狂気は城を捨て、漆黒に消える───。
リアン王国国王直筆の逮捕命名書。
本来は特例中の特例にのみ発行されるもの。
それを書いた王様にもよるが、その効力は凄まじい物がある。
一国家を担うを担う人物に、直々の手配をされるのだ。
それがあるだけで国家外にもその効力が及ぶ時がある。
正に国際指名手配書。その権化たる権力の礎。
……そして、先程書く人物によってその効力は変わると言ったが。
それを簡単に言うと、それを書いた王様の力が大きければ大きい程強制力が強くなるのだ。
今回の場合で行くと、一番やばいリアン王国国王だ。
国内だけで無く、国家外でも『軍事国家』として名を馳せるリアン王国の国王直筆の手配状。
言うまでもなく、その国主としての力は計り知れない物があるだろう。
恐らく、どんな者でもその手配書に逆らえる事は出来ない筈。
故にこその引導。相手の心を折る最終手段。
それを無視でもしたら、国を追われるだけじゃ無く、命すらも危うくなる。
それは───ロベリアの様な、深く裏社会に通ずる人間に於いても例外無く適用されるだろう。
けれどこれは……『あの手配書が本当の実物であるなら』の話だ。
──────僕には見えた。
あの手配書が、全く信じ難い物に。
だって、色々と特筆すべき点がその手配書には抜けていたから。
記載されている逮捕理由もヤケクソだった。
だが。
「……く。切ったわね」
ロベリア達はその手配書を本物だと信じて仕舞ったのか、何かを恨む様な表情を零した。
───気付いていないならいいか。少しその上の空を恨む様な表情が気になるけど。
でも放っておけば王でなくともそこらの騎士団にでも罰せられそうだし。いいか。
と言う訳なので、その場で唯一手配書が偽造だと知っている僕はその光景を静観する事にした。
「そうね、やっと貴方を切れる。───さぁ観念しなさい、ロベリア!」
「私からもお願いする。もう私もデスゲームは懲り懲りでね」
ロベリアへ最後の忠告を告げるアゼリア。
その横で、ユークリッドは槍を召喚しながら『悪』達を睨み付けた。
その様は実に友人らしい、背中を預ける様な立ち位置が在った。
本当に二人とも仲が良いんだなと言うことを、両者を信頼する様な佇まいによって僕は悟った。
そうして、またジリジリと兵達の切っ先はロベリアへ詰め寄って行く。
囲い込む様に。もう既に僕らは茅野の外の様だ。
かくして、ロベリアは嗤う。
「──────このまま捕まるもんですか」
「……何?」
ロベリアの不意なる呟きに、ユークリッドは顔を濁らせた。
瞬間、ロベリアはうっすらと笑みを零し。
「遅いのよ、何もかも!───シュリーレン!」
「……はい。──────“空間歪めし我が妖艶”」
そしてシュリーレン……サキュバスは、その主人の呼び声と共に二の腕の布を破り捨てた。
と、同時に。
がくん、と。
「がッ……!?」
兵達の視界は波模様に強く揺れ始め、同時に酷い頭痛が襲う様になった。
「魅了魔法か!?」とも叫ぶ兵士達が居たが……否。それは違う。
───『空間その物が揺れている』そう言った方が良いだろう。
言わば、これは空間に作用する幻術に近い魔法。
シュリーレンとやらが自力で編み出した、強い空間歪曲魔法だろう。
それに自身のサキュバスとしての能力も相まって、非常に強い効力を発揮している。
僕達には関係ないが、数十と居る兵達には辛い様で。
よろけ、のろけ、更によろける。
完全に隙を見せた前衛の重兵士達を目の前に、ロベリアはニヤつき。
「───フォークト!」
「……了解」
少女に指示を仰ぎ、その鎖を以って前衛の兵達を蹂躙させた。
「ぐがはぁっ……!!」
兵達は力無く、例外なく抵抗なしに吹き飛ばされ、大半は気絶して地面を転がる。
気絶を免れた兵達も、その鎖の威力が織りなす威力に悶絶している。
痛そう(小並感)
兎に角残すは、その鎖をひらりと交わしたユークリッドとアゼリアのみ。
「な……」
アゼリアは凶撃を躱しはしたものの、兵達の有様に驚愕を示した。
……うむ。そんな君に言っておくが、このロベリアの忠臣達は純粋に強いのさ。
中堅クラスの騎士団団長およそ十人分の強さを、この臣下達一人一人は有している。
故にこそロベリアの懐刀にふさわしき、化物達。
そんじょそこらの兵達では、太刀打ちすら出来ないだろうよ。
───その兵達の状況に、ユークリッドは頭痛に揺らぐ頭を振りながら。
「……ちっ。これだからリアンの兵共は───」
速やかに罵声を告げ、槍の切っ先を向けた。
「援護するわ、ユークリッド!」
それにアゼリアも直ぐさま魔法を展開して加勢の意を見せた。
かくして、その二人の刃はロベリアへ向かいはした……が。
「はぁぁっ───何!?」
「遅いです」
それら全ては、一呼吸の内に振り払われた。
たった一人の少女……フォークトによって。
そしてそのまま。
ガキン、カキン、と。
少女とユークリッド達は戦闘を始めた。
けれど、ユークリッド達がフォークトの防御を押し切れる事は無い。
まあ、ユークリッド達もか弱い?少女を傷つけたく無いだろうしね。
そうして、熱く火花を散らす三人を前にしてロベリアは息を吐き。
戦いを静観していた僕らを突然見詰め、こう告げた。
「ユト・フトゥールム」
「なんだい?」
「貴方は古代兵器を探しているのよね。なら次は……雪国。ヒイラギ王国を『放浪』しなさい」
「───何故敵であった君が、僕達に情報提供するんだい?」
「地下闘技場の管理者としてのワタクシは多分ここで死ぬ。だからこそよ───」
そして、ロベリアは最後に狂気な笑みを浮かべ。
「じゃあここらでワタクシ達はお暇させて頂くわネ☆───ミラージュ!」
「承知!」
一刻と経たず。
フォークト、シュリーレン、ミラージュをロベリアは掴み。
「───おい待て!!」
「待ちなさいロベリア!まだ貴方を逃す訳には───」
ユークリッド、アゼリアと言った順の制止の声を聞きながらも、笑い続け。
「バーか。くれてやるわよ、こんな城。───と言うわけでバイバーイ、そしてサヨナラー☆☆」
狂気。
懐かしくも憎めぬ狂気の笑みを『彼女』は浮かべ。
散りゆく漆黒と共に、空間から消え去った──────。




