兄弟、戦場対談
戦場は洞窟内から、絶対凍土の吹雪の地へ。
地下から地上へと移された戦場には、たった五人のみが奮闘する。
「っち!キリが無い!」
僕は苦悶を零す。
幾ら倒しても背後から這い出てくる王国精鋭兵達に向かって。
「でも殺さない様にね!イドルも───って居ない!?」
モイラはそんな兵を『殺さないで』と言いたかったのだが。
肝心のイドルが居ない。既にユリと対峙している。
阿保か、と愚痴を零しかねる僕は、苦虫を噛み締めながらも言い放つ。
「ガレーシャ、フェルナ、モイラ!王国兵達全員頼む!」
「わ……分かったわ!ユトさんは!?」
フェルナは、王国兵の追撃を躱しながら聞く。
「僕は───老人を殺ってくる」
そう言い残し、僕は目標に向かって戦場を跳んだ。
それを止める暇もなかったガレーシャ。呆れた様に微笑を浮かべる。
「仕方無いですね。ここが一番キツそうですが……やりましょう!」
「ええ!」
「うん!」
身の内を間接的に知り合った三人組は、そうして王国兵を仲良くなぎ倒していく。
気合いを込めて。されど不殺に。
ガレーシャは指輪を変形させ、白金の槍を創り……。
♦︎
「……やぁ。来ちゃった」
兵が波の様に吹き飛ばされるのを背に、僕は狂気に笑う。
目の前の、凄まじい武勇を掲げる老人を手前に。
「貴方の相手は私ですか……良いですねぇ。丁度私も退屈していた所です」
執事スーゴは、逃げ遅れた叛逆軍兵を軽く投げ捨てた。
これもまた、狂気に。王国兵に『一人でいい』と手で挨拶しながら。
「これもまた、運命かな?……必然かな?」
「どうでしょうか。それは───刃を剥き合えば、分かることでは?」
スーゴは拳を握り締める。
身に付けられた白手袋の甲には、紫色の文様が走っていた。
(───ヴァレンチノ呪字か)
懐かしい物を見た。
この執事も使うのか。面白い。
「そうだね。───あの時の続き、やっちゃおうか」
そして、空間に紫の波動が駆け巡った。
♦︎
「どんぱちやってる様だな。───お前も、少し肩の力を……ッ!!?」
閃光。
「───よそ見はいけないよ。イドル」
避けるイドル。
「はっ。卑劣にも程があるなぁ。……糞兄」
そして二人は睨み合う。
『兄弟』などと言うしがらみを忘れて。
イドルは銀髪と赤眼を燃やして。
ユリは黒と銀混じった髪と碧眼を揺らして。
「……はぁっ!!」
その上で、王子らは打ち合う。
ユリは乗馬中。対してイドルは歩兵。しかも重症。
───そんな剣の打ち合いに、イドルが叶う筈も無く。
「ぐぅっ!」
イドルは投げ飛ばされる。地を這うネズミの様に。
彼の剣は、兄の一撃によってへし折れた。
「やはり剣撃が甘い。───王国を裏切ったからかい?」
「ハッ。白馬の上からお高い貴族気分かよ。気色悪いぜ」
「そんな意味で言った訳じゃ無いんだけど。……そうだね」
ユリは、突然に白馬の上から降りた。
そして……褒める。
「最近叛逆の力が躍進しているみたいじゃないか。兄ながら嬉しく思うよ」
「お前らもそうだろ?王国下の霊脈のお陰でかなり戦力強化出来たみたいじゃ無いか。───だからここを襲ったんだろ?」
「そうだね。叛逆軍が作る魔力過重剣も良かったけれど……流石に持ち手が弱すぎた」
「……宝の持ち腐れ、と言いたいのか?」
「そう。だから上手く使える僕達自らが霊脈を奪いに来た。合理的でしょう?」
「……計画的、だな。毎回俺の軍を潰してきた糞指揮官らしい」
「褒めてくれて嬉しいよ」
「───ハッ」
イドルは鼻で笑う。そして少しの間動かなくなった。
その間ユリはジャリジャリと自身の鎧を動かしながら……イドルへ近付いた。
傍に、壊れた洞窟……いや、霊脈を見ながら。
───だが、それが仇となった。
(掛かったッ!)
「……ッ!!」
瞬間、イドルの事象操作が空を駆ける。
真空の刃。以前ガレーシャに見せた物とほぼ同義の物。
狙うは兄の首筋。
───殺せた、と……思った。
「……フ」
「!?」
ユリは余裕ある笑みで嘲笑った。
身を翻して簡単に刃を避け、剣で切り裂いた。
そして、瞬時に。
「甘い。これなら昔の方が強かったよ」
ユリは、イドルの首に剣を当てた。
抵抗は……出来ない。後ろに立たれたから。
「……!!つくづくムカつくなぁ。───第一王子」
イドルは、せめてもの抵抗に煽りを飛ばす。
けれど、それはユリの眉を若干顰ませるだけに止まった。
「───イドルがそう呼んでくれるとは……心外だ。さっきから糞クソ言ってたのに」
「今でも変わらねぇさ。俺は手前の馬鹿げた理想を笑ってるんだよ」
「……いや。多分お前には一生、理解できないよ」
ユリは、最後に目を伏せた。
悲しそうに。けれどその表情がイドルに届くことはなかった。
そうして、ユリは弟の首筋に当てた剣に力を入れ……イドルの胸にあるエンブレムに目を向けた。
「───君を崇拝する叛逆軍。それに君のエンブレムの裏にある鐘を見せつけたら……彼ら、どんな反応するんだろうね」
「……!!?お前……本当にそれをしたら───」
イドルが振り向きかける。
けれど、ユリはそんな機を与えすらしない。
「お話はここまで。───じゃあ、さよならだ」
そして、白い雪原に鮮血が飛び散った───。




