表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

冗談でしょう、お父様





 周辺国と比べると小さな国。金の国と呼ばれる一国に一人の王女がいた。



***



 父王に呼ばれ、部屋に行くと部屋は人払いがされており、父と父の第一の側近だけがいた。何の話かしらと思いつつ、エステルは私的な場とということあり簡単に挨拶をしてドレスの裾をさばいて椅子に腰掛け、父と向かい合った。

 同じ長く真っ直ぐな細い金の髪を持ち、白を基調とした衣服を身につけたこの国の王にしてエステルの父。自分で呼んだのにも関わらず、しばらく父は口を開きあぐねているようで……。


「あー……、エステル」


 ようやく父が口を開いた瞬間、エステルは違和感を覚えた。おかしい。

 話し出しが遅かったこともそうだが、一言目からこの歯切れの悪さ。

 父は地位のわりにとても様子に出てしまう人なので、私的な隠し事を始めとした後ろめたさのあることは特に分かってしまう。なぜならとてもとても言い難そうにするのだ。王として民に見せる姿は立派だったりするのに、身近な人間には弱いので特にそうなる傾向がある。

 つまり今、この部屋にエステル()を呼んだ父には何か後ろめたい類いのことがあるということ。


「その……元気そうで何よりだ」

「お父様、お久しぶりなのではないのですから、何でしょうそのご機嫌伺いは」

「た、確かにそうだ」


 ごほんと空咳を一つ。父は琥珀色の瞳を落ち着きなく左右に動かした。エステルはため息をつきたくなる。声からも、さ迷わせる視線からも動揺が見てとれる。


「最近も一段と国中、国境を回り他国からの防衛に一役も二役も買っているようで、誇らしいのはもちろんなのだが」

「お父様」

「な、何だい?」


 声が裏返っています、と指摘するのは心の中で。

 遠回しに遠回しに話を進めようとしているであろう父に微笑を向け、「いいえ。どうぞお話を」とこちらも遠回しに言う。

 すると父王は「う、うむ」と頷いて、再び話しはじめたのだが……。


「我が国の南方には、赤の国と呼ばれる国がある」

「はい」

「正式名称はガルローザ国」

「……」

「現在の代で王は……」

「お父様」

「は、はい」

「無駄な情報はいいですわ。本題をどうぞ?」


 どこの国のどうでもいい部分の情報を話そうとしているのか。

 国境の防衛の話と、ここ何年かで力を増している国の名前に繋げられる要素もないことはないけれど、父の話のペースに任せていたら本題に入るのは良くて一時間後かもしれない。

 エステルは二度は遠回しに促していたため、今度はにっこりと笑って直接的に述べた。関係があるようなないような分からない前置きはいいので、早く本題を。

 娘の圧力のある笑顔を見た父は「お前は誠に母にそっくりだ」と、ぼそぼそ言ってようやく観念した。


「……分かった。本題に入ろう」


 観念した父が話し始めたのは、ここ数年で激変した大陸の国々の勢力関係と自国を取り囲む状況の深刻さについてであった。


 エステルが生まれ、王女としているこの国は戦いを好まぬ国である。出来れば戦わず、平和に暮らしたい。

 しかし国の周りでは大陸を統一しようと大昔から続く領土争いが苛烈さを増すばかり。エステルの国も戦いは望まないのはいえ、侵略され虐げられることは避けたいと防衛のみに絞って戦わざるは得ない部分はあった。

 そうして防衛のためには抗っていたこともあり、大陸統一では後回しにして差し支えない国であったので、これまでは侵略の手も緩く国境を競り合うくらいで、じりじりと領土を奪われているくらいだった。じりじりと奪われたことが積み重なってそこそこ小さな国だが……。

