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出立






 見つからなかった。結局、綺麗に断ち切ること叶わないままに二日が経った。


「この国から赤の国までの移動魔法を提供してくれるのはありがたいけれど……絶対裏はあるでしょうね、お兄様」

「そうだろうな。ありがたいが、国同士のやり取りに貸し借り無しなんて無いと私は思っている。裏は絶対にある。……とは思いつつもかの大国の申し出を無下にするわけにもいかないし、まあもしかすると今最も勢いのある大国なので太っ腹なのかもしれないと願う」

「願望ね」

「願望だとも。エステル、気をつけるんだよ」

「分かっています、お兄様」


 予定では途中までの道のりは魔法で省略し、あとの赤の国までの道のりは地道に行く予定だった。

 ところがかの国が例の書簡で移動魔法の負担を提案――ほぼ押し付けをしてきた。元々他の国を通るために少人数編成だったのだが、人数指定もなかったのは何人であっても移動させられる準備はあるということだろうか。ありがたいと言えばありがたいが、戸惑うというのが本音だ。

 とにかく、現在出発のために待っているところだった。


「そのための人材を送ると書かれてあったのよね」

「うん」

「随分一方的ね」

「一方的にならざるを得ないタイミングの書簡だったからな」


 二日前だったのだ。ありがたいはありがたいにしても押し付け親切とも言えるので、要求にしろ、これから対話するにあたって不安が微かに重なっていく国だ。

 下に見られ、侮られているとしか思えない。それは大きな力を持つ国だから自信満々で態度も比例するのかもしれないが……、しっかりやらなければ。


「赤の国からの使者の方がお着きになりました」


 到着の旨が伝えられ、しばらくして入ってきた赤の国からの使者は黒い髪に黒に紫がかかった眼、すらりとした姿の男性だ。

 前にまで進み出てくる男の動きを見ているエステルは内心で若干首を捻る。どこかで見たことがあるように思えたのだ。しかし、赤の国の者と会ったことがあるはずもない。

 誰かに似ているとも思えないし……と思っていると、使者は挨拶する。


「ギリアン・ウィントラス。赤の国の公爵をしている者です。此度は陛下の命により、金の国の使者を迎えに上がりました」


(公爵……?)


 びっくりしたエステルは思わず目だけ横の方に向けると、兄もエステルを見ていた。公爵が来るとは思わなかった、だ。


「早速赤の国へとお連れします」


 そのために来た使者が手のひらで宙を撫でるしぐさをすると、何か大きなものが徐々にあらわれはじめ、やがてはっきりした輪郭は大きな姿見の形をとった。


「魔法道具です。魔法で繋がる同じ鏡の元へ出ることが出来ます」


 鏡の縁の頂点に大きな魔法石が存在を主張している。あの魔法石に移動魔法が込められていると言う。


「一度で王都まで行くには距離があるため、まず赤の国の端の地点まで出て頂きます。よろしいでしょうか?」


 丁寧な口調で形ばかりの確認を口にした使者は、王女だと見抜いたかのような目でエステルを見た。



 *



 鏡を通って一旦出た場所は、赤の国の国境近くにある砦であるようだった。数年前は国境を守る要塞であったようだが、どうもここ数年で大いに国境がずれた (もちろん隣国との領土争いに勝った結果) のでその限りではないとか何とか。

 本当に経由するだけで、ギリアン・ウィントラスが新たに出した同じデザインの魔法道具の鏡を通って出たのは広く長い廊下だった。


(ここが、赤の国の王都にある城……)


 中に出たので、外観は見えなかった。しかしながら中は見事の一言に尽き、最終目的地である城なのだろう。

 数分前まで見慣れた城の中にいたのに、全く見慣れない景観。壁、床、天井どこをとっても別の場所には疑うべくもなく、道を全くと言っていいほど経なかったからか、別の世界に迷い込んだ頼りない心地になる。


(いいえ、ここからが勝負よ。気圧されては駄目)


