望むものは
少女の人生はひたすら暗かった。世界中の誰よりも、とは言わないが少なくとも普通に生きてきた人間には想像もつかないほど暗い人生だと思った。
それでも少女はそんな運命を嘆くでもなく、人生そのものを捨てるでもなく、ただ淡々と生きていた。
そんな少女を救いたい、と思ったのはほんとに気まぐれだったと思う。だけどその気まぐれは僕の中では最も成功したうちの1つだろう。
まぁ、何万年のうちの1つか分からないけどね。
◇◇◇◇◇
その少女を見つけたのは、やることが無くてなんとなく地球を観察していた時だった。
「あの子、色がない。」
僕はいわゆる神様と呼ばれる存在で、様々な世界を創造し、そして見守り、時に少しだけ手を加える。そんな信じる人がいるかどうかという曖昧な立場を、もうどれだけやっているか分からない。
天界に住む天使や魔界に住む悪魔には、とても長いがそれでも寿命がある。だけど僕には無い。だからどれくらいかも分からないような遥かな時の中を1人で過ごしてきた。
そしてそんな僕のお仕事は、世界の創造と守護。
かっこよく言ってるけどまぁ工作みたいなものだと思う。必要になれば世界を作り出し、後は基本的に見守る。繁栄する世界もあれば滅びる世界もあるけれど、それは僕が決めることじゃない。だから暇な時が割と多いのだ。
その中でも地球は繁栄する世界の1つで、様々な生命にあふれている。だから観察するのが楽しくて好きだった。
今日もやっぱりやることが無い僕は地球を観察する。そして僕は少女を見つけたのだ。
どんな世界のどんな生命にも、必ず体の周りを覆う色がある。それはこれまでの人生だったりその生命の性質だったり、表すものは様々だが僕にはなにを表しているのかまではっきり分かる。神様だからね。
だからこそ、色の無い少女というのはすごく印象的だったのだ。
「ごめんね、ちょっと人生覗くから。」
そんな聞こえるはずもない謝罪を1つ入れ、その少女の人生を覗くためピントを合わせる。
色で大体は伝わってくるが、より細かく知るには対象にピントを合わせる必要があるのだ。
「えっと、浅田莉々。15歳か。今までは、、、え。なにこれ。」
ピントを合わせてしまえば後は流れるように情報が入ってくる。名前、年齢、生年月日から趣味や嗜好、どう生きてきたかまで、プライバシーは関係ないのだ。神様だからね。
そうして全てを見た僕は絶句した。
少女の人生はとても暗いものだった。生まれて間もなくしてから両親から虐待を受けるようになった。少女が3歳の頃に両親は逮捕され、他に身寄りのいない少女は施設に入ることになる。それから小学校に入学するも、両親のことや少女の性格もありイジメられるようになり、中学校でもそれは続いていた。
さらに施設でも孤立していた少女の唯一の支えであった施設長もつい先日亡くなり、本当に孤独になってしまったのだ。
イジメも施設での孤立も、決して少女が悪いわけではなかった。
両親のことを知られ、それを理由に少女も暴力的だから近づくな、無口でなにを考えているか分からず不気味だ、と根拠のないことを言われ続ける毎日。そこに、人と関わることに慣れていない彼女の性格が合わさってしまい、弁解すらできていなかった。
だが、僕が絶句したのはそこじゃない。
正直、そういう不幸な人生を歩んでいる子は数多くいる。その中で戦える子とそうじゃない子といるし、心が壊れてしまう子だっている。
だが、たとえ心を無くしてしまっているような子にだって少なからず色があるのだ。
それは真っ黒な子もいれば、本当にわずかにしか色が無い子もいるけれど、少女のように色が無い子というのは極めて稀だった。
「全てを受け入れて、その上でなにもないように生きているんだ。本当にただの作業のように淡々と。」
そう気づいた時にはもう体が動いていた。
少女の魂に干渉し、こちらの世界に精神を呼び寄せる。こんなこと普段は絶対にやらないし、そうしたところで意味があるかなんて分からない。ただ、少女をこのままにしたくないと思ったのだ。
