二年前の懐かしき約束(仮)
「情けは人の為ならず」をモチーフにハートフルコメディーという形式で仕立て上げました。一応、連載を目途に入れているので、そういう風にできるような形で終えてあります。何かあればご連絡いただけると幸いです。
「おい、お嬢ちゃん。お金貸してくんない?」
「俺ら、今お金に困ってんだわ。」
「お嬢ちゃん、あの天竜院財閥のご令嬢ってやつだろう?」
「なあ、頼むよ。」
「………。」
ある日、下校途中で見た光景。それはチンピラ共が寄って集って身なりのいい中学生ぐらいの女子に強請りをしている胸糞悪いものだった。少女は連中に底冷えするような冷たい目を向けていた。
「おい、なんか言えよ。」
「俺らが怖くて何も言えねぇんじゃね?」
「ぎゃはは!それならそれで構わねーよ。」
「そうだな。どうせ何も言わねーし、なら勝手に金目のもん持っていくか。」
チンピラ共は彼女の絶対零度の視線に気付くことなく彼女の無反応さに痺れを切らしたのか、自分勝手極まりない理屈を述べながら腕を伸ばし彼女に触れようとしていた。
「おい、待てよ!いい年した大の男たちが寄って集って何しようとしているんだよ。」
喧嘩とか乱闘とかあまり得意ではないが、こんな光景を目にして我関せずを貫けるほど俺は図太い神経を持っていなかったので、馬鹿なことだと自覚しつつもしゃしゃり出てしまった。
「ああん?なんだよ、餓鬼が!」
「ヒーローごっこか?すっこんでろ!」
「お前はお呼びじゃねーんだよ!」
「帰ってママのおっぱいでもしゃっぶってな。」
凄みのある古典的な返し文句を食らったが、特に感じるものもなかったので連中に近づいていく。
「ああ、そうそう。あんたら、俺は今から何をやると思う?」
序でにスマホを左手に持ち写真を撮る。
「おい、何してんだ!」
フラッシュと撮影音に気を取られた彼らに俺のシナリオを伝えていく。
「まず、あんたらに声をかける前まで動画を撮っていた。それから、声をかけた後に写真を撮った。これな。」
俺は携帯の画面を連中の方へ向ける。撮った写真付きで。連中が彼女に迫っていたシーンをそれはもうばっちりと。
「「「「なっ!!」」」」
「そして、これらを証拠に今から警察へ通報する。」
俺は連中から数歩離れたところで立ち止まり、連中に画面を向けながら、スマホの電源を一回切り、もう一度立ち上げてパスワード画面にすると、エマージェンシーコールの部分をタップし、ゆっくりと1、1、0と押した。
「このクソガキ!!」
そして、俺がコールボタンに指をタップしようとしたところで一番近くにいた男が襲い掛かってきた。俺はスマホに向かって真っすぐに伸ばされた男の腕を右手の手刀で叩き落とすとそのままの勢いで突っ込んできた男の頭を掴み左膝で飛び膝蹴りを食らわした。
「なっ!てめぇー!!」
一人目をK.O.させたところで二番目に近かった男が大ぶりの右のストレートを放った。俺はそれを左に躱し相手の懐に潜り込むと、右手で襟を掴み、左手で相手の右腕を握ると背負い投げで男を地面に叩き付けた。男は受身を取れずに背中を打ち付けたので、くぐもった声をあげてダウンした。
俺はそのままの勢いで他の2人に迫った。残りの二人は一気に二人が戦闘不能に陥ったことで警戒して接近している俺の手を窺っている。俺は右にいたリーダー格っぽいやつに接近すると右手を握りしめて拳を放つように見せかけた。奴は拳を避けようとして、左に顔を躱しつつ腰を後ろに引き始めたので、俺はフェイクで出した右手を引っ込めると、奴の両踵目掛けて足払いを掛けた。すると、見事に奴はひっくり返ったので、最後の一人を思いっきり睨み、相手が怯んだ隙に彼女の手を取って一緒に走り出した。俺が後ろを振り返ると、最後に残った奴が俺と仲間を交互に見比べ俺を追おうとしたが、地面に倒れていたリーダー格が止めたようだ。一対一では勝算が見込めないうえに結構距離を広げて逃げているので追うだけ無駄だと判断したのだろう。
