少女との語り合い
暗がりは沈む。
僕はそれと同化し、ただ一人の少女を待っていた。
その少女の名はアリサ・フォークト。
特殊転生者として世界に顕現してしまった、哀れな一般人の一人。
直人には重過ぎる数奇な運命を背負わされた、特殊な存在。
そんな彼女の目には常に暗雲が立罩めていた。
少なくとも、それを僕はずっと見続けてきた。
だから言わなくてはならない。
そう、思ったからこそ。
「……ッ!?」
「─────────初めまして。アリサ・フォークト君」
曲がりなりにも信念を貫く者として、僕は彼女を出迎えた。
そのまま彼女の視線の対角線上に立ち、僕はただ、笑った。
僕と彼女の身長差は、ほぼ無い。
少年少女と言っても差し支えない。今だけは見逃してあげるさ。
……少女の腕の鎖が鳴らされる。
そこから少し引き退って、彼女は静かに僕を睨んだ。
そして、
「何用……」
そう更に睨んだ彼女の目に、先程の勝利の余韻は残っていない。
腕の鎖は未だ健在。
彼女が一つ腕を振りかぶれば、辺り一帯は粉微塵に吹き飛ぶだろう。
その目は如何にも、彼女は僕だけを『敵』……いや、同じ『化物』として捉えていた。
目に灯る敵意以外一切の邪念が無い事は、それで察知出来た。
……その上で。
「──────君はロベリアに何を求めるんだい?愛か?金か?……評価かい?」
「……」
彼女は口を噤んで喋らなくなった。図星に近い。
追い討ちと言うか、もっと聞いて大丈夫だろう。
「君って、ロベリアの手下なんでしょ。分かるよ。対戦中ずっとロベリアの事見てたもんね」
「……」
彼女は答えない。
反論もしないと言うことは、やはり……。
「でも君の……その華奢な承認欲求は報われもしなかった。まるで、飼い主に失望され切った忠犬の様に。君がどれだけ頑張ってロベリアに認められようと功績を積んでも、あのオカマの眼は……」
「──────あのロベリアの眼は、君をただの『駒』とか僕と同じ、裏闘技場を盛り上げてくれる『化物』としか思ってない、狂気的で残酷な物に違い無かったさ。君はそれでも良いのかい?くれもしない飴玉にしがみ付いて、ただただ力として扱われる存在のままで」
……鎖は揺れる。
彼女は、己の手足となる鎖を咄嗟に巻き付けた。
理由は分からない。
けれど、彼女は一心に謳った。
巻き付けた手足を胸に当て、己の意思を熱弁する様に。
「そ、それでも……私は──────」
彼女は掠れるように口を開いた。
ロベリアに『道具』として扱われた、一つの力としてではなく。
ただ一人の『少女』として。
目の曇りを薙ぎ払い、人間らしい健気なる一片を見せた。
過去を振り返り、その上で決めかねる。
今を思い、昔を捨て去る。
心を死なせた特殊転生者は、我々の言葉で我に帰る。
その上で、僕は選択を君に任せるのだ。
今を選ぶか、忠告を聞いても尚、過去を捨て去るか。
分かりやすい二者択一だ。
……さっき分かったさ。多分君はそれでも──────。
けれどそれは暗く、ネットリとした悪寒漂う肉声によって阻止された。
「──────お話はそこまでよ☆戯言に近い妄言はやめてちょうだーい♡ユトちゃぁーん♡」
低い革靴の足音の主が、先頭切って僕へと甲高い声で語り掛けた。
奴の名はロベリア。
裏闘技場【ロベリアス】を運営する、地下闘技場管理者。
……そしてオカマであると。
「……来てしまったか。張本人」
日光射さぬ暗闇。
壁に付けられたロウソクの光だけが、その者達を照らし出す。
その中から、僕は魔力反応と己の視力で特徴を探り出した。
取り敢えず、ロベリアの両脇には、二人の手下と思しき人物が居るのが分かる。
一人はサキュバス。
もう一人は漆黒を纏っている。
両方とも魔力量が常人とは桁違いだ。
ロベリアのその厚化粧と香水に、派手な服、強そうな側近……。
オカマであることを除けば、今のロベリアは充分にフィクサーらしいと言えるだろう。
次にロベリアはその狂気的な目を僕へと向け、軽く口を歪ませながら。
「そうネェ。取り敢えず初めまして☆ワタクシ、ロベリアって言うのォ。まあ知ってるか……ハハ。まあ、今後共宜しく、ユト・フトゥールムちゃん♡」
そして、暗がりにはどぎついオカマの顔が映る……。