 密かに手を握りしめ、気合いを入れ直す。ここは赤の国の領域。エステルは国の代表の一人としてここに来た。


「謁見室で陛下とお会いして頂きますが、王女様のお付きの方々もいらっしゃるでしょう。先に部屋に案内させることが可能です。どうしますか?」


 鏡を消したギリアンに尋ねられ、エステルは実務的に本来使者団の責任者となっている父の側近の一人と視線を交わす。大したことではないので、すぐに意見は合い、王女としてエステルが微笑み返事する。


「お願い致します」

「分かりました」


 ギリアンが手を軽く挙げると、後ろから一人頭を下げた男性が現れた。召し使いだろう。


「お付きの方々は彼の案内に従って下さい。使者の方々は引き続き案内しましょう」


 エステルの侍女としてついて来ているリジーたちと別れ、エステルは使者として交渉に携わる者たちとギリアンの後に続く。

 他の国の王の住まう城を見るのは初めてで、エステルはギリアンが前を向いていることを幸いに、こっそり周りを観察する。

 赤の国の城の見事さは、宝石が採れるため惜しげもなく宝石があしらわれているエステルの国とは趣の違う見事さだ。


「ちょっと、フェリックス待ちなさいよ!」


 黙々と謁見室に向かっているため静かだった廊下に、女性の声が響いた。かなり通りの良い声質だ。

 壁に等間隔につく灯りの意匠をそれとなく眺めていたエステルは前方を見るが、声の主はギリアンの背中で見えない。そっと横にずれて、ちょうどエステルたちが歩いている廊下の突き当たり、合流した右手の廊下の方から一組の男女が現れた。声はその内女性の方のもの。


「ヴァネッサ様がのんびりしているからじゃないですか」

「わたくしのせいにするの?」

「せいも何も事実ですよ……あ」


 先に気がついたのは男性の方で、「あ」と言ってぴたりと足を止めるや、今度はまずいといった顔をした。

 身なりからして貴族。もちろん赤の国の貴族に違いない。

 エステルは大きな声でやり取りしていた彼らを体をずらしてまで見てしまって、たぶんちょっと目も合った分、進む方向に二名がいるためどんどん近づいていくが、どう反応していいのか微妙だ。素知らぬふりで挨拶するが良いだろうか。

 一方、誘導をする公爵は構わず歩き続け、足を止めたのは鉢合わせた二名の前。エステルたちの方に向き、手は二名を示す。


「彼らはヴァネッサ・カッセロ、フェリックス・カッセロ公爵夫妻です。――ヴァネッサ、フェリックス、金の国の使者の方々だ」

「あー……金の国の……」


 また公爵。フェリックス・カッセロと紹介された男性が「やってしまった」という顔をした後、「どうも」と軽すぎる挨拶をしてきたので、エステルも挨拶をする。


「何が『どうも』よ。そんな挨拶があって? まったく――夫が失礼。わたくしはヴァネッサ・カッセロ。金の国の方々、この度はよくいらっしゃいましたわ」


 エステルは女性の方にも挨拶を返しながら、彼女の髪に釘付けになっていた。ドレスから手に持つ扇まで派手な装いの女性の髪の色は真っ赤だった。

 『赤の国』――国に冠される色の名前は、エステルの国を含め各国の王の座を守り続ける一族の髪の色から来たものだ。

 身分も考え合わせるに、この女性は王族の可能性が高い。


「……例の、陛下が急に使者に組み込ませた王女様ですか」


 男性の声に、女性――ヴァネッサに向けていた目をやると、彼はエステルを見ていた。何だろう。


「何のつもりでそうしたのか、おれにはいつもながらに陛下の考えが読めませんよ。確か陛下はギリアン殿と一緒に金の国――」

「そんなことそのうち分かるわ。それよりもギリアン、なぜあなたが案内のようなことをしているのかしら」

「魔法でこの国までの道を作る役目をすることになっていた」

「ああそういえば、あなたの魔法道具で移動の予定だったわね。使者を移動させる数だけ収納できるの、あなたくらいだものね」

「城に入ってからもギリアン殿が案内して来たんですか?」

「ついでだ。俺もどうせ同じ場所に行くのだからな」

「あ!」

「何よフェリックス。急に大きな声を出さないで」

「ヴァネッサ様、おれたち本当はここで鉢合わせしちゃいけないんですよ。先にいないといけないんですから! まずいですよ。ほら、せめて先に入っておきますよ! ギリアン殿、もう少しゆっくり来てもらえると助かります」


