雇用と土下座。 その3
「やっぱり待て待て待て」
「なんでしょう?」
「どうしたのミッツ?」
仕切り直されるところだったが、ミッツはそれを棄却。
先程は優勢だったが、それは不意を突けたからのこと。
真っ正面から戦って、勝てるとは思ってなどいない。
なので、舌戦を切り出す。
「良く考えてください」
「はい」
「うん」
「マリ……ごにょごにょ……えりっく、太郎の方がレベルが相当高く、私と戦っても勝ちが見えています」
「そうかもね」
「ということは……先輩は自分の勝ちを認めて、共に姫様に仕えるのを認めてくれたと言うことですね」
ぱっと明るい顔を見せるイケメン冒険者に、ミッツは視線を奪われる。
そのことに苛立ちを覚え、語気を強める。
幼女の姫可愛いになっただけでなく、同性も大丈夫にまで手を出そうとしている自分に覚えた苛立ちだ。
「そうじゃない! そうじゃなくて、お前は騎士を目指しているんだろ! だから勝負は受けてやれない」
「どうしてですか?」
「どうしてって、逆に聞くが騎士が弱い者いじめして良いのかってことだよ!」
「え? 先輩は確かにレベルは低いですけれど弱くもないですよね。それに、これは姫様が許可された決闘ですので問題ありません」
振り上げた拳をどうすれば良いのか。ミッツは固まった。
この手の連中には騎士道精神とかいうのを楯に取れば優位に立てると踏んだのだが、あっさりとその目論見が破綻する。
「姫は……俺と二人で上手くやれている。今更騎士なんて必要ない……。ですよね、姫」
なので、苦し紛れのちゃぶ台返し。
姫が認めたなら、姫に取り消してもらうまで。
「ミッツはわらわと二人が良いの?」
「はい。姫と私だけで問題ありません」
「そっかー。じゃー、やっぱり戦うの無し」
顔の前に、腕で大きくバツを作る姫。
これで決着。ミッツの思惑通りに終わった――かに見えた。
「お待ちください。それはあんまりです。信を置く臣下と紡ぐ再興も素敵ではありますが、しかしですよ、感銘を受けて仲間になる騎士というのも欠かせないと思うのですが、そこのところはどうでしょうか?」
「『どうでしょうか?』ってどういうことだ――」
「――物語に出てくる姫様よりも遥かに美しく、女神や天使も斯くやという姫様に、騎士が居ないなんて信じられません」
「そうなの?」
「えぇ、えぇ。そうですとも」
「わらわ、美しいの?」
「それはとても。筆舌には尽くし難いほどに」
膝を着き、仰々しく両腕を大きく広げ、まるで詩を唄うように歯の浮くような美辞麗句を並べていくイケメン冒険者。
聞いているミッツは、よくもこうスラスラと出てくるものだと感心する。
それと同時に、その言葉にえへへと照れてぐにゃぐにゃになる姫を見て嫉妬する。
そんな当たり前のことを言って、姫の機嫌を取るなんて狡くて卑怯だと。
「だって、ミッツ。ミッツもそう思うー?」
そこに、姫からの絶妙のパス。
ここでミッツも更なる言葉を重ねれば逆転可能。
「えぇ、まぁ。そうですね」
だけれども、そこは元日本人で軽薄ではないミッツ。恥ずかしくて素直になれない。
「もー! テキトーじゃない?!」
「いえ。決してそんなことは……」
「そうだよ。テキトーだよ!」
「先輩……自分も今のはどうかと……」
あれでも精一杯だったミッツに、姫は憤慨した。
「もういい! やっぱり戦って決めて」
「そうですね。それでは、正々堂々と決着をつけましょう。そして、姫様に騎士は必要で、自分がそれに相応しいと認めてもらいます」
「そうだよミッツ。ミッツならなんとかするんだよね!」
「う……はい。分かりました……私が負けたら姫には騎士が必要だと認めます」
こうなってしまっては、ミッツはこの勝負受ける以外にない。
退路は塞がれた。
こうして、今度こそ、ミッツとイケメン冒険者の戦いが、仕切り直された。
足を肩幅より大きく開き、左肩が僅かに前に出るように腰を捻り落とす。
