様だが、兄弟達は違う。

 先程の事も相まって、素直に「ああ」と言ってユトに付いていけない状況なのだ。


「どう言う事だ……?ユト、国王が悪じゃ無いのか?」

「んな訳無いさ。───その様子を見るに『終わった』様だね。付いてきて」

「え。まだ僕達理解できないんですが……?」


 たじろぐユリ。

 ちょっとだけ切れるイドル。

 それにユトはただ。


「───付いてきて。一刻を争う」

「!!?」


 眼光で脅し、反抗を亡き者にした。

 仕方なく宮殿へ走って向かうイドル達だが、フェルナは一度、止まった。


 そのため、後ろから急く声が聴こえるが。

 兎に角フェルナは、自身の能力によって止められた兵達をどうにかしなければならない義務がある。


「仕方ない───応急処置!!」


 フェルナは十字架を消し、同時に兵達の戦意を失わせた。

 目の前の敵を攻撃せぬ様と言う、契りを交わさせた。


 そして、フェルナは一件落着と走り出す。

 ユトの言う『黒幕』とやらの元へと。


 ♦︎


 ───分かってはいた。

『彼ら』は、私のやろうとしている事に気付く筈だと。


 彼らがこの世界に車では、全くもって安泰だった。

 まぁ、少しばかり女狐めの勘繰りがあったため……消したが。


 ───あの方への忠義は今、果たされようとしている。

 私は心亡き身。だから虐殺の限りを尽くせた。

 あの方のお陰だ。───全て。


 その点、使い魔は実にいい働きをしてくれた。

 反乱分子を消耗させ、どんどんと盲目の限りを尽くしてくれた。


 彼らの救済も、かなり遅延出来た。

 だが一つ誤算だったのは───。


 ♦︎


「『黒幕』って、どんな奴なんだ!?」


 イドルは問う。

 宮殿をその足で駆けながら、息も切らさずに。


「見れば分かる。───ああそこ右!」


 僕は先頭を行くユリへ命令し、経路を変えさせた。

 そして、ユリは僕が何処へ向かっているかと言うのを、ようやっと察した様で。


「この道───玉座ですか!?」


 ユリならではのその察しに、モイラは驚いた。

 この先に居る人物の魔力反応を確認した故だろう。


「───ユト、まさか黒幕って……」


 途端、玉座の間の目の前に付く。

 開かずの扉だ。ユリも数えるくらいしか立ち入った事が無い。


 それをイドルとユリは……躊躇せず兄弟揃って蹴破った。


「どこに居る黒幕……って───ッ!!!」


 瞬間、そこから垣間見えたのは。

 ───そう。


「スーゴ・ターライト。王国を傀儡として扱う、悪の執事だよ」


 兄弟達の目に映ったのは、親しみがあり過ぎる執事の姿だった。

 我が父を暗黒で包む、悪人の姿だった。


「───誤算でしたね。兄弟にまた友情が芽生えるとは」


 執事は否定しなかった。

 悪と罵られようとも、一つも表情も変えなかった。


 その上で『誤算』と。

 感情を無くした様に、彼らしくも無い非情な顔を浮かべた。


 その顔は、兄弟ですら見覚えがなかった。

 だが───あれが本心か、と。そう察せてしまった。


 擁護したいはずなのに。

 それを否定出来ないほど……横で呻く父の姿が目に入った。


「誤算……?スーゴ、お前───」


 言い掛けるイドル。

 兄弟揃って執事へ目を向けるその姿は……執事に取って誤算そのものだった。

 だが、彼は動揺しない。それに。


「ええ。私が黒幕ですよ。───国王をこの様な姿に陥れたのも。国を崩壊に導いたのも。それに勘付いたカーネ女王陛下を呪いで死に至らしめたのも……私です」


 瞬間、兄弟の圧が濃くなって行く。

 徐々に。それは執事への完全な殺意へと化していった。


「───母様を……?お前が?」


 ユリが発した言葉には、殺意しか乗って居なかった。

 けれど執事は、表情を全く変えなかった。


 無機質。

 モイラが戦った事のある魔族に似ている。

 無の表情。それにイドルは苛立った。


「……民を虐殺したのは、お前か?もう百数十人も死んで───」


 イドルは顔を見上げ、執事を睨んだ。

 そこから、見えたのは。


「───それが、何か?」


 一つも表情を崩さない、スーゴがそこに居た。


第4章終幕、前編です。

多分次の更新で、この作品は完結します。

多少勝手になりますが。

この作品のリメイクを後で出すかもなので、期待しておいて下さい。

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