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あと少し






 エステルの延長滞在が終わりを告げる日が、やって来ようとしていた。


「どのような人物か、知れたかい?」


 魔法で祖国と繋げた鏡を通して向き合う兄は、赤の王を知るために残ると決意していたエステルへの確認をした。

 確認をされたエステルは、ここ数日のことを頭の中で振り返る。

 延長滞在の日々は短い期間だと思っていた。実際限られた時間には違いはなかったが、エステルが思っていたよりものんびりと日は過ぎていき、予想以上の時をカーティスと過ごした。

 その結果、こくんと頷いてみせる。


「ええ、知れたような気がするわ」

「それは良かった」


 微笑んだ兄は正式な同盟締結に向けて祖国から赤の国に再度の使者が来る日程を教えてくれて、魔法は解けた。

 赤の国から祖国へ戻るのは明後日。鏡の前に座ったまま、エステルは過ごした日々を改めて思い出した。


「思い返してみると、何だか拍子抜け。意外と楽しかったし……」


 同盟の話し合いのために赤の国に来て、赤の王と会い、単独滞在が決定して。

 最初は条件のそれほどない同盟を勘繰り過ぎていたのだろう、と思う。そうではないのだと知ってからのカーティスと過ごす日々はそれなりに楽しかったと思う。

 たぶん、普通に知り合っていても惹かれていたのかもしれないと思ったくらい。

 この期間はカーティスを深く知るには時間はまだまだ足りないだろう。けれど何か裏があるのではないかという疑いはなくなり、彼自身にのみ目を向けると、やっぱりこの人が好きなのだと再確認するには十分な時でその笑顔により惹かれていくにはもっと十分な時だった。


(何だか、夢みたいに思えて来たわ……)


 こんな雰囲気の結婚生活が送ることになるのだろうか、とふと思ったのんびりした日々。自分で赤の国に来て正解だった。



 *



 最後の日も、もう毎日となったカーティスと会う予定があった。

 しかしそれは午後からの予定で、エステルはふと思い立って庭に向かった。カーティスと会うのは、今日は城の中。敷地内に、そびえ立つ塔のような高い建物が城とは独立してあったので、あれは何のためにあるのかと聞くと今日行けばいいと結局昨日は教えてくれなかったのだ。

 庭と言っても城を取り囲み、四方に異なる形で庭があるため、最後に一回りして行こうと思っても一日では足りない。思いついたのは、単独滞在することになって、偶然カーティスを見かけたことのある四阿。

 明日は祖国に帰る。少し寂しいに似た感覚を抱きながらも、また会える約束がされているのは擽ったい気がした。


 四阿に行くと、すでに人がいた。背の生け垣の向こうが見えるところまで行くと、屋根の下にたどり着く前から真っ赤な色がちらりと見えたのだ。


(もしかして……)


 ――自分は、間違いなく彼に恋している

 背の高い生け垣に囲まれた四阿の中が明らかになった位置で一度足を止めて前方を見ると、椅子に座るカーティスがいる。

 その顔は目を閉じており、寝ている……?

 僅かに顔が向いている下の方には、机の上に広げられているものがあった。また地図だろうか。ここで初めて会ったときは地図を広げていたから。紙の上には、小さな駒のようなものが見えるからますますそうかもしれない。

 居眠りでもしたというのだろうか。想像がつかないけれど、目を閉じているのは事実。それが新鮮で、じっと見ていたくなる。


「おや、王女様でいらっしゃいましたか」


 声をかけられて、意識が外に向く。

 四阿の中から、いつもカーティスの側に控えている壮年の男性が見えなかった位置から、四阿から繋がる道にいるエステルの前に現れていた。


「ごめんなさい、邪魔をする前に離れます」


 そもそも約束した時間ではないのだ。


「いいえ。邪魔などと……今、陛下はお眠りになっているのではないのです」

「あら、そうなのですか? てっきり眠っていらっしゃるのかと」

「今陛下は少し別の場所に意識を移しておられるのです。今しばらくすると戻って来られるのですが……」


 別の場所?

