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■ 第三章 ■  「テノアの街」

このテノアの街はこのマイーノヴァ地方で小麦を中心とした農業が盛んで城内には第二次産業を中心とした各工房が集まっていた。各武器や防具に、木工から金属加工、それから食品加工を中心とした工房が城下街の四つあるブロックの一つに大半が集まる形で群をなしていた。

このテノアの街の主要道路には大き目な商店が並んでいてその前には屋台が並んで活気を見せていた。

街の人々の外見的特徴は元の世界でのヨーロッパの人たちのような白人系が多くを占め、時たまに褐色肌、東洋系も混じっているのがよくわかる。

そして絶対的な人数は少ないが、エルフらしい、耳が凄く長い人を見かけたりしたが、エルフなのだろうか?

もう少しよく観察すればまだ他にも色んな種族が見つかるかもしれない。

悠仁には今まで見慣れていた日本での風景が見つからなくて、全てが新鮮に映っていた。

そして元の世界と大きく違っている点は身に着けているもので、元の世界にそのまま行ってしまうと「コスプレ」にしか見えなくなるほどの鎧姿に、武器や盾を身に着けて歩いている者がほとんどで、どうみても異世界だ、もしくは昔の中世ヨーロッパにタイムスリップしてきたのではないか?という錯覚をおぼえるまでにはなっている。

長柄の槍に農具を武器にしたようなものから、幅広のバトルアックスにハルバードといった見るからに圧倒されそうな武器を肩に担いでいる冒険者、城門の方で見かけた門番とはまるで趣向が違う、同じ鎧などを揃えた騎士団など様々な人が武器を携帯して行き交う。

悠仁は自分と同じような刀の形状をした冒険者を探してみたが、未だに発見できずにいた。

(この地方では刀は珍しいかもしれないな。武器屋とかあったら行ってみたいものだな)

この世界に慣れない悠仁は他の人を警戒しつつ歩いている。

城門から中央の大通りに向かっていると、急に悠仁の刀の柄を掴もうとする人がいたので、これを稽古で身についている通り刀の柄を両手で掴み、軸を用いて軸を動かさないように捻ってやった。当然背負っていた小鹿の入った袋は落下させている。

すると掴んできた人物は崩れるように落ちて膝をついたのでそのまま体を捌いてうつぶせになったのでこの腕を極めて動けなくした。

すると、警護団らしき団体がやってきたので説明を求められた。

悠仁は何も答えられず沈黙している。

それをフォローするかのようにメリアーナが対応した。

{その抑えられている男が彼の武器を盗もうとしたのでこれを抑えただけなんです}

{そうか。こんな所で武器を抜かなかったのは正解だな。抑えられている男の方は連れて行こう。それより抑えている男は何故答えない?}

{彼は口がきけないのです。多目に見てください。襲われなければ決して手を出しません}

{わかった。街中で武器を抜かなければ不問にしよう。彼の監視頼むよ}

メリアーナは安堵した顔で悠仁に向かって話した。

「ユウジ。この街中では刀を抜かないでね。抜いたら捕まっちゃうから」

「大丈夫だ。そこはわきまえている」

その二人のやりとりを見ていた警護団。

{彼はその点をわきまえているそうです。どうか安心してください}

これ聞いた警護団は抑えつけられて倒れていた男を起こして連行して人だかりが並ぶ向こうの方へ連行して行った。


「ユウジ。びっくりしたよ~。あそこで取り押さえちゃうなんて!」

「悪い悪い。自分でも目立ってしまって真っ青になったよ。ここでは刀は見えないようにしないとね」

そう言って、小鹿の入った袋を背負い直して目的の精肉屋を目指した。

メリアーナは街の事を知っているので迷わず精肉屋にたどり着く。そこでは様々な家畜の食肉用動物から、祖でと狩ってきた生き物の肉の解体をしたり、ハムにベーコンや燻製肉に加工する工房であったので、食欲が非常にそそられるスモークの効いた香りが飛んでくる。

{この小鹿を買い取って欲しいんです!}

{ほう!これは身が締まっているな。400ゴルでどうだい?}

{つい先ほどの獲れたてですよ!}

{むむ。では450ゴルでどうだい?}

{それでお願いします!}

{まいどあり!}

こうして450ゴルのお金になり、荷物もかさばって来る頃になったので、銀行に行く事にした。

東西南北四方の大通りが交わるその中央の一等地には銀行があった。

随分とわかりやすい場所にあるんだな。

大衆の目に晒す事によっても防犯にも役立つだろうし、その隣には詰所があったので強盗に対する対応も早くなる。きっちりと区画整理されているあたり、内政はしっかりしている様子だ。銀行も信用して利用できるだろう。

悠仁は異世界に来ての初めての連続で興奮を押し隠している。いい加減慣れろっていう声も聞こえてきそうだが、元の世界で40と何年も生きてきたのだ。異世界の街に来たという事を素直に楽しもうと考えるようになったのだ。

銀行は鉄格子のような仕切りで気軽に銀行員の側に行けないようになっていた。

まるで日本の刑務所の面会室の仕切りだった。

「早速両替しましょう!」

「うん」

メリアーナと悠仁は順番を待ち、自分の番になって受付に向かった。

そこで金貨以外の硬貨を差し出し、両替をお願いした。

その結果、6278ゴル38ミルになっていた。硬貨にすると62銀78銅38真鍮だった。これに3金貨を加えたものが全財産だった。

そういえば、メリアーナはそんなにお金を手持ちしていない様子だったんだけど何故だろう?