 急に慌て始めた公爵夫妻の夫の方は、妻の腕を掴んで慌ただしくその場を後にした。


「失礼しました」

「――いいえ、お構い無く」


 真面目に詫びられ、遅れて答える。「では案内します」と先程の二人と同じ方向へ歩き始めたギリアンの歩む速さは変わらない。

 エステルも再度歩きはじめたが……すっかり肩の力が抜けていた。


 赤の国はもっと、何というか、身構えさせる何かがあると漠然と思っていた。今思えばそれは緊張と責任から来るものだったのだろうけれど……。

 エステルだけではなく、赤の国の領域ということで少なからず緊張を孕んでいた使者団の空気全体が変な風になっていた。変な出会いをしたせいだ。想像もしていなかった緩さを見て、調子が狂う。他の国の者ということで普通最初は手探り手探り固いものだが、親しげな印象さえて受けて肩の力は抜けたは抜けたが、戸惑いも混じっていた。


「ここです」


 ほどなくして立ち止まったのは、大きな扉の前。

 祖国ではここにも宝石が嵌まるところ、この扉は木のみながら見事な飾り彫りがされている。モチーフは何だろう。花、蔓、葉どれも違う。葉にしては形がもっと……見つめていた扉が、両側に立っていた者により開かれた。


 開いた扉の先に広がるのは、広い部屋。高い天井にはシャンデリア、床は灯りを映すほどに磨き抜かれており、勧められて一歩入ると靴が映る。音を鳴らさないように、滑るように歩く。

 中には壁に近い方に五名ほどの者が並び立ち、少し前に見たばかりの派手な色合いが見えた。

 満ちるのは静寂。入ったときからの視線を感じ、エステルは臆さないように堂々と前へ歩んでいく。早い段階でここまでの案内を勤めていたギリアンは横へ外れ、並ぶ者の中に混ざるのか奥へと音もなく歩いていった。

 そしてエステルたちも中央付近へと歩み、止まる。


 誰も喋らず、物音一つ消えた場は時間がどれほど経っているのか、時間感覚を鈍らせる。今待っているのはこの国の王。エステルはこれから会うことになる存在を考え、未だ空っぽな奥の中央を映す目をゆっくりと閉じた。

 赤の王は如何な人だろうか。別に温和だとかいうことは期待していない。ただ、国に無茶な要求をしてこない人であればいい。


 おそらく経った時間は数分。


「陛下、お連れした」


 突然ギリアンだと思われる声がどこかに向かって話しかけたので、エステルはぱっと目を開く。

 陛下。つまりは……。

 赤の王はどこに。どのような人か。

 目で、新たに現れたはずの姿を探す。


「ご苦労だったな、ギリアン」


 姿を見るより先に聞こえてきた声に、引っかかった。どこかで……? でも、そんなはずはない。この場で誰よりも奥にいるとすれば、それは――。


 上げた視線、見つけた姿。

 一番に目をひいたのは、今まで見てきた赤よりずっと鮮烈な赤だろう。赤の王は国の名の通り赤い髪をしており、まさにそれは炎のごとき激しい色。

 色に目を奪われて、次にようやく容貌が目に入る。赤の王は予想以上に若かった。若くても三十代程度だろうと想像していたところ、二十代半ばほどか。それにも少し驚いたが、エステルが息をすることを忘れたのは、違う理由から。


「あなた――」


 エステルの頭に焼きついて離れない顔が、寸分違わずそのまま目の前にあった。









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