プロローグ/第一話:我侭天使 レオクレア!
義人「ども、皆さん坂凪義人です。物語内部じゃあまり自己紹介してないんでここでよく理解してもらうために自己紹介を………え?時間切れ?嘘!俺まだはなしたりてな………」
古い二本の映画みたいに縦線がたまにはいるような映像。そこに映っているのは切り立った崖と黒い夜空に紅い月………そして、髪をなびかせる女性。
女性はこちらに興味がないのか気がついていないかのどちらかどうかはわからない。時折吹く風に美しい長髪を遊ばせ、紅い月を眺めている………と、彼女はこちらを向く。その目は紅かった。夜空に浮かんでいる月を溶かしているような色だ。
「……………」
ノイズが邪魔し、彼女が言った事が聞き取れなかった。彼女がしゃべるたび、この世界が動くたび、その声は、その音は………ノイズに邪魔されて聞き取ることが出来ない。
彼女はこちらが聞こえていないというのを知ったのか、こちらへと近づいてこようとするのだが…………彼女はこちらに来ることができない。どうやら、こちらが彼女から逃げているようだ。
彼女の顔が絶望に変わる。
こちらはとうとう女性を見ることなく振り返ると、山道を一目散に逃げ始める。途中、振り返るが、彼女が追ってくる気配どころか彼女の姿はあの切り立った崖から姿を消していた。
これはバッドエンド…………
プロローグ、
世の中には天使と悪魔がいる。何を言っているんだ?という人もいるかもしれないが信じない人は別に信じなくてもいいし、信じたい人は信じてくれてかまわない。所詮は誰かの妄言だから。でも、その妄言を確かめた人はこれまで一人もいない。
白色の天使は黒色の悪魔を倒そうと考えた。
白色がこの世界のすべてだと思ったからだ。対して、黒色の悪魔はそんな天使に対して消極的というか攻撃してきた天使にたいして復讐などをしていたが天使が攻撃しないならば彼らも攻撃をしなかった。無駄な争いが嫌いだからではない、面倒だからだ。彼らは互角の能力を持ち、ただ白か黒かという色だけの関係だった。
それに、永い時の間で紅色が加わった。
五分五分の勢力を所有している白と黒に参戦して彼らは両方の色を徐々に消そうとしていたのだが共通の敵として認識されてしまった紅がパレットから消えてしまう日は遅くなかった。紅はほぼ、なくなったのだが存在自体が濃い紅を倒すのに白と黒が払った犠牲は多かった。白と黒の勢力争いはやんでしまい、紅ももう自ら何かをするというようなことはしなくなった。
それから数年が過ぎた。
一、
ここに、一人の青年がいる。十七歳にもなればもう青年と言ってもいいだろう。
「ぶぅ…………はぁ………」
彼は今、一生懸命ため息を吐き出し続けていた。彼の名前を坂凪義人という。学業の面で問題があるわけでもない。
「どうしたの?馬鹿な義人が悩むなんて珍しいじゃない?」
隣から顔を覗き込んできたのは彼の幼馴染である少女だった。結構顔が可愛いのだが、口が悪いことで有名で残念なことに彼氏はまだいない。さっぱりとした性格でどちらかというと女子の方々に人気がある。
「………失礼な。僕は馬鹿じゃないぞ」
「馬鹿は馬鹿でしょ?」
「…………ふん」
そっぽを向いたはいいのだが、彼はそこでも再びため息をはいた。
「義人、それなら…………」
ここで、放送が入った。
『…………二年七組、坂凪義人君、お父さんがお見えです』
義人は立ち上がってため息を一つ吐くとその場を後にしたのだった。
―――――
「お、やっときたな?」
「父さん…………何?学校まで来るほどの用事って何かあった?」
笑えない話だろうと義人はすぐに考えた。この父親が持ってくるものは大抵、面倒なものだった。意味不明なぐちゃぐちゃとした生命体をペットだといって飼おうとしたり、みると呪われるといわれているビデオを見せられたりもした。
「…………なんと!お前の婚約者が決まったぞ!!」
「…………どうせ、候補でしょ」
ため息一つ吐き出すと義人は聞き飽きたといわんばかりにそういって下を向いた。
義人の父、驟雨がそんなことを言い出したのは一週間前ほどであった。
庭には謎の魔法陣が描かれ、中央には義人が小さい頃に使っていたズボンが置かれていたものだ。父いわく、あれはおびき寄せるえさのようなものらしい。ズボンで食いつく婚約者がいるとは到底思えない義人だったので世間の目もそれはあるから止めようとしたが暴走し始めた父を止める方法はもう一つしかなかった。
「母さん、父さんがまた変なことをし始めたよ!」
「そうねぇ、困ったものねぇ、驟雨にも…………」
ほとほと呆れたといわんばかりに義人の母、里奈はため息を一つはく。
「そんなもの、むしとりあみで捕まえられるでしょうに」
「!?」
母も何故かぶっとんだようなことを言っており、既に義人には理解できなかった。
そして、今日に至る。
「さぁ、今から家に帰って結婚式だ!」
息子の肩をがっちりつかむと父はさっさと連れて帰ったのだった。
