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理由はそれだけで






 魔法が消えると、カーティスがにわかに立ち上がった。


「今日は塔に行く予定だったな。行くか」

「けれど、まだ午後ではないわ」

「それがどうした」

「あなたと会うのは午後の予定だったから。それまですることがあるのでしょう?」

「それは終わった」


 白の国に行っていたことだろうか。戦が大詰めを迎えているようなのに、カーティスの様子は変わらない。おそらく、エステルがここに来ようと思って予定より早く彼に会って話を聞いていなければ遠い地で起こっていることは知り得なかっただろう。

 テーブルを回って側にきたカーティスに手を差し出され、エステルは咄嗟に手を重ねてしまう。

 手を取ってしまうと、ここから離れることは決まりのようで、カーティスが良いと言うのならいいかとエステルも思ってくる。明日祖国に帰ればしばらく会うことはないのだから。


 そうして歩き始めるか、というとき。そういえば、彼の方もエステルのことを知ろうとしていたということを思い出してまだ立ち止まっている間に何気なく尋ねてみる。


「カーティスは、私のことは知れたと思う?」

「私か? ああ、十分だ。そして正解だったと確信した」

「正解?」

「お前を妃として迎えることだ。私がお前に会ったのは、実に幸運だ」

「私に会ったことが……?」


 エステルは、心の底から首を傾げた。

 

「つくづく此度は運が良い。お前のような者がいるとはな。一つ侵略する国が減り、さらに我が花嫁も手に入る」


 どうして、そんなにも嬉しそうに笑うのだろうか。その顔を見て、なぜかエステルは以前話の続きで終えた場を思い出した。

 ――「お前が欲しくなったからだ」

 ――「その目に惚れた――と言えば理由になるか」

 エステルが見つけられなかった言葉の真意。まるで、エステルを手に入れることが嬉しそうにする。そうしたかったように。

 数日共に過ごして来たからこそ、期待してしまう自分がいる。これは、同盟の証のためだけの婚姻ではないのだと。


「……前に、私が欲しくなったから条件を付け加えたと言わなかった?」

「惚れたとも言ったな」


 少し遠回しに聞いてみようと思っていたのに、あちらから言葉を付け加えられて不意を突かれた。

 瞠目してカーティスを見ると、彼はゆっくりと首を傾げた。


「お前は、それを疑っているのか」

「べ、別に疑っているとかではなくて……」

「そのわりに疑わしそうな声音だったが」


 そんな声を出したつもりはない。


「疑っていると言うより……あなたが本当にそう思っているのかとか……そう思っているだけ」

「なぜこうも私は信用されぬのだろうな。私が生まれ持ったものの一つとでも捉えるべきか」


 過去を振り返ってのぼやきにも聞こえた。

 一方のエステルは、別に疑っているのではないと分かってもらうためにはどうすればいいのかと考えを巡らせるのに忙しい。少し、と言うかかなりカーティスに質問をぶつけすぎたかもしれない。本人に気分を害した様子がないからと言って、限度があっただろうか。などこれまでのことを含めて考えていると……。


「私がお前を妃にしたい理由は複数ある。一つはお前の物言いがはっきりしていることだ」

「……物言い……?」

「私の妹には会ったな」

「ええ」

「この国に置いて私の前で屈託なく笑うの女はあれくらいだ。また、はっきりと物怖じせず言うことを言うのもあれくらいだ」

「……王にははっきり言えないこともあるわよ」

「私はそれを求める。その点、お前の物言いは実に好ましい」


 好ましい、と言われて心臓が跳ねながらも喜んでいいのかどうか迷うところだ。


「それは、ありがとう……?」

「もう一つ――初めに会った際にお前は自分の目の前で兵が燃え、その炎に囲まれているのにも関わらず臆さなかった」

「……? あなたが助けてくれたから、当たり前でしょう」

「人を魂まで燃やし尽くす魔法であってもか?」

「あなたがそれを使うのは目的のためで、別に私を傷つけるわけじゃないもの。……違う?」

「いいや、その通りだ」


 エステルがまたも内心首を傾げることになっていると、目の前でカーティスが目を細めたから、一瞬息をすることを忘れた。

 それは、優しいと評することのできる、表情だった。苛烈な外見と、意思の強い目からはとてもではないが想像し難い表情。


「お前は、それがどれほど私にとっては特別なことか分からぬだろうな」

「……カーティス……?」

「お前のようにこれほど真っ直ぐ私を見る者がいることも」


 見上げる先の彼こそ、エステルの視線を逃がさないような目で真っ直ぐ見てくる。

 気がつけば、カーティスの手がエステルの頬に触れていた。壊れ物に触れるような、手つき。


「私は、あの場でお前に惚れた。お前が欲しいと思った」

「――――」

「それで理由は不十分か」


 ――――――いいや、深い理由なんていらないと思った。挙げられた理由がいくらエステルには腑に落ちなかろうと、その言葉と、その目があれば。

 エステルは間近にある目を見つめたまま、動けなくなっていた。


「私の名前は何だ?」

「……カーティス」

「私は、そう呼ぶ者、臆することのない者を探していた。私はお前が欲しい、エステル」


 エステルの鼓膜を震わせた囁きは、熱く感じた。そして、同時にその橙の目に宿る熱を知った。

 彼は紛れもなく本気で言い、エステルを欲していたのだとも、知った。今。遅かっただろうか。彼はずっとその目でエステルを見続けていたのだから。

 本当に、結局のところ、エステルは様々なことを思い込みを通してカーティスという人物を見てしまっていたのだ。

 頬が熱いのは、触れる手が熱いのか。エステルの頬が熱を持っているのか。エステルを射抜き離さない橙の目に宿る温度がそう感じさせているのか。


「今一度確認しよう。お前は私を知れたか、私はお前に相応しく映ったか?」


 息がかかりそうなほど近い距離。赤の王はそう問うた。









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