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■ 第六章 ■  「双紅刃」

「おはよーっ!」

朝起きるたびに目の前に元気よく挨拶して来るメリアーナの顔があった。

メリアーナの顔を見るとなんだか安心する。元の世界から不意に飛ばされてやってきたこの異世界で生きて行けるかわからなかった、その不安を払拭する笑顔がそこにあった。

「大丈夫だ」

メリアーナを前にして最初にこの言葉が出てきた。メリアーナにはとても助けられている。不安を感じさせない心強いパートナーだ。俺にはメリアーナにもっと側にいてほしい。

「こらっ!ユウジ!ここは お・は・よ・う! でしょ!」

「ごめんごめん。おはよう」


それから宿屋の一階で美味しい朝食を済ませ、刀と杖を持参して北にある壁沿いの空き地にやってきた。

まず最初に物騒な方の刀の稽古から済ませようか。

まず太陽のある方向に向かって静かに目を閉じて刀礼。

刀礼とは、刀を打ち、鍛え、様々な業を伝えてきたこれまでの先人たちに感謝し、これからも武運悠久をと祈願し、技量向上を願う為の礼である。

悠仁にとって刀は元の世界から持って来た自分を護るものであり、このような地に飛ばされても自分のポリシーは変えない。元の世界での師の教えを信じ、技量不足ではあるもののこれを生かせないとあっという間に死んでしまう。ここでは元の世界では無かった命のやりとりをしているのだ。望んで来たわけではない。

その為にはここでも元の世界でやってきた事を続けていくしかない。

道場での稽古を思い出すように抜付けから型を一通り抜いて、素振りを続ける。

次に杖を取り出して型を一通りこなす。これを可能な限りの毎日の日課にしよう。

メリアーナの方といえば、短剣ではあるものの、正式な剣術の稽古をしてきたわけではないが、悠仁の稽古と実戦を見ていくうちに必要性を感じ、悠仁と一緒に稽古するようになった。

共に冒険する立場として少しでも生存率を上げる事は重要だ。

たった一人で稽古するより、二人で稽古した方が相手の動きに対応する、駆け引きするなど見えてくる事は多い。打太刀と仕太刀。この二つの立場を交互に理解しながらこなしていく。こうしたメリアーナのやる気を悠仁はとても心強く感じた。口元が一瞬緩んだが、真剣稽古である。口元を引き締めて続けていく。


近くの井戸では水汲みにやってきた子供や婦人たちが何人かやってきていた。

メリアーナのように着飾って静かにしていれば、嫌でも多くの男性から声をかけられる容姿の女性がこうして木刀を振るい、汗を流している様子が女性たちには信じられない。

男の人の気を引くようにおめかししたり、家事に精を出して花嫁修行したりというのが一般的なこの世界の若い女性たち。冒険者として武器を手に取って戦う者は一握りしかいない。

メリアーナはまだ不慣れではあるが、これからもこの稽古を続けて行けばきっと良い線いくだろう。

何より弓を射るときの集中力がある。これはメリアーナ用に練習用の刀を打ってもらわないといけないな。

「ユウジ。どうしたの?他の女の人たちを見てたけど?」

「ああ。他の年頃の人ってああいう風に家事したりしているものなんだなぁって思ってさ」

「ふーん。私も家事とかした方がいいのかな?」

「いや、一緒に稽古に付き合ってもらえたら嬉しいな。家事は二人でやろう」

この言葉を聞いてメリアーナは感動した。

「ほんと!?じゃぁ私頑張っちゃうよ!」

悠仁は手のひらをメリアーナの方へ向けて伸ばした。

メリアーナもこれに応えるようにバチン!とハイタッチした。

その音による振動は耳からは少しも伝わらないが、腕から全身へと感触のある振動が伝わってきた。


朝の稽古を終え、次はテノア街の外の周辺で薬草を探す事にした。

昨日図書館で見たあの図鑑。薬草のページに描かれていたイラストと主な生息地の情報などを頼りに探し回った。どうやら直射日光がそれほど当たらない日陰の多い場所に生えているようだ。

ここでは森林の木陰のあたりを探したらいいのかもしれない。

テノア街から東へ30分ほど歩かないと森林に行けないが、メリアーナが良く通っていた箇所なので道案内をお願いして進むことにした。すると、数百メートル向こうで物影が見えた。

「鹿だ!」(依頼で鹿の狩猟があったのを思い出したのでこの機会にやってしまおう)

悠仁とメリアーナと鹿の三つが一直線にならないように別方向からゆっくりと追い詰めていく。

メリアーナが弓で悠仁が手裏剣だ。クロスボウがあればもう少し楽になっていたかもしれない。

悠仁は前回と同じく、手裏剣の先を痺れ薬の壺に擦り浸けた。

より射程距離に近付けた方から撃つ事にしていた。ここでもメリアーナの方が遠距離を生かしてヒットさせていく。放たれた矢は脚の方に刺さったようで、鹿の移動速度は低下していた。

これを逃さず二人は追い詰めていく、点々と滴り落ちる血が目印になるのでこれを追えば鹿は追い詰められる。

速度が急激に落ちた鹿に止めを刺す二人。その場で血抜きをし、肉が傷むのを極力遅らせる工夫をする。半日以上血抜きせず運搬してしまうと暖かい季節であれば割と早く痛み出してしまうものだ。冷蔵庫の存在しないこの世界の文明力であれば、鮮度を保つ努力はなお欠かせない物となる。肉を食べたいという者は多いので冒険者ギルドに依頼する人は多い。

休憩も兼ねて水場になりそうな所を探して歩いてみた時、図書館の図鑑で見つけたイラストに似た植物を見つけた。なるほど、コケの生える日陰になっている所に生えていた。

ワラビやシダ類なのかもしれないな、と思いつつ根っこの方から採ってみた。もしかしたら根っこの方が薬草になるかもしれないし、この植物の「どの部分」に薬効があるのかという事を知らないわけだから根ごと持って行ってみよう。

