序幕と空も海も大地で呪いとか皆無 〜Eighth of Prologue〜
僕はゼシカよりバーバラが好きです。
500年と言う数字に明確な意図はない。
しかし、俺は既にここで250数年の年月を何をする訳でもなく、既に過ごしている。
だったらその2倍である500年くらい余裕だろ、と言う安直な考えである。
ただ漠然と、強くなりたいと言う願いしか持たず、俺はこの世界に滞在するのだ。
たかだか500年で本当に足りるのかも怪しい。
だから、500年という数字は最低条件である。
それだけで目的の力を手に入れるに能わないのならば、もう数百年の滞在も視野に入れている。
まあ実際のところ、もっと少なくて済むんじゃないかと言う半ば希望が混じった楽観も、胸の内には存在する。
だってそうだろう。
この世界は基本的に、望めば何でも手に入る。幾ばくかの縛りはもちろん設けられているようだが、それを補って尚、人の手に余る代物であることには違いない。
ここは人智を超えた聖域だ。
だったら人智を超えたその先でほくそ笑んでいるだろう神に到達する手段も存在するのではなかろうか。
と言うか俺は既に神が予想している範疇を超えている気がするんだよ。
まさか神様も、NPCと256年間睨み合ってそのままなんてシチュエーション、予想だにしないだろう。
ここはあくまで死者の進路を決める、いわば応接室のような場所だ。
ゲームで言うとチュートリアル。チュートリアルに256年かかる奴とか居ないだろ、馬鹿じゃねえの?
ここでの平均滞在時間は平均して30分、長くとも半日で済んでしまう案件だと俺は予想する。
そんな短期間で、目の前のNPCに命名をして情が湧くまで滞在するような奴は一握りしかいない。
すなわち、大多数の人間はこの空間の仕組みと有用性に気づかず、NPCの尊さにも目をやらず異世界転移とかして中途半端な内政チートでくそつまんねえ物語を綴るのだろう。憐れだなヒューマン、滅べ。
長々と文字を羅列してちょっと思考がこんがらがってきたので話をまとめると、
この空間はF○3のたまね○けんしみたいなものなので、LV99、じゃない、行き着くところまで行ってしまえば天下無双の力さえ手に入るのでは?
じゃあ修行すっか!しょうがねえなぁ!(雅子)と言うことだ。
我ながらなんと分かりやすい説明なんだ…。
まあ気が済むまでここに、ナナと一緒に滞在しますよってのが俺の結論だ。
自身のことを、清々しいほどに思春期だなぁ…と思う。
でも俺は、そんな絶賛思春期中の捻くれた自分を結構気に入っている。
やりたい放題できるならやりたい放題やろうぜ?
とは言ったものの…
「修行っつったって何やりゃ良いんだ…?」
それな。ほんとそれ。一人で強くなろうにもどう言った手段をとれば良いのか皆目検討もつかない。
人間の能力は、才能、努力時間、環境の積で求められる。
俺は後者2つを大量に所持しているものの、前者、すなわち才能係数が0だった。
ざっくり言ってしまうと、努力の方法が分からなかった。
いや待て、まだ慌てるような時間じゃない。ステイクールだ、俺。
方法が分からないなら故人に学ぶんだ。故きを暖めて新しきを知ると孔子も言ってただろ。
孔子に従え。
そうだ、重力だ。
古来より戦闘力が伸び悩んだらすぐ重力って言うじゃないか。
ベジタリアンのビンゴ王子も言ってたんだ、間違いない。
つまり俺の毛髪がキンキラキンにさりげなく光り輝くまで重力を増やし続ければ良いんだ。
なんだ、簡単じゃねえか、サンキュー孔子、サンキュー野菜。
俺は人生の先駆者二人に心からの礼を述べ早速重力の増加を試みようとした瞬間、1つの思考に支配される。
別に1人で修行するなんて思考に縛られる必要は無いんじゃないか、と。
常に野菜王子の先を行く、御年80のでえベテランは言っていた。
曰く、自分より強えやつと戦えと。
やっぱあんなM字ハゲの言うことなんか聞いちゃダメだな、重力で強くなれる訳ねえだろ頭おかしいんじゃないの?
てな訳で俺は自分より強い奴と戦う方法を模索することにする。ソーリー孔子、ソーリー野菜。
だがしかし、他者とのアポを取る方法なんて俺には分からない。
だから聞いてみよう、神様が創り出した便利な取り扱い説明書に。
「ナナ、俺より強い奴にはどうやったら会えるか教えてくれ」
ナナは困惑した表情で俺の様子を伺う。
「きゅ、急にどうしたの?500年修行するとか、強い人に会いたいとか、天国行ったり異世界行ったりしなくていいの?」
そういや自分ひとりで勝手に話を進めてしまっていたな、ちゃんとナナにも説明しとかないと。
「ほら、どこに行くにしてもある程度力があったほうが良いだろ?
