『似ている』
「───これが、俺たちの過去だ。呪いたくもなる無垢さだ」
イドルは告げた。
先程とは違った雰囲気で、彼は月光を浴びていた。
悲しいか、憤りを覚えているのか。
珍妙過ぎてそれは分からない。けれど───。
「……苦しいですね。私以上に」
「───これも一興、って笑い飛ばせたら良かったんだがな」
「未だにその遺言が、頭から離れないの?」
「……ああ。俺も、兄も同じだろう。……考えてる事は分からんがな」
そのイドルの言葉に、フェルナは目を伏せた。
語られた過去に同情し、その上で悲観する様に。
───小さ過ぎる自分だけでは、彼を正せない。
それ程までに、かの兄弟の過去は混雑している。
満月を懐かしむイドル。
彼は一瞬でも、その『志』を歪めた事は無い。
……いや。歪められなかった。
頭に響く遺言が故に、剣を王国に向ける事になった。
───母様は間違ってなんか居ない。
ただ、俺たちは……。
「狂っちまったんだよ。あの父と同じく、堕落したのさ」
「イドル……」
その弟の眼は、遠い彼方にある何かを見詰める様に虚ろになった。
身の内に溢れ出す感情。
それを彼は、出すこともできずに飲み込んだ。
そして。
「───そう思うよな。そこで盗み聞きしているお前も」
探る。
今まで会話を盗み聞きしていた人間を、今になって指名する。
「……!!?」
故にガレーシャはたじろいだ。
かなり気配を消していた筈なのにと。
「イドル君?そこに何かいるの?」
「言っただろ。俺の過去を裏から盗み見る臆病者が居るんだよ」
「臆病───へ、へぇ……」
フェルナは、そのイドルの答えに歯切れ悪く返した。
そこに誰が居るのかを、察せない為か。
それとも……。
「ふぅ……」
ガレーシャは意を決した。
流石にここで逃げては恥にしかならないから。
だから諦めて自白……謝罪しようと物陰を出かけた。
だが、直後。
「あいたっ!」
───ガシャガシャ。ズコーン。
軽い悲鳴と大き過ぎる物音と共に、その人影は現れる。
イドルの視線がそこに向けられる。
どうやら、彼が察していたのはガレーシャではなく……。
「───モイラちゃん!?何でここに!?」
「やり方が汚いぞ、馬鹿。聞きたいのなら正々堂々とだな……」
その人影はモイラだった。
色々な所に足を引っ掛けながらも登場した彼女は、白々しく頭を掻いた。
「あはは〜。なんか話し声が聞こえるもんだから、つい……」
「盗み聞きをしたと?───俺の過去も随分軽くなった物だな」
「いやそんな事は……」
腕を振って弁解するモイラ。
コケた所為で雪を被って居た上に、醜くもある言い訳。
漫才じみた会話に、最終的にはガレーシャも混ざってしまった。
「……あ」
「───ガレーシャ。お前もか……はぁ」
イドルは大きすぎる溜息を吐き。
そのまま、考えるように盗み聞きしていた二人組を睨み。
最後には。
「───っち。もういい!なんだか怒る俺の方が馬鹿らしく思えて来た!帰る!」
イドルは赤面。そして起立。
プンスカと怒るイドルをこのままにしては置けない。
だから盗み聞きの二人組は、その背中を焦りと共に追った。
「ちょっと待ってイドル君!!ちょっと話を聞いて……」
「そうですよ!私だって心配で……」
「───良い!!ウザったらしいから引っ付くな!糞女共が───」
弁解を試みるガレーシャ達と、それを聞き入れる事の無いイドル。
ある意味、話の終わり的には仲睦まじくて全然良いのだが……。
「ああ……行っちゃった」
フェルナだけは、波に乗り切れず置いていかれた。
だが、それでも彼女はその背中を追う事はしなかった。
───少なからず……いや。少し思う所があったからだろう。あの話に。
自分に似ていたイドルの過去に。狂ってしまった日常に。
「はぁ……でも───」
フェルナは満月を見上げた。
今度は一人で。
あの『彼』が居ない、一人で見上げる満月に。
横に誰も居ない……場所も違うけれど。
「死と、狂気、最期には変化。……似ているわね。本当に……」
フェルナはおもむろに、二つの本を取り出した。
一つは、表紙の剥がされた童話の本。
二つは、血にまみれた、縫い合わせだらけの表紙の軍略本。
それらを雪の上に並べ、フェルナは呟いた。
先輩に再確認させられた『意志』を胸に。
「でも、だからこそ───」
吹雪舞わぬ、白銀の丘。
地表には陰陽が流れ、皮下には悪が根付く。
そして空には、狂いようのない満月が輝く。