一時間ほど採集し続けた時は籠いっぱいになっていたので引き上げ時だろう。

すると、イノシシのような動物を発見した。悠仁は鋼線で作った「簡易槍の穂先」の存在を思い出したのでこれを手頃な棒に縛り付け、痺れ役の入った壺に穂先を擦り付けた。

悠仁はこれを投擲の構えを取り、メリアーナには横からの応射を指示した。ゆっくり前進するとイノシシが何かとち狂ったように突進してきたので、ジャンプしてかわす事を考慮に入れて地形を把握し、射程距離に入ったイノシシに槍を投げつける。そのタイミングに合わせたように横からメリアーナがイノシシを射抜く。それでも突進の止まらないイノシシをジャンプしてかわして手裏剣を投げつける。

矢と槍に手裏剣が刺さったままなおも走り続けるイノシシの執念。

(早く毒回ってくれ)

毒が回らないのは恐ろしい物だな、と思い知らされた。刀をむやみに振って折りたくなかったのでなたを取り出して叩きつけた。移動速度が鈍ったのを確認してイノシシの手足を狙って打ちつける。

最後に止めを刺してこれも血抜きをする。

悠仁はイノシシと鹿を担いで持って帰る事にした。結構重い。

遠出用のバッグを背負っていなかったのが幸いしたが、それでも結構な重量だ。イノシシと鹿の足を縛り、これらを体にくくりつけるようにして運んでいる。メリアーナには一部の荷物と薬草の入った籠を持たせている。

時々休みながらも悠仁は街道にたどり着いたのでそこで一休みした。

「車を用意するべきだったな」

「でも昨日頼んだばかりなんだし、また次回だね。ユウジ頑張って!」

「そうだな。もう少しだ」

空元気ではあるものの、気力で何とかするしかなかった。

街の門に着いたときは衛兵たちに目を丸くされた。

{美味しそうな鹿とイノシシだな。よし。このまま通っていいぞ}

{アンタたち随分とウデがいいんだな}

食べ物の事となると随分と甘くなる衛兵たち。

稽古場所確保の件といい、この東門の衛兵たちの間で外見の特徴と名前が知れてきた悠仁たちであった。

冒険者ギルド依頼の「鹿の狩猟」ではあるが、肉解体屋に提出して来ればそれだけで達成できるようだ。イノシシと鹿の両方を引き取ってもらって1200ゴル入手した。

次に冒険者ギルドに足を運び、依頼を報告した。

現在達成済みの依頼は七件。あと三件でランクアップの手前に進めるのだ。

なかでも、薬草の採集は根ごと引き抜いていて新鮮だったので割と高めな報酬となった。通常20ゴルだが、30ゴルで買い取ってもらえるとの事なので32本だったので960ゴルで買い取ってもらう事にした。

{根ごと採集して来る人は久しぶりです。買い取り960ゴルと依頼報酬合わせて1160ゴルになります。達成依頼の報酬は現金で?それともインテリジェントカードに書き込みですか?}

「カードでお願いします」

かさばる硬貨という手荷物を増やしたくない悠仁は即答した。

続いて依頼を三個ほど追加して受けてみた。

冒険者ギルドからの紹介状の提出(配達)と、テノア街城壁の内側の井戸の調査、そしてまた薬草採集の追加であった。それから鹿の狩猟もあったのでなんとなく気分で受けておいた。

どうやら鹿と薬草採集はFランク冒険者の安定した依頼のようだ。

昼過ぎであるものの、日は高い位置にあるのでさくっと薬草の採集を済ませることにした。

朝行ってきた場所へ向かう形で少し遠回りしてみた。

薬草のイメージが頭に根付いた感があったので引き続き探し出して採集するのは難しい事ではなかった。

元の世界の日本であるのなら、「一年を通して採れるワラビ」をイメージすると良い。

すると、メリアーナが物音に気が付いたようで知らせてくれた。悠仁はすっかり採集モードで集中するあまり周囲に対する意識が低下していた。

「ごめん。助かるよ」と悠仁がメリアーナに片手を目前にかざして礼を言う。

「ユウジ!あっちの方!」

メリアーナが指差した先は……


間伐が行き渡っていない自然の森の中をコソコソと揺れ動く群れがあった。ポーチに入っていた望遠鏡を取り出して覗き込むと、犬のような二本足歩行生物がこちらの方へ歩いていた。

幸いこちらには気付いていない様子だった。しかし六体いるようだ。

「犬人間?」と怪訝そうに尋ねた悠仁。

「んー……あれは人間と言うよりも生物?言語を理解しないようだし」

この世界にはまだ見ていないが、人間以外の種族も存在するらしい。もっとも見ていないので現実味がないだけの話だが。ただ数が多いのが気になった。

メリアーナを障害物はあるものの射線が開けている斜め後方に下げて、悠仁は「ランヤード」と呼ばれる細くて丈夫なロープを取り出して木と木に繰りつけていく。

例の如く手裏剣を数本痺れ毒の入った壺に擦り付けるのを忘れない。

悠仁はランヤードを縛り付けた場所を前面に手裏剣を手にして投擲態勢に入る。


まだ距離もあり気付いていないようなので心眼を使ってみる。

[ステータス]

種族:コボルト レベル:3

武器:ショートソード

生命力:38 魔力:0


六体のどれもが同じようなステータス構成だった。

(これがコボルトか。そのままの想像で良かったな)

某ゲームでは最弱の類に入っているコボルトであった。だが刃物を持っているし、悠仁はコボルトとは初めての戦闘になる。六匹もいるので囲まれないように気をつけないといけない。一匹であっても油断はできないのはもちろんだが、初めてというのは怖いものだ。

手裏剣を構える悠仁に気付いたコボルトたちは一斉にこちらを見つめて、興奮したように向かってきた。

悠仁の顔には割と暖かい気候のせいもあるかもしれないが、冷や汗がたらりと流れる。

弓の有効射程に入ってきたコボルトを斜め後方にいるメリアーナが次々と射る。

これにもお構いなく突っ込んでくるコボルトたちが仕掛けておいたランヤードに足を引っかけて次々と転倒していく。これに対して悠仁は一体一体と手裏剣を放ち、何が起きているのかよく把握できていないコボルトたちに近付いて刀で次々と斬りたおしていく。