 ところが近年、限界が近づこうとしていた。運の悪いことにか、示し合わせたのか二国を別々にではあるが、相手をしなければならないことになりそうだった。


「そうですね。そろそろ緑の国の方面が国境の向こうにかなりの数の兵を集めている様子だとか……お父様、全面的に戦わなければならない時がやって来るのでしょうか」

「このままでは、そうなるだろう」

「民を出来る限り国境から遠くに移動させなければなりませんわ。あちらが本気を出せば、国境で食い止めることは難しく、国土に侵入を許しての争いとなるはずです」

「このままではな」


 エステルは再びの違和感を抱える。父の口調にまだ隠していることがある様子を聞き取ったのだ。

 このままでは、が意味するところを推測してエステルはまさかと尋ねる。


「何か、案がおありなのですか?」

「……うむ」


 案があるのなら良いことだ。

 それなのに言うことを躊躇しているのはなぜなのか。案と言っても、何か犠牲が出る苦しい案なのだろうか。


「赤の国、という国がある」

「はい」


 前置きに出てきていた話に触れることになった。


「とても強い国だ。それで、その、赤の国へ……」

「赤の国へ?」

「同盟を結ぶための使者を――」

「同盟?」

「我が国には二国を一気に相手にすることは出来ない。このままでは数年の内に激しい戦いと多くの命が奪われた末に、侵略される運命にあるだろう。しかしその前に手を打てば別である。方法は、他の国の手を借りる他なく――赤の王は未だ若く、周りのどの国よりもこの先長く強い勢力は保たれるだろうと思われ、同盟の相手としては一番良いと判断した。それにいつ攻めてくるか分からないと戦々恐々とはしていたが、今のところ我が国を攻めてきていない国でもあることで……」


 続く言い訳じみた早口なんて耳には入っていなかった。

 耳を疑うことを聞いたエステルは呆気に取られて暫く――見開いた目を前に据え、一旦我慢するべく手を握りしめた。


「私を呼んだ理由は、その相談、ではないでしょう」

「……エステルには赤の王に嫁いでもらうことになるかもしれない」


 同盟の証に、嫁ぐ。

 もちろん初耳で、十分に驚くべきところではある。

 しかしエステルが注目したのはそこではない。自分が他の国に嫁ぐことかもしれないことは二の次。今追及すべきは、一つ。

 同盟を結ぶことが意味するところは、今の状況では明らか。この小さな国と、力を増すばかりの大国。手を結ぶと言うよりは――こちら側が赤の国に助力を請うと言った方が正しいはずだ。

 話を一区切り聞き終えたところで、エステルは一思いに息を吸った。


「何、つまり、赤の国に守ってもらうって言うの……!?」


 出来る限り抑えた声で言い、「冗談でしょう……!?」と付け加えた。

 しかしながら、信じられない目で見つめる先にいる父は、こちらを見返すばかりで首を横にも振らず否定をしなかった。

 こんなことは間違っている。反射的に思ったエステルは、自分の考えている懸念を表すべく言葉を重ねる。


「だって、赤の国も他の国と同じじゃない。領土争いをして、着々と領土を増やしていると聞いたわ」

「だが我が国には攻めて来ていない」

「それも時間の問題でしょう?」

「そうかもしれない。けれどねエステル、現時点ではそれが重要なことだ」


 父王は、弱く儚い表情をした。


「エステル、国民が多く失われると知り、行く末が見えていながら戦いに臨むわけにはいかないのだよ」

「それは」

「お前の母も、戦で死んでしまった」

「……お母様は、国を、民を守って亡くなったわ。戦を好む赤の国なんて、この国に戦しかもたらさない。兵力を搾取されて良いように使われるだけよ!」

「エステル」

「お父様がそんなに気弱だからいけないのよ!」


 ますます眉を下げた父は「エステル……」と困った顔になる。

 気弱な顔、気弱な表情、雰囲気。これだから駄目なのだと、込み上げて来るのは怒りに似ているようで、泣きたくなる感情。


「信じられない!」


 あり得ない。断固反対。

 膨れ上がった感情を持て余してしまう前に、エステルは力一杯言い残して部屋を出ていった。



 






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