誰にだって、戦いたい相手がいる
「──────第五ブロック四回戦一組目。ファイター登場です!左が剣士モクノ。そして右がアリサ・フォークト。今大会の優勝候補です!」
二人のファイターの登場と共に響く実況と歓声。
空気を軽く震わす声量が、フォークトの紹介の時に大きく高ぶった。
『─────うおぉぉぉ!!』
耳を劈く歓声。
他のファイターと比べ、一線を画す盛り上がり。
熱気、注目、期待。
その対戦相手などいざ知らず、それら全てがただ一点に、フォークトだけに突き刺さる。
それでも、全く表情を崩さないフォークト。
身に合わぬ長い鎖を腕に携えるその少女は、一体何を思っているのか。
「あれが特殊転生者、今大会の優勝候補か……」
「そうみたいだね」
僕はアーサー君の呟きに頷いた。
……確かに彼女は、紛れも無い特殊転生者だった。
それは常人より何十倍、何百倍も辛い生き方をして来た、正に放浪者と言える存在。
特殊転生者は元の世界から外れ、彼女は強引に枷を嵌められた……言わば被害者なんだ。
枷は人の身には重すぎる物だ。
放っておくと暴走しかねない。
特殊転生は……所謂『非情なる世界の理』に近いモノなんだ。
今が楽しい。
親が好きだ。
友達が好きだ。
好きな人が出来た。
人生そのものが好きだ。
これからをどう楽しもうか。
と、言った可愛らしい一人の人間の営みを……。
──────特殊転生は……無情にも奪っていく。
『今』を奪い去られた少女が何を思うかなんて、僕には理解できない。
それだけは、僕が知る事の出来なかった感情だから。
恋情、友情、愛情─────それら全てを奪い去られ、ずっと『無』を放浪して来た人間から溢れ出る感情なんて。
それを───僕が本当の意味で理解できる日は……多分一生来ない。
でも、彼女は生きている。
表面での感情を見れないとしても、それだけで幸せだろうと。
だから放置しようと思っていた。
我々に介入され、変に同情されるよりは────幾許かマシだろうと。
──────でも案外、それは違った。
♦︎
……開戦のゴングはもう、鳴らされている。
その戦いっぷりは誰の目から見ても、派手で美しかった。
小さい腕の鎖から成る攻撃は土を舞い上げ、空を割る。
それでいて無駄も隙すらも無く、攻撃は相手を常に焦らせる。
余裕で優雅たる洗練された体の動きが、観衆の目を魅了する。
それは魅せる戦いでもあり、極限まで研ぎ澄まされた殺人術でもあった。
抉り、飛ばし、薙ぎ払う。
片や災害級。けれどそれに魅せられる。
──────観衆は、気付けばフォークトの織り成す戦闘の虜となっていた。
それは、モイラやアーサーも例外では無い。
だが、一人。ただ一人だけ。
「……」
フォークトの行く目線の行く先を、執拗に追い続ける者が居た。
それはあの過去と共に───。
♦︎
第五ブロック四回戦の結果は、フォークトの圧勝に終わった。
そして、次からは五回戦が始まる。
各ブロックに残るファイターは既に十六人のみ。
合わせて八十人、四十組しか残って居ない。
約千三百人ほど居たファイターの大半は、もう既に敗退した。
残ったのは、戦闘に長けた歴戦の戦士のみ。
……依然、各ブロックの『優勝候補』と呼ばれる者達は負けを知らず。
その各々が、どこかしらに信念を持っている。
これ以降の戦いは苛烈さを増す事になるだろう。
──────ファイター達は何を見せるのか。
また、裏闘技場管理者ロベリアは『化物』に何を求めるのか。
観客は、散りばめられたロベリアの狂気の一片に踊らされ、よもやカラクリの様にファイターを祀り上げるだろう。
……なに、心配せずとも我々は強い。
僕達は簡単にブロック八回戦まで勝ち抜けるだろう。
その後の決勝が辛くとも、結果的に僕達の誰かが優勝出来れば良いからね。
あー。いや、出来る事なら。
───最後の決勝戦は、僕に席を譲らせて貰いたい。
え?お前はそんな熱血キャラじゃないだろう、だって?
いやはや。耳が痛い。
確かに僕は『果たし合い』とか全く興味無い人間だ。
……でもさ。
──────誰にだって、戦いたい敵はいるもの、でしょ?