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有事






 エステルが赤の国への使者の一人として旅立つことはほどなくして決まった。

 実際に同盟交渉をするのは同行する父の側近の一人にしろ、王女であるエステルが行く以上は国の顔になる。何度も打ち合わせを行い、練習を行い、旅支度も着々と進み、出発の日取りは五日後に控えた。


「とうとう五日後ね」

「エステル様、このドレスとこのドレスであればどちらがよろしいですか?」

「右は派手すぎるわ」

「ではこちらで。ショールも何枚か持っていきましょう」

「……ちょっと待って、リジー」

「はい」


 まだ五日後、されど五日後。ついに迫る日に向けて意気込むエステルは、離れたところでごそごそしている侍女数人の内、最も気心の知れた侍女に呼びかけた。

 リジーは手にしたドレスをそのままに、エステルを振り向き、首を傾ける。


「どうか致しましたか?」

「あなたたちは何をしているの?」

「もちろん旅支度です」


 侍女の後ろには色々と広げられた衣服類が彩り鮮やかに彼女たちの背景を担っていた。


「支度は終わったはずではなかったかしら……?」

「一度は終わりましたが、赤の国の気候は分かりかねますので再考を致すことになりました」

「大丈夫よ。途中まで魔法で、赤の国もほんの数日で出ることになるわ」

「いいえ、エステル様にはどこででも居心地良く過ごして頂くことが私達の勤めです。日程には十分間に合いますから、お任せ下さいませ」

「そ、そう……?」


 胸を張って言われると、それではという気になってくる。


「あ、それよりもエステル様、陛下の元へと向かわれるお時間では?」

「そうだったわ」


 エステルは慌てて立ち上がる。

 日程が迫るにつれ、父自身は行かないとはいえ調整や色々な事態を想定した上での事項の話し合いは絶えない。国境の体制についても、不測の事態を想定してどうするべきかという会議も同じく絶えない。


「最近、国境の方に行けていないから心配だわ」


 廊下を歩きながら窓の外、ずっと遠くの方を見てもさすがに肉眼では国境は見えない。

 国境の小さな競り合いは、毎日とはいかなくとも頻繁に起こる。今は特に油断の出来ない状況だから出来ることなら、エステルはどこかの国境付近に備えておきたい。けれど赤の国に行くと決めたのはエステルであり、要件は国の幸先を左右する重要な仕事だ。

 そう考えると五日は長い。さらに赤の国に向かい、交渉にかける時間。確かに重要なことなのだが、その間国境がどのような状態かが気がかりでならなかった。


「これまでも持ちこたえてきたのですから、注意している今通しはしませんよ」

「そうね……」


 それならいいのだが、この国には本気になった二国を一気に相手できるほどの力はない。他の国との同盟が決断されたのは、これまでにない流れがあるからだ。領土を少しずつ奪われるだけでは済まない侵略の気配。


「……二国が互いにこの国を先に奪おうとしているみたいよね」


 相手より先にと、奪い合い。

 なんて迷惑なのだろう。領土争いなんて他でやってくれればいいのに。この国は外に矛を向けようなんて思わないのに。


「何か、落ち着きがないわね」


 進む先からの落ち着きのない様子を音として耳で捉え、エステルは眉を潜める。向かうのは私室から、政務に携わる者が勤める区画へ。最近特に忙しい父は執務室か会議を行う部屋に籠りっぱなしだ。


「そうですね。何やら騒がしいような……」

「リジー、行くわよ」

「はい」


 リジーを伴い、足早に廊下を進んでいくと慌ただしくも行き交う人々の姿が明らかになった。そのいずれも思わしくない、険しくさえある表情を見て、エステルは直感する。


「何かあったのだわ」


 何か有事が起きた。そうとしか思えない。

 一刻も早く状況を把握するため、エステルは一人貴族らしき男性を掴まえた。


「何があったの」

「殿下」


 止められた者はエステルを見るや姿勢を正し、一礼する。


「緑の国が攻めてきたとの報告が飛んで参ったようです」

「何ですって! ――それで、状況は」

「予想はされていたため、守りは固めてはいたはずなのですが予想以上の軍勢のようです。相手方にはこちらより遥かに多くの貴族がいるようで、国境を越えるのは時間の問題かと」


 頭の中に浮かぶ地図。

 元々あちこちの国境には兵を配置し、もしもの際に備えて貴族も派遣されている。加えて動きの不穏さがあったためにより備えていたが、王都からの兵の派遣の増加は検討されている途中であったはず。

 その内に予想より多くの兵が相手方には用意されていたのだ。


「ありがとう。止めてごめんなさい」


 目の前から去った者が廊下の先に消えていくのを見ないうちに、エステルは侍女に問う。


「リジー、魔法石は」

「ここに。お行きになるのですね」

「ええ」


 国境に行かなければならない。

 この国のみならずこの世の中、魔法が使える者が貴族となり、国の中央に近づく。さらに貴族の中の地位は、魔法能力で地位が決まる。

 王族は――この国、この地に最も深く根を張り、力を持つからこそ地を守り続けてきた一族だ。

 国の危機となれば、国を守らなければならない。王女だからこそ、生まれつき手にした力を役立てなければならない。


 エステルは国境に行くために、移動魔法を使って瞬時にこの場を移動することを決断した。しかし自分の魔力を移動で消耗するわけにはいかないので、前もって魔法を込めてある石――魔法石の有無をリジーに確認すると、彼女は飾り紐を辿って取り出した魔法石を手のひらの上に差し出した。


「ありがとう。……リジー?」


 受け取ろうとすると、侍女は手のひらを閉じて魔法石を握ってしまう。


「私も行きます」

「駄目よ」


 真っ直ぐにこちらを見て言うので、エステルは即座に否との答えを返していた。


「駄目」

「エステル様をお守りします」

「私があなたたちを守るのよ」

「ですが、今エステル様には――陛下から仰せつかる役目がおありのはずです。危険な場にお一人で行かせるわけにはいきません」


 同盟交渉のための使者。それから、赤の国に輿入れするかもしれない立場。


「いざとなったらお嫁にはお兄様に女装してもらうかもしれないわね」

「エステル様! 何ということを!」

「冗談よ」

「そのような冗談は聞きたくありません!」


 ごめんなさいとエステルは謝った。冗談ぽく言いたかったのだが、内容が質の悪い冗談だった。


「私が行くと言っても、援軍が来るまで食い止めるだけよ。私は事が収まれば、城に戻り赤の国へ行く。赤の国と同盟が結べたなら、周りの国も考えるはず」


 他国に攻められているこの状況で、現実味が湧いてきた。

 二つの国を前にして、どちからにのみ力を裂くわけにはいかない中ではこの国はあまりに危うい。力を持つ国――赤の国の名があれば、同盟を結んだ事実があるだけで、この状況はきっと変わる。変える力を持っているのだ。

 エステルはリジーの手から魔法石を取った。


「お父様に私が行ったと伝えて。必ず守るわ」

「エステル様!」


 魔法石の中から取り出した移動魔法で、エステルは城、王都から発った。










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