傀儡
「これが僕……スノウスト王家の過去。───どうです?暇潰し位にはなりましたか?」
ユリは告げる。
悲しくも誤解に満ちた過去を。
それでも可憐に僕を見つめ、王子として彼は笑った。
「……ユリ君ってさ」
それに僕は目を伏せ、雰囲気を変えて呟いた。
「はい?」
「──────弟君を本当に殺す時には、やはり躊躇しないのかい?」
「……え」
それにユリは、一瞬表情を凍らせた。
けれど直ぐに取り戻し、俯いて告げた。
「あ、いや……そうですね──────躊躇なく殺すと、僕は思います」
「それは、母様の遺言が故かい?」
彼は、数秒沈黙してから頷いた。
「……はい。これが母様の伝えたかった事だと、心から思っていますので」
僕は影ながらに、拳を強く握った。
……言いたかったのだ。その狂った思想に。
───『自分の考えている事が、相手に全て伝わるとは限らない』
言葉という枷を使う以上……この問題は避けられない。
例えユリ王子が敬愛する母だと言えど、受け手が無垢では齟齬が生じると。
分からないが、それはイドル君も同じだったろう。
だからこそ、こんな馬鹿げた殺し合いが出来ている。
絶対に慈悲深い母が望まぬ様な惨状を、彼らは誤認が故に起こしてしまっている。
だがその狂いを、微量ながらに認知しているから……この兄弟は───。
「でも今はもう……面影すらも有りませんが。───下を見てくれませんか?」
「下?」
けれどユリは、狂気を飲み込んででもそう呟いた。
失った母の温もりに浸る様に、バルコニーの下を指差した。
そこには。
「───兵器開発室。前は母様の温室だった部屋です」
「……何故君は、思い出の場所が消えるのを止めなかったんだい?出来た筈だよね?」
僕は瞬時に悟り、王子であれば解決できた問題にそう問うた。
けれど帰ってきたのは、悪い過去を思い出す様な表情だった。
「いえ……。あれが在るだけで、争いが起きてしまいますから。───だからほぼ全て、母の愛用していた花に満ちた部屋は……全てドアプレートごと塗り潰され……あの様に」
「……そう、か。残念だ」
彼の目は虚ろだった。
そんな些細な事、と過去を切り捨てる様な残忍さが……その目には在った。
彼の母は望みもしなかったろう。
彼が『傀儡』となる事なんて、死んでも否定したかったろう。
けれど、今は……かの王の傀儡。
感情を切り捨て、ただ命令に従い続ける息子……ある種の化物だ。
───今は口に出せないが、やはりこの兄弟は……。
「そもそもの事、母様があの温室で読んでくれたストロブ・ラザー物語の本も、今は開かずの金庫の中。一回も、僕はあの中身を見ていません」
僕はその言葉に、目を細めた。
「……中身を見ていない?」
「そうです。───正確に言えば、読めなかった、ですね」
そう。ユリ王子はあの物語の中身を実際に読んだ事はない。
母様の口から出てきた物語の綴りだけを、兄弟共々覚えていた。
───中身を見る資格は無い。
あの血塗られたあの本に、少年だったユリはそんな感情を抱いた。
「だから僕は剥ぎました。本の表紙を……丸ごと」
僕はその言葉で思い出す。
以前、ユリの腰にて揺らいでいたあの血塗られた書物は───と。
「じゃあ、君が常時身につけていた軍略本の『それ』は……」
「……ええ。僕が貼り付けた物ですよ。ある程度の縫い合わせは必須でしたが」
「───何故、そうまで?」
僕がそう聞くと、ユリは満月を見上げた。
「正直、中身を見たく有りませんでした。僕の弱さを責められそうで」
「……だから、上部だけを取って付けたと?」
「正解です。僕はただ……知りたくなかったんです」
ユリの拳が、ゆっくりと握られる。
その目は、今にも潤んで泣きそうだった。
「でもそんな上部だけの気休めも……落として消えてしまいましたがね」
ユリはそう言いながら、軍略本が在った位置をさすった。
けれど、言葉の通り……そこには血塗られた本は無かった。
その行き先に思い当たる節が無い訳では無い。
けれど僕は、わざとその先を語らなかった。
「そうか。───うん。そろそろ僕は眠りに就く事にするよ」
そうして僕は、聞くだけ聞いて欠伸をかいた。
出来るだけ自然に。
「分かりました。───下らない与太話にお付き合い頂き、誠に……」
頭を下げかけるユリ。
威厳欠くその姿。
踵を返す僕は、途中で直ぐに遮った。
「良いのさ。君の過去が分かっただけで。話してくれただけ有難いよ」
「ユト様がそう言うのであれば……送りましょうか?」
「いや、良い。───ああ。それとユリ君」
「はい?」
僕は突然に歩みを止め、振り向かずに背中で告げた。
救済者として、“中立”として。
「もっと王子らしく振る舞い給え。───後今日は、早めに寝ると良いよ……じゃねー」
「分かりました。良き夜を───」
そうして僕はユリの元を去った。
けれど。
「……良し」
僕は、誰も居ない通路にて立ち止まり。
そのまま、人目を確認して右耳に手を当てた。
通信機器だ。イヤホン型の。会話の最初から付けておいた。
ノイズも妨害も無し。傍受もないとするなら───。
ながーーーーーい!
ちょっと第4章、長すぎやしませんかね?
元々四十万文字で終わらせる筈だったのに……長し。
これから一・二万文字は喰いそうな気がします。