■ 第五章 ■ 「F級冒険者の日常」
ノヴァ家アムネシカの屋敷をあとにした悠仁たちは降りた街中央から銀行へ足を運ぶ。
必要以上のお金を持ち歩くという事はとても安心できるものじゃない。おまけに、治安は決して良い方と言えない異世界であり、スリに遭う危険性も高いのだ。
初めてこの街にやってきた時にも悠仁の刀を奪おうとする者がいた事を忘れてはいけない。
冒険してみて、引き車くらいは欲しいと考えるようになった。
欠点と言えば急な坂や沼地に砂地といった、馬車の通れない場所はとても引いて行けない。
少し遠くに行くのなら、馬を購入する手もある。馬の価格を調べておきたいと思った。
この街のどこかに「厩舎」もしくは「馬飼い」という施設があるに違いない。もしかしたら違う名前かもしれない。
馬や馬車以外にも移動手段があればいいのだが……
悠仁たちは最初に冒険者ギルドに向かった。
受付で依頼達成の報告をする。
{木こりへの配達の依頼達成してきました}
{お疲れ様です。依頼者より確認のお知らせが届き次第、カードに印が付きますのでその時は再度いらしてください}
{印・・・ですか?}
{はい。魔具の一種です。仕組みはわかりませんが、こちらがお知らせすれば印がつくようになっているのです}
{わかりました}
{では引き続き受注中の依頼達成をお待ちしております}
どうやら、依頼達成は様々な形での達成の仕方があるようだ。今回は依頼者がギルドに連絡すれば達成という扱いになる。これが仮に討伐モンスターだとしたら、証言や、部位剥ぎ取りなどによって証明するものが必要になる。手の届かない所に落下したり焼失したなど、剥ぎ取れなかったとしても倒された事は証明する物でわかるし、それが適わない場合は特別処置として物見の水晶によって確認される。
これによって確認できるのは一分程度であるが、討伐確認には十分な時間だろう。
冒険者ギルドから大通りを横断して、昨日武器防具の発注をお願いした鍛冶屋に足を運んだ。
{おう!よく来たな!頼まれたものはまだ出来ていないが。はっはっはっ!}
{お疲れ様です。今日は回収した武器防具を売ろうと思ったんです!}
{どれどれ。見せてみな}
通訳された悠仁は荷から売る物を取り出した。
これら出された武器防具を一つ一つ手に取って眺め、鑑定していった。
{3760ゴル(36銀60銅)になるが、どうだい?}
{はい。お願いしますっ!}
悠仁は快く快諾し、換算した代金を受け取った。
それからお願いしたい事があるのを思い出して声をかけた。
「いくつか拾った武器防具の改造と装備の追加をお願いしたいのです」
{ほぅ!どんな物だい?}
悠仁は背中部分に取り付けていたバックラー、そして暗殺者から回収したボウガンを取り出した。
バックラーについては、発注したブレストプレート付きの皮鎧の背中部分を重ねて覆う形でお願いした。そして小さめのバックラーを新たに購入し、メリアーナの背中、そして加工してボウガンのパーツとして取り付けをお願いしてみた。
ボウガンについては普通売っている物よりそこそこ良い素材で加工されていたので飛距離が伸びているはずだ、と伝えられた。
悠仁はボウガンにフックを付けて腰のベルトなどからぶら下げられるようにし、様々な注文をつけた。
その追加料金については完成した時で良いと言われたので商品を預けた。
仕上がっている装備品は無かったので気長に通い続ける事にしよう。
鍛冶屋をあとにし、銀行へ向かった。先ほど鍛冶屋で換金したお金と盗賊の持っていたギルドカードを受付に出した。
もちろん冒険者カードであるインテリジェントカードも渡している。これを渡さなければ何も出来ないのだ。
{4名の盗賊カード確認できました。金額をご確認ください}
[ステータス]
名前:門間悠仁 種族:ヒューマン レベル:戦士9侍12
冒険者ランクF
武器:無銘刀 サバイバルナイフ
生命力:179 魔力:0
力:44 敏捷:58 耐性:39 知力:53 精神:45 運:37
潜在スキル:流離人4心眼2
スキル:見切り4 身体捌き4 刀操法5 毒耐性2
所持金118700ゴル
前回18万ゴルあったのは懸賞金がかけられている人の分だっただろう。
比較してしまうと少なく感じるかもしれないが、一般のCランク収入としてはとても大きい金額だ。
悠仁たちはまだFランクではあるが、Cランク以上の金策をしているのである。
銀行での用事を済ませる。
あたりはすっかり薄暗くなってきたので悠仁は宿屋に戻ろうかと考えた。
タイミングを同じくしてメリアーナが呟く。
「ユウジ。この後は宿屋になるんだよね?」
