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■ 第四章 ■  「アムネシカ」

「麦穂の豚足亭」の一室で悠仁とメリアーナは持ち物をチェックして、昨日受けた冒険依頼をこなそうと決めた。

まず最初に街はずれの木こりの伐採所への荷物配達依頼。

野生動物はもちろん、害獣、モンスターの出現もあるかもしれない。

十文字槍など、発注している武具類があるが、最低ランクの冒険Fランクの依頼だったので現在の装備でも行けるはずだ。

距離にしてメリアーナの家からこの街ほど離れていないかもしれない。しかし、正確な距離もわからず、正確な地図が存在するとはとても思えない。この異世界に人工衛星やGPSといった物が存在しているはずはない。冒険者ギルドからの説明捕捉によると、この地より南方に小山があり、そこに伐採所があるはずだ、と……その程度の大まかな情報しか知らされていない。それでも依頼を受けたのだから行く他にない。キャンセルは出来るが、受注した後でのキャンセルはマイナス評価となり、そのマイナス数値に応じてキャンセル料を支払わなくては新たに依頼を受けられない仕組みだ。

元の世界に戻る手立てがない以上、この世界で生き抜く為には稼がなくてはいけない。今はこの目前の依頼をこなすだけだ。

悠仁はサバイバルナイフに付いていた方位磁針を手に、針の指す方向にある小山を見据えて突き進む。

道中はまだ馬車などが通る馬車道があり、そこはモンスターの出現が無く、比較的安全であった。それを外れる「けもの道」は一層出現率が高まりそうだ。最初にこの地で出くわしたようにオークに遭遇するかもしれないし、盗賊と鉢合わせるかもしれない。そう考えると気を引き締めずにはいられなかった。悠仁は周囲に目を配り、いつでも刀を抜ける態勢でいる。

「ユウジ。なんだか緊張しない?」

「はは……ここに来てからはいつも通りかな」

「それって……」

「うん。その前はそれを気にせず過ごせたんだ」

「いいなぁ。私もユウジのいた国に行きたい。ねぇ。なぜこのマイーノヴァ地方にやってきたの?」

「それはな……」

悠仁が言いかけた所でメリアーナの方向に物影が見えた。これはオークだ。

メリアーナもこれに気付き、背負っていた弓と矢を手にする。

オークとはまだ距離があり、起伏の激しくない拓けた所だった。他に身を隠している者はいなさそうだった。もしかしたら遠くから見ている可能性はあるが、そこまでは見えない。

オークは四体いた。ユウジはメリアーナに撃てそうだったら撃つように促した。

ユウジは手裏剣を二本取り出して痺れ毒の入った壺に手裏剣の先をそっと挿した。

オークが50メートルほどに近づいてきてメリアーナの弓の有効射程に入ってきたので矢を番えて狙いをつけて放つ。一射目は外したが、二射目で一体のオークの胸に突き刺さり、致命傷を与えた。悠仁は狙いをつけやすくする為にまばらに走ってきたオークが密集できる位置に悠仁が移動しているのだ。メリアーナの前に立ち、左手は親指を鐔にかけて、右手は手裏剣を構える。メリアーナは悠仁の斜め後ろからオークを狙い撃つ。これによってもう一体の胴を射抜き、走ってくるのは残り二体だ。もうほんの数メートルしかない。手裏剣の射程距離に入ったので一気に放つ。放たれた手裏剣は手前のオークの喉に突き刺さり、残り一体になったので悠仁はそのまま横をすり抜けるようにして抜刀し、オークのわき腹を切り裂く。オークが手で傷ついた腹を押さえた瞬間、これを逃さず心の臓を一突きして距離を取った。すると、鮮血がほとばしり、そのまま倒れていった。

「メリア!死んだふりしているのもいると思うから頭を射抜いて!」

悠仁は残心をとったまま一体一体のオークの距離を取ってオークを見据えながら、とどめを刺すメリアーナが射抜くのを見守る。すると、最後の一体が「ビクッ」と反応して事切れた。危なかった。狸寝入りというやつだ。

ここで十文字槍があれば悠仁も止めを刺せるが、ここはリーチのある弓使いにお願いした。

やはり気が抜けないものだ。改めて本当に命のやり取りをしている、と考えさせられた。

メリアーナに見張ってもらって、悠仁は死体となったオークの手荷物を回収していた。

そして日が暮れる前に依頼を終えるべく、目的地の小山へ足を進めた。


馬車道のあった位置から外れて山に向かうにつれて、草木の密度が高くなってきて、いつどこで襲われてもおかしくない状態になってきた。悠仁は杖を手に、出来るだけ開けて視界を確保出来そうな所を選んで進んでいった。馬車道から一時間ほど歩いた所で切り倒されてそんなに間もない切り株を多数見つけたので近いかな?と感じた。

