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さようなら皆さん  作者: キリライター
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魔法の香水




 大学の授業は二講までだったので、今の時間は十二時、丁度お昼だった。

 足早に教室を出た私はお隣さんと待ち合わせしている駅へと向かう。大学を出て、ちょっと歩いて地下鉄に乗って更に歩くのは結構面倒だ。

 けれどお隣さんと遊べるのだと思うと、いつもよりそんなに苦では無かった。




 地下鉄にて。

 ふと、周りを見渡す。此処は地下鉄だから当たり前だが、沢山の人がそこにはいた。

 やる気のない顔をした男の人。トレンチコートに花柄のスカートを着て(きっとダズリンだ)、緩く巻いた髪の今時な女の子。買い物に来ている夫婦。

 皆違うようでいて同じに見える。顔の区別がつかない。

 或いは個性がない。




 だけど個性的って何だろう?

 皆一度は「私は普通の女の子じゃない」と心の奥底で自分のことをそんなふうに思ったことがあるんじゃないか、と私は思う。

 私は普通の人とは違う。普通になれない。

 私だけが、私という人間でいられる。

 この思考回路は私だけのものであるし、この服装も趣味も普段聴いている音楽のジャンルだって、私一人だけのものだから誰も私に代われない。

 だから私は普通じゃないんだと。




 けれど他人から見たら私という存在は唯の一人の人間であり、特別な存在ではない。

 どこにでもいる普通の女の子でしかない。

 普通じゃない、と言われると少しだけ嬉しくなるのは何故だろう。

 なぜならそう言われることで私はある種の自己肯定を得ることが出来るからだ。

 自分という存在を誰かに認めて貰えるから。

 山のように埋もれている他人の中で、自分を見つけ出して貰えるから。




 例えば沢山の黒い猫がいたとして、全部の猫にそれぞれ名前が付いていて、少しずつ違うよって言われても私は簡単に見分けることが出来ない。

 その中で一匹だけ選ばれて、目の色が檸檬の様に美しいとか尻尾の毛並みが他の猫より整っているとか、褒められる。

 (普通じゃないよ)と言われると、そんな特別な気持ちになるのだ。




「すみません。待ちましたか」

「大丈夫だよ」

「今日は何をしましょう」

「甘いものが食べたいな」




 待ち合わせの場所に着いた時、お隣さんは私より先に来ていた。

 今日のお隣さんは白い襟が付いている、黒い長袖のワンピースにこれまた黒いパンプスを見に纏っていた。

 手にはレースの日傘を持っている。

 私を待っている間に飲んでいたのか、空になったミルクティーの容器も持っていた。

 そして今日もお隣さんからはいつものあまい香りがした。




「いつも気になっていたんですけど、どこの香水使ってるんですか」

「気分によるけど最近はマジョリカマジョルカのマジョロマンティカだよ。あの赤いやつ」

「ひえー、名前からして高級そう」

「そんなに高くないよ」




 じゃあ行こっか、とお隣さんが一歩前に進む。

 それからは二人並んでウインドウショッピングをしたり、本を買ったり、お喋りをしながら歩き回った。

 途中ドラッグストアに寄った時、件のマジョロマンティカを見つけたので思わず見入ってしまった。

 これがお隣さんの身に付けている香水か。

 テスターの赤い香水瓶の中身を大事に開けるとあまったるい香りがむわっと漂ってきて思わず咳き込む。

 黒いスパチュラでとろりとした液を垂らして付けるらしく、ちょっと変わったタイプの香水だった。




「あ、わたしの香水だ」

「偶々見つけたんです」

「それ、香水瓶のデザインが良いよね。実は何種類も集めてるの」

「赤いやつだけかと思ってました」

「その香りが好きなら今度あげるよ。そうだ、今付けてみたら?」




 あまい香りの液を、手首に一滴垂らす。

 メープルシロップの様な、花の蜜の様な何とも言えないあの香りが辺りに漂う。

 永遠の女の子になれると謳った魔法の香水。

 お隣さんはこちらを見て、同じ香りだねときれいに微笑んだ。




 お隣さんは、やっぱり違う。

 お隣さんだけは他の人とは違う唯一の存在だ。こんなにきれいな人を私は他に知らない。

 黒い猫の群れの中、一匹だけ紛れ込んだ白猫のような人。何もしなくても人を引き寄せてしまう不思議な魅力を持った人。

 お隣さんが物語に出てくるならきっとヒロインのお姫様だろう。  

 きれいなドレスに身を包んで、アンティークローズの模様のティーカップで紅茶を飲んで、素敵な王子様と出会うのだ。




 一方私が物語に出てくるなら、お隣さんが街中を歩いてくる時に一瞬通り過ぎる村人E。

 寧ろ名前すらないかもしれない。もしくはお隣さんの物語に登場することすらできないかもしれない。

 それ位私は、私自身に価値があるとは思えなかった。

 あまったるい香りと苦い劣等感、少しの嫉妬が私の頭の中をぐるぐる回る。さながらブラックコーヒーにミルクを入れた直後の様に、ぐるぐる、ぐるぐる。

 特別な存在のお隣さんと同じ香りを漂わせることで、私も特別になれた気がして嬉しかった。

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