―――――
車の中、父は相手が天使であることを告げた。
「…………あのね、父さん。父さんの頭の中には天使はいるかもしれないけどさ………僕の頭の中には天使はいないんだよ」
超現実主義者の義人はお化け、妖怪、幽霊………その他、存在が不確かなものを信じようとはしていない。よって、それに値するであろうと天使と悪魔の存在など否定しまくり出会った。
「おいおい、まったく………事実を知らないお子様は………まぁ、いい。じゃ、いたら婚約者にするか?」
車の運転をしながら父はそんなことを義人に言った。勿論、そんなものをまったく信用しない義人は首をたてに振った。
「ああ、してもいいよ?大体父さん何歳だよ?天使だ〜とか言っていると母さんに離婚されちゃうよ」
「よし、これで俺の勝ちだな」
父は一方的にそう告げるとそれ以降何も言うことなく…………そんな父の後姿を見て義人は自分が成長したらこうにはなるまいと心に誓ったのだった。
結果を言ってしまうと、義人が間違っていた。
「あ〜契約に従って今日から坂凪義人の妻になるレオクレア・ラミエールじゃ」
庭にあった魔法陣は七色の光を発していて中央の部分が影を落としており、そこの上には白い翼を生やした可愛い女の子が浮いていたのだった。
「…………父さん、これは何の冗談?」
未だに現実を目の当たりにしながら義人はかたくなに真実から目をそらそうとばかりしていた。
「冗談?いいや、お前の賭け事の負けだろ?レオクレア、悪いけどよ………白い翼を消して地面に降りてきてくれないか?そうしないとこいつはなしもしねぇぜ」
父がそういうとレオクレアは頷いて白い翼を消して、地面に降り立った。
「おっとっと………あわっ!!」
「おっと」
地面に降りるのが苦手なのか着地時にふらふらとなるとそのまま義人の胸にうずくまるような形になった。
「あのさ、父さん………この子………何歳?」
自分の胸にうずくまったまま動かなくなった少女を放っておいていたのだがなんとなく年下に見えるので父に尋ねた。
「えっと…………確か………」
「すとっぷじゃ!!!」
言おうとした父の声をさえぎる声が聞こえてきた。気がつけば恨めしそうな顔をして父を睨みつけているレオクレア。
「女性に年齢を聞くのは失礼じゃろ?」
「おっと、そうだったな………義人も気をつけろよ?レオクレアの奴はちょいと手に余るわがまま娘………こほん、手を焼くほど可愛いからな」
じゃ、がんばれよと言って父は去っていった。
「え、ちょっと!ちょっとどういうことだよ!」
自分より頭一個分ほど低いレオクレアのホールドは解けることなく、しかも力が強いのか離れることは出来なかった。
―――――
「なかなかじゃな」
「何がだよ………君、天使って言ってたけど嘘だよね?」
縁側に座ってそんなことを緑茶を飲みながら隣に座っているのはどうみても黒髪黒い瞳ではない女の子だ。義人はため息をつきながらそんなことを聞いていた。
「失礼じゃな。わしは天使じゃ」
「天使はそんな口調じゃないと思うけど?」
彼の中での天使は大人の女性にあたる。義人は現実主義者にしてはどこかねじが外れているかもしれない。古臭くて幼い顔立ちが残るレオクレアの存在はどうしても受け入れがたかった。
「…………あのさ、本当に僕の婚約者になるの?」
「それは勿論じゃ………ああ、気にするな。こんな身なりじゃが夜になったらすごいから」
「そうなの?ぜんぜん胸なんて…………ちょっと、何言わせるの!こほん、そんなことじゃなくて僕が言いたいのは君はそれでいいのかってこと。この際天使ってことはおいとくけどさ………勝手に決められたんでしょ?僕の父に」
義人がそういうとレオクレアはうむむと唸った。
「そうじゃなぁ………そなたの父の坂凪驟雨はこっちの世界では有名人じゃからなぁ………それに、はじめはいやじゃったがそなたに、その、一目ぼれをした」
「…………」
強めがちの目がちらちらと義人の顔を見ながらそんなことを言ってきたので義人は絶句していた。
「じょ、冗談が好きなんだね?」
冷静な自分を取り戻すため彼はそう尋ねるがそういった瞬間、むっとしたレオクレアの顔を見ることになった。
「冗談ではないぞ!わしは嘘は言わん!」
「そ、そうなんだ………」
断言されてこれは困ったことになったぞと彼は思った。レオクレアはどうみてもまだ幼い。下手したら小学校を卒業した程度だといわれても頷けるに違いないだろう。そんなのを婚約者にしたら社会の倫理を唱えられてしまう。
そんなことを考えていたらレオクレアがしたからのぞいてくる。
「どうしたのじゃ?」
「ん?いや………な、なんでもないよ」
「何か隠しておるな………わしに話してみよ」
なんとなくえらそうな態度だが、心の奥では心配してくれているのが見える。義人はそういった態度をする相手に弱かったりもする。
「え、えっとね…………ぼ、僕はどうみても僕と君が結婚したら問題になると思うんだけど…………」
ピシリ!!