すると、メリアーナが木を伐る音を聞きつけたようで、そちらに向かう事にした。

そこでは三名の木こりさんが木を切り倒していた。

{木こりさん。冒険者ギルドから依頼の品を配達に来ました}

{おう!ありがとうな!ちょいと待ってくれ}

伐りかけだった木を倒し終え、改めて木こりが挨拶に来たのでメリアーナは品物を渡した。

{間違いなく頼んだ物だ。ギルドの方はこちらから伝えておくよ。そういえばあんた。ここに来る途中に襲われなかったのかい?}

{ええ。オーク四体がいました}

{四体か……大きいオークがいたら気をつけろよ。もっと多い人数で駆けつけられるからな}

{気を付けます。それでは戻りますね}

{おうよ。気をつけてな!}


木こりの伐採所をあとにし、テノアの街に戻る事にした。テノアの街に通じる馬車道を探し出すことから始まる。目印を頼りに来た道を思い出しながら戻っていく。

けもの道が開けてきて、馬車道が見えてきたので安堵の息をつけることが出来た。だが、危険が無くなったわけではないので、「麦穂の豚足亭」の料理にありつけるまで気を抜かないでいこう、とメリアーナを鼓舞した。暫くすると、馬車が南方から駆けつけてきたので道を譲った。

悠仁は馬車が走る音など聞こえないのだが、絶えず前後左右に目を配っているので開けた場所であれば多少遅れを取る事はあっても気付くことは出来た。

まさか、元の世界のように何も考えずただ前方だけを見て歩くつもりはあるまい?

問答無用で刺されて身ぐるみ剥がされる事は珍しい事でもない。警備員にしたって街の中だけで、街の外にまで保護してもらえる保証はない。

メリアーナから教えて貰った事だが、この国の法律は単純なものしかない。随時、お触れが出て高い税を納めさせられたり、徴兵から住居の区画整理など、権力で全てが決まる社会である。殺人や強盗などの犯罪の取り締まりについては、多くの証人や証拠が必要となる。大抵は身分低い者は相手にされない。人目の多い街中なら、皆が証人になるので下手な騒ぎは起こせないのだが、街の外へ出ると危険性は急に高くなる。よって、多くの市民は街中に住む事を選択してしまうのだ。



数分経っただろうか、馬車が走り去った方向に、狼煙のような細長い煙が上がっていた。

「あの煙はいったい?」

「何でしょうね?」

二人は顔を見合わせた。「もしかしたら」を想定して、煙のある方向へ真っ直ぐに行かず、回り込む形でやや高い丘の林の中に入って行った。すると、馬車の残骸から煙が上がっているのがわかった。

「さっき走って行った馬車だ!もしかしたらまだ敵がいるかもしれない」

「ええ。どうしたらいいかな?」

悠仁はサバイバルセットに入っていたハンドサイズの望遠鏡を取り出して周囲と遠くを覗いてみた。すると、馬車から少し離れた岩陰の方に武装している人物が見えた。

(これで心眼使えないのかな?)


[ステータス]

種族:ヒューマン レベル:盗賊24 戦士4 暗殺者7 

武器:シミター 盗賊のナイフ ボウガン

生命力:194 魔力:0


望遠鏡越しに心眼使って相手のステータスを読み取る事が出来たので、これは非常に便利だ。聴覚に障害のある悠仁が生き抜く為には必須なスキルであった。これを使用せず馬車の方に近付いて行っていたらこの暗殺者スキル持ちの盗賊にボウガンでやられていたに違いない。ぞっとした。

意を決して、この盗賊から片付けることにして、メリアーナには援護として弓、悠仁は刀を抜刀して盗賊に不意打ちを仕掛ける形で大きく迂回して近付く。メリアーナには右から10メートルほど間隔を空けて近付くよう指示した。

