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売りやすくするためにマーケティング。その4

 話を戻そう。

 1日は日の出の“光の時間”、“水の前刻”から始まる。

 なので、まだ日本時間でいう8時間近くはダンジョンエナジーの清算時間まで残されていた。……ではあるのだが――

 玉座の間に戻り、ダンジョンコンソールで情報を探すミッツは悩んでいた。困っていた。

 姫が足の間に座っているので、唸るような不安を外に漏らす行動こそ抑えていたが、その実は叫び出したい程であった。

 見つめる浮かぶ表示板(モニター)の右上部分にある時計。その針は一つ進んでいた。

 しかもそれは、12に別れたものではなく5つに区切られたもの。

 それだけの時間を使ったというのに、何一つ成果らしいものを手にすることが出来ていなかったのだ。

 ダンジョンに冒険者を呼び込む為、延いては消滅しない為、生きていく為には“戦略”・“手法”・“ツール”を一刻も早く用意しなくてはならない。

 だが、その焦りが視界を狭くし考えを凝り固まらせる。


 焦燥に罹るということは、ミッツの人生経験上幾度もあった。

 しかしそれは、制限時間までに答えに辿り着き脱出していた――上手くいかないということも含め。

 今回は、その罹った焦燥というのが、死に至る病というのが洒落にならない。

 目に映る情報から何も得られない時間の1分1秒が、心の臓と脳を締め付け、騒音を立て苦しめながら、寿命を削っていく。

 それはミッツの心情的なものだが、現実として蝕んでいた。


「よいしょっと」


 姫が玉座から、ミッツの足の間から降りる。

 それと同時にダンジョンコンソールが消えた。


「な、何! どうして――」

「――ミッツ……あのね、あのね……」


 悲痛な声を上げるミッツに、振り向かず少し俯いた姫が言い淀む。


「……あの、そのね……ミッツが頑張ってくれているの凄く良く分かった……」


 下を向いたまま、手を握ったり開いたり。そうやって、言葉を紡ぐ。声量の小ささから、絞り出すといった方がより正確かもしれない。


「……だから……その……ごめ――」

「――ちょっと休憩します。姫も長時間のお手伝い、ありがとうございます」

「え……」

「そういえば、食事の話をした時に『食べたいなら食べる?』って言っていましたよね?」

「うん……」

「ということは、何か食べ物あるんですか?」

「ちょっと待っててね。創って(・・・)くる」


 そう言うや否や、姫は飛び出していった。

 壁に向かって一直線に。


「な!」


――激突する!


 至極真っ当なミッツの動揺。

 しかし、それを嘲笑うかのように、姫は壁の中に消えて行った。

 直前とは違った動揺が走る。

 それにより、食事を作って(・・・)くれるという姫を止めようとしたことは、すっかりと行き場を失っていた。


「はい、どうぞ!」

「ありがとうございます」


 姫が作ってくれたというものに、ミッツは躊躇いなく齧り付く。


「これは……あれですね……。とても……塩か――強めの塩気で、ビールに……とても、合いそうな……でも、ちょっと今は……水が……必要かも……しれません」


 姫が手にしていたのは、黒い板状のもの。

 思い切り齧り付いたものの、それはとても硬く噛み切れない。歯も立たなかった。

 どうしたものかとミッツは姫を見ると、ちゅーちゅーと吸っていたので真似をする。

 そうすると、口内の水分という水分を吸い出し、臭みと強烈な塩辛さが代わりに充満した。


――くそ不味い。


 そう思っているのはミッツだけではなく、姫も同様だった。

 光彩が消えて、どこを見ているのか分からない眼。

 表情が抜け落ちて一切動かない顔。

 何か大事なものを失ったような、そんな姿で、ちゅーちゅーと吸い続けていた。


「あの、姫。そんなに嫌なら無理にこれを食べなくても……。他には何もないのですか? 勿論、私は折角姫が作って(・・・)くれたのですから、残さず頂きますけれど」

「他ナニモ知ラナイ。コレ冒険者ガ持ッテキタ食ベモノ」

「これは……いつからあるものですか?」


 冒険者が来たのは200年前。この不愉快な味は年季が成したものではないかとミッツは吸っていたものを口から出す。


「コレハサッキ創ッタ(・・・)

