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■ 第七章 ■  「クラン Silent(サイレント)」

{ユウジ、メリアーナ。明日の朝も稽古しよう!では行ってくるが、またな}


二人の男女に向かってキリっとしつつも笑みを含めた口元を見せて、クレハは街の中央から大通りを東の方へ足を進めていった。

(ユウジ。稽古での刀捌きには驚かされたぞ。だが、実戦ではとうだろうな。むやみに怪我をさせる事もあるまい。私もユウジとの稽古で吸収していかないとな。ふふふっ)

顔に出さないように気をつけてはいるものの、ユウジとの稽古が印象強く残っていて自然と口元が笑う。



一方、クレハと別れた悠仁とメリアーナは大通りの中央からアルベルト公の屋敷のある城門へと足を赴ける。

「メリアーナ。今だから言えるけど、あのクレハっていう人。あの人が魔剣を使ってきたり別の技を使ってきたら負けていたかもしれないよ」

「ええっ?ユウジもあんなに頑張っていたのに?」

「息切れも見せないし、軸をずらされても本能的に身体を躱している気がするんだ。稽古はこっちが有利な条件でやった話だから、普段の稽古通りに身体を動かしていっただけなんだよ。俺の先生がいたらまだまだ甘い!と叱られそうだけどな」

悠仁も現状に決して満足は出来ず、ただ元の世界にいる先生を思うと恐縮するばかりだ。

もしかしたらそのお陰で天狗にならずに居られるかもしれない。この異世界では何時命を落としてもおかしくない。それだけに気持ちを引き締め続けられるのは良いことだ。

「ユウジ。頑張って!私もイアイ覚えるよ!」

「ありがとうな。それはそうと、これからアルベルトとアムネシカの所だよなー」

悠仁はこの世界に来ての慣れない贅を体験して肩が凝る思いになる。メリアーナにとっても雲の上の存在で、ユウジと関わらなければ貴族と話をしたりというのは無かったはずだ。

いや、「たら、れば」思考はどうでも良いな。大事なのは、これからさ。

城門前を守る守衛兵に話しかけようとしたら、こちらが声をかける一歩前に手配されたようにして案内された。

{メリアーナ様、ユウジ様。お待ちしておりました。馬車を待たせていますのでこちらにどうぞ}

{ありがとうございます。待たせてすみませんでした}

とメリアーナが謝りながら恐縮する。

{いいえ、アルベルト公の手配により朝から待機させていたのです}

{そうですか。よろしくお願いします}

悠仁もお辞儀してメリアーナと共に駅馬車に乗り込んで屋敷に向かうのだった。



前回と同様、屋敷の大きなドアの前の庭で執事たちに出迎えられてゲスト用の部屋に通された。

気軽に会えないというのはどうも肩が凝るし、慣れない事だった。

悠仁はこの用意された部屋で面会の準備をする際、今更ながら元の世界での「旅館」での宿泊を思い出した。ちょうどああいった保養地で休める的な感じだったのである。ただ違うのは家具などが歴史あるアンティークっぽくて、やや豪華に仕立てられている点だ。

おまけにメイド付きときている。

呼び出せば応じられるよう待機しているのである。

やがて、メイドより主人であるアルベルト公から面会の知らせがやって来た。

{メリアーナ様、ユウジ様。お待たせいたしました。アルベルト様が広間でお待ちです}

{わかりました。行きます}

メリアーナが悠仁の耳と口になり、代わって答えていく。

悠仁は刀を右手に携えてメイドに主導されてメリアーナと共に広間に向かった。



{ご主人様。お二人をお連れしました}

{よろしい。ティーの用意を頼む。それではメリアーナ殿、ユウジ殿。そこにかけたまえ}

悠仁とメリアーナはメイドに引かれた椅子に掛けた。

{さて急ではあるが、二人に来てもらった理由を話そう}

{はい}

メリアーナは畏まって答えた。

一息置いてアルベルト公が口を開く。

{この度は冒険者依頼で書物を運んで貰った事を感謝しよう。あれはな、脅迫状だったのだよ}

{ええっ?}

メリアーナが驚く。

この言葉にメリアーナは悠仁にすぐ伝えられずにいた。

「メリアーナ。一区切りついたらでいいから、とりあえず二人で話していいよ」

悠仁はフォローするようにメリアーナに伝えた。

「わ、わかったわ……少しずつまとめて話すね」

話を聞いて、この内容を悠仁の顔を見て伝えるというのはとても大変な事なのだ。

通常、聞こえる人同士であれば互いに顔を見ずにただ聞いた事に答える事は出来る。

でも、悠仁にはその話を聞く手段が限られているのだ。

今はメリアーナが聞いて、その話を悠仁にまとめて訳している流れになっている。

悠仁はそのメリアーナの唇の動きを読んで話を理解していく。

わからない時もあるが、よほどでなければ自分自身でイメージを膨らませながら文章を補完させていく感じだ。わからない時は当たり前であるが、聞き直す事にしている。

{どうしたのかね?}

と怪訝そうにアルベルト公がメリアーナに尋ねた。

{あっ!すみません!ユウジは話を聞く事が出来ないので、私が聞いてあげてからユウジの顔を見て話さないと全く会話が伝わらないのです。でも先ほど申されたように【脅迫】という言葉が出て来て驚きました}

{そうであったか。メリアーナ殿には引き続き苦労をかけるが、少しゆっくり話そう」

{ありがとうございます。とても助かります!}

アルベルト公がメリアーナの願いを聞き入れてゆっくり話してくれることになったのだ。

{さて続きだが、我が娘アムネシカが襲われたのは偶然ではなかったのだ。そこをお二人に助けて頂いた事になる}

{そうでしたか!}

{相手は特定されていないが、心当たりはこちらにある。そこでだ。お二人には秘密裏に動いてもらいたいと思っている。無論、受けて頂けたらの話であるが……}

{そんな、私たちに出来るのでしょうか?}

{身分の高い者が行くとかえって警戒されてしまう。冒険者たちにお願いしたい件なのだ。それも信用できる者にな}

{私では決める事は出来ませんけど、その前に一体どういう事をすればよいのでしょうか?}

{そうだ……な。アムネシカが襲われた時に一緒に運んでいた荷物の一部が紛失されていてな。どうやらお二人が到着したときには既に持ち去られていたのだろう。もしかしたら盗賊の仲間が奪ってすぐに一人で届けに行ったのかもしれないな。}