コボルト自体の動きはゴブリンより少々素早いものの、動きが雑だ。知能はゴブリンの方が高いだろう。

悠仁は冷静になってコボルトの手首や首など柔らかそうな部位を狙って背後を取られないように位置に気を付けながら圧倒していく。メリアーナもコボルトが悠仁に集まっている事をいいことに、悠仁から遠い敵を狙って射た。こうして難なく仕留められたが、実際対峙してみて気付いたが、中型犬をそのまま二本足で立たせて武器を持たせたような生き物であるのがわかった。それにしてはみすぼらしい恰好をしていた。

ボロ雑巾のように汚く千切れている布を体に巻き付け、武器をただ振り回す、突き刺す事しか出来ない生き物だという事がわかった。

各個止めを刺して持ち物を漁ってみたが、金目になりそうな物は持っていない様子だった。

それでも悠仁は溶かせそうな鉄は持ち帰る事にした。鍛冶屋マスターの所に持っていけば鉄の部品や鉄の鎧の一部くらいにはなるだろう。


パン代にもならないコボルトたちを片付け、薬草をもう少し根と一緒に引き抜いて集めてみた。

今度は朝より少なかったが、16本ほど集まったので戻る事にした。

それからすぐに出来そうな町の内壁の周辺にある井戸をチェックしていき、冒険者ギルドからの紹介状をテノアの城へと繋がる第二の城門前を守衛する衛兵の所へ持っていって提出した。

今回は身分の関係もあってこれ以上は通過出来ず、この衛兵に提出して依頼達成となる流れになったのだ。

守衛に提出物を渡して冒険者ギルドへ引き返そうした悠仁とメリアーナの背後から人物が馬に乗って登場してきた。前日お世話になったノヴァ家の当主アルベルトだった。

{おお!そこにいるのはメリアーナ殿と悠仁殿ではないか!}

この言葉に反応したメリアーナは振り向く。

{これはノヴァ家の当主アルベルト様。ご機嫌如何でしょうか?}

かしこまったメリアーナがひざまずいて一礼する。

この行動に反応した悠仁は頭を下げて礼する。

これを見た衛兵が駆けつけて来て悠仁を跪かせようと槍を悠仁の膝裏に当てようとした。

悠仁はこれを察知して距離を取る。

めよ!}

当主アルベルトの響くような声が衛兵に向けられた。

{ですが……!}

{この者たちは私のお抱えである。特に男の方は遠い地より来られた者だ。作法の違いは大目に見る事にする。}

{左様ですか。それでは位置に戻りますので失礼します}

二人の衛兵は当主アルベルトに深々と頭を下げて後退するようにして持ち場に戻って行った。

{メリアーナ殿、悠仁殿あれからどうかね?}

顔の表情が和らいだ当主アルベルトはメリアーナに尋ねた。

{先ほど衛兵に提出する依頼を達成しまして、冒険者ランクが一つ上がるところまで来ました}

{それはめでたい事だな。冒険者ギルドからの依頼が衛兵留め?ちと尋ねてみようか}

当主アルベルトは先ほどの衛兵に尋ねてみた。

すると宛先が当主アルベルトの物とわかり、衛兵はそそくさと献上した。

{ご苦労}

当主アルベルトは悠仁とメリアーナ、そして衛兵にねぎらいの言葉をかけて開封して目を通し始めた。

{……}


途端に当主アルベルトの眉間が険しくなり出す。

固唾をのんで見守るメリアーナと衛兵たち。

当主アルベルトは衛兵たちに悠仁とメリアーナの顔を覚えてもらうように伝え、関所をフリーパスで通れるようにインテリジェントカードに通行許可を書き込ませた。

{これで何かあった時はいつでも私を訪ねられるな。明日の日が高くなる少し前に私の屋敷を訪ねて来たまえ。詳細はそこで話そう}

{かしこまりました}

{ははっ!今後はこの二名通させて頂きます}

皆一斉に畏まっている様子を見て悠仁はよくわからずただ礼するだけだ。

メリアーナに余裕が無く、悠仁に伝えられないでいた。

もちろん後になって状況を説明されるのだが……

これで悠仁とメリアーナは当主アルベルトのお陰で通れるようになった訳だけど今後どうなるんだろう?

{私はこれから準備があるのでな、明日を楽しみにしておるぞ}

そう言い残して当主アルベルトは馬の踵を返して屋敷の方へ引き返していった。


明日当主アルベルトの元へ赴かないといけない理由が出来た。だが、屋敷までの道を知らない悠仁とメリアーナはどうしたものかと衛兵に尋ねてみた。

すると、駅馬車を手配するので心配しなくても良い返事だった。

悠仁とメリアーナは衛兵たちに一礼して街中央の方向に戻っていくのであった。

「お腹すいたね」

「緊張したのかい?」

「ユウジこそ緊張しないの?」

「状況がよくわからなかったし」

悠仁にとってはメリアーナから訳されないとどんな会話がなされているか知る由も無く、ただいつも通りの姿勢でいるだけだった。

もちろん悠仁が聞こえていたら間違いなく跪いていることだろう。

途中で美味しそうな芋の匂いがしてきたのでメリアーナがこれにつられてそこで足を止めた。

「この煮ジャガイモ食べたいな。半分っこでいいかな?」

「うん。いいよー」

この世界では「蒸す」という調理法が出回っておらず、水の入った鍋に突っ込んで煮るだけなのだ。

薄くて四角い木の皿の上に乗せられた煮じゃがを悠仁とメリアーナは半分個ずつにして食べた。

はふはつっ! 

