バイラルマーケティング。 その1 ☆バイラルマーケティング・イクスピアリアンス・マーケティング
消滅寸前のダンジョン【黒髪姫の薔薇のお城】を立て直すことになったミッツ。
雇われ店長時代に培ったマーケティング知識を使って、なんとかその危機を脱する。
しかし、安心などする間も無く、新たな仲間マリルが増える過程と結果で、再び窮地に立たされた。
それまでの一般人をターゲットにしたやり方では、維持が出来ない負担増。
そのため、冒険者に狙いを定める。
ダンジョンなのだから当然とも言えるこのターゲット。これが、一筋縄とはいかない。
そこで、急場を凌ぐためにクエストを冒険者組合に依頼。
なんとかそれで、冒険者を集客することにミッツは成功を収めた。
だがそれは、予想外の強さを持つ冒険者の闖入により、思うような結果を出す前に破綻した――
――かに見えた。
「解せん」
「どうしてですか。良かったじゃないですか」
クエストが凶悪な雰囲気を醸し出す3人組にクリアされ、他の冒険者がそれに気づいてダンジョンを出て行ってしまう前に倒すべく、ミッツとマリルは駆けずり回ることになった。
それなのに、一向に冒険者は減らなかった。
それどころか、追加で入ってくる有様。
マリルの言う通り、良かったことには違いない。
それはミッツも思っている。
冒険者の追い出しが難しく、いつもより遅めの閉店となったことも、稼いだダンジョンエナジーを見れば報われると言うもの。
ミッツが10回程殺されたにもかかわらず、2000DEもの利益を得た。それと、そこそこの金貨。あと、僅かばかりのアイテムと武具。
結果は大勝と言い切れる。
「クエストは間違いなくクリアされたはずだ。なのに、追加で冒険者が来るのはおかしい。自分たちで貶めるのもなんだが、この【黒髪姫の薔薇のお城】に来る意味がないからな」
「ミッツだから、またあの“あいどまー”みたいなのでなんとかしたんだよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけれど、生憎と何も出来ていないんですよ」
「変なのー」
「では、考えても仕方がありません。良かったで良いじゃないですか、先輩」
マリルの単純明快さが羨ましい。ミッツは、そう直ぐには納得できない性分なので首を捻る。
何せ、クエストをクリアしたのが“あの3人”というのがどうも引っかかる。
「まー、でも、そーだな。思っていた以上に稼げたので、今後のために大きく投資することも出来る」
引っかかりは消えないが、それよりも直面している問題に向き合わないといけないと、ミッツは結果を素直に受け入れることにした。
話し合うにも玉座の前で立ったままでは、なにかと不便。
そこで、ミッツは姫とマリルを事務所として使用している(一応)自分の部屋に連れていった。
「今日は上手くいきましたが、この集客方法は何度も使えません」
「え!? じゃあ明日からどうするの」
「大丈夫です。姫様」
「なんだマリル、良い案でも――」
「――先輩がなんとかしてくれます」
「そだね。マリル良いこと言うね!」
先ほどの話と重複するが、ミッツは今日の結果を振り返り、その上で抱いている懸念を伝えた。
これは、問題意識を共有して、解決策を話し合おうという意図で発したもの。
それに不安を覚えた姫に、マリルはキラリと光る凛々しい視線を向けて堂々と思考放棄の宣言。
「(だよな……。こうなる気はしてた。間違いなくこうなるだろうとは思っていたけど――)何か、冒険者を呼び込む良い案はないですか?」
にっこりと笑顔を貼り付けた顔で、2人をミッツが見る。
普通なら目を逸らすようなものなのに、2人はキラキラとした瞳で、そんなミッツを見つめ返す。
思考完全放棄。
姫とマリルは、一切考える気がない。
嫌でもミッツに、それは伝わる。
「あー、もぅ……。似たようなことは考えているんですが、それには今のままの【黒髪姫の薔薇のお城】では実行することが出来ないんです」
「何がダメなの? あ、分かった。トラップだね。トラップが無いからだ!」
「なるほど。モンスターの戦力不足をトラップで補う訳ですね」
「違います」
「なんでよー! 早くトラップ戻してよ、ミッツ!」
ばたばたと姫が暴れる。
純真でおバカな姿を見せられて、それだけで可愛くて仕方がなかったところへの追い討ち。
真面目な態度を維持しようにも、ミッツの口元は緩む。口元が緩めば、態度も緩む。
「話を聞いてください、姫。勿論トラップも関係ある話なんで――」
「――ほんと!?」
「良いでしょうか? 私が考えているのは、バイラルマーケティングによる知名度の向上を考えています」
トラップと聞いて興奮した姫が落ち着くのを待ち、ミッツは戦略を語り始める。
その中で出て来た“バイラルマーケティング”という言葉。それに、姫とマリルは頭にハテナを浮かべた。
「あ、えっとですね。“バイラルマーケティング”というのは、簡単に言えば“口コミで利用者を広めてもらう”戦略のことなので、大して特殊なことではないです」
この何も中身の無い発表に、姫とマリルは拍手で讃える。
それには、ミッツもたじろいだ。
これでは話が進まない。
そこで、ミッツは姫とマリルの理解の度合いを無視して話を進める。
「まず、狙いとして――。それによって冒険者が――。しかし、今回は――。――ということですが、ざっくり説明をしますと【黒髪姫の薔薇のお城】で良い武具が出て来たと冒険者自身に宣伝してもらう。それだけの戦略です」
「はい!」
長々と専門用語を交えた説明と、始めからこれだけで良かったんじゃないかという簡単な説明を終えたところで、マリルが手を挙げた。
「マリルくん」
「はい。そんなもの、いつ出たんですか?」
「出てないぞ。それはこれから用意する。それに、さっきも言ったけれど、今のままじゃ何かを餌にして集客を増やしても、継続しないので意味がないんだ。そこで、“イクスピアリアンス・マーケティング”を意識したダンジョンを作っていこうと思う」
冒険者の来場を増やすということは、他ダンジョンの顧客を奪うということ。
詰まる所、ゼロサムゲーム。
他のダンジョンから牌を奪う。それには、競合よりも良い商品を用意する必要がある。
しかし、【黒髪姫の薔薇のお城】にはそんなものを継続的に提供できるダンジョンエナジーがない。
強力なモンスターも、ダンジョンに設置する宝箱から出るアイテム等もダンジョンエナジーが無くては用意できない。
そこでミッツは、見えない価値を付加することを考えた。
商品やサービスの提供よりも、楽しく心に残る経験を提供することに主眼を置いた“イクスピアリアンス・マーケティング”。
だが、バイラルマーケティングにしても、イクスピアリアンス・マーケティングにしても浸透まで時間がかかり即効性はない。
時間が残されていないミッツたちには、準備をし、結果を待つ余裕は無い。
ミッツだってそんなことは百も承知している。なのに、何故、こんなことを言い出すのか。
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