{それではその荷物を取り返して欲しいということですか?}

{もう少し説明しよう。その荷物はノヴァ家が代々守って来た宝玉であり、一般の人が扱える代物ではない。そしてそれを使用するのはアムネシカでないと出来ない事なのだ。いや、一部の者でも出来なくはないが、アムネシカと比べるまでもない。そこでアムネシカを差し出せと言ってきたのだ}

{ええっ!}

頃合いを見たように開かれたドアからアムネシカが出てきた。

「ごきげんよう」

アムネシカが悠仁とメリアーナに向けて挨拶してきた。

「こんにちは」

「こんにちは」

アムネシカもテーブルの席に着いた。

ちょうどメイドがティーを用意してきたので一人一人のカップにティーを注いで回る。

{アムネシカも来た事だし、本題に入ろう。}

{はい。}

{まずわらわは魔法スキル持ちなのだ。魔法と言っても様々であるが、今回は魔力を注ぐ類の件で脅迫されている。例えば天井にぶら下げられているシャンデリアだが、私が定期的に魔力を注ぐ事で輝く仕組みになっているのだ。こういった【注入】を悪用しようとする者に先日襲われた所をそなたたちに助けられたのじゃ}

{それがあの襲撃だったんですね……}

{さよう。これからは警護を厳しくしていくが、奪われた宝珠を何とかせねばいかように悪用されるかもしれん。既に放っている諜報員の話によると港町に寄っている大型船の所有者がそれらしき物を手に入れたという}

{わらわが襲われたあの日出発したのが港町ナトリなのじゃ。その港町から手を回されたのは予想できる}

{うむ。そこでの船の所有者はどうもきな臭い気がしている。そこで冒険者依頼として荷物を直接その船に届けてもらいたい。ただそれだけで良い。危険と言えば変な真似をしなければ避けられると思うが、出来れば三、四名で行く事を薦める}

そう言ってアルベルト公はメイドにある品物を持って来させる。

「その時にはユウジ殿にこのアイテムを携帯させる事にする。見た目はただのネックレスであるが、【感知器】なのだ。これによって宝珠が近くにある事がわかるはずだ。また、当日に届ける荷物の中身はただの手荷物なので心配はいらない。出来そうかね?」

悠仁とメリアーナはアルベルト公の目前に置かれた紐を通されただけのリングを見つめる。この紐を通しただけのネックレスにしたリングに付いたエメラルドグリーンの宝石が近くにある宝珠の魔力を感知して赤色に変化したらそこに「ある」という事だ。これがわかればいい。

悠仁とメリアーナは顔を見合わせてアルベルト公を向く。

{それはギルドから城門にいた守衛兵に渡す依頼と同じような感じで良いのですか?}

{それでよい。報酬はそれなり出そう。荷馬車などの用意で追加でかかる分も上乗せした額を用意しよう}

{お待ちください。ユウジに聞いてみます}

メリアーナはこれまで聞いた事を悠仁に要約して伝えた。

これを聞いた悠仁は考える。

(もしかしたら自分の探し物の情報が得られるかもしれないし、いいかもしれないな)

「この話、お受けしますよ」

悠仁は決意したように頷いて答える。

{おお!ありがとう。願いを聞き入れてもらえて助かる。数日のうちにギルドを通して手配しておこう}

{ありがとうございます}

メリアーナが悠仁に代わり礼する。

{ところで先ほども話したが、他に仲間を連れていく事は出来るか?いなければ用意するが?}

メリアーナは隣にいる悠仁に尋ねる。

「うん。聞いてからになるけど心当たりはあるから用意は断っておいて」

「わかったわ」

{仲間はこちらで探してみます。もし厳しいと感じたら改めて伝えればよいでしょうか?}

{それで良い。もう一つ、その日を選んでアムネシカには強力な護衛をつけて別行動で行かせるつもりだ。これによって敵の目はアムネシカに向けられるだろう}

{えっ?それは大変危険ではないですか?}

{そうだ。これはアムネシカをそこに向かわせることにして交渉させる。よってお二人には自分の役目として宝珠がそこにあるかを確認出来れば良い}

{わかりました。やってみます}

{ユウジ、メリアーナ。感知役お願いするわ。ふふふっ腕が鳴るわ}

アムネシカが嬉しそうに悠仁とメリアーナを見つめた。

この後は四人で今後の予定を煮詰めていった。


アルベルト公とアムネシカをあとにした悠仁とメリアーナは鍛冶屋の方へ足を運んだ。

{おう!今日もよく来たな。今日は何の用だい?}

すっかり定着化してきている感のある鍛冶屋マスターの挨拶が目前に飛び込んでくる。

「今日は新しい武器をお願いしたいと思って……}

{ほう?}

「メリアーナ用にこの鞘着きの刀を打ってほしいのです」

「ワシにそのぶら下げられている物と同じ刀を打てというのか?}

「そうです」

そこへマスターが大笑いし始める。

{わはははは!この間初めて見せてもらった日からな、コッソリ打ってみたんだよ。上手くできているとは言えないが、下級の武器として使えるはずだ。ただ使いこなすのは難しいと思う。ちょっと振ってみるか?}

そう言ってマスターは悠仁に見よう真似で打った刀もどきを差しだした。

悠仁はこれを丁寧に受け取り、刀礼して鞘から刀身を抜き出す。

鐔は西洋風の物が付けられており刀身に刀紋は無く、刃線のようなものがやいばとして鋭利に削り出されていた。

これはおそらく、西洋剣のように鋳造で作られて形を整えられ、そこから削り出されてそれらしい形状になっている物だとわかる。身幅や厚みはやや広く、刀身はやや短めだ。恐らくは二尺くらいだろう。