塩をかけただけの味づけだったが、この世界での味づけに慣れてきたのか、贅沢は言えなくなっていた。

これを蒸してバターを乗せて「とろり」と溶けたところを食べたいものだな。

悠仁はこの世界にいても元の世界での食べ物の事を忘れていなかった。元の世界での食べ物が恋しくなってしまったのかもしれない。


半分っこずつの煮じゃがを食べ終えた二人はそのまま冒険者ギルドに立ち寄っていく。

受付に行って受けていた依頼を報告した。

{おめでとうございます!これでユウジ様、メリアーナ様は晴れてE級冒険者になりました!}

「ありがとう!」

{なお、次のDランクに上がるにはEランク依頼を50件こなさないとなれません。くれぐれも無理せずこなしていってください}

悠仁とメリアーナは冒険者カードを提出して書き換えてもらった。冒険者といっても、インテリジェントカードが母体であるのでそんなに変わらない。


悠仁はカードを眺めてみた。

[ステータス]

名前:ユウジ・モンマ 種族:ヒューマン 職業:戦士9サムライ13

冒険者ランクE


[ステータス]

名前:メリアーナ 種族:ヒューマン 職業:狩人5農民2

冒険者ランクE


所持金127300ゴル 


二人そろって冒険者Eランクとなっていた。これによってFランクでは出されていなかった討伐や偵察の依頼が請けられるようになった。同時に、Dランクに上がる為には最低基準として50件依頼達成させたのちに、課せられた中ボス的存在を倒してその証を持ち帰る事が条件となっている。

焦らなくてもいい。堅実に依頼をこなしていってランクを上げるのがいいだろう。

だが、このEランクから討伐の依頼が受けられるようになった分危険が伴うはずだ。そろそろPTメンバーを増やすべきだろうか?

この思考を読み取ったかのようにギルド員が口を開いた。

{このEランク依頼で命を失う者は少なくありません。予想外の数に押されてしまったという報告も聞いています。出来ればそちらの広間の方や、酒場にて冒険者仲間を募る方法もあります。じっくりと信用できる仲間を見つけられて共に戦う事を薦めます}

{ありがとう。考えておきます}

悠仁とメリアーナはギルド員に礼して冒険者ギルドの広間のテーブルのある長椅子の一角に腰を掛けた。

「ユウジ。さっき職員が言っていた通りなんだけど、新しい仲間探す?」

「そうだね。いつまでも二人だけで依頼をこなせるほど甘いものではないのはわかる」

「そうだよね!じゃ、どういう人を募集するのかな?」

「どうだろうね。俺にはまだピンと来なくて」

悠仁とメリアーナは今後の新メンバーについて話し合っていた。

「せめて悠仁と話が出来る人がいいよね」

「その方が助かるな。でもどうやって?」

そのタイミングを察知したかのように五名ほどの人たちがやってきた。

「お嬢さんたちPT探しているんだって?」

「ええ」

「じゃあ、お嬢さんが一人でこっちのPTに来なよ。へへへ」

嫌な笑いを含めた口調で五人組の一人が口にした。

「ではお断りさせて頂きます」

「つれないねぇ。PT探しで困っているんだろうがぁっ」

一人が声を荒げてメリアーナでなく、悠仁の方に突っかかってきた。

「ユウジに何するの!あなたたちのようなPTはお断りですっ!」

言われて感情が高ぶった五人組の一人は立ち上がった悠仁の右手を掴もうとした。

これに対して即座に右手の手刀で相手の掴もうとした手首を瞬時に上に乗せるようにして身体を捌く。

これによって相手の残っていた運動エネルギーのベクトルが下に向かい、相手は崩れるようにして座り込む。

そして悠仁は座り込んだ相手の顔に手のひらを近づけ、起き上がれないように威圧する。


{やめな!}

悠仁には聞こえないが、メリアーナやその他周囲にいた人々や五人組がその声で硬直する。

そこには眼光鋭い紅蓮の長い髪をした隻眼の女性が立っていた。

その背には二本の曲刀がどちらも右向きから抜けるように着けられ、全身も赤胴と黒茶を基調とした女性らしい上半身の鎧を纏っていた。下半身は女性用トーガの布で隠れているが、引き締まった肢体が見え隠れしていた。見るからに歴戦の女戦士のようだ。


[ステータス]双紅刃クレハ・カーマイン

種族:ヒューマン レベル:二刀流19 戦士32 体術17 

冒険者ランクB

武器:紅蓮刃(魔法剣) 鋼の湾曲刀 炎のタガー((魔法剣))

