序幕のプレシャスセブン 〜Seventh of Prologue〜
モルネクが環境落ちしたので、王のファンデッキ組みます。
俺には今、3つの道が示されている。
簡単に言ってしまえば、
1つは地球で生まれ変わること。
2つ目に異世界転移。
そして3つ目として、成仏。
しばらく考えるのは当然として、1つ目の選択肢は自動的に削除する。
記憶を消されるのは生理的に恐怖を覚えるし。
それに。
俺は日本国の文化は愛していたが、日本人は大嫌いだった。
国が変わったところで、魂が俺のものである以上、きっとどんな環境も嫌うだろう。
以上の理由から俺の選択肢は実質2択になる。
どちらを選択するにしろ、懸念材料が1つある。
それは、ナナの存在。
人の形をした非人間。
俺が進むべき道を決めた後、用済みとなったこの少女は一体全体どうなるのだろうか。
生前の俺は、ほとんどの人類に対して嫌悪と忌避を抱いていた。
同年代であろうと、年下であろうと、大人なんて特に殺意の対象だった。
唯一、俺が嫌悪感を抱かなかった奴はいたが、そう言えばあいつも人間味に欠ける奴だった、やっぱ人間嫌いじゃねえか。
ただ、ナナに対しては、NPCであることを抜きにしても、俺は嫌悪感を抱かなかった。
確かに、俺の好みの人格、外見、性質をしているのだろう。
だけど、それだけじゃない気がした。
俺の直感は、俺に、もっとナナと親しくすることを強要した。
明確な理由はない。
あるいは恋愛経験が少ないことが災いし、名前を呼ばれただけで心を奪われてしまったのかも知れない。チョロすぎないか、俺。
けれども、どうしても気になってしまうのだ。
俺は人間嫌いの自分が忌避感を抱かない人間に、どうしようもなく興味を抱きまくっていたのだ。
この気持ちは思春期特有の異性に対する偽りの好奇心と恋愛感情なんだろうか?
分からない、だから時間をかけて確かめたいと思っていた。
明確な返答は期待せず、1つの疑問を口にする。
「俺が3つのうちどれかを選ぶとして、ナナはどうなるんだ?」
しばらく黙り込んだ後、少女は俺にこう告げた。
「ここに残るのっ。だから、どれを選んでも瞳くんとはここでお別れになっちゃうねっ……」
「そうか」
ほんの少しだけ違和感を感じたが、ナナのことは一先ず置いておこう。
まずは自分の進路をざっくり決めてから、ナナの処遇について考えても遅くはない。
取り敢えずお茶でも飲んで一旦落ち着こう。
そうしたいのは山々なんだが……。
「如何せん何にもないからな…この世界」
俺とナナは今、竪穴式住居みたいな(流石にもう少し耐久度はあるだろうが)部屋の中で、座談している構図になっているのだが、窓や入り口から外を覗いても辺りは真っ白。文字通り虚無が広がっている。
この何もない空間で、飽きることなく256年間見つめ合った自分と目の前の少女に、万雷の拍手を送って欲しいくらいだ。
にしても流石に簡素すぎないか?死後の世界なんだからもう少しくらい予算を気にしない設備を用意してもいいと思うんだけど。
疑問に思った俺は、答えを知っていそうな隣人に質問を投げる。
「なあナナさんや、この辺に娯楽施設とかは無いのか?娯楽施設じゃないにしろ、お茶の1つでも運ばれてこないとか待遇悪すぎて訴えそうなんだけど」
俺のクレームじみた言動に、ナナはしっかりと受け応えする。
「娯楽施設でもお茶でも何でも、本人が望めば具現化するって神様は言ってたよ。ここは死者の深層心理を具現化させた空間らしいから」
言ってることを完璧に理解することは難しかったが、要するにこの空間は俺の願ったままに改変できると言うことだろうか?その情報はもっと早く知りたかったと苦言を呈したかったが、何も聞かなかった俺に責任があるので喉から染み出した痰のような感情をぐっと飲み込む。
そんなことより実践だ。早速俺は目の前に急須の置かれたちゃぶ台を想起する。
実在しないことは分かっている。だから、意図的に世界を俯瞰し、虚像を描く。
脳と目が錯覚を引き起こす。
虚ろだった線が実線で結ばれ、虚像が実像と化す。
急須に触れてみると確かに熱を感じる、プロセスは正しかったようだな。
同じ容量で湯呑を2つ創り出す。
急須から湯呑に茶を注ぎ、この緑色に濁った苦いお湯を一息に飲み干す。
果たして偽りの液体の味は、生前飲んでいたものと寸分違わない、安心する緑茶の味だった。
便利な代物だが、かなりの集中力を要求される。
勢いでプテラノドンを具現化させようとしたけど無理だったことから、それなりに対象の知識を所持していることが生成条件にでも設定されているのだろう。
以上の2つの事実から、具現化に対する依存、連続使用は諦めることにした。
