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本当の姿を問う






 エステルが行ったこともない地は燃えていた。

 空を飛ぶ鳥の視点で見ているような光景。燃え盛る魔法の炎が一瞬、視界の全てを凌駕した。炎以外のものが映ったかと思えば、圧倒的な魔法に無惨に燃やされる地と兵。一つ一つはすぐに消える悲鳴が、あちこちから別々に絶えず響き、鼓膜に突き刺さる。

 熱さと、焦げ臭さが感じられそうな光景どあった。

 一度、エステルが自国にて見たものと重なるものであったはず。しかし魔法が解かれ、視界が切り替わっても、エステルは声を出せずにいた。

 目の前にいるのは、赤い髪と橙の目をした見慣れてきた姿。

 しかし――目の前の男に、戦地に立つ「赤の王」の姿を見た。赤の国、領土争いを進んで行う国の王の姿。感じていた違和感とずれが、合わさる。


 カーティスには笑みが無くなっていた。ただ彼は、エステルを見続けていた。

 今度は固い沈黙が生まれ、破ったのはエステルの方だった。


「あなたは、どんなつもりであの魔法を使っているの」

「どんなつもり?」


 聞き返し、カーティスは首を傾けた。かと思うと、急に音を立てて炎が表れた。今度はこの場。机の上、広げてあった地図が燃え、見たときには跡形も無かった。それでもまだ炎はあり続ける。


「紙も人間も、戦場では何もかもが等しく燃える」


 前に目を戻すと、魔法の炎を操る本人は感情の読めない声が言った。彼の目には、同じ色のちらつく炎が映っていた。


「金の国の王族の魔法は、確か何物をも宝石とする魔法だったな」

「――ええ」


 そうだと言えるが、何もない場所からも宝石を作り出せる。今付け加える必要性も感じず、唐突な話題の変わりように戸惑いながらも首肯だけする。


「それは人を殺める魔法か?」

「……殺めることも、可能となる魔法。でも、極力そうは使いたくないわ。そのためにこの魔法があるとは思わないから」


 エステルは、炎から辛うじて外れて机の上に転がっていた駒のようなものを手にとる。最も身に馴染んだ魔法を使うと、たちまちただの地味な色合いをしていた駒は輝く宝石に変わった。

 この魔法こそがエステルの国の王族のみに受け継がれる魔法だった。何の変鉄もない石ころ、水などやろうと思えば何でも宝石となる魔法。ただの宝石ではない。その硬さは剣を通さず、一般的な魔法の初歩の魔法では燃やし溶かすことも出来ない。

 人も、宝石にすることも出来る。


「美しいな」


 エステルの手の中の宝石に溢された感嘆とも取れる言葉。


「それが使いようによっては人を殺せるものだとしても、お前が言ったように本来はそうではないのだろうな」


 エステルの手元から目へ、視線を移すカーティスと目が合っても、未だに笑みがない彼が何を考えているのか読めない。

 注意深く見ていると、カーティスは手を前に差し出し炎の中に翳した。彼自身の魔法が、彼を傷つけるはずもない。


「私の魔法は損なうための魔法だ」


 炎が一瞬より大きくなり、エステルの視界を遮る。異なる場所に見た、凄惨なまでの光景が脳裏に甦ってくる。

 今この場にある炎の向こうには、映る炎が揺れる瞳があった。


「決して人を温めるための火ではない。それならば単なる初級の魔法。私の魔法は違う。肉を、骨を、魂までも焼き尽くし、何も残さない魔法だ。――それが私を示す魔法でもある」

「……使わないという選択肢も、あるはずよ」


 エステルはいつの間にか、目を逸らしていたのだろうか。いや、きっと来る前は勝手な像を思い浮かべて警戒していたのに、接する彼があまりに像からかけ離れていたから自然と逸れていったのだ。