結局、俺らは人目が多く近くに交番がある大通りまで手をつないで、というより俺が手を引いて逃げてきた。俺は結構運動していて体力やらスタミナやらに自信がある。それゆえに、息もそんなに荒げてはいなかったが、彼女は肩で息をしているところから随分と消耗したようだ。情けないと言いたいところだが見知らぬ他人に言う言葉ではないし、まして自分がそうさせた以上かけるべき言葉はまた別だろう。
「大丈夫か?すまなかったな、こんなにも走らせて。」
彼女は息を整えてから、首を横に振り、答えた。
「い、いえ。ああいう人たちを巻くのは苦労しますので。」
「そうか。ここなら、流石にああいう連中も騒ぎを起こす気にはならないだろう。お巡りさんも見ているしな。じゃあ、俺はここで。次は気を付けてな。」
「あ、あの。しゃ、謝礼は何が良いですか?」
「…は?」
「で、ですから、今回助けていただいたお礼は何が良いのか尋ねております。」
「……、じゃあひとつだけ。」
少女の目がさっきの連中を見るような冷たく無機質なものへ変わった。何かトラウマでも抱えているのだろうか?なら、最初から引き止めずに別れればよかったのに。めんどくさい奴だな。別に欲しいものなんかないし、どうせなら世間一般のマナーってやつを教えてやろう。
「お礼の言葉を頂戴。」
「……え?」
彼女の顔が一変して呆け面になった。この子、何気に面白いな。
「だーかーらー、お礼の言葉を下さいな。」
「そ、そんなものでよろしいのですか?」
「あのさ…、何を考えてそういう風に言ったかは知らないけどよ。まず、助けられたらお礼の言葉を言うのがマナーだろう。失礼だ。助けた人に。だから、まずはお礼の言葉をくれ。それだけでいい。」
「えっと、その、それだけじゃ私の面子が立ちません。」
知らねーよ。と返したいが何故か潤んだ目で俺を見上げてくるので困った。
「ほ、他にないんですか?」
これは困った。人目の多い大通りにしたことが裏目に出て、周りから視線をめっちゃ感じる。早く切り上げておかないと警官が来るかもしれない。
「いや、欲しいものなんかない。というより、パッと思いつくような願望がない。……、わかったよ。じゃあ、そうだな…。もし、俺がどうしようもなく困ったとき、そのとき一度だけでいい。俺に手を貸してくれ。それでいいか?」
俺が断ろうとした瞬間、彼女は一気に涙腺を決壊させかけたので仕方なく思いつくまま適当なこと言った。しかし、考えてみれば上手いことを言ったと思う。
彼女は俺の願いを聞けて嬉しそうにしているが、俺たちは互いの素性を知らない。つまり、俺の願いが後回しタイプである以上、彼女がその願いを叶うためには俺か彼女のどちらかが個人情報を知っていなければならないわけで、互いを知らない以上、俺が彼女へ助けを求めていくことや彼女が俺のことを気にかけることはできない。すなわち、この願いは俺たちが別れた瞬間に永遠に果たされることのない上辺だけの約束となり果てるのだ。
だが、彼女はそれに気づいておらず、首を何度も上下に振って俺の問いかけに強い肯定の意を返している。騙すようで気が引けるが、あれぐらいでいちいちお礼なんかもらえないし、大金持ちか何だかの娘だからといって、男子高校生が中学生の女子からお礼を貰うのはそれはそれで気が引ける。
だから、彼女がこのトリックに気付く前にさっさと退散すべきだろう。
「じゃあ、そういうわけで悪いが俺は帰る。気を付けてな。」
そう言うと、俺は彼女に背を向けて歩き出す。
「あ、あの!!」
突如、背後から大きな声が。振り向くと彼女が天使のような愛くるしい笑顔で、
「助けていただきありがとうございます!!」
と言って、お辞儀してきた。
呆気に取られていた俺だが苦笑すると彼女が顔を上げると同時に歩き始めた。後姿を彼女に見せながら手をひらひらと振って。