刀身もこの三日間で仕上げられるはずも無く、粗削りして刃の部分が砥がれた程度の物だった。

「形状は刀っぽいですね。この三日間で作ったんですか!」

{おうよ。見よう真似だから満足はしてねぇけどさ。良い勉強になったよ。これで藁を斬ろうとしたらちょっと【しなる】な……}

「ちょっと振ってみて良いですか?」

{構わんよ。どうせなら藁束も斬ってみてくれ}

悠仁は簡素ではあるものの、型や素振りをいくつかやってみた。

確かに、ねじれが生じてしまう。この刀自体の刃筋が通っていないのだろう。

ただ真っ直ぐに降っただけでも刀身がきしむようにねじれる。

{わかるか?}

「わかります。これバランスが全然ですね」

自分の刀に持ち替えて振ってみた。

するとブレは無く真っ直ぐに振り抜ける。

{こりゃ音が違うな。良ければもう少しその刀を見せて欲しい。失敗したその刀は無料で差し上げてもいい}

どうやらマスター自身の趣味で打ってみただけの刀だ。納得していないらしく、また作るつもりのようだ。

悠仁はマスターが作った刀もどきで藁束を斬ってみた。

(ザンッ)


{おおぅ。やはり違うねぇ。少々物が悪くても斬れる事は斬れるのか}

「気になる所は多いけど、練習用としては良いかもね」

{おおっ使ってくれるか!それなら数日後もっと良い物を打たせてくれ。代金はこちらの授業料と言う事でサービスしよう}

「いいんですか?」

{新しい武器が作れる喜びとこれからを考えると逆にお金を出したいくらいだ}

「ありがとうございます。それでは刀を打ちやすいように説明しますね。」

悠仁はマスターの目前で手入れ道具を出して目釘を抜いて柄を刀身、鐔など各部品と分ける。

「このようになっているのです」

{ふうむ……むむむ……}

マスターは一つ一つの部品をじっくりと観察し、木版にてメモを取る。

{なるほどこうなっていたのか。それにしても細かいな。これで次はもっとマシなものが打てるはずだ。そういえば刀紋はどうやってつけるんだ?}

「自分は鍛冶師ではないので詳しい事は知りませんが、簡素に説明すると硬い鋼と柔らかい鋼を組み合わせて出来た刀身を作り、硬い鋼で作った刃の側に一番最後に焼き入れとして泥灰のようなものを塗って一気に熱して最後に一瞬で冷却させる。そうすることで模様がつくと聞いていますが、なにぶん聞いただけの話で正確な話は申し上げられません」

{そんな高度な事をしていたのか。確かに複雑な鉄の組み合わせが見られると思っていたが……その失敗作はただの鋳造だからすぐに曲がるかもしれん。まだまだやらねばいけない事は多いが、鍛冶修行として打ってみるか}

大変機嫌を良くしたマスターは思い出したように悠仁が預けていた引き車から完成した品々を持って来た。

改修されたクロスボウに、手裏剣、そして頼んでいた槍だった。こっちの槍の先はお願いした十文字の形状になっていた。洒落た形状ではないが、刀と同じ程度の薄めにお願いしており、そこから刃をつける形で鋭利にしてもらっている。

この十文字槍の柄部分だが、穂先、そして柄を半分と三分割でき、棒の部分は指定した通り120センチほどにしていた。これで杖が二本用意されたことになる。同時に、背負って持ち歩けるよう、専用袋もつけてもらった。棒は非常に硬い物を用意してもらい、その接続部分は金属で加工されていた。

{この柄となる木の入手がすごく大変なんだ。どこで入手されたかは知らんが、鉄より硬い木だと言われている。加工するのに苦労したぞ。なんでも魔樹と言われる木の一つらしいがどうやら元の世界には存在しない木のようだ。とにかく硬くて信じられないほど軽い。通常の武器であれば斬れないはずだ}

これを聞いた悠仁は心躍る。

「本当か!」

早速手にして柄の木の部分をコンコンと叩いてみた。なるほど、鉄を叩いているかのような感触だった。それなのに木製の肌触り、重さであるのを感じられた。

そして穂先の硬度も申し分ない。薄くて折れてしまいそうに感じたが、曲げてみても手の力で曲げるのは困難なほどだった。

この十文字槍の試し斬りをすることになり、藁束を突き刺したり横刃で斬りつけてみる。

刀のように長い刀身があるわけではないので大きくスパッと斬れるわけではないが、触れた部分はざっくりと斬れていた。

「これなら運用出来るはずです。ありがとうございます」

他にも手裏剣やクロスボウを手に取って確かめておく。

「12金お支払いしますけどよろしかったですか?」

{いや、最初に決めた10金でいい。思ったより早く仕上がったし、良い勉強になった。その分だと思ってくれ}

これ以上粘るのは失礼になると思い、承知する事にした。

「わかりました。また何かあればお願いします」

{何か壊れたりしたらその時も修理しよう。メリアーナへのその刀もどきも良いのが仕上がった時は交換で頼む}

「それは失礼ですのでお支払いしますよ}

{なぁに、そこまで困ってはおりやせんよ。失敗作でお金は取れん}

「ですが……」

{納得いく作が出来たら違う材質で作ってみるからそちらの方で払ってくれ}

「わかりました」

メリアーナも失敗作であるこの刀もどきを練習用として扱う事になった。

何も練習せず持たせるのには不安を感じたので、この後はメリアーナへ刀の扱いを教える事にした。

「すみません。ここで練習する場所を借りたいのですが、よろしいでしょうか?」

{それは一向に構わんよ。他の客が来た時には移動をお願いするかもしれないが}

「それで良いです。お願いします」


鍛冶マスターロルグの気前の良さで練習する場所も用意してもらったので早速メリアーナへ刀の扱いを教えていく。

まず最初に刀礼。刀を扱う時の気持ちと考えを説明しながら始まりと終わりの時は礼するようにさせる。

食事する時の始まりと終わりに「いただきます、ごちそうさま」をするのと同じように……

次に時間が無いので体術的な事は後にして、納刀を教えていく。

これを知っている知らないだけでも全然違うものだ。

ゆっくり、力まずに視線は真っ直ぐに軸をずらさずに納刀できるようにする。

悠仁が採用しているのは流派で決めている横納刀だ。

これを右手を使って刀を右手から入れるのではなく、鞘を持つ左から体捌きを使って納刀するように心がけさせる。そうしないと鞘が納刀する度に刀の切っ先に削られたりしてしまい、透けて見えるほど薄くなったり割れてしまったりする事を防ぐ。

