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再会




 あの日、緑の国の貴族を前に危うかったところ、全てを消し去ってしまいエステルの前に現れた男。

 ただしあのときの男は異様に似合わない凡庸な茶の髪をしていた――現在前にいる同じ顔をした男の真っ赤な髪のよく似合うこと。


「あなた……どうして、ここに……」


 エステルは呆然と呟くことが精一杯で、頭は事を理解出来ていなかった。

 どうしてここに。この一言に尽きる。

 他人のそら似にしては似すぎており、茶の髪よりこちらこそが本来の色だったとしっくりきてはいた。

 だが、ここは赤の国。待っていたのは赤の王、現れたのは真っ赤な髪をした男。まさか、まさか――? 

 前を凝視しながら回る思考は混乱の極みであった。


「また会ったな。まあ私が来させたのだが」


 ()()。近くまできた男は、エステルの考えていることを肯定する言葉を発した。


「……やっぱり、この前、国境で会った人ね。でも――あなたは、赤の王」


 その通り、と男が笑ったその顔はまさに記憶にある顔そのもの。

 しかし肯定されて、エステルは反対にますますわけが分からなくなってくる。

 これは現実? 記憶による夢にしては、このような夢を見るはずがない。けれどさっきから急に現実味が遠ざかり、わけが分からない。

 仮にこの男――赤の王がエステルが会ったあの男と同一人物だとしよう。赤の王。彼が他国との領土争いを好んで行い、領土を広げていく王だと言うのか。

 途中から音を拾わなくなった耳のせいで、何事か言っていることだけは分かる王を動かずに見続けていた。端から見ると石像のように固まっていただろう。エステルは記憶との擦り合わせが上手くいかず、また現実を受け止めかねていたのだ。

 すると口を動かして何か言っていただろう王が首をかしげ――――エステルに手を伸ばした。

 手が近づいた、その瞬間。エステルはその手を払っていた。


 パシッ


 乾いた音が耳に届いて、我に返った。

 手には確かになにかを弾いた感覚が残り、中途半端な位置に浮いている。目の前では同じく弾かれたらしき他人の手が中途半端な位置に。赤の王の手だ。

 耳に音が戻ったはずが、それきり耳は音を拾わなかった。場はしん、として完全に静まり返っている。

 我に返ったまま固まったエステルは冷や汗が流れることを感じた。

 自分は今、何をした。

 赤の王の手を払った。

 現実を認識できず、目の前に現れた赤の王が『彼』だと一致させられないままにそちらから伸ばされた手を拒絶した。思わぬ『再会』に混乱していた。

 だがまずい。挨拶をすることもすっかり忘れていたどころか、とんでもない非礼を犯した。完全に無意識だったにしても、そんなことまかり通るはずがない。手を払ってしまうなんて。


 近くにいる父の側近が身を固くし、後ろから伝わってくる息を飲む気配と張り積めた空気の変化。控えている赤の国の面々の方面も心なしか緊張の空気に様変わりし、要はこの場の空気が凍りついた。


 エステルが先程とは別の理由から瞬き出来ずに見る前で、赤の王は手が弾かれた瞬間どんな顔をしていたかは見ていたはずなのにもう思い出せない。今、手を見下ろし、顔は窺えない。

 赤の王が現れることを待っていたときよりも、時間の経過が曖昧になり、止まったと感じさせられる重い空気が落ちている。息ができなくなりそうだ。エステルの軽率な行動が、国の運命を変えてしまったかもしれない。


「金の国の使者、責任者は誰だ」


 響いた声は、赤の王から。

 頭が真っ白になりかけていたエステルは、言葉を聞いて覚悟を決めた。


「……私です。全ての責任を負う立場にあるのは、私」

「――殿下」


 今の行動を咎めるのであれば、エステル以外であってはならない。あのような、行動。

 近くから父の側近の呼びかけが聞こえるが、無視をする。ごめんなさいといくつものことに心の中で謝った。ああ本当に場を忘れるとは、これでも王族か。国の代表として来た意識を忘れてしまうなんて、不覚だ。

 とにかく自分で作ってしまったこの最悪な場をどうにか一番穏便に収めなければ、交渉に響く。酷い要求をされるかもしれない。今の国の状況では赤の国の力が必要だから、話がなくなることは絶対に避けなければならない。

 悪いことのみが頭に駆け巡っていた。


 静かに問われた言葉に返し、息を詰めて反応を見守っていると、赤の王が顔を上げてその表情が見える。


 ――笑っている?

 赤の王は唇で深い弧を描き、目も笑っていたものだから、エステルは瞬く。何度も瞬き、目を疑う。あのやり取りの後でこの顔とは、見るものを間違えていると心の底からそう思った。


「赤の王、今の非礼を――」

「お前が責任者と言うか? 金の国の王女」

「……そうです」


 王女なのだから、疑うところではないだろう。

 エステルはまっすぐに赤の王の目を見て、これ以上の失態を避ける。王の目は炎の色の一色、橙をしており、宿る光も炎のように激しい。

 そうだ、あのとき見た瞳もこのようだった。記憶と重なった目は強い。目を逸らさずにいることはそれほど難しくなかった。怖いものではなく、強い意志が宿っているから飲み込まれそうになる方だ。


「決めた」


 赤の王は身を翻し、エステルから少し離れてまた振り返った。やはり笑っており、気づかぬうちに、空気の重みは軽減されていた。代わりに戸惑いが混ざる。


「同盟の話は受けよう」

「――え」

「後ろ楯ともなり、国が攻められようものなら兵を貸そう」

「――」

「国の方針を曲げろなどを始め、無茶な要求はせぬ」


 次々と祖国にとって得たい要素が挙げられ、さらには懸念していたことがまとめて取り払われて言葉を失う。

 いきなり、何だと言うのだ。

 これからこちらの意図を述べ、代わりに出される条件を出来る限り悪いものでなくすることが今回の目的だ。だというのに、聞き間違えでなければ赤の王はたった今全て飲み込み、こちらに良いばかりの事を言った。

 何のつもりなのか、理解に苦しむ。


「その代わりに」


 混乱する頭が「来た」と思う一言。何を言ってくる。

 その場にいる赤の王以外の者が、彼が次に発する言葉を待っていた。全ての視線を集める赤の王の目がエステルを見るので、完全に流れに飲まれているエステルはたじろぐ。反対に、赤の王は唇の端をよりつり上げた。


「――王女を我が妻とする」


 よく考えると、考えの一つに入っていたものではあった。けれど、やはり何もかもが急すぎたのだろうと思う。来たばかりなのに、流れが速い。それに非礼をしたばかりで、下手をすれば同盟と話そのものがなくなってしまうかとの考えが過っていた。


「異論はあるか?」


 異論を唱える者は、両国からは出なかった。急には出なかった、と言う方が良いか。


「ど、どうして……?」


 唯一言葉を溢したエステルに返されたのは、赤の王の笑みだった。








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