「ああ。もう暗くなったことだし、宿屋に泊まろう」
「うん!」
二人の足取りは軽くなり「宿屋に帰れるんだ!」という安堵の気持ちが強かった。
暫く歩くと暗くなって来た周辺をぽうっと照らされている優しい明かりが見えた。
窓から漏れてくる暖かな明かり。きっとあの中は心も暖まるに違いない。
「ただいま!」とドアを開けるとおかみさんが笑顔で迎えに来てくれた。
{おかえり!今日は何か食べて行くかい?}
{今日はちょっと・・・}
メリアーナはおかみさんに大筋で説明した。
{なるほどねぇ。お屋敷の食事かい}
{ええ。でも今日はここに帰って来て食べるつもりだったんです!}
{食べられそうなら軽いのを用意しようか!}
{えーどうしようかな?}
「俺は少しでも食べておきたいな。ここのご飯美味しいし」
{まっ嬉しい事言うね!お任せで良いかい?}
「あまり重くなり過ぎなければ大丈夫です」
{あいよ。出来たら呼ぶから部屋で休んでおいで}
「お願いします!」
悠仁とメリアーナはロウソクで照らされている階段を上がり、自室に戻った。
{やっと部屋に戻ってこれたね!}
とメリアーナは荷物を置いてベッドの上でごろんと横になった。
悠仁はベッド前に来てメリアーナに手の届く位置に座り、メリアーナの方に視線を移した。
「zzz……」
昨日今日あれだけ動き回っちゃ疲れるもんな。メリアーナもよく頑張ったよ。ゆっくり休ませないとな。
悠仁は横になっているメリアーナに毛布をそっと掛けた。
そして悠仁はメモと筆記用具を取り出してやる事を考えながら書き込んでいった。
「やる事メモ」だ。これから何かをする時、考えをまとめる為に書き込んだりして目標をハッキリさせるのだ。
悠仁は山小屋から持ってきた手回しランタンの灯りをつけると、この世界での主な照明より遥かに明るいLEDの光が目に飛び込んできて眩しいほどだった。
明日を休息日にして情報を集めたいな。移動手段の確保と最初にヘルハウンドを倒した所に通じる山小屋の位置確認、それからこの街の中や外で稽古できる場所の確保と弓の練習かな。その為には、馬飼、道具屋か地図屋、もしくは図書館と詰所あたりに行ってみようか。
メモをつけていると、急にドアが開いた。
どうやらノックはされていたようだが、悠仁は耳が聞こえないのでノックの音に気付くはずもない。
急にドアが開くとビックリしてしまうが仕方のない事だろう。
そこにはおかみさんが立っていて何か話しかけてきた。
悠仁はおかみさんに向かって寝るポーズをとった。
{ごはんたべるかい?}
その言葉を理解出来た悠仁は頷いて返事する。「食べます!」
悠仁はメリアーナが起きないように静かにドアを閉めておかみさんと一緒に食堂に降りた。
そこにはキャベツのロール煮をメインとした少々の料理とワインが置かれていた。
「いただきます」
悠仁は静かにロールキャベツを食した。中の具はやはり腸の詰め物であったが、キャベツの甘味と塩の酸味が上手く絡み合い、肉汁もさっぱりしていて美味しくいただけた。
すると、テーブルの右席におかみさんが座ってきた。
{美味しいかい?}
「うん!美味しいです!」
{おかわりもあるからたくさん食べるんだよ}とおかみさんは笑いながら力こぶを出してきた。
{今日は私の言っている事がわかるみたいだね!}
「少しわからないところはあるけど、大丈夫みたいです」
{良かった!}とおかみさんは悠仁の肩をぽんぽんと叩いた。
{ユウジ君。メリアはどうだい?あの子の事しっかり守ってあげるんだよ}
「頑張ります!」
{ユウジ君も耳聞こえなくて大変だと思うけど、いつでも見守っているからね}
「ありがとうございます」
{なぁに。もっと肩の力抜いて!そこ眉間にしわ寄せない!}
悠仁は眉間を手で隠して笑った。
「癖なのかな。でも、油断出来なくて」
{しょうがないわねぇ。確かに聞こえないと怖いのかもね}
「もっと強くなりたいです!」
{いいんだよ。ここでは。ささ・・メリアちゃんと一緒に休んでおいで!}暖かな食事を終えた悠仁はおかみさんにせかされるようにして部屋に戻っていった。
部屋には「すーすー」と熟睡しているメリアーナがいた。
(俺も寝よう!)そして消灯した。
*******
「・・・!」
「ユウジ!」
(君は一体?お願いだ。名前教えて欲しいんだ!)
「我が名は水簾」
(水簾!?)
「ユウジのいる所からさらに南へ……」
(南のどこなんだ?)
弱くなっていった声がかすれていき、前と同じく声の主は闇の彼方へと吸い込まれて行った……
悠仁ははっとして目を覚ました。
そこには十センチと離れてないメリアーナの顔があった。(一体なにが?)