これが中々出来ず、度々右手から入れようとしているメリアーナを一部可動範囲抑えて左から入れさせるようにしてあげた。

「難しい~!!」

「そりゃー俺も出来るようになるまで結構時間かかったからねー」

「うう~でもなんで右手じゃダメなの~?」

「ほら!今みたいに右手掴まれたらどうするんだい?」

「あっ!そうか……!」

悠仁もメリアーナに右手を掴ませて納刀する。すると掴まれたままの状態で納刀、抜刀してそのままメリアーナを崩して刃を首筋に当てようと軽く持っていく。

「なるほど~こうなっちゃうんだ。掴んだ方はビックリしちゃうね!」

と八重歯を見せながら笑みを見せるメリアーナ。

「そうだな。あと、慣れるまでは絶対カッコつけて早く納刀しないようにしてね。カッコつけても良い事ないからね」

「うん!慣れるまではゆっくりだね!」

「そうしないと指が無くなっちゃうよ?」

「こわっ!気を付けるっっ」

これが刃引きしていない刀であれば指などを切らずに済むのだが、この世界でそういう類はあまり作られない。作るとしても木刀になる。

モノが本物だけに、慎重にならざるを得ない。

それから基本的な振りを教えていく。決して振りかぶらずに手の内が一直線にいくように柔軟に動かしていく。

「力は入れずに正しいフォームでただまっすぐに動かすんだ。肘が伸びたままにならないように手首は捻らないようにね。そうしないと必要な斬撃力が逃げてしまう」

ただ真っ直ぐの振り下ろしを何度もやらせる。

不慣れなメリアーナの腕が悲鳴を上げる。

「うっ……きつい」

「メリアーナ!今はまだ力使っちゃいけないよ。【刀の重さ】だけで斬るイメージなんだよ」

「どうしてだろうね。どうしても力を使っちゃう」

「仕方ないさ。世の中のほとんどの人は筋肉の力を使おうとしちゃうんだからね……それでも必要最低限の筋力は必要だけどね」

そうやってレクチャーしていきながら30分ほど真向を振らせた。

悠仁もメリアーナの正面で手本になるようにずっと自分の刀を振り続けていた。

最初はフラフラして危なげだったメリアーナの振りが少しずつ安定してきたのがわかった。

(次に袈裟斬りを教える事にしよう。)

「ちょっと休憩しよう。次は袈裟斬りを教えるけど、今日はこの2つと納刀。これをずっと続けるしかないね」

「うん!ユウジ先生!」

「先生は照れるからユウジでいいって!」

悠仁は柄でもない事を言われておどけるように訂正を求めた。

さて、袈裟斬り。これは刃筋が斜めにいくものであるが、決して斜めに斬ろうとしてはいけないのだ。

えっ?と思いの人は多いかと思うが、最初から斜めに斬っていこうとしたら刃筋が狂ってしまう。刃筋が斜めに行くためには、体はただ真向として真っすぐを斬るようにする。これがとても重要だ。

そこから体捌きによって真っ直ぐに向けられている刃筋が自然に斜めにいく。

頭では理解していても体が勝手に斜めに動き出す。これによって腰が回ってしまって刃筋が狂う。

腰を回さないようにただまっすぐに振り下ろす。

「まっすぐに!」

「まっすぐに」

これを復唱させながら袈裟を斬っていく。

そこからまた30分ほど続けられた。

……

この真剣な稽古の様子を鍛冶屋マスターが時々覗きに来ていた。

耳の聞こえない悠仁には気付けない事だが、メリアーナの刃音が良くなってきていたのだ。これを聞いたマスターは驚きの顔で固唾をのんで見つめている。


頃合いを見つけて稽古を終えようとしたには、悠仁とメリアーナはサラサラとした汗を流しながら楽しそうに振っていた。

「メリアーナ。よく頑張ったな」

「いいえ!本当に楽しいです!少しずつだけど良くなっていくのがわかります!」

これで剣士メリアーナの誕生かな?