虎のように足跡を立てない「つもり」で静かに近付いて行く。

盗賊は岩陰で馬車の方を注視しており、こちらには気付いていなかった。

この盗賊のがら空きになっている首に届く範囲になったので間を置かず一気に振り抜く。

「ヒュンッ」

非常に軽い手応えで殆ど抵抗なく斬れたその時、刃には血のりは付着しない。

何度も斬っていれば血のりで斬れにくくなるというその説は技量不足だ、という師の指摘。

師の話によると刃筋が最後の最後まで通っていなく、途中で狂ってしまった結果だ。

刀は最後の最後まできっちりと刃筋を通さなくてはいけない。そうでなければ何よりも刀に負担をかけてしまう事になるのだ。

この現状に満足してはいけない。今のが良くてもこれからが悪ければ意味は無い。

一振り一振りを大切に、もっと「美しく斬る」事を心掛ける。その為の努力と姿勢を怠ってはこの世界では屍と化する。


盗賊の首を皮一枚残して切断し、静かに片付けた後ですぐに使えそうな物は無いか確認したところ、小型のボウガンが出てきた。これは使えそうだ。今はこのボウガンだけ回収し、馬車の方を観察する。

すると、いくつかの人影が見えた。どうやら人質にされて身動き出来ない者が二人いるようだ。それを囲むように盗賊らしき人が三人ほどいた。

「人質がいると簡単には動けないな」

「助けないといけない人なのですか?」

「えっ?人を助けるのは当然の事だと思うけど?」

この悠仁の言葉を聞いてメリアーナは驚いた。

この世界において、人命救助する人は稀だ。メリアーナにまでお人好しと思われてしまったようだ。元の世界の日本で生きてきた人にとって、これは放っておける場面ではないはずだ。

ただ、どうやって救出するのかはまた別の話だが……

人質がどういう人物なのかを知っておくのも重要かもしれない。


[ステータス]

種族:ヒューマン レベル:貴族4 魔術3 

生命力:61 魔力:209

(魔術スキル持ち!?)

ここに来て魔術スキル持ちと遭遇することになった。魔術……か。

悠仁は魔術がどういうものなのかを知らず、恐れを抱いた。ここは希望を持つべきでしょって?敵に魔術を使われたらどう対処すれば良いのだ?全く対策がとれない事の方が恐ろしい。しかし見た所12歳くらいの少女のようだが。その魔力値が高いのが気になるな。

もう一人の方はなにも特別なステータスを見せなかった。執事ランク5である事くらいだった。

悠仁はメリアーナに作戦を伝えて、ボウガンを持って盗賊たちの死角である後方からゆっくり忍び寄った。対してメリアーナは盗賊たちの正面にくるようにして身を潜めながらゆっくり前進する。

矢を番えていつでも撃てる姿勢に入った。悠仁もこれを察知し、盗賊に気付かれないよう合図を出した。

メリアーナは呼吸を整え、息を止めて狙いをつけた。そして人質から遠い位置の盗賊を狙い撃ちし、立ち上がっては次の矢を番えて狙いをつけたまま人質の方向に向かった。

{なんなんだ?}

驚愕してコーラのガスの抜けたような顔をして叫んだ盗賊たちをメリアーナは返事もせずに狙いをつけ、人質から遠い方の盗賊をもう一発狙い撃った。

その矢は深々と一人の盗賊の胸部に突き刺さり、そのまま倒れ込む。

すると人質をはじめ残った盗賊たちは皆メリアーナの方向に意識を向けた。

メリアーナは作戦通り叫ぶ。

{煙が立ったのを見つけて来てみればこれだ}

{なんなんだお前は!}

メリアーナはそれでも立て続けに倒れた盗賊を狙い撃つ。

この躊躇しない動きに危機感をおぼえた残りのリーダーは手に武器を取り、人質を盾にしようとした。

もう一人の盗賊はメリアーナの方に武器を抜刀してバックラーを構えて近付く。

悠仁はこの機に背後からゆっくり近付き、居合抜くタイミングを伺う。

人質を取った盗賊が武器を持っている方の腕をメリアーナの方向へ向けた瞬間、この腕を瞬時に切り落として盗賊の膝裏を切り裂いて倒れた所を追うように刀を振り下ろしてとどめを刺した。

刀身は地面と平行になり、切っ先だけが地面に当たる事の無いように稽古してきているのが幸いした。刀をいたわり永持ちさせる刀操法である。

解放された人質を見てメリアーナは最後の盗賊に狙いをつけて射抜く。

悠仁はそれを援護するように小走りで駆けつける。メリアーナ、盗賊、悠仁この3人の位置が一直線とならないように近付かなければいけない。一直線になってしまってはメリアーナはその弓を撃てなくなってしまうのだ。メリアーナは狙いを盗賊の足元に移してスピードを殺そうとした。