悠仁は目をぱちくりさせた。寝起きで何が起きているのかわからなかったのだ。
瞬く間にメリアーナがそっと口づけしてきた。
「ユウジ。おはよー!」
「ああ、おはよう」
「どうしたの?浮かない顔ね」
「またあの夢を見たんだ」
悠仁の少し呆けた顔を両手で添えてきて「ここは笑顔ねっ!」と屈託のない笑顔を見せるメリアーナ。
悠仁は体を起こして、近くのテーブルに置いていた水筒から水をコップに移して飲んだ。
「ふぅ……」
「もうっ!眉間にシワ寄せな~い!」
「うわっ!昨日のおかみさんと同じ事言われちゃったよー」
メリアーナに「めっ」されてしまった悠仁であった。
悠仁もこれには笑顔になるしかなかった。自然に口元がほころぶ。
笑顔はやはり大事だな。この平和な空間にいる時くらいは緊張感を緩めてやらないとな。
そのきっかけを与えてくれるメリアーナ。毎朝「おはよう」という挨拶から始まる一日。この「当たり前」がすごく大切なんだと気付かされる。
「俺一人だったら笑顔になれなかったし、気付けなかっただろうなぁ」
「うん!いつものユウジに戻った!よかった!」
「ありがとうね」
「お礼言うの私の方だよー。毛布かけてくれてありがとう」
いくらか落ち着いてきた悠仁とメリアーナは身だしなみを整え、食堂にやってきた。
{おはようー}
{おはよう!よく眠れたようだね}
{昨日の夜食べられなかったけど……}
{ちゃんと取っといてあるから出しとくよ}
{おかみさんありがとうー}
朝食を今日の予定を話し合いながら済ませてきた。最初に詰所に行こう、と言う事になった。単に詰所が宿屋から近かっただけの話である。
朝7時くらいだろうか。街の人たちはどこも準備や移動で忙しそうだった。
悠仁はマントを羽織って刀を隠した恰好をしている。この街に来てすぐに刀を狙われてしまったのが危機感を拭い去れずにいるのだ。
門前の「道の駅」を中心に人が賑わっている。もの売りの時間ではないので歩く人の流れが昼間とはかなり違っている。門近くに視線をやると支給された剣や槍を持ち、統一された鎧で包まれた衛兵たちが列になって移動している。大通りの脇の道路などでは野菜、パンの入った籠などを抱えて忙しそうに歩き回る少女や婦人たちが支度をしているように見える。「道の駅」近くの倉庫らしき建物からは酒樽や重そうな木の箱に麻の袋を担いだり抱えながら運搬する人たちなど、様々な人が早い流れで動き回っている。まるで、元の世界の「通勤ラッシュ」のようなせわしさだ。人口密度はぎゅうぎゅうとまではいかないが、とにかく人が多い。
ここ異世界の朝は早いのだ。何しろ「電灯や電気」といった元の世界でお世話になっている文明の利器が無い。夜は早く寝て、薄暗い夜明けから人々は活動を開始するのだ。
悠仁とメリアーナは門近くの詰所前に来た。
メリアーナがドアノブに手をかけて鳴らす。
{誰だ?}
{街外に住む狩人の娘メリアーナとユウジ・モンマです}
{これは昨日ノヴァ公と一緒にいた者だな。中に入りたまえ}
メリアーナと悠仁は緊張した顔持ちでドアを開けて中に入る。
中には、外で見かけた他の門番より貫禄ありそうな体格を持った壮年の男がぎろり!とこちらを睨みつけてきた。
{私はテノア街の東門の守衛を仰せられている兵士長ゴルッサだ。何か用かね?}
{あ・・あのっ!お聞きしたい事があるんです}
{なんだね?}
「この街で刀を振るって稽古できる場所が無いものかと思ったんです」
メリアーナが悠仁の言葉をそのまま詰所の兵士長に伝える。
{ふむ。稽古か。正式な兵でないのなら、東門から北伝いに歩いて行った所に空き地があるはずだからそこなら構わないぞ}
{そこは井戸が近くにあるところですよね?}
{そうだ。人に危害を加えぬよう場所を開けて稽古するように。そうだな。許可を出しておくとしよう}
「ありがとうございます!」
{インテリジェントカードは持っているか?}
悠仁とメリアーナは兵士長に渡した。そしてその場で処置してもらい、返してもらった。
カードの裏を見ると、裏面にテノアの街の徽章のマークが刻まれていた。
(この詰所お墨付きのマークがあればそれなりの身分の証明は出来る。また他に何かあるかね?}
「えと、弓やクロスボウといった武器の練習したいのですがそれはどちらで?」
{それならこの裏の弓兵訓練所で利用出来るよう話をつけておこう。特殊な武器も使うかね?}
「クロスボウは大丈夫でしょうか?」
{それなら問題は無い。貴殿の活躍を期待している。何かあればまた訪ねに来るとよい}
「ありがとうございます。それでは失礼します」
詰所から出て、証明と許可を頂いた悠仁とメリアーナはホッとしたように笑顔になった。
次は教えて頂いた弓兵訓練所を見学してみよう。
そこは藁を束ねた物の表の方に丸い木で印をつけられた的が街を囲む壁を背にして並べられていた。その的を狙って弓などで射るのである。