まだ実戦では危ないけど何もしないよりはマシである。

焦らずじっくり振り続けていくしかない。

その頃には日が沈みかけてきたので「麦穂の豚足亭」に戻る事にした。



「麦穂の豚足亭」に戻ってみると、テーブル席にはクレハがおかみさんと話しながら座っていた。

「ただいま」

{ただいま}

悠仁とメリアーナの顔を確認出来たクレハとおかみさんも挨拶で返してきた。

{ユウジ。練習でクレハに勝ったんだってね?}

とおかみさんが悠仁を話で持ち上げようとする。

「あれはこっちに有利な条件だったからです。実戦では厳しいと思います」

これを聞いたクレハは笑いを抑えきれず「ぷっ」と吹き出した。

{言ってくれるじゃないか。確かに魔剣は使わなかったけど、あの技なかなかだったぞ。力も何もかも封じて来る技を受けたのは初めてだ。どういう原理だい?}

悠仁はクレハの近くの椅子に座って、向き合った。それから一例を実演する事にして、クレハに思い切り悠仁の両手を掴ませた。

これを周囲のおかみさんとメリアーナもじっと見つめている。

悠仁は当たり前のように左手を起こして右手をずらして刀を抜くようにして振り抜くように動かす。

それから手をただ真っ直ぐに肘は固定しないように上に上げて内側に畳んで左手を添えて真向をきるように全てを力を入れずに緩やかに行う。

これに対して力に対して無力にも何も出来ずにただ崩されるだけのクレハ。

「こんな感じです!」

{……ユウジは力を入れている感じでもなかったしな。どういう原理だろう?}

「それはクレハの力を利用しただけですよ」

{なんだと……?そうなのか。面白いな}

「うちの流派はこのようにして使う業を刀を用いて戦う術なのです」

{これまでそのような戦い方をする者はいなかったぞ。}

クレハはますます悠仁に対して興味をおぼえていく。

{悪い悪い。メリアーナがいるんだったな。ところでユウジ、メリアーナ}

{はいっ?}

一瞬呼ばれてハッとしたメリアーナが答えた。

{明日には何か一緒に依頼など出来ないか?}

{クレハさんっ!}

メリアーナは思い出したように続いてクレハに尋ねる。

{あのっ!今私たち、PTを募集していた所なんですけど、Bランクのクレハさんにお願いしても良いのかなって考えていたんです}

{ああ、それならギルド依頼自体の問題は無い。私はとにかく依頼は関係なく共に行動したいと考えているんだが?}

{クレハさんさえ大丈夫でしたらお願いしたいです!}

{それはこちらも望むところだ。ユウジの方はどうだろうか?}

「俺もクレハさんなら心強いと思います。是非お願いします」

{二人ともよろしくな}

今ここに仲間が一人追加されることになった。

紅双刃という二つ名で呼ばれている冒険者Bランクのクレハ。経験の浅い悠仁やメリアーナの大きな助けになるのは確実だろう。



悠仁は早速ではあるが、アルベルト公の件をクレハに伝えた。

{なに!?あのノヴァ家と関わりを持っているのか。さすがだな}

とクレハは嬉しそうに悠仁とクレハの顔を見た。

{と言う事は、あの城門通過できるのだな?あそこは私も顔は利く。依頼の内容を聞かせてくれないか?}

悠仁とメリアーナはクレハにアルベルト公の屋敷であった事、街道で駅馬車が襲われたことについて説明した。

それからは割り当てられた宿屋の部屋で持っていく備品などの情報交換などで話し合った。

望遠鏡、サバイバルナイフ、手回しランタンにライター、各常用薬の錠剤なども敷物を敷いた床上に並べられる。

{見た事も無い物ばかりだが、これらはいったい?}

クレハが興味を持ちつつも怪訝そうな表情で手に取りながら確かめていく。

この異世界に相応しくない品々が当たり前のようにごろごろと並んでいるのだ。

悠仁がライターを出して「カチッ」とスイッチを入れてやる。

すると、ロウソクにつけられたものと同じ大きさの小さい炎がポッと現れる。

{……これはどういう原理なのだ。このように小さい容器から出てくるのか?}

「この中にオイルが入っているんですよ。それを着火させただけです」

{なるほど}

クレハは次々と悠仁が持ってきている備品をチェックしながら質問したりしていた。

そこへクレハは背中に差していた二本のうちの一本の剣を引き抜いてみせる。

{……燃えさかりし紅蓮の炎よ輝け!魔力5を捧げる}

刀身に手のひらを近づけて発言していく。

すると、赤身の炎の魔剣が赤色から黄色、白色へと発光し、白くなったところから急に赤くなって剣の切っ先からこぶし大の炎がともされた。

キャンプファイヤーなどで使う松明、と言った方が早いかもしれない。

その大きさの炎がクレハの魔力を消耗して出てきたのだ。

(暑い!)

この地方は比較的温暖で毛布を掛けないで寝られるレベルだ。気温は24度くらいなのだろう。

理解した、という表情を悠仁とメリアーナから汲み取れたクレハは、切っ先に発火させた炎を一瞬で消しては鞘に納めた

「これが魔剣の一部の力なのかな?」

{そうだ。全力でいけば先ほどの比ではないぞ}

「すごいですっ!魔剣なんて初めて見ました!」

こうして三人の夜は更けていく。


朝になり、悠仁が目を覚ますと……

そこにはメリアーナの顔があった。

(あれ?いつも思うけどメリアーナは俺に何かして……る?)

「おはよーっ!」

「あ、おは・・よう」

「もーっ!また気の抜けたような返事してる!」

「ごめんごめん。おはよう!」

「うん!合格っ!」

悠仁は腑に落ちないのか、辺りを見回す。

「あれ?クレハさんは?」

「昨日は悠仁が最初に寝ちゃってたから二人で話して、それからは自室に戻って行ったんだよ」

「あっ、そうか。じゃ、今日も稽古に行かないとな」

「うんっ」

メリアーナは元気いっぱい笑顔を向けてガッツポーズした。


二人は顔を洗い、それからはいつもの壁前の所に向かう。

するとクレハが一人で稽古していた。

{ユウジ。昨日はゆっくり眠れたか?}

「お陰様で。」

今日からはこの場所でメリアーナも刀を用いての稽古をする事になる。

まずメリアーナの刃筋を立てる為に素振り。それからは自分自身を守れるようにと「請け流し」を教えていく。最低でもこれが出来ないと、敵の攻撃に対処できなくなるのだ。メリアーナは慣れないので木刀から始める事にした。

請け流しが上手く出来ないと、振り下ろしの途中でがら空きの胴を狙われてしまうのだ。

この日はひたすら請け流しを練習させた。

この稽古にはクレハも加わり、メリアーナにとっても違った剣筋を受ける良い勉強になった。

刀、そして杖も稽古していく。

異世界の朝は早い。日が昇り始める朝の五時半くらいには活動が始まるのだ。それから二時間くらいは稽古し、洗顔して宿に戻って食事を済ませる。

宿の方はおかみさんに任せておけば安心だ。これが他の宿であれば不安はあったかもしれないが、元冒険者のおかみさんの目が行き届いている「麦穂の豚足亭」に対して横暴を働こうという者はほとんどいない。

