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青ノ概念-弐-  作者: Suck
プロローグ
2/8

2.Only the willpower

2.Only the willpower



一瞬の静寂の後、嘲笑が部屋を包んだ。雀斑の少女は美寿の言葉を疑いながらも、本人を前にして硬直している様子。密室に汚い笑い声が篭った。


人の隙間を縫って1人の男が美寿に詰め寄る。


「フッ...お前本気で言ってんのか?かの有名な男も安く見られたもんだな。なぁ、ヘイを超える前にこの訓練で死ぬんじゃねーの?」


失笑した男の訓練兵が眉を吊り上げて顔を近づけ、彼の一言で再び場が盛り上がった。


更に彼は続ける。


「お嬢さんは家で下の毛が生え揃うまで待ってな、ハハハハ!!」


「最低...」


女性を馬鹿にされた気がして、雀斑少女は勃然(ぼつぜん)と沸き上がる怒りを乗せた蔑視の眼差しを向ける。


対して、美寿は涼しい顔をして口を開いた。


「昔。杜若 華という人がいた。彼女は街を半壊させ、旧白軍を苦しめ、ヘイ・ロウをさえも窮地に追いやった。性別は関係ない」


「は?誰だよそれ。聞いたことねーんだけど。まぁ、俺の三下だろうな」


どうやら彼女は陰の存在だったらしい。白軍2位でさえも、一般人の知名度はたかが知れている。しかしこんな大口を叩ける男も中々いない。


「ところで、あなたも誰。あなたと私は友達?会話をする意味はないはず」


「て...テメェ...」


訓練兵は20名。

実習を受けていれば嫌でも名前は覚えるはずだ。だが、美寿は友達とそうでないものをファイルに分け、興味のないものにはとことん関心を寄せない性格である。


ちくりとした言葉を放たれ、男の額に青筋が浮かびあがる。


「チッ...ミストだ。覚える必要はねぇよ。ノーブレイン」


「そ」


侮蔑されても彼女は相変わらず顔色を変えない。

ツーブロックにオールバックで髪をテカらせた彼はバツの悪そうな顔をして部屋を後にした。


身長は170前後、目は細く、アジア人の特徴がある。シャツの隙間から見える鎖骨には大きなタトゥー。


マフィアか何かと繋がりがあるのではないかと雀斑の娘が睨む。


散々煽っていた群衆もまた私語に耽った。その中に1人2人、彼女に興味を示すかのような視線を送る者もいた。


「ごめんね。あんなの気にしないで。私は応援してるから」


「あなたは優しいね。名前は...?」


「ガクッ...何で最初敬語で話しかけてきたんだろうって思ったけど...やっぱり覚えててくれなかったんだ...」


彼女は困り果てた様子で首を傾けた。


「ごめん...人の名前を覚えるのが苦手で...私は美寿。浅黄美寿」


「私はリズ。よろしくね」


「よろしく。明日から頑張ろう」



かくして、浅黄美寿の運命を決める一月が始まったのであった。


...

.........

...............


その夜。本部から数キロ離れた宿舎では、美寿とリズがベッドで寝ながら話し込んでいた。


世界は赤で包まれていても、夜にはいつもの暗闇が空を覆う。


彼女らの寝床は10畳ほどの2人部屋。1週間ほど一緒に暮らしていたのに名前を覚えて貰えなかったことにリズは哀感に浸っていた。


と言っても、美寿はその時期色んな抱えきれない葛藤を背負い、夜には私用で別の場所に出向き、ほとんどリズとは顔を合わせていない。


実習中の座学でもリズは常に疲れに取り憑かれた目をしていた。



そんな日々が続き、こうして2人がベッドに寝転がる日は初めてだった。


「電気消すよー」


「うん」


「いつも美寿が私の寝た後に帰ってくるからさ、こういうのは初めてだね」


「いつも音立ててごめんね。疲れてて...」


美寿は寝返りをうってスイッチに手をかけるリズを見つめる。


「まぁ...凄く疲れてそうだったし...」


彼女は帰ってくるといつも部屋の真ん中に倒れ込んでしばらくしてからゾンビのように起き上がる。


暗闇の中でもがく影をリズはいつも横目で見ていた。


恐怖心と少しの好奇心。隣で寝ているこの謎多き女性の正体は何なのだろうかと。


「美寿はさぁ、何であんなこと言ったの?」


窓から差し込む月光が部屋の一部を照らす。


「...話すと長くなるんだけど、聞いてくれる?」


「うん」


美寿は、これまで起こったこと、自分が経験したことを全て話した。


杜若 華は白軍を裏切り、ヘイを追い込み、そして姉 浅黄真琴を殺害したことも。


「この前の赤の物質に関するニュース、聞いた?」


「マザーのこと...?」


調査員の不断の努力により見つけ出された新事実。


赤の物質がどうやって現れたか。

それは、第三次世界大戦の際に使われた核爆弾の影響による。


偶然被爆源にいた少女は、遺伝子を分離、変形され、通称「マザー」と呼ばれる物質放出体となった。


彼女はまだ、どこかで赤の物質を放出し続けているという情報だ。


「...昔よりも、世界は不安定になってきた。私...気づいたんだ。私が強くないと誰も守れないって」


真琴が死んでしまったのは、結局彼女と一緒にいてあげられなかった自分のせいでもある。


どうにもならない憤怒をヘイに向けるしかなかったのだ。そして彼女はそんな自分に心底苛立っていた。


「...」


「環境のせいにしちゃ行けない。私が変わらないと、世界は待ってくれない...あれ?」


「...」


「寝てるじゃん」


必死に聞こうとうつ伏せになって寝落ちしてしまったリズに毛布をかけ、美寿も眠りについた。


(この世界がどう変わろうと、私は私と大切な人を守る...)