「ガクッ」と転倒した盗賊に追いついた悠仁は盗賊のむき出しになっている首筋を狙って抜き付ける。

これで盗賊は片付いたはずだ。止めを刺し切れず苦しんでいる者はいないかと用心を重ねて介錯する。

ひとまず安全を確認出来た悠仁とメリアーナは捕まって縛られて人質になっていた二人を解放した。

メリアーナは少女の前に近付いて話しかけやすいように片膝をついて優しく安否を尋ねた。

{私はテノア街はずれに住むメリアーナと言います。お嬢さんお怪我は無いですか?}

{え……ええ。大丈夫ですわ。わらわはテノア街のノヴァ家の貴族アムネシカ・ディ・トゥトリーです。アムネシカと呼んで欲しい。助けて頂き感謝しますわ}

{アムネシカ様。残ったのは二人だけなのですか?}

{それは……}

会話を挟んで横にいた執事が話しかけてきた。

{横から失礼します。わたくしはノヴァ家のアムネシカお嬢様の執事サヴィアでございます。盗賊どもに襲われて生き残ったのはわたくしとお嬢様の二人になりました。不躾で申し訳ないのですが、お嬢様をどうかテノアの街まで護衛頂けないでしょうか?}

メリアーナは悠仁の方を向いて通訳する。

「ユウジ。テノアの街なら一緒だし、護衛しても大丈夫かな?」

「うん。こんな所に放置するわけにもいかないよね。では、死体と馬車を片付けて持てる荷物があったら運ぼうか」

そう言って悠仁は黙々と作業を続ける。

幸い馬車の残骸の中に脱輪した時の為のスコップがあったのでこれを使って道路から少し離れた脇に穴を掘った。

それから死体を引きずって、使えそうな物と盗賊のギルドカードを回収しておいた。もちろん気になっていたボウガンも回収している。

この悠仁の素っ気ない行動が気になった少女はメリアーナに尋ねる。

{メリアーナ殿、彼は?}

{アムネシカ様。態度が素っ気なくてお気に障ったでしょうか?彼はパートナーの冒険者ユウジ・モンマです。耳に障害があってお話するのが難しいのです}

{そうなの……今は忙しそうですし、後ほどお話聞かせて頂くわ}

{かしこまりました。作業が終わるまでゆっくり休まれてください}


メリアーナにとって貴族は身分が高い存在で、同等の立場で話をする事は恐れ多くて畏まってしまう。

悠仁は引きずった盗賊の死体とノヴァ家の付き添いで同行していた者たちの死体を分けていたのだ。

{わらわの言っている事は理解でき……る?}

アムネシカは他の人たちと話すように普通に話した。

そこへ挟むようにメリアーナが説明した。

{アムネシカ様。もう少しゆっくり話して頂けないでしょうか?多分早くて理解できなかったと思います}

{そ……そうか……もう少しゆっくり話せばいいのだな?}

{ええ。それでも理解出来ない時はありますけど、少しは話が出来ると思います}

アムネシカはこれまでより少しゆっくり悠仁に話しかけてみた。

{わらわのなまえはあむねしかだ。よろしくたのむ}

今度は悠仁にも理解出来た。

「アムネシカさん。ユウジ・モンマです。よろしくね」

「えっ?貴族に向かってさん付けですか!?」

「いけないのかい?」

{いや、許そう。出来ればアムネシカと呼んで欲しい}

「わかった。アムネシカ。よろしくな」

悠仁は口元を緩めて手をアムネシカの前に差し出した。

「ちょっと!ユウジ!」

{これは・・?}

「うん?ただの握手だよ。仲良くしよう!」

その屈託のない顔の表情を見てアムネシカは心を決めてそれに応えた。

{よろしくお願いします}


この光景をアムネシカの執事とメリアーナは信じられない物を見たような目で見つめていた。

{不思議な男ね。貴族を前においても自然に振る舞えている}

{アムネシカ様。申し訳ありません!}

{大丈夫だ。わらわも望んだことだ。むしろこの方が気が楽でいい}

「メリアーナ。どうしたんだい?」

「そちは先ほどの儀式の意味を知っているのか?」