するとすぐに少女は精神体で目の前に現れた。別に少女は死んだわけじゃないが、生身ではここには来られないからね。
「こんにちは。僕のこと分かるかい?」
「え、と、こんにちは。誰ですか?」
少女は少し驚いた反応をしたが、すぐに無表情になりこちらを見る。うん、そんな反応なのは予想していたよ。
「はじめまして。僕は神様だよ。」
そんな話をいきなりされて、信じる人のが少ないだろう。でも少女はきっと素直に信じるしそれを受け入れる、僕はそう感じてただ真実を話した。
「ここは天国でも地獄でもなければ、別に君は死んだわけでもない。ただね、話がしたくなったんだよ、君と。」
そこまで言うと少女は少しだけ考えてから口を開いた。
「はじめまして、浅田莉々です。生きてても死んでても構いませんが、なんのお話ですか?」
あぁ、うん。予想通りというかそれ以上というか。今まで人と会話をした回数はあまり多くないけれど、それでもこの反応が普通じゃないのは分かる。
生きてても死んでても、本当に少女にとってはどちらでも構わないんだろう。
「君の人生や性格に興味を持ってね。君は自分を可哀想とか、なんでとか思ったことはないのかい?」
「可哀想、ですか。園長先生も言ってました。」
「そうだろうね、誰だって君を見ていればそう思うよ。」
そこで少女はまた少し考えた。今までのことを思い出しているのだろうか。それとも園長先生のことを思っているのだろうか。うーん、どちらも違うな。相変わらず色が出ていない。
「私は向いていないだけだと思います、生きることに。」
その言葉の意味を理解するのに数秒の時間がかかった。あ、可哀想だと思うかどうかに対する答えか。可哀想じゃなく向いていないだけ。それで少女は全てを受け入れてしまっているのか。
「向いていないならやめたい、とかは思わないの?」
こんなことを聞いてもいいのか、聞いてなにになるのか、とも思ったが言葉は止まらない。それだけ僕が少女に興味があるってことなんだろう。
「別に思いません。向いていなくても最低限生きていますので。」
生きることに向いていない、でも最低限できているからやめる必要もない。かといって執着があるわけではなく、不幸に思っているわけでもない。
すごく不謹慎かもしれないけれど、なんだか余計に興味が湧いてきた。最初は色が無いことに対する興味が少しと、おそらくは同情が大部分だったと思う。だけど、今は少女はなにになら反応を示すのかというのが気持ちの大部分だ。
「ねぇ、じゃあやりたいこととかはないの?さっきも言ったけど、僕は神様だから大体のことはできるよ。」
「特にありませんが、例えばどういうことでしょうか。」
「そうだな、君の人生に干渉することもできるけど、別の人生を与えてあげることもできるよ。いわゆる転生というやつとかだね。」
「転生ですか。」
また少し少女は考え込む。
これはもしかしたら反応があるのだろうか。確か少女は読書が好きだったはずだ。まぁ好きといっても一番疲れない時間といった位置づけみたいだが。けれど読書をするのであれば転生といったワードに反応してもおかしくないはずだ。
ところがそんな僕の小さな期待はすぐに砕かれる。
「あまり興味がありません。生きることには変わらないので今のままでも問題ないかと。」
「あぁ、そう。」
「神様はそういうことがお仕事なんですか?」
あれ、もしかして僕には興味を示してくれているのだろうか。これはチャンスかもしれない。
「いや、基本的には世界を作ったり見守るのが仕事だよ。生命への干渉は滅多にしない。」
「そうですか。このような話を私にしてもいいのですか?」
「大丈夫だよ。元の体に戻ればここでのことは忘れるから。」
そう、いくら興味があるからっていろいろ言い過ぎだと思うかもしれないが、ここでのことは元の体に戻れば綺麗さっぱり忘れるのだ。僕が残そうと思えば別だが、そんな必要ないからね。