悠仁とメリアーナは兵士長から許可を頂いた旨を伝え、インテリジェントカードを見せる事で証明した。
{こちらの的をお使いください。なお、回収と射る時は周囲に気を付けてください}
{わかりました}
まずメリアーナが割り当てられた的に向かって石で仕切られたプレートに立ち、射る態勢に入る。
約25メートルだろうか、的が小さく見えて随分遠くに感じた。メリアーナは十発射てそのほとんどを的の中に集める。
「うわっ!上手いな!」
「えへへ~弓を握って十年くらいかな。動く得物と比べたらすごく簡単だよ~。」
「次は俺がやるけどクロスボウ初めてなんだよね。」
悠仁は自信無さげにクロスボウを弓訓練所から借りてきて、専用の矢をセットして構える。
大体このくらいの距離だったら一、二センチ上に傾けて撃ってみようか。悠仁はエアガンを撃つように片膝をついて脇を閉めて的を狙う。一息ついて息を止めてトリガーを引いた。
(バシンッ!)と弾かれるような感触が体に伝わってくる。音として鼓膜を通して伝わる事は無いが、体の触覚だけでなく体全体がその衝撃を感じ取るように伝わってきた。
矢は的の中央から少し下に刺さっていた。
「ユウジ!上手いわね!初めてなんだよね?」
「もちろんだよ。見よう真似でやってみただけだよ。次は真ん中狙ってみる」
続いて矢をセットして二、三センチくらいに上げて射てみる。すると次は真ん中に突き刺さった。この要領で残りの矢を射てみた。残り8本がほぼ中央に集まった。まさに蜂の巣だ。
クロスボウは経験の無い者でも引く力さえあれば、あとはちょっとしたコツで狙えるものである。
次は距離を伸ばしてみた。25メートルから40メートルになった。
この40メートルはクロスボウの狩猟時の有効射程だと言われている。クロスボウと矢の性能次第で飛距離が伸びたり威力が落ちたりするものではあるが……
先ほどより少し上に傾けて狙ってみた。
なるほど、25メートルで撃った時よりカーブを描いて飛んでいくのがわかる。
先ほどより真ん中に集めるのは難しくなっていたが、それでも有効射程である。大体の感じをつかめた悠仁は自分のクロスボウで撃ってみたくなった。鍛冶屋に頼んでいる所ではあるが・・・
「メリアーナ。これもう少し後ろから狙ってもいいのかな?」
「いいんじゃない?どこまで飛ぶかわからないんだし、確かめておくのもいい事だよね」
「そうだな」
「といってもここは60メートルくらいしか出来ないけど」
悠仁は60メートルの位置で構えてみた。「遠いな……」どこまで上に傾けたらいいんだろう。全く予想できなかった。矢を放ってみた。すると、軌道が大きくぶれて的から外れた。
(これは空気抵抗の影響で軌道がおかしくなっている?)
どうやら60メートルを有効射程にするには足りない物が多いようだ。これでは狙って撃てない。
それでも狙って撃って的に刺さったのは半分ほどだ。しかも、刺さり具合が40メートルの時より浅い。
(これでは致命傷を与えるのは難しいな)
悠仁は40メートルの距離感を覚える事にして練習を続けた。
同じくメリアーナも隣の的で練習を続けていたが、60メートルでもしっかりと的に当てている。
これは熟練の差なのだろうか・・?十年の腕前は流石であった。
満足いく練習も出来た事だし、そろそろ次の目的地に行こう。
気になっていた馬の厩舎が離れた所にあるのが見えた。そこで尋ねてみよう。
厩舎にやってくると30頭ほどの馬がいて、世話人たちが馬の手入れから水や餌の運搬などをしていた。
もちろん厩舎はここだけではない。
メリアーナはとりあえず話が出来そうな人を探し、声をかけてみた。
{メリアーナです。お話をしたいですけどここの責任者はどちらにいらっしゃいますか?}
{それならそこの離れの小屋にいると思うよ}
指差された先は事務所のような所だった。入口の脇にある綱木に馬が二頭繋がれていた。繋がれていた馬は水を飲んだりしていた。
小屋に入ると、そこにはでっぷりしたおじさんが椅子に座って机に乗せられている書類の整理をしているようだった。
{お邪魔します。メリアーナとユウジ・モンマです。質問があって来ました}
{そこに座ってください}
悠仁とメリアーナは腰を掛けた。
{馬を借りる時と購入する時両方の価格と、その他馬についての話を聞きたいんです}
{では、お答えしましょう}
まず、馬を購入するとしたら個体によるが120000ゴル(12金)前後。これに加えて自分で飼育するならそれで良いが、預ける形で管理して頂くのなら毎月10000ゴル(1金)ほどかかるようだ。購入して預けるにしても結構な料金がかかるのがわかった。ようは場所代に餌代と飼育代だ。現在の状況で馬を買うのは難しいと考えた。一方、レンタルの方は1日で1000ゴル(10銀)だった。
こちらなら、世話と手入れは時々水と餌をあげるくらいで大丈夫そうだ。馬が死んでしまったり逃げてしまったりしたらそれはその時であるが・・・馬は大事にしましょう!(ここ大事!)