そんな音が聞こえてきて、レオクレアの表情は笑ったまま固まった。そして、そのままレオクレアはたずねる。
「…………それは、わしとの結婚がいやということか?」
「いや、そうじゃないんだけどさ………その、君の容姿があまりにも幼く見えるからさ」
ぷちん
何かが切れた。少なくとも、義人にはそう思えた。その瞬間、高圧的な力の場が完成したのか義人は動けなくなった。
「…………わしが幼いじゃと?」
不機嫌であることを体現しているレオクレアに義人は黙る一方だった。
「おこちゃまじゃと?“ふぁみれす”に行ったら絶対に“おこさまらんち”を頼むと?ほほう、義人、いい覚悟じゃな………」
このままでは殺されるかもしれないと義人は素直に感じ取った。そして、ああ、思えば短かったが楽しい数十年だった。もうやりたいことは何もない………いやいや、まだやりたいことはたくさんあるなと思い直した。
しかし、結果的に義人が殺されることはなかった。気がつけばレオクレアは義人の膝の上に乗っていてお茶をすすっていた。その姿がさまになっているのは彼女の言葉がおじいちゃんっぽいからだろう。
「まぁ、あれじゃ………初対面の者どもは絶対にそういうからな。それならば夜の姿を見せよう………あと、三時間ほど待っておれ………ああ、そうじゃな、それまで時間を潰すために町を案内してくれ」
ぷらいどを傷つけられたからなとレオクレアはそう言って義人は力なく頷くしかなかった。
――――――
午後五時五十九分。義人は電波時計を確認した。場所は彼の家の庭で、魔法陣の上にレオクレアは静かに立っていた。
「…………!?」
六時を指した瞬間、レオクレアは光を発し、次の瞬間にそこにいたのは………
「どうじゃ?これでおぬしに身分相応な姿になったじゃろう?」
「…………」
そこにいたのはあの幼いレオクレアの面影をしっかりと残す美少女だった。
「ふむ、あまりの美貌に目が奪われたか?」
「う、うん………」
義人がそういうとレオクレアは驚いたようにきょとんとした。
「………まともにかえされるとは思わなかったな………」
義人はじっと見ていたが途中で目が止まるところがあった。それは、胸だった。
「……………ここは成長しなかったんだね」
そういった義人の脳天にチョップが突き刺さった。
「………義人よ、人間という生き物は時には本音を隠し通さねばならないときがあるそうじゃ。素直ないい子は長生きは出来んぞ?」
強気な瞳はいやな笑みを帯びており、義人は右手が突き刺さったまま静かに頷いたのだった。
「ごめん、気にしたんだね」
今度は左手のチョップが義人の顔面に突き刺さった。
「…………いらぬ同情じゃ。次は手加減せんからな?別にわしは気にしていない」
「ふぁい…………おっしゃる通りです」
突き刺さっていた左手を離してもらうと、義人はため息をついた。
「けどさ、本当にいいの?君みたいな人が僕の婚約者って………」
「いいのじゃ、これはわしが決めたこと………それにまだ………」
レオクレアが言うと義人の母が立っていた。
「そうよ、まだ婚約者いるわよ?」
「母さん?いつのまに!?」
ぎょっとしている義人を無視して母は言ったのだった。
「さぁ!私が虫取り網で取ってきた子を見てみなさい!!!」
家の中から人影がゆらりと現れたのだった。