その夜の月はやけに大きく輝いているように見えた...。




-第1訓練-


ケルン地方北部には(いにしえ)より存在する地下迷宮があった。


訓練生20名は、地下迷宮の入り口に集められる。


石造りの下り階段とゴォォと唸る隙間風。開放された入り口からは一面の闇が覗く。一歩踏み入れると黒に染まってしまいそうだ。


「よく来た諸君。第1訓練を開始する前に、一つ忠告しておきたい。この中にあるのは苦痛と恐怖だ。君たちヒヨッコは【彼ら】に死を与えるだろう。それでも進むという者は前に来い」


全員の顔が一気に引き締まった。

【死】という単語が彼らの顔の筋肉をがっちりと掴んだのだ。


暫くの沈黙の後、再び教官が口を開く。


「諦めることも勇気だ。ここで命を粗末にする必要はない。帰りたいと思った奴は正常だ。なぁに、何とも思わんよ」


次の瞬間、1人の20代くらいの男が頭を下げた。


「グレイ・スウェルです。訓練を辞退します」


「うむ。君はまだ若い。別の道に進むのもよし。行け」


「ハッ!!!」


ギョロッとした恐ろしい顔つきの教官からは意外にも紳士的な言葉が放たれた。


今まで緊張でピンと張っていた糸が緩んだかのように、次々と辞退者が現れる。


「ベル・コーリーです。失礼します」


「コルツェフです。失礼します」




__

____

______


「残ったのは10人か。うむ。以前の10倍だな」


「前回は1人だったんですか...?」


美寿が驚いて反射的に口にしてしまった。


「あぁ。そいつは今トールクラスで頑張っているがな。浅黄美寿。発言は許可していないが?」


「すいませんでした...!!」


誠意のない謝罪をする美寿に、教官は何とも言えない笑みを浮かべた。


昼下がり、陽気な風が雲と落ち葉を運ぶ。雑草は揺れ、地下への入り口が吸い込む風の量も増えていった。


「では、第1訓練の内容を説明しよう。まず、これを見ろ」


教官がポケットから透明な瓶を取り出す。

中にはホルマリン漬けにされた奇妙な生物がいた。


全長20cmほど、灰色でブヨブヨの皮膚にナツメウナギのような口。


「こいつは先日発見された特殊なヒルだ。20秒で相手の血液の1/4を吸い取る。こいつらがこの迷宮で大量繁殖しているとのことだ。目標はひとつ。こいつの親玉を駆除すること。武器はトラックに用意されている。何か質問は?」


「はい。ヒルと親玉をどう見極めれば良いですか?無駄にヒルばかり殺すのも効率が悪いと思って...」


手を挙げたのは気の弱そうな青年だった。茶髪のパーマで目は隠れ、肌は凡そ産まれてから日の光を浴びてなさそうなほど白い。


「アダム・ヤング。見ればわかるさ。全てが違うからな他に質問は」


「もうひとつ。迷宮とおっしゃってますが、経路等は一切把握されていないのですか?」


「あぁ。入り口は幾つもあるが、まだ未確認の部分もある。最悪中で日を跨ぐことになるかもな。他は」


「...」


「各自トラックから装備を揃え、準備でき次第侵入開始。チームを組むなり1人で進むなり好きにしろ」


「「「ハッ!!!」」」


トラックの荷台には、国中から集めてきたと思わせるほど大量の銃があった。


「宝の山じゃんっ!!うわぁどれにしよう」


アダム・ヤングが口の筋肉を緩めて気持ちの悪い笑顔を浮かばせた。


「こういう経験が...?」


リズが引いた目をして言うと、アダムはふんふんと鼻息を荒くして彼女に近づく。


「そうだよっ!!特にナイフには目が無くて!!浅黄さんの言ってたヘイ・ロウ。彼の二又ナイフは誰もが羨むんだっ!!それにこれ!!中型ナイフで扱い易い!!腕に力を入れすぎることもない代物だ!!それに...」


「あ、えーと...わ、私準備してくるね」


彼のスイッチに触れてしまったとリズは感じ、そそくさと自分の装備を探しに行った。


「あ、ごめんごめん。つい熱くなっちゃって...」


この男。軍人と言うよりは軍人マニアと言う方がしっくりくる。


細いシルエットに呑気な性格。だが、侮るのは禁物だ。トールクラスの化物ほど性格はひん曲がっている。


美寿はマシンピストルにサブマシンガンといった比較的軽装備で迷宮に向かった。


「美寿待って!!」


リズの声に振り返ると、教官の問いに引き返さなかった数人が彼女と共に立っている。

熟練の老兵や重火器を装備した兵士もいた。


「1人で行くよりチームのほうが良いよ」


「...」


「そうだ。敵は沢山いるらしいし、武器や人手も多いほうがいいだろ?」


短髪のガタイの良い男が言う。


美寿は言葉にできなかった。

この訓練で必要なのは人手でも武器でもないということを。








ここで凡人は振り落とされるということを。

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