これは俺が高校一年生だった時の懐かしい思い出だ。今思い出すと随分気障なことをやっていたもんだと笑いが込み上げてくるがすぐにそんな気持ちは薄れる。俺は今、真冬の凍える夜に公園のベンチに腰掛けていた。時間は深夜帯。俺は帰る場所を失っていた。それだけではない。金も親も生きる術も、全て失った。こんなクソ寒い中、せめてもの救いは厚着であるという事だけだが、既に一日水以外を口にしていないせいで体温を維持するのが辛い。俺、凍死すんのかな…。
俺が何故全てを失ったのか。
父親が多額の借金を隠していた。父親が蒸発した次の日、取り立てのヤクザたちが家を訪ねてきた。母が対応すると言って、学校に送り出されて帰ってきたら母が手紙を残して消えた。家の中は荒れに荒れ、酷い有り様だった。唯一、手紙が置かれていたダイニングテーブルと四脚の椅子だけ無事だったのでそこに座った。失意のまま、気づけばヤクザたちが目の前にいた。ヤクザの親分は口を開いた。
「手紙は見させてもらった。父親も母親も蒸発した以上、お前さんに働いてもらって返してもらわんと困るところだが…、はっきり言って気が進まん。そもそも、お前の父親の借金のほとんどは利子で膨れ上がったもので元金は既に返済済み。返済してもらった分も利益にはなっている。…本来なら何か我々が斡旋した仕事をして返済してもらうのが我々の流儀というやつだが、俺にもお前に近い歳の息子や娘がいる。今のお前を見ていると息子たちを連想させてやりづらい。…借金のかたにはこの家の金目のもんを頂くということで手打ちにしようと思う。悪いがそれでいいか?それが我々のやり方だ。」
ふと、気づけば俺は涙を流していた。俺はどうして泣いているかもわからぬまま頷いた。
それから、ヤクザ共は家の使えそうなものを何でも持って行った。俺はそれをただ眺めていた。気づけば、ヤクザ共はほとんどいなくなり、最後に俺に話しかけてきた男が俺の傍に立っていた。俺が何気なく顔を上げるとそいつは俺のお気に入りのセーターとコートを手に持っていて、俺の膝の上に置いて言った。
「ここは明日から君の家ではなくなる。…外は冷える。せめてもの餞別だ。」
そいつは俺に憐れみの目を向けると出て行った。俺は知っている。あいつのあの憐れみの目は俺や俺の境遇に同情したものではないということを。あの憐憫を帯びた目は俺の未来を予感して哀れむ、決して情の入ったものではない。あいつは所詮ヤクザだ。搾り取れるものは何でも搾り取る。俺が失意のどん底にいることからあいつは俺から何も得られないと判断し、この家の没収で手を打ったのだ。俺に優しい言葉をかけてきたのも、何も失うものがなくなった人間が逆上し暴れて損害を被らないために行ったことだろう。
まぁ、それがわかったところで、あの連中に何かしようなんて思わないし、そんなことをしたいと思うような気力すら残っていない。俺は全てを失ったのだ。もう何がどうなろうとどうでもいい。
ただ、もしあの時、彼女の名前だけでも尋ねておけば、夜空を見上げて、白い息を吐き、座して死を待つような真似はしないで済んだかもな。…ああ、目が霞んできた。無性に眠い。この冷え切った体じゃ、明日の朝日を拝むことは無理だな。まぁ、俺の人生はそんなものだったというだけの話だな。俺の頭の中で様々な思い出が流れてくる。小学校の先生、中学校の顧問、高校までにできた数々の友達、父に母、そして、あの天使のように可愛い少女。…さらば、我が人生。来世は良き人生を歩めますように…なんて…な。
俺が死を覚悟して眠りに入ろうとする前に、前方から綺麗な女性がやってきた。俺はまるで女神だと思ったところで力尽きた。
不思議なことに体が温かい。温もりってやつを感じる。それになんだか生きているような気がする。いや、俺は死んだはずだ。あんな状況で死ねない方がおかしい。俺はゆっくりと目を開ける。
天井?俺は空の下で寝ていたはずじゃ?それに俺は横たわっている。ベンチで寝ていたはずじゃ?