宿屋をあとにし、三人は冒険者ギルドに向かう事にした。

隣を壁で仕切られて他の冒険者が見えないよう割り当てられたカウンターにて、それぞれが対応をしている。

悠仁たち三人も受付を済ませて自分たちの番になり、カウンター前に立った。

{ユウジ様一行ですね。現在特別依頼が出ておりますので二階の別室までお願いします}

{わかりました}

メリアーナが返事する。

冒険者ギルドに加入して一週間経たないうちに二度も特別依頼が出されることは前例のない事であった。

そして今回はアルベルト公直々の依頼である為、聞き耳を立てられないよう、防音対策を施された別室での対応になる。

{では早速要件に入りますが、そちらの方は新PTメンバーという事で宜しいでしょうか?}

{そうなるな。出来ればこの三名でクランを立ち上げたいのだが}

{わかりました。その方も併せて手続きいたしましょう。まず最初にクランの説明からで宜しかったですか?}

{よろしく頼む。}

冒険者になりたてで把握できていない悠仁とメリアーナはただクレハと職員の話を聞いているだけだった。

どうやらClanクランと呼ばれる団体を立ち上げる事で様々なメリットがあるようだ。

クランとしての施設の提供、依頼の優先斡旋、その他あるようだが、維持費を毎月提出しなくてはいけない。まず立ち上げに10金かかるようだ。

これがネックで冒険者ランクの低いうちは立ち上げる事は非常に困難であった。維持費も毎月1金を支払わなくてはいけない。

まず、リーダーを決めて団体名も決める。それからはクラン口座の開設。拠点の斡旋もあるようだ。

そこで三人は話し合う。

リーダーは悠仁に決まり、団体名は「Silentサイレント」にした。

{リーダーはユウジ・モンマでお願いします}

{かしこまりました。それではあなた方のカードをお借りして良いでしょうか?}

{はい}

三名はギルドカードを提出した。すると、新たに団体名がカードの記事に追加されていたのだ。

{それでは次に特別依頼の説明に入ってもよろしいでしょうか?}

{お願いします}

{既にアルベルト公爵より話を伺っていると思いますが、再度説明させて頂きます。

まず、出発についてはクラン「Silentサイレント」様が出発できる状態になった日になります。これは敵に出発する日を悟られない為です。出発の知らせは当日、このギルドへお願いします。次に荷物の方ですが、いつでも持ち出せるように東門の道の駅の方で待機させています。この書状を見せれば御者もつけますので出発してください。

次に、港町ナトリの関所の通行手形とお届け先への入場許可証を発行しておきました。それぞれご確認ください}

職員は書状と証をそれぞれ並べる。

これだけでもたいそうな手続きが成されていたのかよくわかった。

悠仁はこの国の文字は何とか読めるようになってきていたので理解は出来た。

あとは、お届け先へこの感知する為のペンダントをしたまま入室して引き揚げる事だけだ。

{以上ですが、何か不明はありますか?}

「この依頼に危険性は無いのか?」

{少なくともノヴァ公の方にはあるでしょうね。その巻き添えを喰らう事も考えられますので、十分にご注意ください}

「わかった」

……

悠仁は考えた。

「今からでもいいか?」

メリアーナとクレハに向かって答えた。

「えっ?」

{……}

「何か問題あるのかな?」

{いや。むしろ早い方が良いだろう}

「ユウジ、いいんだよね?」

メリアーナの確認に対して悠仁は頷く。

{職員さん。今から港町に向かっても宜しいでしょうか?}

{かしこまりました。早速手配しておきますね。クラン「Silentサイレント」様、準備を済ませたら道の駅へ向かってください。依頼の成功を祈っています}

道の駅に着いた悠仁たちは駅のカウンターに入り、書状を見せて荷馬車を用意してもらった。

荷物は既に載せられていたが、御者から荷物についての大まかな説明を受ける。これら全てが届け先の物になっていたが、直接手渡しするようにお願いされた箱を教えて頂いた。

そして馬車に乗り込んで港町ナトリに向かうのだった。



何度か依頼で歩いてきた道を駅馬車で颯爽と駆け抜けていく。

座席は六名がゆうに座れる幅で、一方を悠仁。メリアーナとクレハが対面するように座る。この方が悠仁は顔を見やすくなるのだ。

ふと視線を窓外にやると、登った事のある小山の脇を走っていた。前回は木こりの山小屋へ荷物を届けに行った時は小山の手前で街道から外れて、けもの道を進んで行ったのだが……

針葉樹に広葉樹が濃淡の緑を見せる小山を南に行くとそこには山小屋へ通じる山道が見えたのだ。南側から回っていれば敵に遭遇しなかったかもしれない。行ってみてわかる例であった。ますます地図の重要性を認識していく。

先日購入した地図を広げて小山の山小屋とけもの道、南側の道を書き込んでいく。

暫く走り続けていると潮の匂いがしてきたので窓から顔を乗り出してみると海が見えていた。

「海だ!」

悠仁は元の世界でも暫く見ていなかった海を見て懐かしさをおぼえた。

{ユウジ。もうすぐで港町ナトリに着くぞ}

「ああ……」

悠仁は関所の事や潜入活動を思い、やや緊張した面持ちになっていた。

{緊張しているのか?}

クレハは悠仁を見つめてニヤリとほくそ笑んだ。

(確かに場馴れしていないな。ここはフォローが必要か?いや、じっくり観察させてもらうとするか)

クレハは悠仁とメリアーナを見比べながら思案する。

{クレハさんっ!このまま届け先まで行くんですよねっ?何か出来る事はありませんか?}

メリアーナが隣に座っているクレハに尋ねた。

{いや、いつも通りで良い。慣れない事をやろうとするとかえって怪しまれる事が多くなるぞ}

一息ついてクレハはメリアーナに答える。

熟練者であるクレハがいれば多少何とかなるだろう。心配しても何も始まらないので、自分の直感を信じる事にしたのだ。

{教えて頂いてありがとうございます!}

{まぁ、そこまで畏まらなくてもいいぞ。呼吸を少しでも整えておくといい}

クレハという熟練者を前に畏まっている部分が前面に出てしまっているメリアーナであった。対して悠仁の方はクレハに対してもいつも通りに過ごしているし、二人の会話がわからなかったのか、一人で思案にふけっているようだ。