前世ではそのせいで苦労することがままあったし、これを機に最低限の武力でも身に着けようと思ってさ。
だから、強くなるための近道として練習相手とアポ取れたらなあって思ったんだが、可能か?」
嘘はついてない。
前世で苦労したのも本当だし、身につけるのも最低限で留めるつもりだ、具体的な数字と目標を提示していないだけで。
俯いてむむむ…、と唸っていたナナが顔をあげる。
「死者同士の世界をくっつける方法ならあるよっ」
そう言ってナナは股下から黒光りする長方形の液晶を取り出す。収納スペースはどうにかならなかったのか。
次いで彼女が電源ボタンらしきものを押すと、液晶画面が光を帯びた、そこには何か文字を打ち込むスペースが存在している。
「漠然としていても良いから、ここに出会いたい人の条件を打ち込んでみてっ」
半ば諦め気味で聞いたらホントにあったよ通信手段、H○ROの居酒屋並みに何でもあるな。
まあ使えるものはありがたく使わせてもらおうと言うことで、早速『オラより強えやつ』と打ち込んでみる。
『検索中……該当者、1件』
こんな適当に打ち込んで該当するのか…。自分で入力しといてなんだが、遊び半分の検索ワードに引っかかる相手とか大丈夫なのか?酔拳のエキスパートとかだったりしない?
と言うか俺以外にもこの世界に留まっているもの好きがいることに驚きだ、俺は興味本位でこの該当者の世界との接続を試みる。
『接続中……接続成功』
成功しちゃったよ、トントン拍子だけど大丈夫か?
大丈夫だ、もーまんたい。
心の中に巣食うチャイニーズな俺からの太鼓判を貰い、俺は接続された世界に歩み寄ろうとする。
が、その前に
「お前も一緒に来るか、ナナ?」
仲間になりたそうな目でこちらを見ているナナにも一応聞いておく。こっから先は未知の領域なので少し恐怖心は芽生えるだろうが、それに好奇心が勝るようならば俺は本人の自由意志を尊重する。
「う、うんっ。一緒に行く」
そう言って彼女は、俺の服の裾を掴む、やっぱりまだまだ子どもだな。
端末を操作したことで現れた真っ白な一本道を俺は、ナナを伴って歩く。
ほどなくして、殺風景な茶室が姿を現す。
「ここがあの女のハウスね」
「なにそれ?」
「扉を開けるための呪文だ」
適当に誤魔化しておく。
「瞳くんは物知りなんだねっ」
無垢な眼差しで瞳を輝かす少女を見て、俺は自身の醜さを自覚した。
ノックでもしようものなら障子がビリビリになりかねないので、お邪魔しまーすと言いながら障子をスライドさせ、厚かましくも敷居を跨ぐ。
果たしてオラより強えやつは、この茶室の中央に陣取っていた。
それは人間と形容するにはいささか人間味に欠け、獣と呼ぶにはあまりに態度が洗練されすぎていた。
そんな筋骨隆々のじいさんは、俺を一瞥するなり立ち上がり、俺の目の前で停止してこちらを見下ろしてくる。
デカイな、身長は190cm強はあるだろう。高校二年生の平均身長程度の俺では到底及ばない。
鍛えられた肢体と皺の深い輪郭、蜘蛛さえ殺しかねない三白眼は、全身全霊を以てして俺を威嚇してくる。
衰えなどまるで感じない。
徐ろに、じいさんが口を開く。
「誰だてめぇ」
紡がれた一言は、それだけで他者を圧倒する質量を所持している。
俺は自身の服の裾をより強く掴む少女の体温を鮮明に感じながら、堂々とした態度でじいさんとコミュニケーションを図る。
「修行しに来た。サンドバックになれ、じじぃ」
じいさんが眉をひそめる。チラッとナナを一瞥すると、涙目でガタガタ震えていた。
「なってやらねえことも無いが、その対価はどうする?てめぇは俺に、何を差し出す?」
じいさんが俺の後ろに潜んでいるナナに焦点を合わせる。
やめたげてよぉ!
このままだとナナが失禁でもしだしそうな勢いで震えだしたので、支払うべき対価とやらについて考える。
が、その時、背後にナナ以外の気配を感じる。
「ただいま〜お爺さん…、と、どちら様でしょうか?」
敷居を跨いで、顔面偏差値が70くらいありそうな青年がやって来る。
なんだこのイケメン。
でもビアンカが1番好きです。