白き外套の暗殺者
白い吹雪に血が混じる。
飛び散る血潮は白い外套に掛かり、返り血となって銀世界を赤で彩る。
滴る血液。突き刺された手。
心臓を抉られた痛みは、尋常では無いものだったろう。
「がッ……貴様……何も───」
男は血反吐を吐く。
だがそれでも尚、自身を刺した謎の人物に睨みを送った。
男自身、自分が死ぬなんて思っても居なかっただろう。
屈強な彼の白衣が血で染みていく。
されど、謎の人物は躊躇もせずに男の心臓を引き抜いた。
「かは……ッ!」
男は倒れ、白銀の雪には血が染み込む。
増す吹雪。謎の人物の後ろには死体の山。
その全ては、例外無く心臓を抉り取られていた。
……蘇生の兆しもない。
死んでいるのは、全て叛逆軍に情報を送っていた伝者や科学者。
女性、男性、青年。
その全ては、謎の人物によって息絶えていた。
───かくして、謎の人物は呟く。
虎視眈眈と。人を殺めた事に何の感情も抱かず。
『これで終わり』と死体に見切りを付ける様に、謎の人物は外套の奥で語った。
「……やはり速過ぎる。叛逆軍には私達の徳の為、まだ足踏みしてもらうとしよう。───これで十九か。まだ甘い。もっと殺めねば」
その声は淡々としていた。
声は全く震えず、男の様に太い。
謎の人物は踵を返し、奪った心臓を地に落とし。
そして血の雪原を歩みながら、こう吐き捨てた。
「───私は心失き殺戮者。計画はいずれ遂行されようか……」
然して謎の人物は霞へと消えていった───。
♦︎
叛逆軍アジト内洞窟、作戦会議室。
そこが醸し出す雰囲気を肺に、イドルは言った。
『叛逆軍に加担する研究者や情報提供者、市民までもが何者かによって虐殺されている』と。
それは嘘ではなく。フィクションでもない。
現実だ。
何故か起こり得てしまった虐殺だ。
……彼の話によると、今確認されてるだけでも五十人は殺されているらしい。
頭が痛くなりそうだった。イドルも、モイラ達だってそうらしい。
王国軍がやったのかを確認出来ないだけマシだ。
現場の状況からすると、非現実だが単独犯で同一犯でもあるらしい。
───有り得ない、と言う言葉がまず出た。
それもそのはず。
この被害は『今日』に起こった事だ。
しかも、この虐殺はヒイラギ王国各地の村で起きている。
それに外には、今もかなりの吹雪が吹いている。
どうしても一人でやるには時間が足りなさ過ぎるのだ。
けれども、どれだけ調査しても単独犯としか判別できず。
しかも被害者が何の抵抗も出来ずに死んでいるのだから……誰がやっているのかも判断が付かない。
猛獣かもしれないし、叛逆軍スパイかもしれない。
はたまた、王国が遣わした最強の尖兵かも知れない。
けれど答えは出ないまま。
イドルの怒声が、遂に洞窟内で鳴り響いた。
「───セアフ、ダメイス、ウォリアー……ぁあクソが!貴重な仲間達を殺したのは誰なんだ!」
彼の口から出たのは悲痛。
仲間を想うあまりの怒りが、部屋の机に当たった。
彼は、先程まで魔法写真を眺めていた。
さっき叫んでいた、仲間たちが映ったものだろうか。
───だが今はもう、見る影も無い。
イドルの怒りに飛び上がって、そして割れてしまった。
……その哀しみも窺える。
けれど、彼は仲間に掲げる威厳の為にも今涙を見せる訳には行かない。
辛いが彼は踏みとどまり、怒りを飲み込んで深く息を吐き。
そして、部屋の端で身を潜めている叛逆軍兵士達を一瞥した。
「……お前達」
「はいっ!」
先程の怒声の所為か、伝令に来た兵達は震え上がっていた。
けれどイドルはその視線を緩めず。
「今残っている住民達に援軍を送れ。今はこれしか出来ないが……やってくれるな」
「……分かりました!伝えてきます、頭目!」
兵達はそう返事し、逃げる様に……急ぎながら部屋を後にした。
───残ったのは僕達とイドルだけ。
天井にランタン一つのみが灯る暗い部屋に、静寂が駆け巡った。
一瞬、安堵にも似たイドルの息が混じる。
だがそれも……一つの幼き少年の声によって遮られた。
「イドル兄ちゃん、さっき兵隊さんが走ってったけど……ってそうだ。───お父ちゃんはいつ帰ってくるの?まだ会えないの?」
それは少年だった。僕よりも数段背丈が小さい子供。
そして少年は首を傾げる。
写真はひび割れ、机はズレ……先程まで怒声が響いていたこの状況に。
更に会えぬ父への行方を求め、イドルへ疑問を呈す。
───だが、その声に答えは返って来なかった。
あるのは焦り。心臓が止まるが如くの窮地のみ。
───「それは……」とそれ以上口を動かせぬイドルの焦りだけが、部屋に空回りしていた。
故に僕は聞いた。
少年に笑い掛けながら、イドルの焦りの原因を問いただした。
「あの少年が、どうかしたのかい?」
するとイドルは下に落ちた写真を見詰め、悔しそうに告げた。
「……死亡を確認された研究員の一人、ウォリアーの息子だよ」
「……そうか」
イドルは目を伏せた。
その目は本気で、少年と目を合わせられぬモノが見て取れた。
───僕はそれに頷く事しか出来なかった。
少年には、この事を明かせられないから。
裏で僕はただ、苦汁を舐める様にして口をつぐむしかなかった。
それが最善だと。残された者の気持ちを汲み取って。
……無垢なる心に、その復讐心を植え付ける訳には行かないから。
───見詰められた割れた写真。そこにはウォリアーとおぼしき人物が写っていた。
その男は笑い、自身の子供を抱きかかえ……イドルと笑っていた。
けれど───死んだ。
残されたのは少年だけ。
父の方としては、さぞ悔やまれる死であっただろう。
こんな内戦の世に息子一人を残したくは無かっただろう。
だがその遺志は子供へ伝わる事はない。
───だから僕達は……戦争が嫌いなんだ。
人が死ぬのを吉としないんだ。
戦いの末に残るのは悲しみだけ。
今やっと……僕らは再確認したよ。
フェルナは動く。
少年を除く全員が知った事実に、ただ一人動いた。
───自身の過去が故だろう。
そうしてフェルナは抱きついた。
父の安否についてひたすらに聞き返す少年に。
「ごめんね、ごめんね」と。一心に呟いて。
それで困惑する少年に対し、ただフェルナは過去を重ねた。
それを止める事は……僕達には出来なかった。
彼女の過去を知らないから。
彼女が少年に抱きつくのを見て、更に悲しみを増すとしても。
そんな中、ふと僕達は思い出した。
『叛逆軍側に付く研究者や民が殺されているのなら』
───『あの鍛治師も、無事では無いんじゃ無いのか』と。
悟ってしまった。
あの少年の父の死を受け、最悪の結末を。
流石にあの『人権無き鍛治師』が死ぬのはまずい。
あのサプライズが出来ない故に、あの腕は一級だ。
失うわけには行かない。……安否を確認せねば。
そうして僕らは、それを活力として歩を進めた。
『どこへ行く』と聞くイドルに、適当な断り文句を送って。
少年へ一心に抱きつくフェルナを、苦汁の決断で見逃し……僕達は鍛治師の安否を確認しに行った。
試みとして、括弧に地の文をくっつけない様にしてみました。
読みやすくなったかな……そもそも、地の文を減らすべきか……。