「ならもう少し質問してもいいですか?」
「あぁ、いくらでも。」
それから少女は僕のことや仕事のことについていろいろ聞いてくれた。
どれくらい世界を作るのか、1人でやっているのか、ここはどこなのか、などだ。なにが少女の琴線に触れたのかは分からないが、僕は全てに答えた。隠す必要が無かったからというのもあるが、なにより重要なことに気づいたからだ。
少女の色が薄っすらではあるが出始めていた。
ほんとにわずかに、見えるかどうかというぐらいだが確かに反応があったのだ。なぜか分からないが僕はそれがすごく嬉しかった。
「神様は、やりたいことはないかと聞きましたよね。」
「聞いたね。なにか思いついたのかい?」
「では神様のお手伝いがしたいです。」
また絶句した。
「今の人生に支障はありませんが意味もありません。新しい人生もあまり興味が持てません。ですが、この空間と神様には少し興味があります。」
興味がある、と少女はハッキリと言った。それに少女の色は先ほどよりまたほんの少し濃くなっている。これは、僕の手伝いをすることが少女にとって一番いいということだろうか。
「さっきも言ったけど、僕に寿命は無いし、ここは暇なことも多い。それになによりここはどこの世界でもない。つまりここに来るということは君の存在を知る人がいなくなるということだよ。」
「神様がいるので問題ないかと。」
本日3度目の絶句だ。
だが同時に少し嬉しくもなった。僕ももしかしたらどこかで孤独を感じていたのかもしれない。
元々気まぐれで少女の人生を覗いたのだ。それに対する罪悪感もほんの少しだけあるし、少女がそれを望んでいるのならもうそれでいいのだろう。
「じゃあ君の存在を地球から消すけど、いいね?」
「はい。よろしくお願いします。」
存在を消すと言われてよろしくお願いしますなんて丁寧に言うような人がどれだけいるか分からないが、こういうところもやっぱり普通じゃないのだろう。
だがそれが少女なのだな、と思いながら少し力を込めて浅田莉々という存在を地球から消していく。
「終わったよ。」
「特に変化はないのですね。」
そうだね、と少し笑って答えてから少女に向かって手をかざす。
「これで完了だ。もう浅田莉々は地球には存在しないし、君は寿命や生命の特徴なども無くなった。」
「じゃあ神様と一緒ですね。」
見た目は変わらないが、服だけは僕と同じ真っ白な物に変える。やっぱり神様っぽさって大事だよね。
「それと、呼び方はどうしようか。これからどれだけ一緒にいるか分からないのに、いつまでも君って呼び方は不便だからね。新しい名前でもつけるかい?」
「あ、莉々でお願いします。」
「それでいいのかい?」
正直、自分の人生に意味がないと言った少女が名前にこだわるとは思っていなかった。なにか理由でもあるのだろうか。
「なんとなく、名前は気に入ってましたので。」
「じゃあそうしよう。それがいいよ。」
なんとなく気に入っている、そのフレーズがこれほど重要なことに聞こえるのはおそらく少女だけだろう。だから僕はとても大事にしようと思った。
「神様の名前はあるんですか?」
「あぁ、なんだったかな。思い出さなきゃね。」
僕にも名前があったはずだけど、最後に伝えたのはいつだっただろうか。もう随分と名前を聞かれることもなかったような気がする。
でもこれからは必要としてくれる存在があるから思い出そう。少し時間がかかるかもしれないが、まぁ時間はたくさんあるからいいよ。僕たち神様だからね。
僕が莉々を救いたいと思ったのはきっと気まぐれだった。もしかしたら莉々が僕を手伝いと言ったのも気まぐれだったかもしれない。
だけどその気まぐれは僕の中では最も成功したうちの1つだろうし、莉々の中でもそうだといい。
まぁ、何万年のうちの1つか分からないけどね。
「ねぇ莉々。どんな世界作ろうか。」
「そうですね、竜や魔王は飽きました。」
「もしかしてラノベ読んでたんじゃ。」
(望むものは、この先の人生より初めての好奇心)