「儀式?ただの友好の挨拶でしょう」

「そ……そう……」

{面白い。ますます話をしてみたくなったぞ。屋敷に着いたら話を聞かせてもらうぞ}



破損も少なく乗れそうな駅馬車と数頭の馬が健在だったので、これに乗り込みテノア街のノヴァ家へ向かう事になった。

この襲われた跡地からテノア街まで徒歩で30分ほどの距離だった。

駅馬車に揺られながらテノア街の第一の門までたどり着いた。

そこでは大した取り調べなどは無く、御者をしていた執事の顔でそのまま通されることになった。

続いて街中の中央の広場から北に向かっていった。

その先はテノアの街と城を挟み、城のある区域に繋がる門であった。

石像のように威風堂々と護っている門番は、街外を守る門番とは身分や格の違いを感じさせる重厚さと威圧感を備えていた。

駅馬車は門番の前で一時停められたが、身元を確認出来た門番は通すようにラッパを鳴らしてこれを通る事を許可された。

門を通り抜けたその向こうの世界はここに来るまでの活気と喧騒に溢れた一般的な街並みと違い、所々立派な生垣や塀などに囲まれた三、四階建てくらいの屋敷が綺麗に並んでいた。貴族や騎士といった上級身分の者でないと入れない世界なのだ。

それをすんなり通れる身分の者がこの荷馬車に乗っているという事だ。

この世界の住人ではない悠仁は貴族と言われてもピンとくるものではない。礼法作法は身に着けてはいるが刀剣と師に対する礼であり、この国での諸作法や挨拶は存じないのだ。この世界の住人であれば先ほどアムネシカにしたように貴族に握手したり出来ない。

悠仁は友好の証として手を差し出しただけだった。この世界の貴族にはむやみに手を触れたり話しかけてはいけないようだ。


赤色や黄色など明るく彩られた花や四角のブロック状に切り揃えられた生け垣、彫刻された白い石像で飾られた庭園の中央に伸びる道を通って屋敷の顔になる立派なテラスのある玄関で駅馬車が停車した。

{アムネシカお嬢様!おかえりなさいませ!」

屋敷の使用人らしい人たちが揃って出迎えしていた。どうやら門番が到着を知らせる手続きをしていた様子だ。

{ご苦労。皆心配をかけた。襲撃に遭い、残ったのはわらわとサヴィアの二人だけになってしまった}

使用人は皆顔を伏せ、悲痛な雰囲気になっていた。

{だが、この二人により救出されたのだ。命の恩人である。丁寧にもてなせ}

{ははっ!}

{かしこまりました}

{メリアーナ殿、ユウジ殿。わらわに付いてくるがよい}

来客用の一室に案内された二人は自分たちの装備や荷物をチェックし、拾得した物のチェックを開始した。

そこへ、一人のメイド服を着た使用人が報告にやってきた。

{メリアーナ様、ユウジ様。お風呂の用意が出来ました。ご入浴の際はこちらのベルでお呼び下さい。それでは失礼します}

{風呂に入れるんですね。ひと汗かいたし、ちょうど良かったわ}

{そちらの殿方とご一緒に入られますか?}

{えっ!?}

{すみません!失礼しました!}

これを聞いたメリアーナは赤面し、悠仁の方をちらちらっと見つめては視線をメイドに戻した。

{いえいえッ!一緒に入れるのなら……その。入りたいです!}

{かしこまりました}

{準備しますので済んだらお知らせします}

一方、悠仁の方は装備と荷物のチェックに集中していて気付いていない様子だった。

悠仁は耳が聞こえない分、余計な雑音が全く耳に入らない。聞かなくてもいい話や嫌な音などシャットアウトされるのです。その代わり知りたい音や話を聞きたくても聞けない。素敵な歌声も聞こえない。そういった音の無い世界」に住んでいる。

(聞こえないってどんな感じだろう?)

(何も聞こえないって怖くないのかな?)

(聞こえないのに話どうやって理解するんだろう?)

メリアーナはふとした時に悠仁の事について考えたりしてきた。

(でも別にいいよね。私がユウジの耳になるんだから!)