 けれどさっきの光景を見て、他ならぬカーティスの魔法が奮われていた様子に、この国に来るまで勝手に描いていた像が重なった。

 ――この人は赤の王だ。争い、領土を広げる国の主。

 その事実は変わりようがないことが、今さら思い出された。

 エステルは自らに生じた違和感とずれをカーティスの姿に重ねることで、ようやく自覚した。緩んでいた意識が引き締まる。


「私、あなたと会って、話してみてあなたは悪い人ではないと感じたわ。――でも、あなたは赤の王よ」

「そうだ」


 彼はいつかのように、今さら何だという風に肯定してみせた。


「私があなたの言葉を受けてここに滞在したのには理由があったわ」

「どんな理由だ」

「あなたがどんな人か知るため」


 エステルが言うと、カーティスは僅かに目を見張った。しかし数秒のこと。


「私がどのような人間か、か」


 呟いた。


「明日、帰るのだったな」


 話題が、とっさには理解できなかった。一拍遅れて、エステルが明日祖国へ帰ることを言っているのだと理解した。


「意外と短い時だった」


 この距離は馴染みかけていたもので、不自然ではなくなっていたはずだった。しかし今は、炎を挟んでいるとはいえ完全には隔てられていない距離が遠くに感じる。

 先ほどから、前にいる人が異なるように感じられる。


「私はどのように映った、エステル。お前のその目に、今、どう見える」


 エステルは、慎重に口を開いた。

 そして、問う。


「――――あなたはなぜ、戦うの?」


 問いに、赤の王は首を傾げた。


「あなたの魔法が傷つけることが出来ないものだとしても、大事なのはあなたが何のために、何の目的のために魔法を使うかでしょう。私だって、時に王族にのみ許された魔法で人の命を奪ってきた。それは、国を守るためよ。あなたは、――あなたは何のために争って何のためにその魔法を使うの」


 一番に尋ねるべきことは、これだったのだ。他の混乱に押し退けられていたが、これこそ聞くべきことだった。


「最初に会ったとき、あなたは私を救ってくれた。それは間違いないことだった。けれど、今、私はあなたが分からない」


 緑の国の軍勢が迫る中、助けてくれ、魔法を使った。その光景は、あっという間だったとはいえ、圧倒的な魔法の炎に人が焼き尽くされ、辺りが炎の海となったことは確かに先程見た光景と同じなのかもしれない。

 けれど異なる点があり、それにより受ける印象は変わってしまう。

 赤の国が白の国と戦っているのは、白の国から自国を守るためだろうか。あれは、自分たちから攻めているようにしか見えない。赤の国は進んで他の国に矛先を向ける。


「どうして、戦うの? 領土を広げたいの?」

「こちらが仕掛けなくとも周りから来る。どうせじっとしていても戦いは生まれる」

「確かにそれは理由にはなるわ。でも私が聞きたいのは、守るためではなく進んで争いを行うこと。あなたは、これから先順に他の国を攻めるつもりだということを言っていたわ」


 領土争いをする気持ちが、どうしてもエステルには分からなかったのだ。

 何も赤の国だけではない。他の国が領土争いをし続ける気持ちが分からなくて、自分の国も巻き込まれるから、「なぜ」という気持ちは大きい。


「なぜ、争いを生んでいくの」


 エステルは知りたい。彼が何を考え、領土争いをするのか。それは、カーティスの人となりの一部だ。だからこそ知りたいのかもしれない。もしかすると、エステルには受け入れ難い思考なのかもしれないけれど、理解したかった。