生命力:364 魔力:47


{私の名はクレハ・カーマイン。様子を見た所、一方的に突っかかっていった所を体術で収められたように見えたが何か言う事はあるか?}

{くっ!双紅刃ソウクレハという二つ名で知られるクレハ・カーマイン……俺は何も命までは取ろうとしなかったんだよ!」

{これはクレハ・カーマイン様。あっしはただこの新人ルーキーに礼儀を教えようとしただけなんでぇ}

{……}

クレハ・カーマインは答えない。

どうやら双紅刃クレハ・カーマインは冒険者仲間でも名前が知れている人物のようだ。

{双紅刃?}目を丸くしたメリアーナは尋ねた。

{あ、いや。この二つ名は周りが勝手に呼んでいる名前だ。気にしなくても良い}

{ええと、クレハ・カーマインさん。止めて頂いてありがとうございました!}

{そこの五人組。この二人に何か言う事あったんだろう?}

{いえ、特に無いです。あっしらは失礼しやす}

五人組は居場所をなくしたように後退して冒険者ギルドから出て行った。


{さて無事収まった事だし、ちょっと時間頂いて良いか?}

{え、ええ。大丈夫です}

{そこの男はどうだ?さっきから何も言わないが?}

{あのっ!クレハ・カーマインさん。ユウジは耳が聞こえないのでお話しするのが難しいんです}

{なに!そうなのか。これは失礼した。それより名前はクレハと呼び捨てで呼んでくれないか?}

{クレハさんですね}

{別にさん付けしなくてもいいぞ。そういえば名前は何だったかな?}

{わ、私はメリアーナです}

{緊張しなくてもいいぞ}

「ユウジです」

{ユウジにメリアーナか。よろしくな}

クレハは口元を緩めて二人に応えた。


{ちょっとこれから私の薦めの店で話をしたいが、一緒にどうか?}

「俺は構わないよ。」

メリアーナが訳した。

{メリアーナといったか。ユウジの話す言葉を理解出来ているのか?すごいな}

{いえいえっ。日々の積み重ねなんです}

{いいね。そういうのも悪くない}

冒険者ギルドを後にし、向かった先は悠仁とメリアーナがお世話になっていた「麦穂の豚足亭」であった。

{いらっしゃい!これはクレハ!よく来たね!}

{久しぶり帰ってきたついでだ。またお世話になる。この二人にも料理をよろしく}

出迎えてきた女将さんと悠仁、メリアーナが顔を合わせてきょとんとする。

その様子を見てクレハが口を開いた。

{なんだ女将。知り合いなのか?}

{この二人は泊まり始めて間もないけどお得意様だ。暫くこの地に留まって冒険をしている}

{なるほど知り合いか。なら話は早い。女将の信用できる人間という事で話をしたい}

妙な流れになったが、クレハと女将さんは旧知の仲だったようだ。もしかしたら共に冒険していたのかもしれない。

女将さんは三人を奥のテーブルに案内し、サービスでワインと前菜を用意してきた。

{改めて挨拶させてもらうが、私はここの女将と過去に共にPTを組んで冒険した仲だ。冒険者Bランクだ}

クレハはワインの入った木のジョッキを突き出した。

{私はこの街のはずれに住んでいた狩人の娘メリアーナ。冒険者Eランクです}

「俺は遠い地より来たユウジ・モンマだ。ユウジと呼んでいい。同じく冒険者Eランクになったところだ」

メリアーナと悠仁もワインの入った木のジョッキを突き出して乾杯する。

{それにしても二人とも冒険者Eランクとは思わなかったぞ。いつから冒険者になったんだ?}

{正確には、この街に来て四日目でEランクは先ほどなったばかりです}

{そうか!とくにユウジとやら。冒険者Eランクとは思えない体術だったぞ}

柔術ジュウジュツですね。単に刀を持った時と同じ動きをしただけです」

{それは興味深い。後ほど私と手合わせ願えないだろうか?他にもどういう武器をメインに使っているんだ?}

「刀です」

{刀?それは?}

クレハが不思議そうな顔で聞いてきた。

悠仁は静かに腰に差していた刀を鞘ごと引き抜いて簡易礼して両手で目前に掲げた。

目前に掲げられた湾曲した鞘に納められた剣のような武器を目の当たりにしてクレハは興奮を隠せずにいた。

「剣のような」と例えたのもクレハが実際刀を見た事は無いのでそう称しただけだった。

{これは!もしやバットウジュツと呼ばれるサムライの業を持つ戦士が遠い地にいると聞いていたが、これがそうなのか}

「同じかどうかは存じませんが、サムライの一部の業を修業しています」

{あのっ……クレハさん。ユウジと戦うのですか?}

{あ、いや。軽い手合わせ程度だ。そうか。彼はメリアーナの想い人なのだな}

クレハは口元をほころばせてメリアーナと悠仁に視線をやった。

{え……ええと……あのっ!そんな。私は……}

メリアーナはハッキリ答えられず顔を赤くしていた。

出された食物にいくらか手を付けたところで、クレハが口を開いた。

{ユウジはいつまでこの街にいるつもりなのだ?}

「俺は……」(この人の事を今信用していいのだろうか?刀の話はまだ早い気がするな)