「取り敢えず、それは口から外してください」


 声をかけられても聞こえていないのか動かない。

 見かねたミッツが優しく両手を包み込んでゆっくりと、口からずるずるっと抜き出す。

 てろんと涎が糸を引き、それを目敏く見つけたミッツは勿体ないと反射的にそれを受け止める――のは、欠けらほどの理性がなんとか押し止めた。

 ミッツの変態行為の餌食になった姫なんて居なかったのだ。


「まだ材料があるなら、何か作りましょうか?」


 それに姫は、こくりと頷く。

 それを受け、プロ並みに手の込んだ上手い料理を手早く用意するミッツ。――と出来れば格好が付くのだが、一人暮らしでも自炊なぞする時間はなく基本的に外食。たまに台所に立ったとしても、豚肉や鶏肉を近所の業務スーパーで買って適当に焼くだけの、とても料理と呼べる代物ではないものしか作っていない。

 真面に料理なんて呼べるものを作ったのは、中学校の授業での調理実習が最後。

 それでも、先ほど口にした黒いものよりマズイものを作るのは、ある種の才能がなければ出来ない所業。

 ミッツは良くも悪くも、飽く迄普通。

 なので、そのような大惨事も起こることはないだろう。


 虚ろなまま壁に向かって歩み始めた姫の後を、ついていく。

 そのまますたすたと、壁の中に入っていく姫。

 一人壁の手前に残されたミッツは、恐る恐る姫が呑まれて行った部分に触れる。

 すると、何の抵抗もなく手は壁の中に減り込んでいく。

 全く抵抗を感じない不思議な感覚にミッツは戸惑うが、この壁は隠し通路。

 目には壁があるように見えているだけで、そこには通路があるだけだ。

 ただ、その質感はあまりにリアルで、ホログラムのように向こうが透けたりもしない。

 これでは、脳が混乱してしまうというものだ。

 大きく2度、深呼吸をし、思い切って足を踏み出す。

 衝突の恐怖に、思わず顔の前に手を出し目を瞑ったのも無理からぬことだ。

 1歩、2歩と進んで、そこで漸くミッツは左目を開く。

 すると、そこは何の変哲も無い通路で、後ろを振り返るとそこには壁なんてものはなく玉座が見えた。

 正面に向き直したミッツは、上げていた腕を下ろす。それから、意味もなく胸と太ももをさっさっと埃を払うような動作。さも何事もなかったかのように姫の待つ正面の部屋に向かう。