 覚悟とも言える気持ちを抱えたエステルは見えない位置で拳を握り、視線を真っ直ぐにカーティスを見据え、答えを待った。

 カーティスはしばらく何も言わなかったが、「ああ、なるほどな」と呟いて、また口を開いた。


「争いが無くなるからだ」


 待った答え、だった。

 しかし、エステルは怪訝にする。争いを起こしているのに、争いが無くなるとは何事だ。意味が分からず、そのまま問い返す。


「……争いを起こしているのに?」

「争いの果てに、争いは無くなる」


 対して、カーティスの返答ははっきりとしたもの。


「知っているか。この国やお前の国を含め、嘗ては全てが一つの国。巨大な国だった」

「……ええ、お伽噺みたいな話」

「お伽噺か、確かにそうかもしれぬ。全てが一つの国。話でしか聞いたことのないことだ」


 遠い昔、全ての国は巨大な一つの国だったと言われている。王は一人。巨大な国は治められ、成り立っていた。

 今聞くと、にわかには信じられないことだ。伝説と成り果てた国の王都、城がどこにあったのかは分からない。ただ、文字としてその事実が詳しく残っている。


「私の目的は、大陸を統一し、二度と別れぬ国を作ることだ。そのために争い、魔法を使い、領土を我が国のものにする」

「かつての国の再現、その主に自分がなるため?」

「違う」


 カーティスは笑った。馬鹿馬鹿しいと言うかのようだ。


「再現など笑わせる。再現をしてどうする」

「……?」

「嘗てあったとされるその国が今のように幾つもの国に別れたのはなぜだ」

「それは、どの歴史書にも書かれていないわ」

「そうだな。だが、当時の国の運営方法に綻びが生じたことは間違いないだろう。――そのようなものを再現してどうする」


 馬鹿馬鹿しい、と今度こそ彼は言い笑った。


「じゃあ、何のためにあなたは国々を統一するの。何か、目的はあるの?」

「言っただろう。『争いが無くなるからだ』と」


 そして、争いの果てに争いが無くなると。

 笑ったカーティスは、それがさも当然であるかのように言った。


「国が一つになれば、戦は無くなる。私はそう考え、確信している」


 もちろん運営方法に工夫はいるだろうがな。という付け加えはエステルの耳にはろくに入っていなかった。

 ぽかん、と呆けかけていたのである。

 国が一つになれば、戦が無くなる。だから領土争いをし、国々の統一をしようとしている。

 ――この人は、エステルが予想もしていないことばかり言う。


 確かに国々の統一は、領土争いをするどの国もが目指していることだろう。しかしこのようなことを考えている国の主がいるとは、思ってもみなかった。他の国を従え、頂点に立つ。そのことこそが目的だと思っていたからだ。


「……あなたはそれが、可能だと思うのね」

「無論だ。でなければそれこそなぜ争いを起こす意味は皆無だ」


 ――ああ、そうだったのかと彼が示した答えはエステルに染み渡っていくようだった

 安堵も生まれたことが分かった。これから命運を共にしていく国の王、また、好きになった人がそのような考えを持っていたからだろうか。

 それにしても、強固な意思が宿る目的だ。

 それは途方もない目的のはず。何しろ、どの国の歴史にも、他の国々を統一した事実は未だ記されたことはない。

 けれど……と前を見て映るのは、違和感も何も無くなったカーティスだ。


「お前が納得できる答えだったか」

「ええ、そうね。……ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「私、とてもあなたのことを誤解していたみたいだから」

「何だ、どのように思っていた。聞かせてみろ」


 なぜ争いをするのかと思っていたのか、エステルが問いかけたことについて。


「他の国を従え、その全ての上に立つ」

「それは、とんでもない自己満足の塊だな」

「そうね」

「なるほど。そう思われていたのなら、初めにここで受けた問いも腑に落ちる」

「この魔法も、そのために使うのね」

「そうだ。どうせそのようにしか使えぬ」


 未だにあり続ける魔法の炎。机を溶かすなどしていないところを見ると、カーティスがそのようにしているのだろう。

 炎を見ているとやはり先程見た光景が過るけれど、もう疑いは持たない。確かに誉められた行為ではないだろう。しかし、本当に彼が言う先が実現するのなら。彼が上手く行くとする国の運営方法、今のように絶えず戦が起こる世が無くなると言うのなら――エステルにはカーティスならばそうしてしまうのではないかと思った。


「……これ、そろそろ消さない?」


 これは何のためにつけたのだったろう。

 とにかくもう話は終わったので消してもいいのではないかと思ったエステルが目の前の炎を示して言うが……カーティスは消す様子なくエステルを見続けている。


「それで、結局お前は私が知れたのか」

「え? ええ、そうね。今ので」

「そうか」


 なぜかより笑みを深くして、それからカーティスは炎を消した。









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