{いや、答えられないのならそれでも良い。ただ二人の都合を聞いていただけだ}

「そうでしたか。俺は探し物があるのでそれを見つけるまでこの地を中心に旅をしているのです」

{なるほど探し物か。それは私と同じだな。私も探し物をする為に旅を続けている。そのうちの一つがこれだ}

クレハは背負っている二本の剣を引き抜いた。

{一つはこの街の鍛冶屋にお願いして作らせた物で、もう一つは私の故郷に伝わっていた魔法剣だ}

「魔法剣!?」

{魔法剣!?}

悠仁とメリアーナは揃ってクレハに復唱した。

{そうだ。自分の持つ魔力をいくらか捧げる事によって魔法を刃に纏い、発動させるものなのだ}

その赤い刀身の刃は熱を発していないものの、紅い光をぽうっと随時に放つのであった。その光の点滅を見ただけでもその刀は「生きている」と感じられたのだ。

{もしかしてその刃と対になる剣を探す為に旅していたのですか?}

{そうだ}

とクレハは即答する。

そしてもう一振りの剣は湾曲した身幅の広い曲刀であった。

身幅が結構ある。悠仁の刀の二倍はありそうだった。

{それにしても悠仁のは鞘に納まっているが、身幅が細そうだ。見せてもらえないだろうか?}

悠仁はクレハのお願いを承知して刀を鞘から引き抜いて掲げた。

{間違いない。これはサムライが主に使用する武器だ。しかも身幅も狭く、刃も薄い。しかし美しい}

「ありがとうございます」

チャンバラ殺陣や映画の影響で刃で刃を受けている場面をよく目にするが、極力刃で刃を受けてはいけない。

刀は相手の方から放たれた武器をそのまま受けるようには出来ていない。放たれるその前に機を制して威力を殺すのです。

それでも残る威力に対しては力と力がぶつからないように相手の力を働きかける方向にそのまま流してやる。それが請け流しという業の基本である。

また、鐔競り合いで力をかけあうのも当流派では存在しない。鐔競り合いになったら一瞬で相手を崩すのだ。そこには「力と力」のぶつかり合いは存在しない。

こうした業を数々生み出して駆使する戦士はクレハにとって未知の世界であった。悠仁もまだほんの一歩踏み入れた程度に過ぎず、精進し続けなければいけない。

その研ぎ澄まされた刀の刃を眺めたクレハは刀に興味をおぼえ始めた。

{ありがとう。大変良い業物を見せてもらった}

{あのっ}

横からメリアーナが挟んで口にする。

{それでも業物ではない、という話だったよね?ユウジ……}

「ああ。確かにこれは業物ではないな。俺はここへは失われた自分の業物の刀を探しにきている」

{なるほど。確かに私と似たような理由だ。改めてよろしくな。ユウジ}

「ああ、よろしくな。クレハ」

三人は弾んだ話を続けながら女将さんの作る美味しい食事を続けた。

クレハもこの「麦穂の豚足亭」に滞在する事でそれぞれで宿泊した。

手合わせについては明日の早朝に北の空き地で行うことになった。

部屋に戻ると装備の支度とチェックをし、明日の為の用意をした。



*******


ぼんやりと小さく輝く光のかたまりが見える。

水簾すいれん!?」

「……ええ」

「次は何をすれば?」

「滝の中で待っています」

「待ってくれ」

「……」

弱くなっていった声がかすれていき、前と同じく声の主は闇の彼方へと吸い込まれて行った……



やはりここで眼覚めてしまう。

瞼を開けるとメリアーナの顔があった。

「きょうもうなされていたね。大丈夫?」

「ああ……その代わり新しい事聞けたよ」


これからクレハと手合わせがあるので頭を切り替えて用意した。

手合わせする北の井戸付近に来てみると、そこには既に双剣を振るって稽古しているクレハの姿があった。

変幻自在。左右の色の違う剣をそれぞれ手足のように扱うその姿はまさに「双紅刃」の名に恥じない剣捌きであった。

(俺はこの人に勝てるの……か?)

悠仁はその剣捌きを見て自信を喪失した。元々あまり自信のある方ではないが……

{おはようございます}

と声をかけるメリアーナ。

「……」

悠仁は何も答えずクレハを見据えている。

{おはよう。ユウジにメリアーナよく来た。そんなに怖い顔をせずともこれは稽古だ。お手柔らに頼む}

「おはようございます。クレハ、よろしくお願いします」

{最初は木剣一本ずつでやろう}

クレハは木剣を一本手にし、悠仁は用意していた木刀を左手で帯刀しているように持った。

二人が空き地で対峙する。そこへ悠仁はまず刀礼する。

{それは何かの礼なのか?}

「故郷で古くから伝わる刀礼です」

{そうか。ではこちらもッ}

クレハは悠仁の丁寧な刀礼を見て感じる所があったのか、クレハなりに礼をした。あたりの空気が自然に静まり、二人の稽古が始まった。

悠仁はまず最初にやや下段に構えた。

(クレハの攻撃手段に癖がわからない以上は稽古通りにやってみるしかないな)

クレハも構えたかと思うと息をつかせる間もなく遠い間合いから瞬時に踏み出してきたのだ。

クレハが近づいてきた時、悠仁はややお辞儀するように前傾した。悠仁は「少々お辞儀」する事で相手の攻撃を頭に向けさせたのである。案の定、クレハはその隙が大きくなった頭への真向斬りを試みたのだ。誘った通りの軌道を描いたクレハの剣筋を悠仁は木刀の先で三角受けという業で受ける。クレハの剣筋が悠仁の顔正面から一ミリもずれないように木刀の中央より先で「止まった」のだ。そこから悠仁はクレハの振り降ろされた木剣の威力を残したまま右下に流して、クレハの右あごに入る剣筋を入れようとした。

{うっ!}

その無駄のない悠仁の三角受けからの請け流しで既に軸を奪われてしまい、体勢を崩して反撃を許されなかったクレハ。

(私の打ち下ろした真向斬りを悠仁の胴のあたりで止めてそのまま右へ切り抜くつもり……だったはず?)

体勢を崩して木剣を下に流されたのでその勢いのままクレハは転がるようにして悠仁の右後方へ回っていって距離を取った。

悠仁は請け流した姿勢から転がっていなければ剣をクレハの顔の前で止めるつもりでいたのだ。

{さすがだな。私が反撃できないとは。あの受け流しで何をした!?}

「……」

悠仁はとにかく必死だったので何も答えない。

{フフッいいだろう。私も本気を出させてもらう。}

クレハは興奮を押さえつつも笑みを隠せなかった。

続いて、クレハは木剣を体の後ろに隠すように構えたまま向かってきた。

悠仁はこれに対しても慌てず相手の剣に備えた。

(クレハが剣を背中に?刃筋を隠したな……)

仕切り直しからクレハが動き出す。悠仁から見て右上からの袈裟斬りをフェイントで寝かせて左横から打ち込んできた。クレハの左肩から出てきたかに見えた剣筋がいつの間にかクレハの右から水平に来ているのだ。

悠仁は慌てずただ一点のみを凝視している。

クレハから放たれる右の水平斬りを悠仁は木刀で受けようと反応した。

悠仁はクレハから放たれる木剣ではなく、右肩の方向へ木刀を立てて腕は動かさず腰はひねらず、体捌きで受ける。

すると、クレハが気付かずのうちに軸をずらされてこれに続く二太刀目を放てずに後退する。

{なんだとっ?}

クレハが驚愕して下がった。

(何とか上手く出来たぞ。次は……)

業に成功したが、悠仁は慢心せずに気持ちを引き締める。

クレハに向けられた木刀を瞬時に横納刀して鞘に納めて構えなおした。

悠仁は左手で鯉口を切り、右手は柄に軽く添えるだけにしていつでも抜ける状態にした。


周囲は動く物が何一つない静かな世界。悠仁にとってはすべてが無音の世界。

この世界で動く物があれば自然と反応する。悠仁はクレハの動きを掴もうと、意識を集中させた。

「…………」

「……」


悠仁に立て続けに軸をずらされて本調子を出せないクレハは剣を新たに構えなおして冷静になり、一歩下がった。

それから勇み足にならないように半歩ずつ踏み出していき、少しずつ距離を詰めるクレハ。

クレハは木剣を弧を描いて悠仁の右足を狙って払い切ろうとした。

クレハの伸びる剣筋に対する悠仁は左手と体捌きで鞘をまっすぐに抜き始めた。

抜刀した右手はただ右足の前方に刀を突き出すようにしてクレハの鋭い剣撃を防いだ悠仁。防ぐのと同時に悠仁は体を転身させて左手でクレハの手首を掴んで悠仁は右左の腕を一緒に「そのままの姿勢から刀を振るように」してクレハを転倒させようとした。

