悪意再び その1
葛藤のステルスマーケティングの施行の翌日――細かいことを言うと、日が明ける少し前から……いや、ペンダントを悪そうな冒険者に確保された時から異常は発露していた。
だが、上手く行っている時には警戒が薄れてしまうもので、それはミッツも何も変わらない。
かといって、この件に関して言えばこの時に気づいたところで既に手遅れに違いなく、問題の根本は見切り発車で依頼をかけたことが最大の失敗だったということは後ほど判明する。
段取り八分と言うけれど、それは全くその通りで、成功するか失敗するかを実務段階でなんとかしようなんて、出たとこ勝負の――ミッツが元の世界で勤めていたような根性論の成果主義なやり方では、上手くいくのはよっぽど運が良かったか成功のラインが低いかのどちらかだったのだろう。
その体質が合わないから辞めたかったミッツだが、そのようなやり方を強要され、それなりの成果を出し、この世界に来なければ同じ毎日を続けていたであろうミッツは、十分に毒されていていたということだ。
酒場で宣伝を展開し終えたミッツは、ルーティンワークの仕上げである墓石の返却にまた往復する。
その後、【黒髪姫の薔薇のお城】に戻ると姫が起きてきた――ゲームが終わっただけ――ので簡単な報告を行う。
この際に『こんな時間なのに、冒険者が来てたんだよ』と姫から情報共有を受けた。これに対し、早速ステルスマーケティングが効果を表したかとミッツは成果で実感する。
ただこれに関して、手放しに喜んだわけでもない。現場レベルでの過度なリスク想定を行うミッツだ。いくら警戒が薄れているからといっても、常に冒険者がやってくるかもしれない状況を看過するなど間抜なことはしない。
すぐにでも対策を打たなくてはと、姫とマリルに共有する。
すると意外なことに、姫から改善案が提示された。
「仕掛け扉で入れないようにすればいいと思うの」
それは、リスクマネジメントにおける機能安全によるリスク低減。
冒険者が意図していないタイミングで姫やミッツ、もちろんマリルにも遭遇して危害を及ぼさないよう、仕掛け扉という装置を使って許容可能範囲までリスクを低減させる手法。
しかもこの案は、すぐに実現可能でコストも問題ない。
幼い見た目で元気にはしゃぐ姿を普段から見ているミッツにとっては、このような提案は意外だったのかもしれないが、ダンジョンマスターとしてはこのくらい当然であって欲しいところではある。
仕掛け扉とはダンジョンに設置する扉の一種で、特定の条件を満たさないと通ることが出来ない特殊な扉。
条件も、特定のアイテムが必要であったり、謎解きであったりと様々。そこには、時間による制限も存在する。
ただ、扉の設置となると、モンスター発生器やトラップ、宝箱のように気軽に追加することが出来ない。フロアの改装を伴うので、折角だからと地下2階の迷路の作成もついでに行った。
モンスターとトラップの設置に関しては、日が明けて行う方がコストの削減になるという理由から行わない。
扉で規制出来る時間は、最大半日。光の時間と闇の時間を跨いでの設定は出来なかった。依って、一般的に夕食を食べる時間である風火の刻から規制限界の火の後刻が終わるまで――夜7時から明け方5時くらい――地下3階に降りる階段前を封じた。
これで問題を解決した。ミッツはそう思った。
確かに、目に見えた問題は解決した。
今後も問題になったであろうことなので解決したのは喜ばしいことだが、しかしこれは前述した問題が引き起こした二次的な被害でしかない。
それが分かるのは、日が昇ってから。
日が昇り、日付が変わる。
いつもと同じように姫の朝食を済まし、朝礼を行う。献立は、ホットケーキ。
しかしいつもと違い、本日は朝礼を早くに切り上げなければとミッツは考えた。
それは、この時間だと言うのに数人の冒険者が【黒髪姫の薔薇のお城】の探索に来ていたからだ。
侵入者のリストを確認してみると、昨日見たメンツと同じである。
復活したのはミッツが宣伝を行った後なので、宝箱が目的だとは考えにくい。
それならばなぜ、実入りが少なく復活費用で足が出た【黒髪姫の薔薇のお城】に来ているというのだろうか。
ミッツが立ち去った後の酒場でも、【黒髪姫の薔薇のお城】がバズられていたとも考えられるが、それだとしたら動きがおかしい。
映像を出して確認すると、足元を見ながらゆっくりと探索している冒険者の姿が映し出された。
まるで、小さいものが落ちていたとしても見逃さないように。
「これは……昨日のクエストが達成されたことがわかってない?」
「それはありません。誰かがクエスト達成を報告した時点でクエストの掲示は取り下げられますし、出発前にクエストの状況を確認しないなんてことは考えられません。しかも、こんな沢山の冒険者が」
ミッツの呟きに、マリルが反論する。
しかしそれでは、ますます混乱する内容であった。
「俺が確認に行ってくる。何かの手違いで掲示されたままだとしたら、ラッキーなんだけどな」
言いながらも、そんな上手いことはないだろうとミッツも思っている。
「自分も行きます」
「大事なペンダントだから気持ちは分かるけど、そろそろ仕掛け扉も通過できるようになるから、マリルには冒険者の相手をしていて欲しい。俺が守れるんなら、マリルに冒険者組合に行ってもらうんだけど、俺だと力不足だからな……」
自分で言って情けなくなるが、事実だからしょうがない。
マリルも特に反論することなく、ミッツの言う通り残って扉を守ることにした。
少しくらいは否定してくれてもとミッツは思ったものだが、そんなこと言えるはずもなかった。
「ミッツは強くないけど、良いと思う」
出がけに姫が言った。ミッツとしては何と応えていいものか悩むものだった。
姫やマリルを守るためにできる最善のことをやっていると自負していても、足りていないと分かっているところの指摘は辛い。
冒険者には負けてばかりで一般人しか倒していないのが原因ではあろうが、なかなかレベルが上がらないのだ。
やらなくてはいけないことだけが、どんどんと増えて行く。
この世界を知ること。強くなること。姫がダンジョンから出られるようにすること。安心した毎日を手に入れること。
それを思うと、ミッツは自然と笑顔になる。
げんなりしたのではなく、笑顔に。
仕事をやるのが幸せだと刷り込まれているのは、幸せなのか、壊れているのか。
きっと前者なのだろう。それを証拠にミッツはやる気に満ち溢れ、軽い足取りで出て行ったのだから。
壊れているのだとしたら、哀れすぎる。
サブタイ変更10/25
『人情を優先するか、実利を取るか』→『悪意再び』