三日借りたとして30銀。これは冒険者Cランクの報酬くらいだ。今受けているFランクになるともっと低くなるだろう。少なくとも、襲撃の可能性のある依頼には乗って行けないな。
これが指定された道の駅までのレンタルになると、300ゴル(3銀)くらいになる。自由に馬を使うスタイルより、指定された所へ乗っていく形だと随分安い。これなら乗っていけそうだ。今度は駅から駅という形で借りてみようか。
次は兵士長に勧められた北沿いの空き地に行ってみた。
街の城壁と建物を離してスペースを取られている。壁から建物まで約40メートル開いていた。有事の際にはここに兵が集まったり、臨時のテントなど色んな施設が作られたりする。
現在は有事ではないようで、広場と言ってもいいほどの空き地になっていた。早い時間ならここで稽古出来そうだ。その近くには井戸を中心とした洗い場などがあった。多くの女性たちが早朝から洗濯を済ませている。ここは自動洗濯機の無い世界。手洗いは改めて大変だと感じた。
この地方は比較的暖かく、雪はめったに降らない。メリアーナから話を聞く限りでは元の世界の地中海性気候に近い印象だ。これが寒さの厳しい厳寒地になると手洗いで洗濯したくないな。
悠仁は杖を取り出して稽古を始めた。すると、メリアーナが止めてきた。
「うん?どうしたんだ?」
「今ね、カードの方に連絡入ったよ。ほら!冒険依頼達成の知らせが届いている~」
悠仁もカードを取り出して確認した。メリアーナと同じように依頼主からの確認が取れたという知らせが届いている。
「こんな感じなんだねーメリアーナ。もう少ししたら行こうか?」
「うん!楽しみだね!」
「うん。楽しみだな」
悠仁は型をいくつか稽古する程度に留めて、冒険者ギルドに向かうのだった。
稽古を終えて汗を井戸の水で洗い流した悠仁は水筒に水を入れておいた。
冒険者ギルドに着いて受付で順番を待つ。周囲の人たちは通常は多くが無関心なのだが、中には品定めするように人間観察してくる人もいる。恐らくはパーティーを組むにあたって、有望そうな人にチェックを入れているのだろう。ここの人たちは多くが西洋剣を帯刀していた。そんな中で堂々と刀を差して歩く度胸は無かった。むやみに自分を誇示したくないものである。この地方ではよく斬れそうな名剣に硬そうな鎧だけでなく、見栄で装飾のついた物を好んで使用している者もいる。自分への褒美として身に付けている者もいるが、相応の実力が無ければ道中スリや追剥ぎに遭うだけだ。特に名前の売れている者は誰も手を出してこない。そこへ冒険者ランクの低い悠仁とメリアーナ。名前など売れているはずもない。じっと身を潜めて派手にしない事を悠仁はメリアーナにも理解してもらっている。
{あのニュービー、身を隠しているし盗賊か、狩人か?}
{いつも二人で組んでいるようだし、目障りだな}
{まぁ、そのうちどこかでオーガの餌にでもなってるだろうよ}
悠仁の耳には何一つ入ってこないので平然としていられるが、これを嫌でも耳にしているメリアーナにはきついものがあった。(この人たち最悪・・・ユウジはよく平気でいられるよね)
とメリアーナは悠仁の顔を向いた。
(悠仁がそんな言葉聞こえる訳なかった。いいなぁ、こういう時は聞こえない方がありがたいよね)
ふと、思い出したかのように他の人にはわからないようにクスッと笑った。
「どうしたんだい?」
その視線に気付いたように悠仁が尋ねた。
「あっ。なんでもないから大丈夫」
悠仁はメリアーナが笑顔になったのを見て追及しない事にした。ここは素性の知れない人も集まる冒険者ギルドである。気を抜いたらいけないと自身の魂が教えてくれる。
悠仁は目を伏せ、極力視線を合わせないようにしていた。
呼ばれたのでメリアーナが教えてくれて一緒に受付に行く。
{メリアーナ様、ユウジ・モンマ様。依頼達成の確認が出来ました。お疲れ様です}
{印とはこの事だったんですね!ありがとうございます}
{引き続きお願いしますね。現在紹介出来る依頼はこのようになります}
<現在請けている依頼内容>
・薬草の採集
・鹿の狩猟
<推奨されている依頼内容>
・南の山小屋途中の瓦礫の撤去と馬車道路の確保
「あれ?瓦礫の撤去ってもしかして昨日の馬車の?」
{ええ。そうなります。必要な道具などあれば持っていくと良いでしょう。それから、その周辺だけでなく途中までの道に落ちている岩や木材など道路の脇に避けてもらえるようお願いします。今回は緊急依頼なので、信用扱いで提供させて頂きました。ここへ報告すればそのまま達成完了となります}
{わかりました。でもこれは二人で?}
{何人でやっても構わないですが、冒険者同士では報酬の件がありますので干渉しない事になります}
冒険者同士なら同PTか、もしくは依頼を受ける時点で掲示される団体の数で決まるのである。
今回は悠仁とメリアーナだけが受けている状態なので、他冒険者の干渉は無い事になるので安心だ。
{この推奨依頼受けて行かれますか?}
「受けますよ」
と悠仁は迷うことなく決める。
{受注ありがとうございます。それでは手続きさせて頂きますね。先ほどの達成依頼の報酬は現金で?それともインテリジェントカードに書き込みですか?}
「カードの方でお願いします」
{かしこまりました}
今回の報酬は54ゴル(54銅)だ。
(わ!安っ!)
悠仁とメリアーナは顔色を変えなかったが、同じ事を思った。Fランクの依頼だしこの額が妥当だろう。
バゲット一本くらいの金額である、
「金額で選ばないで、このような依頼から片付けて行こうか」
「ユウジが決めた事なら付いていくよー」
「ありがとう」
誰もやりたがらない依頼って、ひょっとして人気無くて貯まっていないか?