そうこうしているうちに港町ナトリの門前に着いた。

門から街を囲む外壁はテノア街ほど高くはないが、何といっても真っ白い外壁がテノア街のものと違った雰囲気を見せている。恐らく石灰による漆喰が塗られているのだろう。

駅馬車の御者が守衛していた門番に書類を見せたところ、大した取り調べも無く通される事となった。

港町と言う事もあり色んな人が流れて来るので、テノアの街より警護が緩い印象を受けた。

それでもきっちりと通行税は徴収されるが……

通行税は乗車費用の中に含まれており、御者が証明を見せるだけで良かったのだ。

港町に入ると、周囲を囲んでいた外壁と同じく白い壁主体の建造物が並んでいる。元の世界の沖縄やヨーロッパの地中海の白い土壁のようなものだろう。白いコントラストが映えて町全体が明るい雰囲気を醸し出している。門をくぐった先には、曲がりくねった大通りを中心に多くの市場と店がひきしめ合って繁栄している様子だった。駅馬車の中からなので大まかにしか売られている物を把握出来ていなかったが、テノアの街と比べると海鮮の食べ物、海の特産物の扱いが多い印象だった。

「後で街の中を歩いて魚でも食べてみたいな」

悠仁が元の世界での食べ物を想う。ホームシックにでもかかってしまったかもしれないな。

「魚が食べたいの~?ユウジ?」

「ああ。前に住んでいた所では魚料理が多かったからね」

「終わったら私も食べたいな~」

{魚料理か。私も久しぶり食べたいぞ。良い店知っているから後で紹介しよう}

これから大事な依頼だという時に魚料理の話で盛り上がっていくらか緊張がほぐれていくのを感じた。

この火を通すのが当たり前の世界で刺身も食べられるだろうか?終わったら奮発して普段食べられないものを食べておくのも悪い話ではないだろう。

皆を乗せている駅馬車は大通りを抜けて海沿いの通りを駆け抜けていく。海の方を見ると大小さまざまな船が並んでいる。その港の海に面した左側にに高さ20メートルはありそうな高台があり、その上にどこか貴族の物とおぼしき立派な屋敷が見える。

{あのお屋敷が今回のお届け先になります}

御者が皆に教えてくれた。

屋敷の門前に来ると町の門番より厳しいチェックが入って緊張したが、冒険者ギルドが発行した運搬人である証明を見せて通される事となった。

{くれぐれもお館様に粗相のないように。面会の順番を取り次いでもらうよう手配しますので、それまで客室でお待ちください。なお、荷物は大きなものは倉庫前へ。お館様に渡す物はそのまま部屋にお持ちください}

{わかりました}

指定された通り、大きな荷物は案内された倉庫前で荷卸ししておいた。指定された場所に置かれたものはそのままその場にいた倉庫番によって運搬されていく。

悠仁やメリアーナは手荷物を取って、導かれるままに客間に案内された。

客室はベッドは無かったが、客を待機させてもてなすには十分な広さと格調があり、無下に扱われていない事だけは理解できた。

{何かお困りの際にはこちらのベルを鳴らしてください。時間になりましたらお呼びしますのでこちらでおくつろぎ下さい。お茶菓子をお出しする事はできませんが、どうぞごゆるりとなさって下さい}

{ありがとう}

執事は一礼して退室した。

執事が退室したのを見計らって、悠仁は切り出す。

「これから小用と称して屋敷を回っても良いかな?」

「大丈夫なの?」

{小用であれば執事に案内してもらう方が自然だろう}

クレハは悠仁の考えを察したように部屋の入り口付近にあったベルを鳴らした。

ドアが開かれ、先ほどとは別の執事が入って来た。

{何か御用でしょうか?}

{こちらのユウジが小用を足したいそうで、案内してもらえないだろうか?}

{かしこまりました。こちらに付いて来て下さい}

{わかった。あと彼は耳が聞こえなくてな、お話は出来ないと思うが案内よろしく頼む}

一瞬執事が戸惑った顔をしたが、いつもの冷静な表情に戻った。

{出来ればあと一人同行をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?}

{私が行こう}

クレハが前に出る。

執事を先頭に、クレハと悠仁が並んで歩く。

この世界でのトイレに案内された所で、まず悠仁が入っていって用を足す。

それから戻ってきた時、手を洗う所が用意されてなかったのを見て、悠仁は口を開く。

「すみません。手を洗いたいのですが?」

悠仁は会話に馴染んだとは言えないクレハとのやり取りはメリアーナがいないと厳しい。

悠仁はジェスチャーで手をごしごしとこすり始めて洗うそぶりを見せる。

{ああ、手を洗いたいのか。手を洗う所へ行きたいそうだ。それと私も小用なので行ってくる}

{かしこまりました。水の入った桶をお持ちします}

そう言って執事は用意をしに行ってきた。

(この機会に!)

