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それは、一つの物語から始まった───。

 

 上には満月。

 右には、何やら楽しそうに鍛治師と武器屋の店主が、店の中で語り合っている。

 窓張りの奥で会話は読み取れないが、そこにガレーシャやモイラも入り……。

 まぁ、実にいい会話を交わしているとは思う。


 撤退の中継点にされた、最初の村。

 それに武器屋の店主含め住民は驚いていたが、もう押し黙った。

 今は、もうあまり触れない方針で一時的に叛逆軍の駐屯を許している様だ。


 そして一方、フェルナは雪を踏み締めていた。

 ヒイラギに来て初めて、吹雪が全く吹かない夜。

 その為、彼を見つけるのは容易だった。


「……フェルナ。モイラ達と一緒にお喋りしてるんじゃなかったのか?」


 村外れの、小さな雪の丘。

 その上で彼は───弟は、満月に魅了された様に……一人で夜空を見上げていた。


「いいえ、イドル。───いや、イドル・スノウスト。私は貴方と話がしたいの」

「その呼び方……そうだよな。気になるもんな」


 フェルナは黙って、座りながら微笑するイドルへ近寄った。

 けれどイドルは、決してそれを止めなかった。

 寧ろ……。


「───隠す気は無かった。……お前もその事について聞きに来たんだろ?」


 イドルは一度息を吐き、頭目としてでは無い別の側面で語りかけた。

 彼が持つカリスマ性は裏切らない。その頭髪だって。


「ええ。聞かせて下さい……イドル君の出自について」


 それにフェルナは頷き。

 そのままイドルの右隣へ腰掛けた。


「……」


 イドルはその質問に、空を見上げた。

 そして、凛々しくも悲しみに浸る様に……彼は言った。


「少し───長くなるが、いいか?」


 ♦︎


 コツコツと靴音が鳴り響く。

 そして、一人の少年はかの背中に向かう。

 だが、その横に着く少し前に……彼は呟いた。


「今宵は空が綺麗です。───満月ですよ。来ますか?……ユト様」

「ああ。隣、失礼するよ」


 少年は、気付かれた事に少なからず驚いたが……直ぐに合意した。

 そして……僕はユリ第一王子の右隣に立った。


「───ここに来て満月は初めて見たけど、こっちでは珍しいのかい?」

「ええ。吹雪が無くなって満月が顔を出す日は……数年に一回、あるかないかです」

「そうか……綺麗だね。ここから見る月も」

「……そうですね」


 ユリは、会話の最後に目を伏せた。

 分かりやすく。更に下の風景を見ていた。


 僕の肩が彼の横腹に当たるか否かの距離。

 数秒の静寂が訪れた後……僕は王子へ問い掛けた。


「───君達兄弟の過去に……一体何があったんだい?」


 ユリの動きは、不意を突かれた様に一瞬止まり。


「……その話ですか。やはり……気になりますよね」

「当然だ。弟が王国を裏切ったとは言え、あそこまで殺意を昂らせるのがおかしいからね」

「───良い眼ですね。私はユト様の様な人間には、恐らく一生なれませんよ」

「自虐かい?王子らしくも無い」

「そうでしょうか。私はただ王国の為あらばと思ってやった事なんですが……」


 徐々に噛み合わなくなってきている会話。

 明らかに『何か』に引っ張られたユリの口調を、僕は見逃せなかった。


「───ユリ第一王子」

「……はい」


 意を決した様に答えるユリ。


「何故王国がこうなったか。何故兄弟同士で争う様になったか。教えてくれないかい?」


 ユリは黙る。

 けれど、彼は直ぐに吹っ切れた様に息を吐いた。


「───分かりました。僕の、僕達王国の過去を……教えましょう」


 彼は……彼らは───満月を見上げ、告げた。


 ──────『それは、一つの物語から始まりました』


 ♦︎


 かつてのヒイラギ王国には、二人の兄弟と親がいた。

 その家族は王族。けれど類を見ない幸福さと慈愛を兼ね備えていた。


 吹雪さえも意に介さない物流網。

 計算された、消えない民の幸福理論。

 かの大国リアンとの同盟を結ぶまでになったヒイラギは、絶頂の時を辿っていた。


 そして、兄弟は走っていた。

 無邪気に、メイドの手を焼かす勢いで。

 あの、慈愛満ち溢れた母の待つ───温室へと向かっていた。


 十二年前。

 兄ユリは六歳。

 弟イドルは五歳の時。


 魔法と事象操作の道を歩み始めた子供達は、笑いながら走っていた。

 自他共に認める純真無垢な母親の笑顔を拝むために。

 仕事に忙しく、部下達と一緒に首を捻っている父を刺し置いて。


「母様ぁ!!」


 兄弟は勢い良く、温室の扉を開けた。

 瞬間、鼻に流れ込む華の蜜の匂い。

 愉悦に浸る兄弟。その様は実に仲が良い様に見える。


「──────いらっしゃい」


 そして母親は笑った。

 薄い本を畳み、車椅子に乗った状態で……自身の子を迎え入れた。

 その慈愛で。


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