先ほどまで赤面していたメリアーナは落ち着きを取り戻し、悠仁の傍に来てチェックを手伝った。


倒した盗賊から手に入れたギルドカードが四枚。恐らく懸賞金がかかっている事だろう。これは後にでも銀行に行って換算しよう。

次に、盗賊やオークが持っていたコインの入った袋。それに、お金になりそうな武器防具や備品など床に並べてみた。

悠仁はその中でも「ボウガン」が非常に気になっていて、物色していた。

矢を番えないで何度か空撃ちしたりして仕組みや動作をチェックしていた。

悠仁はこれを何とか工夫出来ないものかな?と考えた。武器防具の製作をお願いしているマスターの所に持っていて改造改良をお願いしようと考えた。

次に、バックラーの実用性が確認されたので、悠仁の背中に装着させる形にした。

暗殺者スキル持ちの盗賊が各種毒の入った壺を持っていたのでこれも心眼で鑑定してラベルを付け、分別した。クロスボウ用のボルトが少々大量あったのでボルト用のケースをベルトに通しておいた。

「ねぇ。ユウジ。この後お風呂があるみたいなんだけど……」

「うん」

「あの……」

「……」

(やだ沈黙こわい)

「一緒に入らないんだったら別にいいんだヨ」

メリアーナは頬をぷくっと膨らませてプイッとむくれた。

メリアーナのシルクのような金色の後ろ髪が踊るように揺れる。悠仁はタジタジして何とか取りなそうとメリアーナの前へ両手のひらを向けた。

「メリアーナ。俺だって一緒に入りたいんだ。でも、その……いいかな?」

「ほんとに?」

悠仁は首をコクコクと上下に振り続けた。

この反応で安堵したメリアーナはベルを鳴らしてメイドを呼んだ。

{お待ちしておりました。入浴になりますか?}

{お願いします}


メリアーナと悠仁はメイドに案内されて浴場に足を運んだ。

「わぁ!広ーい!」

「久しぶりの風呂だー!広いな!」

ふと、一緒に更衣室にいる悠仁とメリアーナはハッとした。

(どちらが先に脱ぐんだろう)

二人の初々しい羞恥心が度々沈黙を誘発させた。

それを察知したメイドが後ろから声をかけてきた。


{服を脱がせるお手伝いしましょうか?}

{えっ?いえいえ。自分で脱げますッ!}


メリアーナはそそくさと服を脱いで浴槽の方に向かった。

悠仁が後になったが、待たせるのも悪いので開き直って服を脱いで向かった。

大理石のような白い石の浴槽に階段の様な淵があり、そこから入っていくようだ。

そのまま浴槽に入ろうしたメリアーナを悠仁は呼び止めた。

「メリアーナ!入る前に身体を洗うんじゃないのかな?」

「あっ!そうね」

メリアーナは改めて悠仁の前に向き合う形になってもじもじした。

一糸まとわぬあられもない姿となったメリアーナ。お椀くらいありそうな形の良さそうなバストが抑えている手指からはみ出ていた。隠そうとするメリアーナのなまめかしい姿を前に、悠仁は身体の中から熱い興奮が湧き上がるのをおぼえて必死に抑えようとしていた。

メリアーナは悠仁の視線と感情に気付き、視線から逃れる様にあさっての方向を向いた所にメイドがいたので声をかけた。

{メイドさん。どちらで洗えば良いのですか?}

黒子の様に風呂の湯気と背景に同化していたメイドが登場して答えた。

{こちらの椅子にお座り下さい。お身体を擦っても宜しいですか?}

{ええと。ユウジにお願いするので大丈夫です!}

{かしこまりました}

悠仁とメリアーナは渡された布で互いの背中を擦ったり流し合った。

ここでもメイドの付き添いがあるという貴族の日常に慣れなくて、羞恥心より開き直りの気持ちが勝ってしまっていつもより大胆にお互いの身体を流し、共に浴槽に浸かった。


「ふ〜気持ちいいな」

「△×冂○ムー……」


メリアーナは声にならない鼻歌を出しながらゆっくりと腰を掛けた足を伸ばして背伸びした。

メリアーナの肉付きが良くスラリとした肢体が水面から出ている。

「身体の洗いっこをした時はメイドの対応に困って何かと余裕無かったなぁ」

「風呂にまでメイドが付いてきて世話をするのはなにかと違うなぁ。今度からメイドは呼んだ時だけにお願いしてみよう」

浴槽に浸かった悠仁とメリアーナは今日の出来事を話し合った。

メリアーナは貴族と接する機会があると思っていなかったので思考がパンク気味だった。一方、悠仁にとって貴族はどうでも良く、異世界での異なる習慣に戸惑いをおぼえていた。

