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『彼』との、過ぎ去ってしまった私の幸福。

 

 ───その時の二人は知らなかったであろう。


「……フェルナ、食事を───ッ!!」


 霊脈内に生え揃う木々の隙間に、ユトが隠れていた事に。

 元々彼は盗み聞きする気は無かったのだが……運悪くか、その場に出くわしてしまった。


 ……ユトは立ち尽くす。

 あの雰囲気に踏み入る事も出来ず、気付けばその会話を静聴する事になっていた。

 強制、された様に。声も存在すら出せず。


「───フィルフィナーズ。この組織に属する前の私は……性格も、仕草も。全てが暗いままでした」


 フェルナは話を始めた。

 遠い昔の暗い過去を、哀しく思い出す様に。

 その暗い入りに、誰も遮る物は居なかった。

 遮れなかった、とも言うべきではあろうが。


「でも或る日……私の日常は彼と会った瞬間、一変しました」

「……彼?」


 気付けばモイラはそう聞いていた。

 別に尋問の様な事をしたかったわけでは無い。

 善意を込められて発せられた言葉に、フェルナは静かに横顔で頷いた。


「はい。彼はとても善い人でした。最初に出逢ったのはとある喫茶。私が店員として働いていた、静か過ぎる店の中に───彼は入って来たんです」

「客として?」

「はい。───最初は些細なキッカケだったのでしょう。けれど彼は静か過ぎるその喫茶の、制服すらも無いその雰囲気を気に入ったのか……一週間に一回程から、二回三回……最終的には毎日足を運んでくれる様になりました」


 フェルナは呟く。

 懐かしそうで、それでいて悲壮的な……そんな顔をして。


「───私も、その内に彼と深く話す様になりまして。元々暗かった私の性格を度外視して話す彼の仕草に……そうですね。気付いたら私は惹かれていました」


 フェルナは空を見上げた。


「……好きになっていたんですよ。私は、彼の事を。……けれど、思いを伝えるまで……数ヶ月掛かりました。この思いを伝えたら、私は彼に会えなくなるんじゃ無いかって。───あの時の空回りする恋情は、今でも忘れられませんよ」


 フェルナは視線を湖に戻し、再度水面を見詰めて呟いた。

 哀しそうに。


「──────けれど、そんな或る日……彼が、喫茶店に来なくなりました」

「……!!」


 静かに聞いていたモイラの体は揺れる。

 自身と同じ境遇に、心臓を止める様な緊張を感じた所為か。

 同時に、フェルナは顔を落として……自身の体に(うずくま)った。


「……末期癌ですよ。彼は元々体が弱く、肝臓に癌があったようで……そして最近、末期だと判定された様でした」

「フェルナちゃんは、それで……どうしたの?」

「……駆けつけましたよ。その噂を聞き付けた直ぐに。───私が西暦二千年の段階では珍しい亜人であった事もあり、断られはしましたが……身を粉にして抗議した結果、会えたんですよ。───その末は酷い物では有りましたが。それでも良いと……思いまして」

「……じゃあ、彼は?」


 モイラは、愚問だと思いつつも呟いた。

 これが彼女を傷付ける物だと、知っていても。

 モイラは……彼女を思うあまりに聞いた。


 ……フェルナは数秒の間、答えなかった。

 けれど彼女は息を吸い込み、目を潤ませながらも告げた。


「───酷く痩せ細り、肌は真っ青に。彼の右腕には常に点滴が貼られていました。……それを見て、まず私は……泣きました。大粒の涙を、ポロポロと流して。……その後からの記憶はあまりありません。ただ、分かるのは……」


 フェルナは頭上の蝶々を眺めて、目を閉じた。


「──────彼が笑ってくれた。『良いよ』と。……どうやら、私は彼への想いを赤裸々に語ってしまった様でした。けれどその笑顔を見ると……恥ずかしさなんて吹き飛んでしまいました」


 その語りには、フェルナの本心からの笑顔が見られた。

 これだけは善き想い出と。そう懐かしそうに彼女は語る。

 今まで動かなかった猫耳も、尻尾も……今だけは活気に満ちていた。


 モイラは、もうそれに口出しはしなくなった。

 木の裏のユトも、少しほくそ笑んで───は、いた。


「その後の日常は、かなり楽しい物でした。末期と判定された彼の癌も癒えかけ、一ヶ月に一回程外出も出来るようになって……喫茶店では無くなりましたが、彼との病室での語らいに不足は在りませんでした。───外出日には彼と遊園地に行ったり、夕日を見たり……本当に毎日が楽しかったです。病気が治ったら、結婚もしようとか……思って───いた、頃でした」

「……っ!」


 もう一度の絶望の片鱗に、モイラは歯を噛み締めた。

 ユトは目を伏せ『来てしまったか』と心を打った。


 フェルナの顔色がどんどんと悪くなり、目からは涙が零れ落ちる。

 けれど、彼女は語りを止めなかった。


「──────彼が、死にました」


 出て来たのは、絶望の一手だった。

 フェルナの目は虚ろになり、視線は水面すら見ずに地面へ落ちた。

 そしてまた、哀しくフェルナは掠れた声で呟いた。


うぅぅむ。

やはり鬱っぽい。だが仕方なし。

これがフェルナの過去なのです。こうしなければ───彼女が報われないでしょう。


……以上、作者の戯言でした。

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