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創作怪談――創怪

コンクリート

作者: ユージーン


 通りが枝分かれした一番奥、雑木林を切り開いた場所に6軒の建売住宅があり、その一つに引っ越してきた。当時は住所の番地も設定されたばかりでナビでも場所がわからず、実際に下見に来るまで本当に家があるのかも不安だった。引っ越しの時も業者から「場所がわからないのですが……」と電話が来る始末だった。

 高校受験を控えての引っ越しということで家族会議で母は強く反対したのだが、姉は「どうせこいつはバカなんだから今さら引っ越した所で変わらない」と言い、僕は「高校を卒業した後に行きたい大学に近くなるから縁起が良いよ」と同意した。


 遊びに行く友だちもなく、遊びに行く場所も、すべき宿題も無くなった。夏期講習と過去問題などに集中できる、ある意味で良い環境となったが、脳を使えば筋肉とは違う意味で疲れる。徐々に睡眠のリズムがおかしくなってしまっていた。

 その日は昼に仮眠をとってしまった上、勉強が予定より遅れてしまっていたこともあり、気づくと夜半を過ぎてしまっていた。

 このままでは明日も昼間に眠ってしまうと思って慌てて部屋の明かりを落とす。

 すると窓の外がぼんやりと光っているように感じれた。


 家の前は駐車スペースがコンクリートで固められており、通りは狭いけど街灯がある。道の向かい側にも自分の家と一緒に建てられた新築が並んでいる。以前の家とは違うのだから光の具合が違うのは当たり前なのだが、その時は理由はわからなかったものの何か引っかかるものがあった。

 カーテンをそっとずらして窓枠越しに斜め向かいの家を見ると、コンクリートの前庭に女性が立っていた。

 自分より年上の若い感じの人で白いワンピースを着て黒い髪が肩までたれている。

 そして歌っていた。

 口を大きく開けて夜空に向かって訴えかけている。

 でも声は聞こえなかった。


 闇夜がほんの少し紺色になり始めた頃、時計を見ると4時になっている。そんなに長い時間、窓の前に立っていたことに驚き、寝なければと思いつつ目を窓の外に戻すと彼女は消えていた。

 あれほどはっきり見えたし、何より自分が窓の前に立ってカーテンを指で押している。夢だった、寝ぼけていた、気のせいや思い違い、見間違いなら、今の自分の状態はおかしい。何かを見ていたはずだ。それも短くない時間。

 それなのに、どこか夢の中のようなとらえどころのない感覚にとらわれたままベッドに潜り込んだ。




 その晩以来、なんとなく深夜に照明を消してカーテンに隠れて窓の外を見るようになってしまった。

 我ながら少し気味の悪い行動だとは思ってはいても抑えることができなかった。

 何度か彼女を見かけたが毎晩というわけでもない。

 ほんのりと明るく感じられるのに足元や背後の壁は闇のままだから、光がどこからか当たっているという事はない。

 それが指し示しているのが不吉な事実であると気づいていたけど深く考えないことにした。




 引っ越しから2週間ほどして、斜め向かいの家に警察の車が複数やってきて、駐車場の周りに青いシートを立てて目隠しを始めた。

 駐車スペースのコンクリートを剥がして下を掘っていた。

 その家では4歳の娘さんが行方不明になっており警察に届けを出していたのだが、近所の人が虐待の疑惑とコンクリートの下に死体があるのではないかという通報があり、調べることになったのだと言う。

 ご夫妻は当然、ひどい中傷と怒り狂ったが、調べてもらうことで潔白であることをはっきりさせたいということで、自分たちの方からちゃんと調べてくださいと頼んだとの事だった。

 同時期に引っ越してきたこともあり、僕の母と相手の奥さんが立ち話をするぐらいの仲だったので、あちらの方から説明してきたと母が教えてくれた。


 もしかすると自分以外にも、あの場所で何かを見た人がいるのかもしれない。

 けれどあの女性とは違う何かだったのだろう。同じなら4歳の子供と結びつけて考えるとは思えない。

 僕はかなり迷ったすえ、自分が見たものを話した。今も夜になると見ているという部分だけは言わず、「見たことがある」とだけ。

 姉は「それって歌ってるんじゃなくて、ここに私が埋まっているって訴えてるんじゃないの?」と言ったが、それなら警察がなにか見つけたんじゃないかと言うと「だよねぇ」と答えた。




 新学期が始まり「短い間だが」というちょっとおかしな顔合わせがクラスであったあと、みんな受験で頭が一杯で僕のことはほったらかしのまま冬がやってきた。転校生の気分を味わう暇もなかった。ただ誰とも親しくないという以外には何も変わったことは起きなかった。

 順調に試験日程をこなしていると、再び斜め向かいの家に警察がやってきた。

 自殺者が出たとの事だった。

 ご夫妻ではなく、全く知らない誰かが庭木で首を吊っていた。

 そんな事があるのかと誰もが驚いた。


 無事に高校に合格したあと、夏頃にもまた、全くの見知らぬ誰かが庭で首を吊った。

 ご夫妻は行方不明の娘さんのことが気がかかりではあったものの、こうも気味の悪いことが起きては住んでいられないと、とうとう引っ越していってしまった。

 いろいろと噂話の話題にされていたようで肩身が狭かったのだろうと思う。

 その夏のうち、空き家になってすぐにボヤ騒ぎが起き、建物の中でホームレスが死んでいた。

 家は取り壊されて空地になった。




 新築の6軒は雑木林を切り開いた場所に立っていて、斜め向かいはちょうどその端にあった。

 もともと背後には樹木が立ち並んでいたから、建物が無くなると跡地は雑草に飲み込まれてしまった。

 僕は運よく狙っていた地元の大学よりも上のランクの旧帝大に合格して家を出た。

 社会人になって5年ほどした頃、家を売って引っ越すことになったと両親から連絡があって手伝いのために実家に帰ると、斜め向かいの家があった場所はすっかり雑木林に変わっていた。

 ただあのコンクリートだけが残っていた。

 真新しくて白かったのが黒ずんで表面がボロボロになって垂れ下がる枝葉に隠されるようにして。


 その時に気づいた。

 もしかすると雑木林が切り開かれる前、一帯が草木に覆われていた頃、誰かがあそこで自殺していたのではないだろうか。

 彼女は歌っていたわけでも、叫んでいたのでもなく、呼んでいたのではないか。死を望む人を。

 父に引っ越す理由を聞くと「ここは湿気と虫がひどいから。もう雑木林の隣はうんざりだ」としか言わなかった。




 今、あのコンクリートの上で何人が歌っているのだろうかと思ったが、夕方までに引っ越しが終わったので、その晩は家には泊まらなかった。

 引っ越しから5年以上経つが、あそこにあった6軒の家はみんな雑木林の中に埋もれてしまっているのではないかと思う。

 きっと切り開いて家を建てたりしてはいけなかったのだ。

 行方不明の子供の消息は今もわかっていない。


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