「ま、なるようになるしかないさ。今はゆっくり浸かって身体の疲れを癒そう」

メリアーナも頷くようにゆっくりと広い貴族の浴槽を満喫していた。


{メリアーナ様、伝言です}

{はい。何でしょう?}

{風呂から上がられましたら準備次第、食事会をするとのアムネシカ様の話です。}

{わかったわ。そのようにお願いします}

メイドが一人湯気で消える様に後退していった。


悠仁はふと呟いた。

「宿屋にも風呂あったらいいね」

「えっ?風呂?こんなに広い風呂を?」

「前にいた所ではどこの家でもベッド半分くらいの大きさの風呂があったんだけど、この国は違うみたいだね」

「ええっ?風呂が無い家がほとんどで、お湯の入ったたらいに布を浸けて身体を拭くのが普通なんだよー」

「そうだったのか。小さい薪風呂がメリアーナの家から半日くらいの所に倉庫にあるからそこから持って来れたら良かったな」

「倉庫って近くにあったの?」

「それだけど、場所がわからなくなってね。余裕出来たらまた行ってみようと思うよ」

「私もついて来ていいかな?」

「もちろんさ。一緒に行こう!」

「うんー!」

メリアーナは満面の笑みでその時を楽しみにする事にした。

「そろそろあがりましょうか?」

メリアーナと悠仁は風呂からあがった。

その滴る水滴が射してくる日光に照らされてキラキラしていた。

「メリアーナ。きれいだよ。」

「・・・!」

メリアーナは改めて好きな人の前で裸になっていた事を思い出して耳の先まで赤くなる思いだった。


共に風呂からあがって準備を終え、食堂に案内された。

そこは贅を尽くした様な金銀宝石を散りばめ、ピンポン玉くらいの黄色く光り輝く宝石が点々と灯りを照らすシャンデリアが天井からいくつも吊り下げられ、細長いロングテーブルの上に整然と食器類が並べられていた。

すると、壮年の白髪の混じった髭を蓄えた壮年の男が口を開いた。

{メリアーナ殿、ユウジ殿。当ノヴァ家にようこそ。まず楽にしてかけたまえ。}

メイドに椅子を引かれてそこに座る様にして腰を掛けた。

ひと息ついたメリアーナが返答する。

{私は街はずれに住む狩り人の娘、メリアーナです。今日は何から何までお世話になり、ありがとうございます}

{私はこのノヴァ家の当主アルベルト・ディ・トゥトリーだ。娘と執事の命を救ったそうで、当家を代表してお礼をしたい}

{恐縮です。助けようと話したのは彼、ユウジです。耳に障害がありうまく話す事は出来ませんが、私が代弁させて頂いています}

{そうか。ユウジ殿。改めて礼を言う}

メリアーナから当主の話を教えてもらった悠仁は当主に向かってお辞儀をした。

「自分は当たり前の事をしただけの話です。アムネシカさんも家に帰れたようですし、安心しました。食事が済んだらお暇したく思います」

と、悠仁は一所懸命話した。

当主やアムネシカたちにはほとんど理解は出来なかったが、メリアーナは理解出来たのでほぼ同じ言葉を通訳として伝えた。

これを聞いたアムネシカが残念そうな顔で口を挟んだ。

{今夜はこの屋敷に泊まって行かれないのか?わらわはもっと話をしたいぞ}

{その言葉ありがたく思います。でも私たちは冒険者になり始めた所。ゆっくり身体を休めて次の依頼をこなしたいんです。}

{でも……お金や褒美は出すぞ。それなら良いのではないか?}

「すみません。お金の為にやっている訳ではないのです。確かにある程度のお金は必要ですが、やるべき事がありますので……」

{ユウジ……}

{わかった。だが、ある程度のお礼は受け取って欲しい。また、何かと困った時は何時でも私を訪ねなさい。許可書を発行しよう}

「ありがとうございます。アムネシカさん、また会えるから大丈夫だよ。その時たくさんお話しよう」

{わかったのじゃ。楽しみにしているぞよ。}

{それでは食事にしよう。}

メリアーナやアムネシカたちは手を組んで祈った。

悠仁はメリアーナに教わった通りに祈ったものの、その次に長く身に付いた習慣で手を合わせて「いただきます」と。

メリアーナはテーブルマナーは知らなかったが、下品にならないよう気を付けて食べている様子だった。

悠仁は見た目は20代だが、元の世界では40歳を過ぎたおっさんである。テーブルマナーも見よう真似ではあるが、できる事はできる。作法の違いはあるけど、大概は一緒だったのでメリアーナやアムネシカたちは悠仁がテーブルマナーが出来ていることに興味をおぼえた。