 そこにはベッドがあり、冷蔵庫のようなものが置いてあった。

 ここは姫の個室であり、寝室。

 ミッツもそれに気付いたが、俄かには信じられず、自分の思い違いだろうと思うほどの殺風景だった。

 壁も床も天井も、他の部屋と同じ灰色の打ちっ放しのコンクリート風。

 ミッツはこの部屋について何か言わなければと思ったが、何も出てこない。

 無様に口を開け、音を出さぬまま閉じた。

 だが、やはり無音には耐えられず喋り出す。


「あ、それは冷蔵庫ですね。それでは材料を使わせてもらいますね」


 殊更明るい声音で声をかけ、姫がじっと見ている冷蔵庫のような箱状のものを開ける。


「あれ? 何も入っていないですよ」


 箱の中は空。冷蔵庫のように棚があるわけではなく、温度も中と外に違いはない。

 前蓋を閉めると、姫がそこに触れる。

 すると、現れたのはダンジョンコンソールと同じタッチスクリーン。

 姫はミッツの腕をむんずと掴み、タッチスクリーンに押し付けた。


「うわ!」

「いっぱい……」


 高速で無数のアイコンが流れていく。

 それを見た姫が、暫く振りに声を出す。


「これって、全部料理名?」


 アイコンに書かれていたのは料理名のようなもの。

 ようなものというのも――


「『焼き鳥』、『鳥を焼いたもの』、『焼いた鳥』……焼き鳥は良いとして、残りの二つはなんだ? 差も分からないし」


 だが、それらのアイコンの少し前に焼き鳥シリーズは細かく分類されているのも見つける。

 このように料理名というには、無理のあるものも多く存在していた。

 どちらかというと、料理名と言えるものの方が目につく範囲では少ないようにも感じる。


「ね、ね、一つ選んで良い?」

「えぇ、どうぞ」

「どれが良いかなー」

「ちょっと良いですか……これなんてどうでしょう?」


 ミッツは検索機能を使い、候補を選び出す。


「うん。それにする」


 検索語句は『お子様ランチ』

 出て来たのはお店の名前が頭に付いたものや、エビフライやハンバーグなどメインのおかずが予想出来るような複数のお子様ランチが出て来た。

 この流れで、ミッツはとある希望を持っていた。

 この箱がなんなのか。予想通りだとすると、これはとてつもないお宝になる。

 期待は膨らむ。

 用意すべき“戦略”・“手法”・“ツール”の内、“ツール”についてはこれで決まるかも知れない。

 そんな思いを抱いて、アイコンを選択する。


 そんなに甘い話はなかった。

 ミッツの予想は、選んだ料理が出てくる奇跡の箱。

 斯くしてその実態は――


「おーいしーーーー!」


 姫は大喜びで、ハンバーグお子様ランチを食べている。

 冷蔵庫のような箱は、ミッツが予想した通り選んだ料理を創り出す秘宝【思い出の食品庫マイ・フードストレージ

 過去に【思い出の食品庫マイ・フードストレージ】で創ったもの以外で、食べたことがある食事を記憶から再現し創造する、オーバーテクノロジーなチートアイテム。

 予想は的中していたのに何が甘くないのかというと……ダンジョンエナジー消費型。

 ハンバーグお子様ランチの価格は40DE。

 因みにもう一つ何か作ろうとすると80DEが必要になる。

 恐ろしいことに、姫の用意した黒いもの――冒険者が持ち込んでいた干し肉だったようなのだが、あれもダンジョンエナジーを払って創造したのだ。

 完全な無駄遣い。

 同一の日に使用すると、10DEから始まり、倍々で価格は跳ね上がっていく。

 これで、寿命が半日縮んだ。


 それはそれとして、消費ダンジョンエナジーの所に【秘宝】の維持費もあった。


[常設維持コスト・ユニークモンスター 1DE

         フロア 60DE

         秘宝 120DE]


 除去してしまえば、寿命は3倍に延びる。

 だがこれは、とても良いものなので撤去は出来ない。

 姫は絶対に残すと言い張り、ミッツもそれには賛成で、極限まで残したいと思った。

 色々と理由はあるが、一度除去すると再度設置に10000DEという設置費が発生する。貧乏性なミッツは、除去してもいずれは設置することになるであろう【思い出の食品庫マイ・フードストレージ】の除去に踏み切る勇気はない。

 秘宝の名に相応しい性能とコスト。利便性と最低限の文化的な暮らしを守るために、許容すべき負担として受け入れたのだ。

 だが、削減できるコストは隠されていた。実は、姫の部屋に秘宝がもう一つ。

 その名を、自由に振る舞う夢(プレイング・ドリーム)

 平たく言ってしまえば、VRゲーム機。これも同じくオーバーテクノロジーなアイテム。

 まるで現実のようにゲームのキャラクターになってプレイ出来る他、モンスターを直接操作するモードもある。

 姫は専ら『ライフスティール・ダンジョン』という、トラップを駆使してダンジョンへの侵入者を撃退するゲームばかりをプレイしていた。

 ファーストステージすらクリア出来ていない下手くそだが、とても楽しくプレイしているので、ここでミッツに見つからなかったのは幸運だったと言える。

 もし見つかっていたら……最終的には許されるだろうが、お子様ランチが運んできた、この幸せでほのぼのとした空気は霧散していたことだろう。

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