悠仁はギルド員に尋ねる。
{仰る通り、お金になりにくいFランクの依頼が貯まっています。何かまた受けられますか?}
街中での掃除から指定された木の伐採に、屋根や壁の修理業など冒険者の依頼らしくない物がたくさんあった。
「いくつまで受ける事が出来るんですか?」
{日時制限に気を付けてくれれば、EとFランクならいくつでも受けられますよ}
「とりあえず10個追加でお願いします」
{受注ありがとうございます。日時制限のあるものは制限に気を付けてくださいね。達成が難しい物であれば、一度こちらに来てご相談ください}
「わかりました」
悠仁とメリアーナは挨拶を済ませると早足で鍛冶屋に足を運んだ。
「こんにちは」
{おう!品はまだ出来ていないが、何か話があるのかい?}
悠仁は依頼で壊れた馬車の瓦礫を排除する件を伝えた。
{その馬車の部品は処分するのかい?}
{依頼では処分が厳しいようなら道路脇に放置しても良い事になっています}
その言葉に反応したように、マスターは他の従業員たちに声をかけた。
{おい!そこの三名は急ぎの仕事受けてなかったな?}
{へい!親方!ご命令とあれば大丈夫です!}
{おっしゃ!この二人の手伝いをしてくれ。使えそうなパーツがあれば回収だ。木材は薪にもなるからな。裏にある押し車使え}
{へい!}
{この二人はお抱えの冒険者だ。失礼のないようにな}
{へ・・へい!}
そこへ悠仁とメリアーナは頭を下げて挨拶した。
「よろしくお願いします」
押し車を押している鍛冶屋の従業員三名と一緒に馬車跡に向かった。
悠仁とメリアーナは後方で周囲を警戒しながら歩く。三人組の従業員はそれぞれ大ハンマーと薪割り用の大きめの斧、120センチくらいはある鉄のバールを戦闘用にもと備えている。
門から跡地まで徒歩で約30分ほどの距離だった。
押し車で押していたので40分ほどかかったが。
そこで従業員たちが跡地を検証してみた。
壊されたのは三台。悠仁も解体を手伝って、メリアーナには見張りをお願いした。
悠仁は手慣れた手つきで元の世界から持ってきたノコギリなどの道具を駆使して解体していく。
{おう、兄ちゃん手慣れてるなぁ}
「いや、ちょっとやった事あるのです」
{この分だと早く終わりそうだな}
気合いが入ったように他の三人は勢いづいてみるみるうちに綺麗になっていく。
押し車に積みやすいように揃えて部品が積まれていく。他にも持って帰れず諦めて放置されていた品々もあったのでこれらも持って帰る事にした。燃えて使えなくなった部分は残して、道路から離れた脇にまとめた。道路の方も岩などが無いかチェックしてきたので、これらをどかして道中を綺麗にしておいた。
{これだけやれば大丈夫だろう。よし!帰るぞ!}
「お疲れ様です!」
{兄ちゃん真面目やなぁ。お陰で早く終わったよ。親方に報告しないとな}
作業を終えて瓦礫を一杯積んだ押し車を押して鍛冶屋に戻った頃には太陽が真上から傾き始めた頃だった。
{おう!おかえり!たくさん持ってきたな。この分じゃ色々と作れそうだ。ユウジ。何か欲しい物はあるか?}
「あまり大き過ぎない、片手で引けるタイプの二輪の引き車が欲しいんです」
{どういうのだい?}
悠仁は用意された木片に完成予想図を書いた。
{なるほど。これならすぐに出来そうだ。でも普段はどこに置くつもりなんだ?}
「まだ考えてなかったんです」
{はっはっはっ。今後も贔屓にしてくれ。好きなだけ置いて構わんよ}
「ありがとうございます!」
どうやら普段はこちらが発注した物を乗せておく事にするそうだ。
{そうだ、二人の防具の一部仕上がってるから着ていくか?}
受け取ったのは手甲とブレストプレートと背中バックラーを取り付けた皮鎧だった。
悠仁とメリアーナは着ていく事にし、着心地を確かめた。
少々の微調整を済ませてそれぞれ素振りや弓での構えをとってみる。
(これなら動きに支障は出ないな。)
防具を少しでも装備出来て気休めではあるが、安心感が出てきた。さて、次にはこの街だけでなく周囲や世界の地図が欲しい!
