『戦争』とは
淡く光る眼光。
強化された視力は、吹雪を貫いて……その奥を垣間見せる。
「……!!」
瞬間、全員が息を飲む。
殺し合いの風景が見えたからだ。
そう。あれは殺し合い。
もっと具体的に言えば───『戦争』だろう。
其処には矜持など存在するはずもなく、ただ白刃のみが輝いて人を殺す。
それだけ。
白馬の様な動物を用いた戦争は、文字通り苛烈であった。
歩兵は馬に蹂躙され、蟻の如く潰される。
落馬した兵達は、地を這う歩兵から串刺しに。
数百の兵達の血で血を洗う……醜い大合戦。
剣で血を踊らせる、狂気なる血の舞踏会。
雪上での殺し合いは、残酷に舞台を赤く染める。
其処には唸りを上げる兵と、誠実に戦う兵の両方が混在していた。
確かに両方とも、軍としては成り立っている。
それでも、瞼を覆いたくなる位には……汚い戦争であった。
恐らく、唸りを上げて叫び散らしている方が叛逆軍。
堅実に、訓練された重鎧兵でそれを太刀打ちしているのが王国軍だろう。
───今正に、僕達は内戦の場を目撃している。
久し振りだったよ。戦争を見るのは。
ええ、実に。そうさな。
全ての戦争は例外無く、全て───醜かった。これもそうだ。
そもそも、戦争はいつか終わるのに……何故殺しあう?
何故戦い合う?
人が死ぬのは、誰しもが悲しい事だろう?
───だが。
それでも人は過ちを犯す。
それを正そうとする者が居ても、いずれ殺し合いの運命は訪れる事になる。
戦争は絶対に起こる。だが起こしていい物でも無い。
馬鹿らしいジレンマだが、そうして人類は変わっていく。
まるで皮肉。
僕はそれを……発狂したくなる程に見てきた。
戦争に巻き込まれた者の叫びを。
家族を残して逝ってしまった男の無念を。
───気付けば戦争は、痛み分けで終わり。
其処に幸福など、有るはずもなく。
戦争の苦痛を時代によって忘れ、人はまた戦争を始める。
其処に喜びなど……ましてや笑顔すら皆無。
有るのは哀しみ、そして苦しみ。
無限に作られる死骸。
戦う意義などもう既に無いのに、何故か続いている戦争もあった。
そして結果的には……人が泣き叫ぶ。
絶滅し、哀しみすら消える事だってあった。
だからこそ戦争は、黒歴史として刻むべき……なのに。
──────なんで君達は、殺し合う?
そうで在りたいからか?
そうしなければならないからか?
いずれその殺戮は止むのに、何故君達は命を散らす?
僕には、我々には───それが理解できない。
───いや。我々もそうだったか。
でも。……でもさ。
確実に戦争は、死すべき黒歴史だと。そう断言出来る。
人理を司る人類には、それを理解して貰いたい。
──────今。身を持って、ね。
♦︎
「王国叛逆軍と、王国軍の戦い……あまり気持ち良い物じゃないわね」
フェルナは目を細めた。
悲観する様に、感情を抑えて彼女はやっと呟いた。
それが自身の内から零れ落ちたモノだとしても、今は抑えろと。
そう言っている様な気がした。
……それは僕も同感だ。
どれだけの理由があっても……あの戦争は辞めさせる為にある。
道行の邪魔だから。人類に永遠に刻むべき黒歴史と分からせる為に。
先程のフェルナの言葉に同意するガレーシャを横に、僕は静かに呟いた。
「流石に、これは救済者として看過出来ない問題だ。だから……」
途端にモイラは表情を緩めた。
それを見る事はユトには出来なかったが、きっと見ていたら……もっと彼は意識を固めた事だろう。
然して少年は謳う。
「──────『死』ではなく、救済者の威厳を以って……僕はあれを止める」
戦争の完全中止ではなく。
───『中立』と言う立場に於いての、少しばかりの諫言として。
少年は右手に、忠節無心を携えた。
静かに。されど過去を……放浪の時を重ねて。
♦︎
「でも、止めるって言ったって……あそこまでの距離って実に数キロはありますし、そもそも近付いてあれを止めたとしても、私たちの『中立』という立場も危ぶまれる気が……」
ガレーシャは問う。
目の前で命が散らされていくのを見ながらも、それでも冷静に訊く。
けれど僕は首を横に振りながら、こう告げる。
「……いや。ここから『狙撃』するから大丈夫。隠密性も保証する」
「───やっぱりユト、やるんだね」
途端にモイラは僕の顔を見つめ、察しが当たった様に頷いた。
その目には、何時もの楽観的な眼差しは無い。
そこにはただ───『救済者』として座に居座る使命人としての気概が在った。
過去に惨事を経験したが故のその目遣いに、僕は静かに頷いた。
「うん」と。自身の過去と重ね合わせる様に。
そして次のモイラの安堵の表情に重ね、一人フェルナは問う。
「『狙撃』……?その能力で……?」
確かにその疑問には、至極真っ当なモノが在った。
だって、この文明に於いては『狙撃』なんてワードすら無いのだから。
一応フェルナは異世界の経験者だが、この時代に於いて銃を使う、その理由が気になったのだろう。
だから僕は笑い。
「ああ。『狙撃』は、僕の能力によって完遂する───」
同時に、僕の右手の上にあった忠節無心は音を立てて変形し。
金属と金属がぶつかり合う様な音と共に、僕は更に言葉を紡いだ。
「───ガレーシャ達には隠してたけど……僕のこの能力、実はもっと上があるんだよね」
かくして僕は自身の能力の最奥について、静かに……悟られぬ様に呟いた。




