鬼畜国王
暗がり、静まり、そして歩む。
網目すら無いほどの警備網に、一つのチームは一喜一憂する。
時には走り、時には暗闇に同化する。
緩急を付けた歩みは、いずれも止まりはしない。
猫耳とメイド服は揺れ、無邪気に宮殿左翼を駆け巡る。
それを受付嬢が追う形で、情報収集への旅は始まる。
側から見れば、直ぐに見つかりそうな雰囲気なのだが……何故か発見されない。
気配すら、感知されない。
そうして左翼担当の彼女らは、一つの部屋に辿り着いた。
忍者の様に。扉を開閉する音すらをも消して。
『情報収集』という魔の手は、直ぐに部屋内部へと潜り込んだ。
「じゃあ手始めに、この部屋を調べましょうか」
「フェルナさんのテンションの差異が未だ良く分かりませんが……そうですね。今のうちに調べちゃいましょう」
そうして彼女達は、しれっと犯罪行為に手を染める。
♦︎
ランタンが薄く、灯る部屋。
扉近くの壁には、古めかしい本が詰められた本棚が並ぶ。
小さな個室を彩る家具は、いずれも古風英国式。
扉正面の窓付近の壁には、小さく暖炉の光が揺れていた。
しかも、その横に置いてある銀槍を見る限り……この部屋の持ち主は宮廷近衛兵なんだろう。
だが、暖炉が灯っている所から……この部屋の主人が帰ってくるのは時間の問題。
だからフェルナとガレーシャは、部屋の扉に近付く気配を逐一確認しながら、迅速に情報を探し始めた。
フェルナは先程の本棚周りを。
ガレーシャは部屋全体という役割で、静かに有益な情報を探し回った。
痕跡を残さぬ様、慎重に。
フェルナは、ゆっくりと本棚を物色した。
すると。
(……む)
本棚の三段目。
その左隅に保管されている分厚い書類が、ひどく彼女の注意を引いた。
別名・勘、という奴だ。
フェルナはそのまま書類を手に取り、一心に中を読み込んだ。
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書類【首都城壁・守護近衛兵に課せられた規範について】
近頃、王国叛逆……レジンスタンスの活動が顕著になっている。
このままでは王国───首都シオン・ラギエッタの存続も危うい。
そこで、国を護る汝らに告げたい。
──────以下記述の項目を、何があっても遵守する様に。
【国家守護項目;排斥すべき者】
首都へ入り込もうとするならず者を、以下の項目をクリアしていない場合……排除する様に。
『女で無い場合』
『成人男性である場合』
『無垢なる子供で無い場合』
『国家の戦力たる冒険者で無い・及びその専属受付嬢で無い場合』
『不法入国者である場合』
{以下、念を押して記述する}
【レジスタンスである場合】
【王国叛逆の意思を、少しでも見せた場合】
【王族からの許可なき場合】
もし、これらどれかの条件に当てはまるものが居たのなら。
──────殺せ。嬲り殺せ。火炙りにしろ。首を跳ねろ。痛みを与えて殺せ。苦しませろ。慈悲など与えずに殺せ。
それが私、ヒイラギ王国国王からの命令だ。
……忠義を果たせ。感情は用いるな。
首都にて生きとし生けるもの。その全ての命運が、汝らの判断に掛かっている。
我らの首都は聖なる物だ。聖都に、一歩たりとも不純物を入れさせるな。
そしてこれを破った者は、我が名により家族諸共即時処刑となる。よいな。
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「狂ってる……こんなの、ただの人形じゃないのよ」
フェルナは嘆く。
その書類を、今すぐ破り捨てたい衝動に駆られながら。
その後の酷い記述を、見たくも無くて。
フェルナは怒りと共に書類を戻し、また唸る様に呟いた。
「人の命を、なんだと思ってるの……?」
気付けば数分、彼女はその場で立ち尽くしていた。
だから、ガレーシャもそれに気付いたのか、
「何か、情報でも見つかりましたか?」
ゆっくりと、フェルナを顔を覗いてきたが。
「いや。ちょっと思い出して。───行きましょう、もうここに情報は無いわ」
フェルナはそう返し、おもむろに部屋を去っていった。
そのメイド、その背中は……どこか、哀しさを感じられた。
ガレーシャはその見た事のある後ろ背中に憐憫を抱き、そして。
「……分かりました」
猫耳が歩み行く背中を、そのままに追っていった。