正面の敵から見ると盾により体の大半が隠れ、剣を持った右手など剣先まで後ろに回されたせいで全く見えない。
前後への俊敏性はないが、どっしりとした構え。
言わずもがな、イケメン冒険者の構えである。
対するミッツ。
手に持つは【なまくらの剣】。カテゴリーは片手剣で、長さは1mに届かない。
身長が2mを超えるミッツが持つにはあまりに短く、ちんちくりんに映る。
剣術どころか剣道も、武術全般も経験の無いミッツは、その短すぎる剣を真っ直ぐに立てた状態で前に出す、構えなんて呼べるような代物ではない姿勢。
剣が真っ直ぐに立っているのも手首ががっちり固定されている為で、これでは早い振りも出来なければ力も乗らない。
これまで一般人とも戦って来たが、それは戦いと呼べるものではなく、ミッツが本気で剣を一振りすればいつでも終わる、謂わばショープロレス。
それも、お互いの力量がとてつもなく低い、戦闘経験者が見ればお粗末としか言いようのない酷い内容。
だから、そんな構えでも通用してしまっていた。
依って、ミッツは唯のど素人のままなのだ。
構えの違いも酷いが、レベル差も酷い。
LV14のイケメン冒険者とLV3のミッツ。
それに実力の違いも……。
イケメン冒険者が先ほど述べた通り、LV13を超えた冒険者というのは、俗に本物の冒険者と呼ばれる存在になる。
LV10からは成長が極度に鈍化する上に、LV13になった途端に上位スキル獲得有無の洗礼。
それを越えたイケメン冒険者の実力は、推して知るべし。
片やミッツは、見ての通りである。
全身が金属の鎧に包まれ良く似ているが、前に出すのが盾と剣の違いによる線対称の構え。
無駄がなく良く身についたものと、不恰好なもの。
ジリジリと摺り足で間合いを詰めなければいけないイケメン冒険者に対し、べた足とはいえ前後に足を開いているミッツは一足飛びに襲いかかれる距離。
決闘の準備は整った。
「『はじめ』って言ったら、スタートだよ。いくよー。うーーーー……ズタァードォ!!!!」
姫の掛け声で、戦闘の幕は切って落とされる。
その号令が『はじめ』でなかったことや、大声すぎて若干デスボイスっぽくなったことなど突っ込みどころはあるが、とにかく始まった。
いち早く動いたのはミッツ。
先述した通り構えの違いというのもある。だが、一番の要因は姫の掛け声。
イケメン冒険者は姫の突拍子もないそれに気を取られたが、ミッツはある程度予測していた。
その差が出た。
力任せに振り下ろす剣。ミッツはありったけの力を込めた。
大きな体に秘められた怪力が、未熟な剣筋にも確かな殺傷能力を持たせる。
ぶおんと風を斬る音を唸らせたそれが――
――ガゴォン。
鈍い音で止められた。
先程、2m程蹴り飛ばした体格と力の差を証明した。
だがそれは、無意識で戦っていたミッツが体重全部を偶然にでも乗せたからこそ起こったもの。
今の冷静になったミッツがいくら力を込めようとも、それは無駄なところに力が入っただけで、どれほどの効果もない。
それに、本気で受け止める姿勢と気持ちが揃った今のイケメン冒険者は、先ほどのヤクザキックでも吹き飛ばせるかどうかは甚だ疑問だ。
それほどまでに、安定した受け。
こうして始まった戦いだが、結論から言うとミッツの完敗で終わった。
これ以降、ミッツの見せ場はない。
そもそも、勝つと褒美のあるイケメン冒険者に比べて、勝っても現状維持のミッツはモチベーションが上がらなかった。
地力と気持ちの差。
勝負の結果は火を見るよりも明らか。初めから分かっていた。
ミッツの全力の初撃を受けたイケメン冒険者は、そのまま盾ごとミッツに体当たりを打ちかました。
まるで、先ほどのお返しだと言わんばかりの《打ちのめす盾》。
一切の抵抗も出来ず直撃したミッツは、一時的な昏倒状態のバッドステータスを付与された。
そして、止めの《激しい切断》のモーションに入ったところで止められる。
瞬殺。
僅か、ミッツの剣の一振りの間に勝負がついた。




