狂った解釈。幼少故の誤認。
「馬鹿か!こうなる筈が無いだろう!?」
机が勢い良く叩かれ、花瓶が地に落ち。割れる。
「アザミ様!?どう致しました!?」
「───いや。済まない……取り乱してしまった様だ。今日は帰って良いぞ」
父の怒号が聞こえてくる。耳を痛めるほどに。
あの、常に凛々しくあった国王が───部下を叱咤している。
それだけでも、異常なのは分かっていた。
だからイドルは、余計父に近寄り難くなった。
───『変わってしまった』と。そう悟り。
イドルはそれに思い当たる節がありながらも距離を置いていた。
兄もそうだった。
母様の死後以降……兄弟の仲は嘘の様に凍り付いた。
別段行きたい所も無くなり……目指すべき指標はもう居ない。
……それに同情するメイドの悲哀の目が、嫌いだった。
だから、兄弟はそこに入り浸った。
昔の様に、安寧を求めるかの如く。
───如何にかして保たれた、母様の温室に。
「……何で居るんだよ」
「いや……」
けれど出くわしてしまう。いつも兄と。弟と。
同じ安寧を求める相手だとは……何故かもう思えなくなった。
あの遺言を、相手に言う事は出来なかった。
狂ってきたのだ。
───いつもそこには母が居たのにと。
失ってみると、やはり母様の存在は大き過ぎたと実感する。
故に。
「母様……ヒイラギとユリの花が大好きだったよな」
イドルは、枯れ果てたユリを弄りながら、そう呟いた。
「ストロブ・ラザーの物語も沢山してくれたね」
「───なんで、死んじゃったんだろうな。俺たちを残して」
最後には毎回、あの母の死に悲しむ。
その様だけは、兄弟揃って一緒だった。
「……仕方ないよ」
「仕方ないじゃ済まないだろ!?母さんが血反吐を吐いてたって事自体、俺も知らなかったしよ!」
だが毎回毎回、怒りが巻き起こる。
そのイドルの目は、声音は……。
亡くなった母の思い出と共に、その死に様に憤っていた。
「……ああ」
けれどユリは淡白に答えた。
軽過ぎる追悼の意。それにイドルは反応する。
「まさか、知ってたのか?」
「いや……そう言う訳じゃ───」
今までイドルに目も向けなかったユリは、そこでやっと弟と向き合った。
そうじゃないと、自分を弁解するように。
けれど、飛んで来たのは怒りだった。
「───じゃあなんで止めなかったんだよ!」
「僕だって止めたかったさ。けれど───」
「……けれど?そんな弱っちい言い訳聞きたい訳じゃねぇんだよ!俺は!俺は……」
イドルは涙目になった。
怒りと共に、イドルは兄の胸を強く掴んだ。
「もう一度母様に逢いたいんだよ。例え叶わなくても、どうして死んだのかを聞きたいんだよ」
「そうか……」
それにユリは頷くしか無かった。
自分の無力さを、ただ心中で貶すしか出来なかった。
真摯に応えない兄の姿勢。それを弟は突き放した。
「いけすかねぇ兄だな!もうちょっとでも悲しめよ!……ちっ」
突き飛ばされ、地面に崩れるユリ。
その様はもう、兄弟同士とは言えない。
その口調と苦悩は、子供が抱くモノでは無い。
「僕だって、逢いたいさ───」
温室を去り行く弟……イドル。
その理不尽なまでの憤り、その再開を願う声。
───実に子供の脆弱なる心が抱く物だ。
その理論が一般的に見て間違って居る物だとしても、誰も正せない。
実の兄でさえも、変わってしまった父でさえも。
少年だったイドルは、何かに当たりたかったのだ。
実の母を、幼少にて失った憤りを。
それを悲しむ様子すら見せなくなった父に。
──────正せるのは、母の言葉のみ。
『バッドエンドにさせないで』と言う掠れた言葉のみが、弟の脳内にずっと鳴り響いた。
いつしかそれは、彼を十五にして叛逆の道に進ませる糧となってしまった。
かの圧政を行う王国の破壊を行えと。
そうすれば『バットエンド』なぞ無くなると、盲目的に悟って。
イドルは軍を率い、指揮官として立ちはだかる兄……王国に争い続けるのだ。
脳内に響く『足りない遺言』は、ずっと止まないのだ。
それは、兄のユリでさえも同じ事だった。
───『ストロブ・ラザー物語』
並べ替えたら『ロスト・ブラザー【弟の消失】』を意味する物語が、ずっと。
ユリの脳裏に、ずっと焼き付けられていた。
ユリは───弟を否定したかった訳ではない。
母に、この不条理を訴えたかった訳でも無い。
ただ、従えと。
───弟ではなく、自身の父に。
物語にて形作られたヒイラギ王国に従えと。
王国を維持しろと。
王に従い続けよと。
───弟は兄が殺せよ、と。
母はそう告げたのだと。
そう、使命の様に悟って。
──────そうして兄は傀儡に。弟は反逆者となっていったのである。
全ては母の言葉のままに。
その解釈が、間違った物だと……彼らは知らぬまま。
兄は十八になっても尚、盲目に傀儡を続け。
弟は十七になっても尚、王国に徹底的な叛逆を示し続ける。
兄弟の刃の激突は、今も尚続けられているのだ。