狡猾、錯乱。即ち楽土。
互角に過ぎる戦い。
見た目上は綺麗だが、それでいて豪快な戦い。
その渦には毎度として火花が散る。
魔法も飛び交う様になった。
槍が吹き飛ばされたのなら素手で。
剣が飛ばされたのなら魔法を使う。
時には、拳と魔法が対峙する事もあった。
けれど両者は、隙無しの攻防を繰り広げる。
受付嬢の皮を被った武人は、拳で牽制して槍を穿つ。
赤眼光る叛逆の頭目は、魔法で受けて剣を薙ぐ。
だが、いずれにしても決着は着かない。
全ての攻撃はいなされ、受けられ───そして躱される。
終わりの見えない戦い。
相手を屠る為の絶技は、刻々と披露されて行く。
……されど終わらず。血も舞わず。
けれども二人は、相手を睨んで火花を散らす。
───視界を狭む暗黒が、ガレーシャの目を霞ませようとも。
例え、相手が空間を知り尽くした猛者であろうとも。
ガレーシャは拳を数発穿ち、今にしてこう告げるのだ。
「甘いッ!!」
あの母親の様に、戦いに狂喜乱舞して。
それが無意識の内であろうとも、その遺伝子は裏切らない。
だからこそ圧倒するのだ。
目の前の敵が有利を取っていても、それでも互角へ持ち込めるのだ。
だが、苦労はあった。
幾ら槍を飛ばされようとも、拳を薙いで払ってやり過ごした。
けれど、そもそも武器を飛ばされる事自体がおかしいのだ。
自身に格闘の心得が充分に在ったのが良かったはものの、武器を落とす時点で論外。
───いや。それ程までに相手は強いのかと。そうガレーシャは錯覚する。
然り。これは即ち錯覚なのだ。
相手であるイドルは狡猾であるのだ。
表ではどれだけ正面戦闘に長けていても、根底に混じるのはずる賢さ。
それを掲げずして、イドルは笑うのだ。
視界を確保する為のランタンを意図的に消して。
漆黒に染まった魔法の刃をガレーシャの周りに無数に展開して。
あくまでも正当に戦うガレーシャを横目に、嘲笑するのだ。
───『これで死ね』と。
相手の力量、裁量を判断する為なら……彼は喜んで邪道を歩む。
その先に自分らしい自分が居なくとも、偽善や嘘で塗り固められていても。
相手の本性を暴ければ、それで良い。
それで望みの裁定が出来るのなら、と。
正しい様で誤った思考を持って、彼は『本性表せ』と笑う。
──────けれど。
「……フ」
彼女は笑う。
小さく口角を上げ、極限まで隠された狡猾へ笑いを零す。
この殺意、意思。そして敬意。
全てが足りない攻撃に彼女は───槍を翻した。
その運びは烈火の如く。
数十にも届く暗黒の刃は、いずれにして……掻き消えた。
「な……ッ!?」
消したのは───槍だ。
稲妻の様に空を駆ける、悠久の武勇の結晶そのものだ。
“支給品の槍”とも思わせぬその佇まいは、一瞬にしてイドルをどん底に叩き落とした。
狡猾は一刻にして崩れ去る。
それが仮初めの物だった故なのかは……イドルのみぞが知る事だ。
───油断を見せた狐はジャッカルに屠られる。
それを揶揄するかの如く、槍はイドルへ猛進する。
その様、正に凶撃足り得る必殺の一刺しの如く。
空は鳴動し、歩は地を抉る。
息は切れず、故に目は敵のみを捉える。
然して槍は穿たれ、剣を弾き。そのまま頭目へ突き刺さ───。
「……!!?」
時として殺意。
槍は頭目の前で急停止し、ガレーシャは何かを悟った様に驚いた。
元々槍を当てる気は無かった。けれど今回とそれは全くの別問題。
───何せ、横には刃が有ったのだ。
闇に紛れ、人を突き刺さんとする漆黒の刃が。
それは、先程ガレーシャが撃ち落とした魔法の刃と酷似していた。
けれど魔法では無い。
───『……事象操作か』
そう悟る頃には、もう遅かった。
刃は既に彼女の眼前数センチへ。
槍は頭目イドルの眼前数センチに在り。
気付けばユト達の服が揺れ、ガレーシャの目が光りかける。
けれど、もう事態は遅く。
然して空間には、或る一声が鳴り響いた。
「──────相打ち。同点だ」