左手はクレハの手首を掴んでいるが、刀を握っていると思っていつも通り振るだけなのだ。

{くっ!}

クレハはこの投げを察知して流れに逆らわないように体を回転させて数メートル後退していく。

{この私がここまで追いつめられるとは。剣二本使っても良いか?}

赤銅色のクレハの髪がサラッと揺れて額からにじみ出た汗がキラキラしている。

「いいよ。」

悠仁はクレハの問いに「ふっ」と答えた。

正直、クレハの人間離れした体術によって逃げられている。本来ならあれはどれも相手に止めを刺せる物だ。紙一重の差といってもいい。悠仁はそれでもやるしかなかった。

{待たせたな。いくぞ。}

二本の木剣を構えたクレハは悠仁を見据えてふぅっと息を吐いた。

クレハの猛攻が始まった。先ほどより激しいクレハの攻撃が悠仁を襲う。

悠仁は軸をずらす暇も無く、木刀一本で自分自身の軸をずらさないように最小限の動きで受けるのが精いっぱいだった。

{ふむ。}

クレハは悠仁の防御が硬いのを知ると、戦法を変えてきた。

多少蹴りや回転もくわえて来るようになった。

有効な突破手口が見つからないまま、数分に渡る防戦が続いた。

{よし、少し休憩にしようか。}

「はい。」

悠仁はこの場を先生から稽古をつけてもらっている時のように感じていた。

(先生の太刀筋はもっと速く、無駄が無かった。先生の動きと比べると無駄な所があると感じてしまうのは先生のお陰だな)

悠仁はクレハを見つめる。

すると、横からメリアーナが水の入った水筒を持ってきてくれたので喉を潤した。

{ユウジ。この私が木剣一本で苦戦するのはさすがだぞ}

「いえいえ。双剣で来られた時の対処が出来なくて……」

{ユウジ。貴様は私の顔を傷つけないようにと手を抜いているな?}

クレハの隻眼が悠仁の目を見つめる。

「あれで手加減していたの?ユウジ……?」

メリアーナも心配そうに口にした。

「こちらでの加減の勝手がわからないんだ。」

{そうか。次は期待しているぞ。では始めよう}


井戸の側にいるメリアーナが見守る中、クレハと悠仁の二ラウンド目が始まった。

悠仁は先ほどと同じく、納刀状態で左手で鯉口を切って右手を添えていた。

悠仁はじりじりと半歩ずつ「すり足」で近付いて行った。同じようにクレハも距離を取りながら時には近づいている。

そこへクレハが一気に前進してきた瞬間、悠仁は左手で抜いて抜刀する。左右に持つ二振りの剣を悠仁目がけて振り始めたクレア。悠仁は木刀の切っ先をクレハの顔の前に抜き付けて停止させた。

{っつ!}

クレハは動けず、剣を動かせなかった。ここで無理に動いたら切っ先が顔をとらえるだけだ。

悠仁はクレハを捉えたままの切っ先を動かさず、抜刀状態で右肩を前にしている状態から転身させて左肩で構える形をとった。

木刀と悠仁の軸の位置は少しも変わらないが、悠仁の体の向きが変わったのだ。

ここで悠仁が軸をずらしてしまったりしたら直ちに反撃されるだろう。

悠仁は型にある通りにクレハの顔面を捉えて離さなかった切っ先を一瞬下げた。これを逃さない!とクレハは木剣を添え直して左から袈裟斬りしようとしてきた。悠仁はここで沈めた体を軸をずらさないように気を付けながらパッと起き上がり、クレハが振ってくるその右腕を狙って添え手で下から上にすくい上げた。

悠仁はこの時点でクレハの右腕を切っているのだ。だがこのまま終わる業ではない。

何千何百と繰り返した業。当たり前のように業の理合りあいを違える事無く下から横、そして斜めの下の方へと添え手を回転させてクレハの腕を下方に放った。

最後に木刀の切っ先をクレハの顔正面に突き立てた。

腕を仮ではあるが、切られた(とする)クレハはその位置に留まらずに後方へ飛んで逃げた。


{っつ!?この私が腕を斬られるとは……これが実戦だったら私の腕は無くなっている……な}

クレハが嬉しそうに斬られたであろう右腕を見つめて答えた。

クレハに「悔しい」という気持ちは無かった。この見た事も無い攻撃に追い詰められた自分を見て心躍る気持ちの方が勝ったのだ。強敵に出会えたという喜びをクレハは感じていた。


「……ふぅぅっ……」

悠仁は少々荒くなっていた呼吸を深呼吸で整えて口を開いた。

「クレハ。次は杖を使っても良いですか?」

クレハは杖と聞いて信じられない顔をしたが、興味を示した。

{いいだろう。どんどんやってみて欲しい}


悠仁は杖でもクレハを見据えて一礼した。

あたりの空間がしん……と静まっていく。

右手で杖の真ん中になる部分を握り、ゆらりとその先をクレハに向けた。

木刀の時と違って悠仁は半歩踏み出してからクレハへの狙いを定める。迷いが無くなったとき、悠仁は進み出して大きくクレハの一歩手前に杖を落とすように振る。

その悠仁の杖がまるで生きている生き物のようにうねりだして地面を蹴り、跳ね上がった杖先がクレハの顔面を襲う。

身体の一歩前に落とされた杖にどう反応していいかわからず、一瞬動きの止まったクレハはその背筋に冷たい物を感じて思い切りのけぞってかわした。

{は、速い!}

このままでは反撃出来なくなる!と感じて本能のままに木剣を全力で上方から振るうクレハ。

悠仁は放たれた木剣を転身してかわすと、杖の先端をクレハに向けて次の動きに移っていく。

反対側の杖先を「するり」とクレハの剣を持つ腕に絡ませて両手ごと固定。がっちりと腕を固定されて木剣を振れなくなったクレハはその隙間から逃げるように悠仁から遠い方向へ体を逃がしてやる。これは次の動きの為に悠仁が掛けた罠であった。罠であるのを知らずに外から木剣を悠仁に向けて横に振りかかる。