悠仁は執事が立ち去った方向とは反対方向にまだ通っていない通路を早歩きで進んで行く。

暫くすると、ネックレスの宝石部分が淡く光り始めて反応を見せ始めた。

エメラルドグリーンの宝石がくすみだして濁ったような赤に変色していく。

この近くにアルベルト公より依頼された「宝珠」があるのは間違いない。

悠仁は無理せず客室に戻ろうとした。

すると、後方から人が来て悠仁の肩をぐいッと掴んで引いてきた。

悠仁は何食わぬ顔で振り向く。

すると、抜剣した守衛兵とおぼしき者が二名こちらを睨み付けながら何かを口走っている。

悠仁からしたら魚が口をパクパクさせているようにしか見えない。

何を言っているのかわからない。ただ何かを怒っている、注意しようとしているというのは雰囲気でわかる。でも、耳に入ってこないものはどうしようもないものだ。

悠仁は手のひらを広げて肩をすくめて見せる。

「何言っているのかわかりません」

……

……

全く話が通じ無いようだ。

こちらの言っている事も伝わっていない。

今にも斬りつけてきそうな表情だ。

悠仁は抜刀せず、身振りでなだめようとする。

そこへ先ほどの執事が水の入った桶を携えて、待たせていたクレハを連れてやってきた。

{お待ちください。彼は耳が聞こえないそうです。}

{な……なに?そうか……ここへは何用で?}

{小用を済ませたので手を洗いに来たそうですよ}

「チッ」と舌打ちした守衛兵はぶつぶつ文句言いながら剣を鞘に納める。

{くれぐれもこの宝物室前でうろつかないで頂きたい}

{これは失礼を。部屋の事は何も存じません故……}

クレハが悠仁に代わり謝罪する。

ハッとした守衛兵はすぐ口を閉じて黙る。

{あ、いや今話したことは忘れてくれ。何でもないんだ。それでは早めに客間に戻るように}

守衛兵は後ろめたさを抱えながら早足でその場を立ち去って行った。

(あの守衛兵。ここで口を滑らせるとはな。よしひと芝居始めてみようか)

クレハは失言した守衛兵を見送ってこの後の行動を決めていく。

近くにいた悠仁は思い出したように執事が持っていた水の入った桶で手を洗う。

執事が話しかけるより先に悠仁が手に水を浸けたのだ。

{なっ……}

一瞬執事の顔が固まったが、このまま水の入った桶を悠仁に向けて伸ばし続けた。

悠仁は厚かましくも手を洗い終えて、ポケットから取り出した小さめのタオルで手を拭いていく。

悠仁は話がうまく伝わらないという状況を利用しているのだ。

これに合わせるように、クレハが執事に話しかける。

{手も洗えたようだし、このまま部屋まで戻ろう。シャンペンを部屋に用意出来ないだろうか?}

シャンペンを部屋に持ってこさせるよう、執事にお願いした。

{かしこまりました。ただちに用意いたします}

執事は廊下で一礼してシャンペンを取りに戻って行った。


執事が見えなくなったのを確認して悠仁はネックレスをクレハに見せる。

「ここにあるのは間違いない。これからどうしようか?」

{一度戻ろう}

ネックレスの宝石の色が間違いなく変化しているのを確認できたクレハは「戻ろう」と足を進ませる。

部屋に戻ると、既にシャンペンが三つのグラスに注がれた状態でテーブルの上に乗せられていた。

執事の方が部屋とシャンペンを保管している場所に近かったようだ。

「ユウジおかえり。執事さんが持ってきてくれたんだよ」

「ただいま。用を済ませてきたよ」

悠仁はメリアーナに向かって親指を立てて見せた。

メリアーナも笑顔で同じ仕草を悠仁に返す。

クレハは歩き出して窓から外を見つめ、辺りを確認してから窓を開けた。

何やら書かれた札のようなものを取り出して炎の魔剣で燃焼させていった。

お札のような紙がクレハの手のひらの上で燃え尽きて跡形も無く消滅する。

まるでマジックを見ているかのように跡形も無く消えたのだ。

{これはな、マジックアイテムなんだ。こうやって燃やす事で、対になる紙が向こうでも消えるようになっている。その持ち主は今頃気付いていることだろう}

「すごいな」

悠仁は異世界での魔法という不思議な現象をいくつか目の当たりにしてきた。

幸い、この悠仁は目の前で起きた超常現象を疑念を抱かずに「素直」に受け入れる事が出来るので悩まずに「ああ、そうなんだ」と済ませられる。元の世界での常識に囚われていては超常現象を前にして思考が追い付かなくなってしまうだろう。元の世界で魔法による超常現象を起こしてしまったら「どんなイリュージョンなんだ?タネは?」などという失礼なツッコミが殺到する事だろう……


クレハが燃やした物の対となる、もう一方の紙を所有していたのはアムネシカであった。

アムネシカは悠仁たちが乗って通って来た道を同じくして駅馬車で港町ナトリに向かっている途中であった。

{届け先で「宝珠」が見つかった知らせとして、対になる紙が燃えたわね……ユウジたちが上手くやったみたいね}

アムネシカは燃えても熱くないマジックアイテムが燃え尽きたのを確認して、目を閉じて瞑想する。

すると、ぽうっと体が冷気を伴う青白いエネルギー体を発した。

向かいに座っていたアムネシカの執事サヴィアが冷気にてられてぶるるっと体を震わせる。

{お嬢様。私寒ぅございます}

{サヴィアすまない。前回襲われた時は不意で気を失って反撃出来なかったからな。今回は痛い目見てもらうわ。}

アムネシカは静かな闘志を秘めつつ、瞑想を続けて魔力マナを精練させていく。

屋敷で戦闘になるかもしれない、と気持ちを引き締めたアムネシカを乗せた駅馬車が屋敷の敷地内に入ろうとした……

















こんにちは、雪燕です。

寒い季節が非常に苦手でして、多少体調を崩したりしながらも続きを期待される方々の事を思い出しては、合い間を見つけては本章を執筆しておりました。

予告した通りバレンタインデーの日に間に合わせてお届けする事が出来ました。

悠仁とメリアーナのペアからクレハが新たに加わり、新たにクラン「Silentサイレント」を立ち上げました。

サイレントという名称ですが、元を言えば実存する団体名からとっています。聴覚に障害のある方々が自分たちのアイデンティティーを主張出来る場として、サーフィンなどの各種スポーツから、絵画、写真などの文化など活躍されています。本作品との繋がりはありませんが、悠仁と実存するサイレント団体共に応援していきたいものです。

次章では魔法を使った戦闘が見られる事でしょう。

お届けは3月になるかもしれませんが、是非ともお楽しみください。


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