 眠っているように目を閉じているカーティスは(本体)はここにいるのに、魔法で異なる場所に意識を移動させていると言う。なるほど。それで目を閉じて、寝ているように見えたのか。とエステルは視線を男性の後ろ、やはり端から見ると寝ているようにしか見えないカーティスを見た。

 それにしてもそれこそ外でやらなくてもいいのにと思うが、カーティスが魔法を使っている間、側近である男性が警護を行っているらしい。それで近づく者がいれば分かるように張り巡らせていた魔法に、エステルが引っかかったのだとか。


「よろしければお待ちになりませんか。陛下は、王女様のためにであれば時間をお作りになるでしょう」

「いえ、やはり離れておきます。彼と会うのは午後の予定ですから」


 どこに行っているのかは分からないけれど、何のためにと考えると、執務においての行動かもしれないとは予想できた。机の上の地図が何のためのものとも考えると、戦略図と捉えてもおかしくはないと思えた。


 偶然ここに来たエステルは、予定外の時間を邪魔するわけにはいかないとカーティスが魔法で戻って来ない内にこの場を後にする旨を返した。せっかく会ったとは思うけれど、と最後に珍しい様子を一目。ちらりと目を向ける。


「――何だ。誰か、来ているのか」


 三度目見た先で、眠る人と見えていたカーティスが目を覚ましていた。覚ましたも何も、本当は眠っていなかったので目を開いただけ。または、()()()()()と言うべきか。


「エステルか」


 表れた橙の眼がエステルを見つけた。カーティスの口元が笑みを描いた様子に、彼が目を閉じていることをこれ幸いにと盗み見しようとしていたエステルは鼓動が高鳴る。さっきまで穏やかだったのに、これだ。


「陛下、ご用事は」

「終わった。後は現場にいるギリアンに任せる」


 そうでございますか、と赤の王の側近は元はそこにいたのだろう、カーティスの後方に下がっていった。


「エステル、そのようなところで立ち止まっておらず来てはどうだ」


 去るタイミングを完全に外したエステルは、結局予定より数時間早くカーティスの前に座ることとなった。

 椅子に座るときに目に入った机の上の紙は思った通り地図で、白の国と赤の国が大きく描かれたもの。

 長くは見ず、椅子に腰かけると視線は前に。


「『先に王族を見つけ出し、捕らえろ。ああそうだ。後は任せる』」


 不思議な響きの声を出したカーティスの片目が真っ赤に染まっていた。

 色の変わった目は、エステルを見ていない。魔法で、何かを媒介として他の場所を見ていると直感した。その魔法は知っているから。不思議な響きと力を帯びた声も、魔法で異なる場所に届けられたのだろう。

 しかしその内容が不穏で、机の上の地図が甦る。


「よくここが分かったな」


 目の色が戻ったカーティスは何事もなかったかのようにエステルに笑いかけた。

 エステルは、そこに少しの違和感を覚える。いや、違和感と言うべきか。ずれだろうか。ここ数日見て、感じていた「カーティス」という像とのずれ。

 一体、何に。ここ数日とはいえ、エステルは実際に彼と話して、彼の人柄を知ったはずなのに。


「どうした」

「……白の国に行っていたの?」


 他国の王女であり、まだ嫁いでいない者が口を挟むべきではない。今までも自分から深く聞こうとはせずに、広げられていた地図も無視してきた。

 けれど何かの違和感を抱えた今になり、エステルは尋ねた。


「そうだ」


 様子を窺う先のカーティスは問いにすんなり肯定を返し、エステルを見て僅かに首を傾げた。

 奇妙な沈黙が流れた。

 ここ数日では一度もなかった、よく分からない静けさ。エステルは自分に生じた違和感めいたものの正体を図りかね、カーティスもまた何を考えているのか黙ってエステルをじっと見る。

 エステルが何か言うのを待っているのかと思えば、異なった。

 妙な沈黙を破ったのは、カーティス。


「白の国の最後の砦を突破した」

「――え」

「後は王都、城のみだ。攻略するのにそれほど時間もかからぬはずだ。――これで、白の国は我が国の領土の一部となる」


 彼はやはり、笑みを浮かべた。不敵で、何物にも負けないような強い目。それは、確かにエステルが惹かれたもののはずだった。それなのに、共に発された言葉が耳に入ることによって、なぜかずれが生まれる。


「見るか?」


 カーティスが瞬き、再びその目と合った瞬間。エステルの視界に魔法がかけられた。抵抗しようと思えば出来ただろうが、しなかったのは害を加えられる魔法ではないと瞬時に直感が判断し、見なければならないと意識のどこかが判断した。


 彼が魔法で見ていた、赤の国の外。

 視界が真っ赤に。四阿の白さと生け垣の緑が掻き消える。熱風が顔に吹き付けたかのごとき錯覚を覚えたそのとき――エステルの目の前は炎の海と化し、凄惨な光景が広がった。










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