ただまぁ、便利な力であることには違いないだろうな、現にちゃぶ台の顕現を間近で目撃したナナは、目を爛々と輝かせ、期待の眼差しでこちらを見ているし。
恐らく、もう一回やって見せて!とでも言いたいのだろう。
呼吸をするようにこの力を使いこなすのは至難の業だろうが、慣れは大切なので、練習がてらナナの期待に応えてやることにしよう。
今度は俺が好き好んで食べていたお茶菓子を想起する。
……生成成功、ちゃぶ台の中心に、底の深い木の皿に入った、小分けされたお菓子の群れが顕現する。すげえ便利だな、某童話だったら宿屋のおっさんに奪われそうな能力だ。テーブルごはんだっけか。
「わぁ…!」
「食べたかったら勝手に食えよ、お茶も飲むか?」
目がしいたけ状態のナナにひと時のブレイクタイムを提案する。
「良いのっ!?じゃあ…いただきますっ」
俺の許可を皮切りに、ナナは遠慮がちにお菓子を一口飲み込み、身悶える。
見た目と反応から勘違いしやすいが、こいつの実年齢は3桁を優に越えるんだよな。
そんな超高齢の少女と言う矛盾した存在を尻目に、俺は進むべき道について本腰を据えて思案に明け暮れるのだった。
緑茶を無限に啜りながら、無限にシミュレーションを繰り返す。
俺の中にある選択肢は実質2つ、選択肢1は、輪廻転生を否定し、大人しく死者の楽園で悠久の刻を過ごすこと。
選択肢2は、予備知識も戦力も皆無の状態で、未知の世界に飛び込むこと。
一応存在する選択肢3は、記憶を消して日本に転生することだが、これは絶対に選ばないから思考の外に追いやる。
どっちにもメリットデメリットが存在し、恐らくどちらを取っても必ず後悔するだろう。
それに何より。
俺は目の前でリスみたいに頬を膨らませながら、お菓子を頬張る少女に焦点を合わせる。
「んむっ…ろおしたの、ひほみふん?」
眼前の少女が俺の視線に気づき話し掛けてくる。
「何でもない、それより行儀良く食えよ。口にもの入れたまま喋るとか下品の極みだぞ」
「うん、気をつけるっ」
そう言ってナナは食事を続ける。
そんなナナの姿を観察しながら俺は先ほど吐いた嘘について、心の中で謝罪の言葉を口にする。
何でもないわけがない、俺はこの少女が気になるから選択できずにいるのだ。
選択肢1にしろ選択肢2にしろ、絶対に選ばない選択肢3にしろ、いずれを選ぼうと俺はここでナナと別れるのだ。こいつは自身のことを俺の中の俺、すなわちNPCだと言った。
NPCは使い捨てられるのが世の定め。
俺が選択を確定した瞬間、用済みとなったこいつは、恐らくデリートされるんじゃないだろうか。
苦労して名前を付けた相手が、自分の趣味嗜好をすべて反映した理想が、顕現した自己愛が消える未来。
想像するだけで悪寒が俺の背中を撫で回す。
この世界の神様は意地が悪いな、クソみたいな世界で命を授け、報いなど何1つない面白みのない人生を歩ませた挙げ句、自身の崇拝した偶像に傾倒させといて最後にはそれを破り捨てるんだろう。
この世もあの世も、リソースは無限じゃない。
もしリソースが無限にあるのなら、人類は平衡世界を大量生産して生き残りの道を切り開けば良い。地球温暖化やら核戦争やらの些事に構うことなんて有り得ない。
だがそれができず、目の前の些事に四苦八苦していると言うことは、世界は、宇宙はきっと有限なんだろうな。
そんな有限の世界でNPCなんて無駄にリソースを食うだけの無能な存在を残しておく支配者なんて居ないだろう。
俺の推理は十中八九的中している。
俺が選択すれば恐らくナナは意味消失する。
基盤だけ残されて、また別の死者の案内をするのだろう。
それは嫌だ。
これは俺のエゴか?分からない。
なぜナナに対してこれほどまでにも大きな独占欲を抱くのかも謎だ。
分からないなら、分かるまで考えればいい。
与えられた選択肢に不満があるなら、自身にとって最上の選択肢を創り出せばいい。
幸い、俺にはそれが許されている。
神様はプロットにこう書いた、
「どれを選んでも構いません。どれほど時間がかかっても構いません。決断なさい、自身にとっての、最良の選択肢を」
だったら存分に時間をかけてやろう、十二分に準備を重ねてやろう。例えば神様を殺せるくらいに。
決断しよう、選んでやろう。神様は何を選択しても構わないと言った。それは言い換えれば、選択肢を3つに絞る必要は無いってことだろう?
花も踏みにじる反抗期だからな、捻くれる所まで捻くれてやる。
上の奴には従わない、目につく実は残さず拾う。
方針を決めた俺は、ようやっとお菓子を食べ終わって一息吐いている少女にこう告げた。
「取り敢えず、ここで500年くらい修行するわ」
「ふえっ?」
マニュアルに書かれていない選択肢を告げられたNPCは、素っ頓狂な声を放出した。
全然環境生き残ってんじゃん…。