「そういえばメリアーナはお金の入った袋あまり無かった気がするけど?」

「それはねーこれから説明するよ!」

どうやら「インテリジェントカード」と呼ばれる物を使っているようで、悠仁の分の発行をここでしようと考えていたようだ。

機能的に言えば、キャッシュカード。銀貨以上の単位をこのカードに記録できるようだ。

しかもそのカードは本人以外に使えず、身分証明書にも使える代物だ。

悠仁は早速3金60銀を渡す。36000ゴルだ。

「相変わらず悠仁は計算早いね」

銀行員は悠仁の迅速な計算に驚いている様子だった。

義務教育を受けて育ってきた日本人には当たり前の事なのだが、この世界では暗算は一般的ではないようだ。

悠仁はこれが初めての登録なので、手数料として200ゴルを支払って発行してもらう手続きをした。

{このインテリジェントカードを紛失された場合は金額の方は記録されていますので、預けた額は元通りに出来ますが、手数料として倍の400ゴル頂く事になっております。了承ください}

発行の準備になり、自分の血を少々垂らして下さいと促されたのでサバイバルナイフを出して、自分の指を少々切って垂らした。そのままカードを持って奥の部屋に消え、暫くしてカードを手に、戻ってきた。

{お待たせしました。これでユウジ・モンマ様のインテリジェントカードの登録が完了しました}

{ありがとうございます}

どうやら、カードの金額は持ち主本人以外は店の魔具を用いないと見えない仕組みになっている。

悠仁は金額を確認してみた。確かにカードに36000と表示されている。

「メリアーナのカード見せてもらえない?」

「いいよ。どうぞ」

メリアーナのカードを見せてもらったが、ただの変哲の無いカードにしか見えなかった。当然数字も見えない。

よし……心眼使ってみるか。


[ステータス]

ギルドカード :メリアーナ 800ゴル

(あれ?今度は名前と金額が見えて来たぞ。なるほど。少しずつ見える情報が増えていくかもしれないな)


「こういう仕組みか!便利だね!」

悠仁は金額を知ってしまったが何食わぬ顔でカードをメリアーナに返した。

「次に、ユウジ。前に倒した盗賊のカード持ってるよね?それを出してみて」

「あのギルドカードを?」

悠仁はその三枚のカードを銀行員に出してみた。

すると、別室に案内されたのでそこに案内されたので、メリアーナと一緒に入室した。

どうやら防音室になっていた様子だった。

そこで銀行員の質問に答えていった。

{このカードの持ち主は盗賊、それも結構懸賞金が懸けられていました。首領格だったと思われます。その死体はどうされましたか?}

{わたくしの家から少々離れた林の中に埋葬しておきました}

{よろしい。懸賞金の方はカードに入金します}

{でしたら、ユウジの方にお願いします}

「ユウジ。カードを銀行員に渡して」

悠仁は言われるままにカードを渡す。死亡した盗賊の貯金は崩され、一部が懸賞金に組み込まれる形になって戻ってきた。

悠仁は戻ってきたカードを見つめる。

186300ゴル。

ここの世界での金銭感覚がわからないので特に感想は無いが……

「メリアーナ。これで装備とか欲しいな」

「うんうん。その前に行く所はあるんだよ。そこが終わってからにしようよ」

「そうしよう」

用を済ませた銀行を後にして向かった先は冒険者ギルドだった。

「ここは?」

「冒険者ギルドだよ」

「おお~これが噂の冒険者ギルド!憧れてたんだよな~」

オークの木の焦げ茶色の木目調にマス目でレリーフの効いた立派なドアを開けて入ってみると……

悠仁の元の世界でいう学校の教室を二つ繋げたような広さの空間に、丸い木のテーブルがいくつか置かれ、一見すると酒場のような配置だが酒の類は出ておらず、人がそこで荷物を検証したり、地図を広げて話し合ったり、といった形でくつろいでいるように見えた。


中には他の冒険者を品定めするように足の先から頭のてっぺんまでまじまじと見つめたり、色気のありそうな女性冒険者を見つけてはそれを出汁に下品な言葉を発している者もいる。