杖の先端をクレハの腹に当てたまま誘った通りに、横に振ってきた木剣に対して「怖がらず」腕を伸ばしてやる悠仁。

誘われるままに剣を振るったクレハは途中で杖に遮られてしまい、これ以上どんなに力を入れても振り抜けなくなってしまった。

この振れなくなったクレハに考える時間と反撃する機会を与えてはいけない。

悠仁は突き立てたままだった杖でクレハの腹を押しやって、追い打ちをかけるように悠仁はクレハの肩を狙って打ち据える。

「ドシッ」

耳の聞こえない悠仁の手から骨を叩く鈍い音が杖を通して伝わってきたのだ。

悠仁は打ち据えた杖の先端を持ち替えて自分の後方へ引いて次に備えて構えた。

杖とはいえ、打たれれば痛いものは痛い。その痛みを顔に表さずにクレハが動き出す。

悠仁は「ほんのわずか」であるが、お辞儀して攻撃を誘った。これによって狙いやすくなった頭を目がけて真向を切ってきたクレハ。ほんの僅かというのはなにもセンチ単位でいい。一、二ミリで良いのだ……出来ればそれを感じさせるだけでも良いんだ。そうすれば相手は釣られるようにそこを狙ってしまう。

悠仁は上から来る刃に当たらないよう、しゃがみこむようにして杖をクレハの膝へ当てて両腕の内側にするりと滑り込ませる。

この勢いを残したまま悠仁は杖を下からクレハの後方へ追いやるように大きく突き出していく。その力に逆らえないクレハは悠仁の動きに押されてバタバタと後退。

後方へ突き出された体勢から転身して前進しながらクレハは踏み込み、めいいっぱい身体を伸ばして鋭い突きを繰り出す。

悠仁はこの渾身の突きを当然のように刃の外側へ転身して杖で左から受け止める。その目前でエネルギーを失ったように静止した剣を持つ手首を回転させた杖でビシッと打つ。

「ビシッ‼」

クレハはこの痛みに耐えかねて手を離して木剣を落下させた。悠仁はここでは止めずに最後まで気を抜かずに続行させる。クレハの手首を打った杖を一瞬のうちに悠仁の後ろに引いて大きく振りかぶるより速く!速く!始発点から最短距離で振り抜くようにクレハの顔面から皮一枚の所で真っ直ぐに打ち据えて杖を止めた。


{……}

「……」

そして悠仁は気を抜かずにクレハの顔面を捉えたまま杖を納めて一礼した。

「……」

三人の誰もが言葉に詰まった。


{ユウジ。さすがだな。これで少なくとも冒険者Bランク以上の力を持つことはわかった}

「いいえ。自信はありません。それよりも手首や肩は大丈夫ですか?」

{この痛みを心配してくれるか?ありがとう。だが、楽しかったぞ。またここで稽古出来るか?}

「それはこちらこそよろしくお願いします」

ここにクレハという稽古相手が出来たのだ。

悠仁はこの世界での命のやり取りをとても怖いと感じている。目の前にいる実力者と言われるクレハに稽古で勝てたとしても、何が起きるかわからない街の外ではいきなり殺されてしまう事は多いはずだ。

天狗になるつもりは微塵も無かった。悠仁には師がいる。その師を前にしては手も足も出せない。それが慢心を抱かない理由にはなる。同時に自信も付くことは無かった。まだまだ自分の技量に納得出来ないのである。

一生をかけても習得できない技量であると思うが、それでも進むことをやめるわけにはいかなかった。

クレハにしたって、本気で命のやり取りをしたらこちらが負ける可能性が高いだろう。経験は絶対クレハの方が積んでいる。瞬殺できるはずだった業を初見でかわす事が出来た事だけでも褒めるべきかもしれない。いや、自分が甘いだけかもしれないが……


稽古を終えた二人は手を取り合って熱い握手を交わした。

悠仁の方から手を伸ばしたのだが、自然にクレハも応えたのだ。

悠仁とクレハ。この手合いの中でたくさんの会話をしてきたのだ。上手く話せない悠仁にとって刀や武器はコミュニケーションの一つなのかもしれない。

「ユウジ……羨ましい。妬いちゃうな!」

「えっ?メリアーナ?」

悠仁は慌ててメリアーナにどう声を掛けたらいいか返答に詰まった。

「ううん、さっきの手合い見ていたけどすっごい息が合っているように見えたんだよ。私もああいうの出来るのかな?」

「メリアーナも少しずつやろう!きっと出来るようになるよ!」

「うん!」


その後は三人で「麦穂の豚足亭」に戻り、部屋に戻った二人は沐浴してゆっくりと朝食を済ませた。

クレハはこの後用事があるらしいので出かける事になった。

悠仁やメリアーナは当主アルベルトと会う予定なっていたので準備をして向かう事にした。


こんにちは、雪燕です。

この作品を投稿し始めて一か月になりますが、皆様のお陰で六章に入りました!今回の六章では戦闘のシーンで大幅に修正加筆したりして大変苦労しました。苦労した分、最初に書いた時より見違えるほど読みやすくなってきたと思います。まだまだ至らない部分が多いので要勉強ですけど、応援して頂ける方々の指摘などで少しずつ成長しているんだなぁって感じているこの頃です。

この六章に登場し始めた新キャラクターと悠仁の戦い、如何だったでしょうか?いつもの剣や刀だけでなく、「杖道」の杖を使用した戦いを書いてみました。次章ではアムネシカを中心とした動きがみられるはずだと思いますので、乞う期待ください。


次章は二月のバレンタインデーの日を目標に頑張ります!

それでは変わりやすい季節の移り目ですのでどうぞお身体ご自愛ください。

<ファンレターや要望などお待ちしています!>


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