俺は上体を起こす。そこでようやく気付いた。ベットの上にいることを。俺の疑問は尽きない。
その時、部屋のドアから人が入ってきた。俺は目を瞠る。入ってきたのは女神だと言われても信じてしまいそうなくらい神々しく綺麗な少女だった。
「お体の方は大丈夫ですか?」
「………。」
「あの、大丈夫ですか?」
「…!ああ、たぶん問題ない。」
俺は息をすることを忘れていたようだ。彼女の問いかけにも反応できなかった。それほどまでに彼女は美しかった。
「なら、良かったです。私、天竜院鳳華と申します。」
「ああ、初めまして。五味淵聖和だ。」
彼女、天竜院さんは可笑しそうに少し笑う。
「初めまして…ですか。」
「え?」
「いえ、何でもありません。」
彼女は何か呟いたようだが、生憎聞き取るには少々声が小さすぎて無理だった。それよりも助けてくれた彼女に今の俺の状況を伝えなければならないだろう。
「えっと、天竜院さん。助けてくれたお礼をしたいんだが、恥ずかしい話、財産も何もかも失ってしまってな。今すぐに…!」
彼女は俺の口に人差し指を当てて話をやめさせた。そして、話を切り出す。
「まず、助けてもらったと思ったならば、お礼の言葉を下さい。失礼です。相手に。」
「ああ、済まなかった。天竜院さん、助けてくれてありがとうございます。あのまま、あそこに…!!」
俺が感謝の言葉を告げてお辞儀し、話をしている途中で俺の腹が盛大な音を立てて場の雰囲気を壊してしまった。TPOを弁えてくれない腹をとにかく殴りたい。たぶん、いや、間違いなく俺の顔は真っ赤に染めあがっているだろう。
「あ、気付かずにすみません。こんなところでお話するのもなんですから、食事を用意している部屋に移りましょう。」
目の前の女神さまは俺の失態に微笑みで返すと俺に別の部屋で食事をしながら話をしようと促してくれた。恥ずかしすぎて、穴があったら入って埋められたい。いや、いっそのこと殺せ!
俺は顔から火が出る気分で起きあがり、彼女に連れられるままダイニングエリアに来て、目の前に美味しそうな食事をたくさん置かれた。
「マナーなどは気にせず、お腹を満たしてください。話はそれからお聞きいたします。」
俺は彼女の言葉を聞くと、「いただきます。」といってから飯を一心不乱にかき込んだ。そして、出されていた食事をキッチリ残さず食べ終え、彼女と向きあった。彼女は微笑みを絶やさずこちらを見ていたようで、そう思うとまた気恥ずかしさが込み上げてくるが、グッと堪えると彼女にどうしても聞きたいことを聞いた。
「えっと、どうして天竜院さんは見知らぬ俺を助けてくれたんですか。…いや、御厚遇を受けてこういうのもなんですが、どうして俺をここまで厚くもてなしてくれたんですか。ただ助けるだけなら、病院に搬送するなり、ここまでする必要はなかったはずでは。」
彼女は微笑みを崩すことなく俺の質問に答えてくれた。
「確かに、ただのホームレスとかであれば、態々家に連れてくる必要はありませんし、私もそこまで慈悲深い性格はしていません。」
「じゃあ、どうして?」
彼女は微笑みから一変、真剣な表情を浮かべる。
「どうしようもなく困っていたから。」
「え?」
「あなたがどうしようもなく困っていたから。」
俺の頭の中であの天使の笑顔が浮かぶ。あの約束、あの日の出来事がフラッシュバックする。俺は天竜院さんの顔を見る。彼女は満面の笑みを俺に向けてこう言った。
「言い忘れていました。聖和さん。お久しぶりです。二年前はどうもお世話になりました。」
俺はその笑顔の中にかつての記憶を照らし合わせ、涙がとめどなく溢れだしていた。
この後、二年前よりずっと綺麗で美しくなった彼女に色々とお世話になっていくがそれはまた別の話。
読んでいただき、誠にありがとうございます。あらすじの欄でも書かせていただきましたが、題名を募集しております。何か案がありましたら、感想や誤字脱字等の指摘とともによろしくお願いします。また、重ねて評価の方もしていただけると励みになります。