鍛治師に人権無し
有無を言わさず入った洞窟。
僕はそこに身を通しながら、その洞窟の広さを目で探る。
まあ、余り部屋の広さなんて関係ないけれど。
それでも、少し位の広さは確保されていないといけないのでね。
そして、この洞窟は───。
うん。少し暗いが……丁度良い大きさだ。これなら大丈夫だろう。
そして、後は───。
……と、僕が無言で作業に移ろうとした時。
「あの〜。本当に工房ってなんなんですかぁ……?」
いつのまにか横に居たガレーシャは、僕の謎行動に疑問を呈した。
けれどこれは『サプライズ』なのでその場で教える事はせず。
少し鼻で笑いつつ、呟いた。
「───鍛治師に人権無し。在るのは鉄を打つ腕のみ……。そこに自由意志は無く、ただ呼ばれ腕を酷使されるのみ───今回はそんな一流の鍛治師を問答無用に呼ぶとしよう」
僕は左腕を虚空に振り払い、同時に『青い画面』を空中に展開。
不可思議に存在するソレにガレーシャが困惑するのを置き去りに、僕は画面をタップし始めた。
色々な項目をタップし、フリック。
かと思えばスワイプして項目ごと消し、新しい項目をタップし始める。
その項目に何が書かれているか、何をしているのかは僕以外理解できない。
秘匿用の機能が施されているからね。例え日本語が画面に書かれているとしても、第三者の日本人はその文字を理解出来ない。それと同意義。
───というか、全く見つからないな。あの鍛治師。
結構探している筈なのに……隠れてるのか?
あ。……でも見つけた。
僕はその項目を見つけ、もう一度……。
ダブルポチッとな。
そして青い画面は強く発光し、消える。
だが先程ダブルタップした項目は消えず、洞窟内を一人歩きし。
僕達の前……洞窟内の凍った地面に落ちたと同時に。
───再度、青色の光が強く煌めく……と同時に。
「……あいたっ!───うわっ!?一体ここ何処かいな!?……後寒っ!?」
変に口調を鈍らせた少女が、勢い良く何処かから降ってきた。
その褐色肌に露出度の高い水着だ、寒いのは当たり前。
「……!?」
目の前で起こった色々な事に驚くガレーシャを置き、少女は周りを見渡し。
僕達の姿を見て、驚きと共に深い溜息を溢した……後に。
「……はぁ。呼ぶ時は一報入れてからにしてくれんか?───全く。救済者という人種はこれだから……」
少女は、その場であぐらを書きながらそのままの悪態を吐いた。
相当ご立腹の様だ。僕を凄い形相で睨んできている。
……だけど僕は笑いながら、
「鍛治師に人権無し。それを提唱したのは君だろうに」
「そりゃそうだが……」
笑う僕に、頭を掻いて不条理に納得する少女兼鍛治師。
そんな、仲が良いのか悪いのか分からない会話を前にして。
ただ一人未だ状況が理解出来ていないガレーシャは、横に居たフェルナに聞いた。
「あの……あの人は?」
「───人権が無い鍛治師筆頭。名前は伏せるけど、武器を作るだけなら超一流の鍛治師よ。あの身なりでも結構凄くて、私でも知ってる人」
「へ、へぇ〜。凄い人なんですね……」
ガレーシャは、目を泳がせつつも相槌を打った。
言葉の最初の方にあった『人権が無い鍛治師』と言う単語について困惑しているんだろう。
そして、そんなガレーシャからの悲哀の眼差しを向けられている少女は、自身のいる場所の状況を把握したのか、
「……で。依頼じゃろ、工房は何処だ?」
結構唐突な呼び出しだったのにも関わらず、異常な対応力を見せる鍛治師。
相当、こう言う状況に慣れていると言うことが、あぐらをかいて動揺を見せぬ仕草からも見て取れていた。
それに僕は快く頷き。
「そうだね工房だね……っと」
再び青い画面を虚空に取り出し、ピピッと項目をタップ。
そして直ぐ様最後にダブルタップ。
───途端、この陰気臭い洞窟が、滾る鉄流れ行く工房に早変わり。
元々の洞窟の土地の広さを軽々しく無視した工房の広さに、少女の鍛治師は深く頷いて立ち上がる。
「……うむ」と。
言っておくが、この工房は先程作り出した物。
空間転移したとかじゃなく、僕達がさっき居た洞窟に作ったモノ。
是即ち、魔法異次元空間。
工房の広さが洞窟に合ってなく、このままでは洞窟が崩れ去って仕舞うだろう?と言う事態は、この工房自体を圧縮する事で解決している。
けれど出口を作るための広さは必要なので、最初に洞窟の広さを確認したという訳。
あ、出口は僕達の後方に鉄製の扉として存在しているよ。
外から見ると、ただ鉄の扉が洞窟内に佇んでいる様にしか見えないよ。
つまりほぼどこでもドアだよ。
───まあ、長ったらしい説明は済んだので次。
鍛治師は立ち上がって背伸びしながら、その工房の空気を目一杯に吸った。
「……ぷっはぁ。───で依頼人さん、儂に何をご所望かね?うちなら改造・改装・創造まで何でもござれだ。……あ。でもそれは魔道具や武具類に限るのでそれは悪しからず」
「了解。───じゃあこの杖を頼む」
僕は、本題の杖を鍛治師に手渡した。
瞬間、鍛治師はその杖をじっくりと吟味した後。
「……ふぅん。こりゃ良い原石だねぇ。───で、これに何をご所望かい?」
「あー。それなんだけど──────」
かくして、僕は鍛治師の耳元にて囁いた。
やって欲しいプランとか、どれくらいで完成させて欲しいか、などなど。
僕達は、二人のみで念密に会話を交わした。
ゴニョゴニョと。
それを聞き入れた少女は、ガレーシャだけを見て「にやり」と怪しく微笑み。
「ふむふむ。了解だー。依頼受諾した」
杖を片手間に弄りながら、頭の内で『改造プラン』を立てつつ。
「……ふう」
目を閉じて深く息を吐き。
そして叫んだ。
「───じゃあこれから集中するから邪魔者はけぇったけぇった!!」
鍛治師は手を払う。
熱打つ工房を背に、邪魔者は要らぬと吠えながら。
その貫禄は、もう少女のモノではない。
かくして僕等は、そのままに追い出されていった───。
───これは、その直ぐ後の事。
「あの、そろそろ教えて下さい。ユトさんは何をしようと?」
ガレーシャは聞く。
そろそろ、疑問が解消されないことにもどかしさを感じて。
けれど回答者に位置する僕は、単に薄ら笑いを浮かべながら。
「『サプライズ』の為だよ」
「えー。そろそろ教えてくださいよー」
またもや先延ばしにし、疑問を有耶無耶にした。
そうして僕等は洞窟内の鉄扉を背に、吹雪くヒイラギ王国の雪を踏んだ。