「ユウジはテーブルマナーどこで学んだの?」

「あっ。その、前に住んでいた所では時々こういう所で食べていたからね」

{ユウジはどこかの貴族の者なのか?}

「いいえ。一般市民です」

{もしや、由緒ある家で育ったのか?}

「いいえ。どこにでもいる普通の家でした。今は探し物をする為に旅をしているのです」

{探し物は見つかりそうかね?}

「まだ手掛かり無しなので、テノア街の宿を拠点に探す所です」

{では、詳しい事は後日改めてお伺いしよう。今日はゆっくりと食事を楽しんで欲しい。}

「心遣いありがとうございます。」

ゆっくりと当たり障りのない話をしながら出された料理に手をつけていく。


出された料理は悠仁にとっては物足りない味付けであったものの、この世界に来てから久しぶりありついたコース料理風で出された物を三割は残す形で食していた。「もったいない?」いえいえ、全部食べきってしまうという事は料理人に「物足りないです」という当て付けになってしまうのだ。どうしてもお代わりしたい!食事以外はいくらかは残す事がマナーであり、料理人への感謝の気持ちになる。

かといっても、とても全部食べきれるほどの大食漢ではない。とにかく量と種類が多いのだ。

特にこの街の名産物である腸の詰め物にローストビーフをふんだんに使ったメイン料理のボリュームは凄かった。

それでも悠仁はあの「麦穂の豚足亭」の料理が食べたかったのだ。

料理自体はここの方が美味しいかもしれないが、今日は冒険者依頼を達成して帰ってきて宿屋で食べる姿勢でいたので、贅沢ではあるが「向こうで食べたかった。」だけの話だ。

メリアーナの方は食べ慣れない料理と食器の扱いに悪戦苦闘していた。悠仁はクスクス笑いながら簡単に扱い方をレクチャーしていた。


最後に、フルーツを使ったクレープのような物が出てきた。クレープの生地の中にフルーツを少々入れて、その上からジャムや、ハチミツのシロップをかけたような物が卓上に出される。

{これは食べた事あるかね?}

と、クレープに興味津々になっている悠仁に当主が話しかけてきた。

悠仁は丁寧に手を合わせてクレープを吟味する。

「いただきます。」

悠仁は手慣れた手つきでフォークで抑えてナイフで食べやすい大きさに生地を切り裂く。そして生地を寝かせたフォークで突き刺してこれをジャムに浸けて口に運んだ。


「うん!」

小さくカットされたフルーツが生地とジャムで絡み合い、シロップの甘さが染み込んできた。

生クリームなどのクリームが無かったとはいえ、少々重かった肉料理の余韻をさっぱりと中和させる美味しさだった。

「美味しいです!クリームが無くても良い美味しさでした」

{クリームとな?それはシチューで出てくるような感じなのかね?}

(あっ!しまった。この国では生クリームが無かったのか)

暫く答えられないでいると、察したかのように口が開かれた。

{これはまたの機会に聞くとして、間違いなく食べた事はあるようだな。なんとも興味をそそられる男だな。今日は疲れたであろう?}

「はい。」

{それでは少し休憩したら馬車で門まで送ろう。褒美は後日改めて渡したい}

{わかりました。美味しい料理などありがとうございました}

悠仁は手を合わせて挨拶した。

「ごちそうさまでした」

{それは何かの言葉かね?}

「私の故郷での、食後に食べ物や料理人などの全てのもてなしに感謝する挨拶です」

{気に入ったぞ}

{わらわの話した通り面白い男であろう}

いたくノヴァ家に気に入られてしまったようだ。

だが、悠仁はいつも通りに対応している。

{あの男、どこかで高い教育を受けたのは間違いないな。}

悠仁とメリアーナはノヴァ家一同に見送られながら駅馬車に乗り込み、街の中心部に戻ってきたのだった。

こんばんは、雪燕です。この章に来て新キャラクター登場です!これからアムネシカとどのような関わりと展開を見せてくれるのか、楽しみにしてください。

風呂のシーンを書きましたが、如何だったでしょうか?寒いこの季節で手がかじかんで入力が大変だったので温泉にでも浸かりながら入力したいなぁ!なんて思ったり!

はい!温泉に行きたいです!てなわけで、引き続き応援頂けると嬉しいです。

予告になりますが、次章の投稿は今月末に出来たらいいな、と考えています。

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