8.Not copacetic
「はぁ...」
「どうしたんですか」
浮かない顔のルーナにガヴが聞く。
「へい、味噌ラーメンお待ちィィィイイヤァァア!!!!」
「...どうも」
味噌ラーメンが間悪くガヴの目の前に出され、会話が途切れる。店長の悲鳴のような掛け声も少し迷惑に感じた。
「...ちょっとこいつが痛くてな」
そう言うと、彼女は右腕にある××××状の刺繍を触った。自分でやったものではないのだろうか。少し血が滲んだそれは、彼女に何か闇があるのではないかと窺わせる。
「痛いなら...取ったらどうです...?」
少し怯えた様子でガヴは言う。
「...これは私がそいつのモノって印だ。お前にはないのか」
「にゃいでふね」
味噌のスープによく絡んだ縮れ麺を口に突っ込みながらガヴは答えた。
誰かのモノ。それは恐らく良いものではない。狂気染みた何かを彼女は感じていた。
「そうか。...大将、勘定はこいつが払う。じゃあな」
「アァァァアアイッ!!!」
「エッ!?」
思わず吹きそうになった。ルーナは澄ました顔をして席を立ち、掌をひらひらしながら人混みの中に消えていった。
(めちゃくちゃ気性が荒いって聞いてたけど...一般人にはさすがに吠えないのかな)
ひとつポツンと空いた席を横目に、ガヴは味のしない味噌ラーメンを啜る。
彼女が何者なのか、あの印の意味は、ガヴの中で、それを知るなという危険信号がとくとくと鳴っていた。
「あれ?帰るの?ルーナちゃん!!」
屋台の暖簾をめくってアダムが言うと
「うるせぇッッ!!話しかけんなッ!!」
彼女は腹から湧き出る怒りを抑えきれないといった表情で彼を罵倒した。ムスッとして彼女は帰路につく。
アダムも追おうとしたがワズキングに制された。
「やめとけ。あぁいう時の女は近寄らない方が良い」
「でも...」
「お前も男なら女の言うことは聞いとくもんだ。黙ってラーメン食ってろ」
「わかったよ...大将ラーメンおかわり!!」
半ばヤケになったアダムは大きな器を突き上げた。
その日の夜。
______ごめんなさいお母さん。
______許して。
薄暗い部屋の入り口に佇むルーナ。
彼女の前には儀式用の祭壇に祈りを捧げる母の姿があった。
「青とは神。我々が一心に祈りを捧げば、世界の終末に青が復活するであろう。我々の魂は...」
壁には血塗られたように赤い絵の具で描かれた羊の頭。彼女の母はソダ派の狂信者であった。
「あんた...まだ青を見つけられないのかいッッ!?」
窶れた頬と皺で年齢より歳がいってそうな顔。母はルーナの胸倉を掴んで壁に叩きつけた。
「うッ...ごめんなさいお母さん...」
強気な彼女が決して見せない弱々しい顔。目には溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「神は裏切りを赦さない。失敗は断罪されるべし。来なさい」
「...ッッ」
綺麗なブロンドの髪を強引に掴み地面に引き倒す。母の手には針と糸が握られていた。
「神よ。我が娘に罰を与えます。どうか怒りをお鎮めください」
「...お母さん...」
焦点の合っていない目。何かを怖れる目。
暗闇に支配された部屋の隅で、その罰は執行された。ルーナの痛みを我慢する声と母が神に祈る声だけが響く...。
次の日の朝。白軍本部の一室には第一訓練を生き抜いた4人が集まっていた。
(...なぜトップクラスの才能がある奴はこうも問題を抱えているんだ...)
教官が呆れた顔をした理由。美寿は身体の回復が不完全状態であるにも関わらず筋トレをして傷が開き、包帯で身体中を巻いている。ルーナは目の下に×印が増えていて、下瞼を真っ赤に腫らしている。
ミストは昨晩街のゴロツキを再起不能になるまで痛めつけた挙句、警察署の屋上から吊るす奇行をして大目玉を食らった。
アダムはラーメン街でルーナを捜すため一日中大声を出していたため通報された。
「貴様ら。第一訓練を乗り越えて調子に乗っているのか?ミスト訓練兵。貴様に関しては失格になってもおかしくないことをやらかしている。自覚はあるのか」
「はい」
彼の切れ長の目は何かを思いつめているようにも見えた。
「浅黄訓練兵。貴様、第二訓練を受ける気はないのか」
「あります」
「その状態でか?」
「はい」
「頼もしいな」
「あ、どうも」
「ふざけるな貴様ッッ!!!!完治するまで白軍本部への立ち入りを禁止する!!無論、世間で何か問題を起こせば即刻失格だ!!!わかったか!!」
「...はい」
彼女は不服を顔に表しながらもその条件を飲み込んだ。
「第二訓練はキール軍港の調査だ。今回は貴様ら3人でチームを組んで行動しろ。浅黄、貴様は来るな。3人はキール軍港での取引を逐一報告し、異常があれば対処してもらう。リュトラ社とやり合う可能性もあるので留意しておけ。浅黄、貴様は来るな」
第二訓練
キール軍港で行われる闇取引の摘発。
その際、リュトラ社の不審な動きや今迄の行為の証拠を収集。