辛い過去
……既に、大会は第八回戦まで進行した。
三日に一回のペースに落ちた各ブロックの回戦だったけれど、案外苦労なく勝ち抜けられた。
結果で言うと、僕とモイラ、アーサーとユークリッドは各ブロックの覇者となった。
つまり、無事に八回戦を勝ち抜けられたって事だ。
いやまあ、まだ気は抜けないけどね!
まだ第五ブロックの八回戦が終わって無いからね!
……と、言うわけで僕達は何時もの様に観戦中だ。
そう。何時もの様に。
♦︎
「いつの間にか観戦が習慣みたいになっちゃったねー」
「うむ。確かにな」
モイラの何となくの呟きに答えたのはユークリッドだ。
……突然の登場。
だが僕達がそれに動じず、普通に何気なく会話を続けられているのには、歴とした理由がある。
……第五ブロック五回戦の時だったか。
僕らが暇潰しに観戦していると、突然後ろから「私も見ていいかね?」とユークリッドが割り込んできたのだ。
それ以降、なんか流れで一緒に他ファイターの観戦をする仲になったんだ。
その行動に、なんの目的があっての事なのかは分からず仕舞いだったけど、これはこれで会話が弾んで良き良き。
「……で、やはり五ブロックの覇者はフォークトになるのだろうか」
シリアスにユークリッドが呟く。
会場の声が静かに大きくなって行くのを感じたのか。
「でしょうねぇー。だって、あの子が負ける未来が見えないもん私」
『未来』と言う単語を強調し、ちらっと、モイラがこちらを見る。
僕は咄嗟に咳払いをし、
「……確かに、アリサ・フォークトは未だ不動の優勝候補だろう。アーサー君でさえ喰って仕舞うかも知れないと、僕は思うね」
「ええ……」
本人の目の前で遠慮無く飛ばされた言葉に、アーサー君は軽く絶句した。
「まあ、目算をどれだけ立てても、直接奴と戦ってみないと分からん事はあるさ───と、始まるみたいだぞ」
観衆の声の高鳴りを感知し、ユークリッドは警告。
それにモイラ達は相槌を打ち、目の前で起こる戦いへと意識を向けた。
──────でも、僕だけは、戦いには全く関係無い『視線』だけを凝視した……。
何時もの様に。
♦︎
可憐、豪快、熟達。
そんな旨の歓声が、刻限を境にアリーナに飛び交う。
「勝ったッ!勝ちましたアリサ・フォークト……ッ!!満を持して第五ブロックの覇者と成りましたッ!」
それは、フォークトが対戦相手を完封して余裕の勝利を勝ち取ったからだ。
拍手喝采、子建八斗。
その諸々を、ただ一人のファイター、フォークトは一身に浴びる。
そんな中。
─────ガタッ。
僕は突然に席を立った。
「どうしたの?」
当然、聞かれる。
僕は短く、
「……あの子に会いに行ってくる」
とだけ伝え、僕は歩み出す。
前言撤回だ。
以前の『接触を控えろ』と言う自分自身の言葉は、もう無しでいい。
「……は?それ前言ってた事と違──────」
スタスタと観客席を歩いて行く僕。
それを止めようとしたアーサー君。だがその手は突然、モイラに止められた。
「……行かせてあげて」
「だが……」
「──────それが彼自身の決断ならば、止めない理由は無いよ」
モイラは何故か、悲壮な表情でそう告げた。
続け、彼女は目を落とし。
一心に去って行くユトの背中を送りながら、こう呟いた。
「……昔さ。ユトはその特殊な左眼の所為で、特殊転生者を見つけ易くてね。ユトって色々毒舌で性格もアレだけど、やっぱりそう言う子達を放っておけなくてね……」
「嫌々言いながら「出来る事なら全て助けたい」って結局。その子たちを助けて行ったんだ……でもその左眼は、万に通じるとしても、決して万能じゃなかった」
「……だから、当然取りこぼしが起きちゃうの。情報を掴んでも、駆けつけた時にはもう遅かったり……。自分の所為で『暴走』させちゃったりね。それでも折れずに「視てしまったから」って言って助け続けたんだけど……」
「そんな時に『あれ』が起きちゃって……。ユトと一緒に特殊転生者を助けてた子が──────死んじゃってね。あれ以来、ユトはフォークトちゃんみたいな特殊転生者に対して消極的になっちゃったの……」
そして、モイラは涙ながらに顔を上げ、
「──────だから行かせてあげて。これが、ユトの進歩になるんだから!」
「あ、ああ……分かった」
モイラの説得に、アーサーは引き下がるしかなかった。
彼の先輩としてではなく、一人の女性として訴えかけたモイラの笑顔に、アーサーは頷くしか無かった。
『何故死んだんだ?』
アーサーは、そう訊こうとした……が、やめた。
何か、聞いてはいけない雰囲気だから、というのもあるだろう。
若しくは聞いてはいけない問題だと悟ったからなのか。
いや。それは少し違う。
……誰にだって掘り返して欲しくない辛い過去の一つや二つある、と。
勝手な同情にも近いが、それでもアーサーはそう感じた。
──────それは、自分の仲間も同じだっただろう、と。
結果アーサーは手を下げた。
「良かった」
モイラは涙を拭き、笑う。
そして、そのまま終わるかと思った、が。
───この場にはモイラとアーサー以外にもう一人居る事を、努努忘れる事無き様に。
「……あー。うん。それ、私が聞いて良いことだったか?」
ユークリッドは、気まずそうに声を掛けた。
──────それに色々悟り煽られ、二人は瞬間。
「……あ」
(色々と情報を漏らした事を)ちょっと絶望した。