彼こそは───王国を滅ぼす救済者である。
真っさらな雪原。
血が舞い踊る荒野。
これと同じ光景に、昔なった事がある。
あの時は……殺したが。今ではそうならないと思える。
撃て。救え。終わらせろ。
……我々には、こう言った暗示が効くのだろうか。
答えは出ない。
けれど僕は呼吸を整え、サイトを覗く。
───不安は無い。
目を濁らせる暗雲は既に消え去った。
引き金を引く指の震えはもう、なぎ払った。
後はただ、狙いを定めて撃つだけ。
穿つは戦場。
狙うは武装解除。
サイトから見える景色を、戦場を……僕は静かに俯瞰する。
心臓の鼓動を極限にまで抑え、機を見計らう。
然して、こう謳う。
ヘッドアップサイト起動完了。
目標;残存兵力593……591……585。
距離;3.93km。
目標計算終了。
威力計算完了。
弾倉【武装解除弾】装填完了。
目標兵装確認。
弾倉被害計算、及び調整完了。
反動計算終了。
気象動向計算完了。
[リミッター施錠]
ある程度の計算が完了した所で……僕は息を吸う。
そのまま左目を閉じ、右目でサイトを覗き続ける。
……身を任せるのだ。
自身の腕に。そして相棒に。
ただ、右目に映る情報だけを処理しろ。
さすれば、弾は当たる。
戦場から武器が無くなり、隠密に済む。
だから僕は撃つのだ。
人を殺さぬ狙撃をするのだ。
一歩間違えば、この世から武力が無くなる。
だから責任持って……僕は穿つのだ。
──────そして……そろそろか。
機を感じ、僕は息を吐く。
そして止め、意識を『狙撃』という事のみに集中させた。
ともなれば。
「──────発射」
閃光が、人知れず戦場に降り注ぐであろう。
♦︎
───数刻前。
苛烈な戦場。
同士が、次々と命を落として行く生き地獄。
叫び轟く凍土の地。
叛逆軍と王国軍の戦争は、刻々と苛烈さを増していく。
だが戦いに優勢も劣勢も無く。
ただあるのは、互いに互いを殺そうとする殺意のみ。
───『うぉぉぉぉぉ!!!』
吠えを上げる叛逆軍。
それを堅実に受け流す王国軍。
明らかに前者の方が、動きも素人で確実に劣っているはずなのに。
───何故か互角。
確かに一歩でも間違えば、叛逆軍は即座に灰燼と帰していただろう。
少しでも兵の士気が低ければ、即刻全員の首が跳ね飛んでいただろう。
けれど……その『一歩』を踏み外させぬ者が居るが故。
叛逆軍に『希望』を与える存在が居るが故、兵達は立ち上がる。
何度でも、何度でも。
……例え腕を切り落とされようと、足があるのだ。
足を落とされようと、口と気力があるのだ───と。
そんな決死の闘いは、決して仇や……恨みだけで成せる技では無かった。
一重に、頭目の為でも。
自身に希望を見せてくれる頭目に対し、彼らは死んでも忠を誓う。
それが頭目の持つカリスマ性。
兵を芯から奮い立たせる天性の才能は持った……特別な人間。
──────その姿はヒイラギ王国の、二人目の王と言っても良いだろう。
……国王アザミ・スノウストが国を壊す圧政者ならば。
かの頭目は、腐った王国を壊してでも平和を約束する……救済者である。
───だが……状況は唐突に一変した。
♦︎
戦争の外れ。
雪に隠れた野営地のテント、その一角にて。
突然にして帳が開き、血を浴びながらも外から駆けつけて来る男が一人。
その一報は。
「頭目!軍左翼が壊滅寸前です!」
「……なに?」
そう。王国兵が息を吹き返したのだ。
今までは……叛逆軍がその勢いと怒号で王国軍達を威圧していた。
それによって王国軍側の士気が落ち、結果的に互角に持ち込めたのだ。
───普通に正面で戦えば、叛逆軍に勝ち目などある筈もない。
どれだけこちらが策を講じた所で……無窮の鍛錬を積んだ兵達には勝てる筈が無いのだ。
それは頭目も理解していた。
『相手指揮官』の強さも、理解していた。
だからこそ。だからこそ頭目は……狡猾に、兵達へ自身のカリスマを見せ付けたのだ。
やるならば短期決戦だと。そう教え込んで。
動きも体付きも素人な彼等を強くするためには……士気を上げるしか無かった。
そうしなければ対抗できないと───嫌になりそうな程に、思っていたから。
だからこそ、頭目……いや。
───母親譲りの『銀髪碧眼』を受け継いだ美青年は、一つだけ問う。
「……それは、俺が行くべき戦いか?」
問われた男は、その眼光に苦悶し。
傷が痛む箇所を陰ながらに抑え、あの地獄の光景を思い出す。
───そして、息を飲み込んだ末に。
「……恐らくは」
途端、青年は椅子から腰を上げる。
彼自身、二枚腰な側面がある。
兵を思いやる心だって、青年は有している。
───ただ、湧いて来るのだ……憤りが。
あの『指揮官』の動きが。言葉遣いが。───あの過去が。
……脳裏にへばり付いて剥がれない。
青年は、拳を握りこむ。
かつての同胞……か。
そんな感情……とうに捨てた。
だからこそ、青年は謳うのだ。
王国に叛旗を翻す、もう一人の王として。
一つの友情切り捨てた、雪原の覇者として。
痛みに蹲る伝者の肩を一つ叩き。
殺意を持って、青年は告げる。
「───任せろ」
かくして青年は白馬に跨り、戦場へ赴いた。
───全ては、王国を滅ぼす為に。