「マスター!地図はどこに行けば手に入るんですか?」
{地図か・・それなら近くのよろず屋で売っているはずだ。あとは図書館に行けばあるかもしれんが……}
「ありがとうございます!」
望みが出てきた。悠仁の予想は当たっていたのだ。次はよろず屋を当たってみよう。
メリアーナはこの地方で生まれ育ってきた人間だが、この街と悠仁と初めて出会ったあの家の周辺しか知らないのだ。狩人ではあるものの、その領域を超えて活動することは迷子になったりする危険もあるし、無益な殺生を避けるためにもと侵さないように教えられて育ってきたのでこれ以上の地を知らない様子だった。
メリアーナに案内されるようによろず屋を前にした。どうやら道具屋とよろず屋が一つの建物として機能しているようだ。街の中にはいくつも同じような店はあるが、鍛冶屋マスターの薦めもあってここにした。
入口は2つ、道具屋としての入り口とよろず屋としての入り口の二つがあり、現代世界のコンビニを倍にした大きさの広さの店内に商品がずらりと陳列されていた。各種の塗り薬に、冒険者必須の火打ち石から研ぎ石、何やら薬品の入った瓶にスコップから各種道具と売っている物は様々で、これらを見ているだけでもまる半日夢中になれそうなほどだった。この中で気になる物を見つけた。インクである。現代世界のようには綺麗とは言えないが、蓋のついたガラスの容器に入った真っ黒なインク。それにパピルスや羊皮紙。紙は売られてはいたが、非常に高額だった。一枚で100ゴル(1銀)。通常の食事が一回100ゴル前後なのでこれ一枚で食べられるという事である。黒インクの方はインクの製法に手間がかかっているらしく、5000ゴル(50銀)であった。悠仁は「書く」事が当たり前の世界から来た人間だったので非常に欲しくなった。
ペン先は自作で何とかなるとして、インクがとても欲しかったのだ。紙の方は山小屋の倉庫にコピー用紙が三包あったはずだ。持ってこれたら持って来たいが、自分の家が無いと保管と管理が難しい。
今日はこの黒インクと目当ての地図だ。
地図はなめし革に落ちにくいインクで書かれていた。大体大まかではあるが、この街の周辺の地理を知る事が出来た。
どうやらこの街の南の山小屋をさらに超えた向こう側に海があり、それに面した港町があるようだ。そして東は少々険しい山があり、そのさらに南に行くと、東の方に行く街道がある。そこから先は描かれていなかった。西側はいくつか街と施設があるようだ。北側は北西に伸びる道が一本あるだけで東側と同じく山が険しそうだ。
地図とは元の世界でいうメルカトル図法などの精密に作られたものではなく、いかにも「書き写しました!」的な方向と大まかな地形が記号のようなイラスト入りで記入されている。等高線は無い。だが、これがあるのと無いのでは雲泥の差だ。この地図も買う事にした。
{まいどあり!}
とふくよかな婦人が店番をしていた。
次にはこの簡単に済ませられそうな街の中で出来る依頼を片付けてみようか。
街の中心部に向かおうしたその時、鼻腔をくすぐる匂いが漂ってきた。肉をにんにくと塩で焼くような匂いがしてきた。これはたまらない。小腹がすいてきた悠仁はメリアーナに尋ねる。
「ここで何か食べていく?小腹がすいちゃったんだよな」
「うんうん、私も食べたいな!」
串刺しにされた肉を二本ほど頼んだ。一本で20ゴルだ。現代日本より肉の供給が多いのだろう。日本人感覚では一本で100ゴルと税になるか…
水筒に入った水を飲みまわして喉を潤す。
(間接キス?ええ。もちろんよ)とメリアーナが一人妄想にふけっている。
悠仁は異世界という事もあり、気を抜けないでいる。
本当は日本に居たときのように色々と気を配らずに過ごしていたい。だが、モンスターだけでなく盗賊も何人も殺してきた。全く悩まずに出来たわけじゃない。やらなければこちらがやられる世界だ。メリアーナも自身が襲われたりしたので悠仁にワガママが言えないでいた。
本当はもっとイチャつきたい。一歩進んだ関係になりたい。でも、そんな余裕は悠仁には無さそう。メリアーナは余裕よりも、時々こうした気持ちの方が勝ってしまうのである。持ち前の明るさで自然にと悠仁を元気づけようと振舞っているのかもしれない。
肉の串刺しを食べて元気の出た二人は依頼にあった排水路の詰まりの掃除、雨漏りの修理を終えて、街の路地裏にポツンと生えていた指定された木を伐り倒し、ある民家の屋根の上に乗った服を回収したり……
すぐに終わるような依頼が主だったが、達成されると気持ちがいいものである。
学生の頃集団で奉仕活動をした時の事を思い出した。
そして薬草の依頼を受けていた事を思い出して、薬草の情報を集める事にした。
よろず屋に戻り、薬草の種類について尋ねたが、現物を持っていないから説明が難しいという事で図書館で調べてくる事を勧められた。
図書館の資料に載っているはずだ。
持参してきていたメモ帳に書き込む事にしよう。あとデジカメで撮影出来るかな。
悠仁とメリアーナは図書館に向かう事にしたので、場所を守衛たちから聞き出して向かうのだった。
「この世界の本か……そういえばまだ見ていないな」
「えっ?ユウジは本っていうのは見た事あるの?」
「そうだね。家では本に囲まれていたかも」
「えー!すごいなぁ。本ってどういう事が書かれているの?」
悠仁は自分の知っている話などを大まかに話しながら図書館の中に入った。
入り口から入ったその部屋はロビーのように脇にカウンター越しに座っている女性が何やら書類や帳簿のようなものをめくったりしている。入り口の奥の方には剣を携えた守衛が二人立っていた。
{本を読みに来たんですけど、どうすれば読めるのですか?}
メリアーナは緊張した顔持ちで受付の女性に近付いて尋ねた。
{こちらテノア図書館のご利用ですか?}
{はい。そうです}
{では、お二人のインテリジェントカードの提示をお願いします}
