夕暮れ時。
日が暮れた凍土の地。
空は暗いのに、星空は見えない。
何やら浮き出す焦燥と共に、僕達は洞窟へ入った。
───幸いか、そこにフェルナは居なかった。
辛い顔をしたイドルも、兵達も……もう平常に戻っていた。
「……終わったか」
「ああ。───ところでフェルナは?」
イドルの声と共に、僕は聞く。
片づけられた作戦会議室の状況に心なしか安堵を覚えつつ。
「かなり静かに霊脈の所に向かってったよ……後、聞かずともあの少年は無事だ。フェルナがなだめてくれた」
「そう……」
イドルの言葉に、モイラは何故か目を曇らせた。
だが、その事に僕が気を掛ける暇もなく。
「ああ……そうだ。───これからの予定を確認したいから……ユトとガレーシャ。お前らはここに残ってくれ。モイラは……頭が弱いから外で遊んでろ」
「了解」
僕の快い承諾を若干遮り。
「───なっ!!頭が弱……でも、そうだねー。分かった……私は外の息を吸ってくるよ」
モイラは一時イドルの指示に難色を示した……が、すぐに納得して肩を落とした。
その表情が暗すぎて……同情すら出来る物だったが。
「済まない」
イドル含め、その背中に手を出す事はしなかった。
……モイラからの返事は無かった。
悲しかったのか、思いつめているのか。
僕達はその理由を、そこで察する事が出来ぬまま。
「───じゃあ、先ずは今後についてだが……」
モイラが部屋から去ったのを確認し、イドルは言葉を連ねた。
少しばかり意気が消沈した様な気もするが、頭目が故……思考の切り替えも大切なのだろう。
僕とガレーシャは、モイラの暗い表情について知りたがる心の手綱を引き絞り、会議へと意識を集中させる事にした。
♦︎
一歩、一歩。
一つ一つ歩んで行くにつれ、どんどん足が重くなる様な気がする。
この先は皮下霊脈だと。そう思うつれ。どんどん心が重くなる気がする。
自分は勘が良い方だった。……嫌になりそうな程に。
でも───だからこそ、あのフェルナの表情は見逃せなかった。
悲しそうで、号哭し出しそうな……そんな顔が。
「凄いなぁ……夜になるとここは、雰囲気ガラッと変わるんだね」
気付かれないように、モイラは呟く。
自身の心を安定させる為に。
霊脈により、夜空の如く藍色に光る空を見上げながら。
息を吐き、そのままに霊脈の緩やかな階段を降りていく。
「……」
途中で、モイラは見た。
探していた背中を。
同時に彼女は拳を胸に当て、もう一度その背中を俯瞰した。
哀愁漂うその姿は、やはり似ていた。
───だから……。
「横、良い?」
モイラは、静かにそう問うた。
出来るだけ自然な声音で、仕草で。そう微笑した。
「……どうぞ」
返されたのは、いつものフェルナより数段も掠れた声だった。
消え入りそうな声だ。
今にも泣き付きそうな声だった。
口調は、別人とさえ思える程に哀しく変わっていた。
モイラはその横にゆっくり座り、絶妙な距離を置いた。
ふと横を見てみると。
彼女はモイラの顔を見ず、静かに淡く光る湖だけを見詰めていた。
その横顔は。
「悲しそうだね」
「……そう見えるでしょうか」
そこで、初めてフェルナはモイラと顔を合わせた。
やはり、今にも泣きそうだった。
モイラの目も、それに釣られて潤みかけた。
けれど彼女は抑え、静かに問うた。
「どうしたの?───やっぱり、あの子供の事?」
「……ぅ」
その質問に返答は来なかった。
フェルナの息が止まったのを感じた。
「ごめん、配慮が足りなかった」
最初の質問としては踏み入りすぎたのか。
そうモイラは自責に駆られ、フェルナの横顔から目を逸らした。
数秒程、静寂が走った。息が詰まる様な緊張だった。
空に飛ぶ蝶々が、静かに跳ね飛ぶ頃。
「少し……昔の話をしても良いですか、モイラさん」
フェルナは口を開いた。
───『モイラちゃん』
名はそれで良いと……発作的にモイラは言いそうになったが、飲み込んで小さく答えた。
「……うん」
「少し長いですが……付き合ってくれるなら」
フェルナは告げる。
座る草むらに駆け寄った、小動物を撫でながら。
悲しいながらも慈愛を出し、ある昔話を読み上げた。