二人はインテリジェントを掲示した。すると、カードがきらりと虹色に光ったので返却された。
{これで大丈夫です。この光ったのは、ここでの本を盗んだり破損させたりすると知らせが来る仕組みになっています}
(すごいな。こんなセキュリティシステムがあるのか。こりゃ誰も乱暴に扱ったり盗もうと思えないな。)
「これはどういう仕組みなんだろう?」
{ふふふっ。これは魔法具を使用しているのです。ただ仕組みの方は私にも存じませんが……}
{すごいですっ!これなら本は安心ですね!}
{他も、本の持ち出しは不可です。本の内容の書き写しは認められていますが、くれぐれも本を汚さないようにお願いします。手に着いたインクで汚してしまう者がたまにいらっしゃいます}
ハッとしたメリアーナは尋ねた。{その場合はカードが反応するのですか?}
{もちろんです。ですからお気をつけてくださいね}
どうやらこの世界では一般には本があまり流通していないようだ。そして本は国の、世界の宝。これを守る為に工夫されたセキュリティシステムだった。
それにしても魔法でこういう使い方をしている点はよく考えられている。元の世界よりも優れた機能かもしれない。
悠仁とメリアーナは図書館への入室を許され、守衛が開けたドアから中に足を踏み入れて行った。
そこは元の世界でも外国のどこかにありそうな図書館であった。中央には本を読む為の細長いシンプルな木のテーブルと長椅子が用意されていた。
図書館を他に利用している者はそんなに多くない印象だった。利用者は商人や貴族と言った、書物を扱う人に多いのかもしれない。
本を保護するために光は中央のテーブルを照らし、周囲の本棚に届かないような造りとなっていた。
その分、本棚周辺には魔具で作られた照明が使われていた。
確かノヴァ家のあちこちで見かけた照明と同じだった。
発電機も電気も存在しないこの世界。ロウソクでは絶対的に明るさが不足するこの強い光を生み出す手段として魔具として用いられているのだ。
悠仁はこの仕組みを知りたいと考えた。となると、もしかしたらこの図書館に魔法関連の書物があるかもしれない。
だが今回は受注中である薬草の採集の為に薬草の図鑑を探しに来ているのだ。
また、この世界の地図や歴史も勉強したい。悠仁はメリアーナと手分けして薬草の図鑑らしいものを取り出した。
そして、中央テーブルに座ってページを次々とめくる。
なるほど、確かにイラストと説明のついた図鑑が見られた。テノア街の為にと小冊子があるかなと思ったが残念ながら無いようだ。自分で探せと言う事だ。生息域を大まかに確認し、そのイラストを持参したメモ帳にそっくり描き起こした。イラスト程度なので模写するのは容易であった。
「ユウジ。そっくり描くの上手いね~!」
「ちょっと描いてた事がある程度だよ」
「描いた事あるだけでもすごいよ~!」
確かに元の世界じゃ、描く機会は多かった。メリアーナは悠仁が異世界より来た流離人である事をまだ聞かされていない。いずれは打ち明けるかもしれないが、焦る事は無いはずだ。
これで薬草の情報を得る事は出来たし、次は地図を探してみた。
(あれ?無いな?)モンスターなど敵が多いこの世界で地図を作製するのは命懸けだろう。
範囲を狭めてテノアの歴史を探る事にした。どうやらノヴァ家も絡んでいるようだ。
ノヴァ家がこのマイーノヴァ地方をノヴァ王家として代々治めてきたようだ。このテノア街は管轄する領地の一つの街であった。
「メリアーナ。これって、アムネシカは王家の人?」
「ええっ……でもあれだけ大きな家だったし、そうかもしれないね」
「でも何故襲われたんだろう?」
「ただの盗賊じゃないの?」
「どうかな。今の時点は知る材料が少ないから保留だね」
二人は本を読みながらアムネシカの事を推測し合っていた。
アムネシカは狙われたのではないか?という推測が当たっているかもしれない。この予感が正しかったというのを二人が知るのはもう少し後になってからだった。
気が付くと数時間図書館で調べ物をしてて、中央のテーブルを照らす自然光が弱まり、夕方を告げていたので今日は引き上げることにした。
図書館の受付嬢に挨拶し、いつもの「麦穂の豚足亭」への帰路についたのだった。
今日もあの女将さんの作る家庭的な料理が楽しみだ。
異世界の朝は早いので、しっかり食べて早く寝る事にした。
このテノアの街の真上に広がる夜の星の海。無数の星が輝き、その天には歪な形の衛星が浮かんで見えているのだ。これこそが元の世界の地球ではないという証明になっている。月と、この月よりハッキリ見える衛星。この世界の人はあの衛星を「ディスノミア」と呼んでいる。そして月の方は「エリス」と……
こんにちは。雪燕です。いつも読んで頂きありがとうございます。
第五章に入り、悠仁たちの日常を紹介する流れで書いてみました。稽古する場所の確保、よろず屋や図書館の登場、鍛冶屋との関係の強化と、これからを生きる為には欠かせないものばかりでした。そして最後の方に月の話が出ています。
「月」って丸いものばかりじゃないはずだ。という想像から作ってみました。何千幾万数億年を経て丸くなっていくかもしれないですが、丸くない月があっても良いじゃあないですか?
次回は図書館での会話で見え隠れした陰謀に巻き込まれることになることでしょうか?冒険者ランクを上げて臨みたいものですね!
この五章を書いている最中にも一~四章をコッソリと修正加筆しています。
少しでも良い作品に仕上げる為に気付いた事、読者たちに気付かされた事など合わせて出来る限りで作業していますので、引き続き応援頂ける事を願っております。なお、感想や意見などは「活動報告」などの方に書いて下さると幸いです。
メールの方でも意見を受け付けていますのでお待ちしております。
(次章の投稿は10日~二週間以内に出来たらいいな、と考えています)