冒険者と言っても全てが善良で崇高な目的の為になっている訳でもない。

各個がそれぞれ事情を抱えて冒険者になっているのは確かだ。

一触即発になりそうなグループもあるが、ここ冒険者ギルドでは殺意を持って抜こうとする者はいないようだ。

そんな揉め事を起こせばこの冒険者ギルドから近い、先ほどの警備員が駆けつけてくるに違いない。


悠仁はやや緊張して足を踏み入れた。

初めて居合道場の門をぐぐった時の緊張感が蘇ってきた。悠仁は鼻と口を布で覆い、体も地味なマントで隠していたのであまり相手にされずに済んだようだ。

後から入ったメリアーナの方が周囲の目を引いたようだ。

メリアーナは美形なのでこのような場所に顔を出してしまっては目を惹いてしまう。


{おい!あの男は何者だ?}

{あの女確か街のはずれのアーチャーの娘で農家だったよな?}

急に周囲の冒険者がざわつく。


メリアーナはそんな周囲の反応を気に留めず、真っ直ぐ受付に向かった。

{冒険者の登録申請をしたいのですけど、こちらで良かったですか?}

{えっ?あなた様のですか?}

{あ、後ろにいる彼の登録をと思ったんです}


職員はメリアーナの後ろにいた悠仁の方を見つめた。


{あっ!いらっしゃい!}

「……」

{あ、彼は耳が聞こえないのでお話は出来ないのです}

{あっ!すみません!}


悠仁は慌てた職員の反応を見て、ちょっと可愛く思ってしまったのか、口元を緩めて片手を小さく横に振ってなだめるように安心させた。


{き・・恐縮です! ええと彼のお名前は……?}


メリアーナは悠仁に付き添って、悠仁の耳になり、三者面談形式でやり取りする事になった。


{私は外れに住むメリアーナ。そして彼はユウジ・モンマ、旅人でした。先ほど銀行でインテリジェントカードを発行してきたので、こちらで冒険者登録をしようと思っていたんです}

{そうでしたか!メリアーナ様。早速ですけど、ユウジ様のインテリジェントカードをチェックして頂いても宜しいでしょうか?}

{ええ。お願いするわ」


メリアーナは悠仁にインテリジェントカードを提出するように伝え、悠仁はこれを職員に提出した。


「しばらくお待ちくださいませ」


悠仁はメリアーナに小言で伝えた。

「冒険者カードってどういう感じで出来るのだろうか?」

「大丈夫。公開する部分は任意だから、後の設定で何とか出来るよー」

「そうか。よかった……」


五分ほどして職員が書類を揃えて戻ってきた。


「お待たせしました!」

{ただ今より冒険者カードの発行についての説明をさせていただきます}

{私もユウジに伝えるので説明の方、お願いします}


[ステータス]

名前:ユウジ・モンマ 種族:ヒューマン 職業:戦士9サムライ12

冒険者ランクF


[ステータス]

名前:メリアーナ 種族:ヒューマン 職業:狩人3農民2

冒険者ランクF

現在のカード表示はこのようだった。

心眼スキルで見たステータスの簡易版だろうか。今回新たに、冒険者ランクFのいう項目が加わり、このランクを基準に様々な特典から対象依頼などの斡旋の受注が出来るようになる仕組みだ。このランクFが冒険者になりたてのランクで、最低基準の依頼しか受けられないが、これで手に職をつけて食べて行けるようになるだろう。

何よりも、インテリジェントカードを媒体にして、残高がわかるようにできる、冒険者としてのランクが見れるようになったのだ。感じとしては、ウィンドウが切り替わる電子カードみたいなものを連想しても良いだろう。


{ユウジ様は姓持ちなのですが、どこか貴族の者?それにしても珍しい名前ですね!他にも、「サムライ」っていう職をお持ちのようですが、何でしょうか?}

{ええっ?職員でも存じない職なのですか?私にもそれはよくわからなくて}

{では、他の職員たちに少し訪ねてきましょうか?}

{お願いします!}


そしてまた職員は席を外したので、メリアーナは悠仁に話しかけた。

「サムライについての説明をお願いしたら皆さん存じないみたいよ。ユウジはわかるの?」

「それはもちろん。わかりやすく説明すると、この刀を扱った剣術と精神かな」

「あー!そっかぁ。ユウジの戦い方、他の人たちと結構違うもんね。あと考え方もかな?」

「そんなところだね。でも、この職は伏せたほうがいいのかな?」

「どうかな。そのままでも大丈夫だと思うけど?」

「じゃ、そのままにしておくよ」


すると職員がまた別の職員を連れてやってきた。

そして、サムライについての話になったが、存じの者がいなかったので、悠仁はメリアーナに説明したように簡潔に説明しておいた。

この地方とは違うスタイルの戦士という事にしてもらった。悠仁としては、師である先生に遠く及ばないのを痛感しているので大っぴらにサムライを宣伝していくつもりはなかった。

職員が得物を見せて欲しい、とお願いしてきたので、刀をテーブルに置いた。


{ずいぶん細く、カーブのある剣のような武器ですね。シミターに似ているものでしょうか?}

メリアーナはシミターという言葉を聞いて、悠仁に尋ねてきた。

「ユウジ。これってシミターとは違うの?」

「シミター?ああ、蛮刀の事ですか。全然別物ですよ。この刃を抜いても構わないですか?」


職員二人の了承が取れたので、悠仁は静かに刀を鞘から引き抜いた。そして柄を握ったままゆっくり寝かせた。


{これは……}

{吸い込まれるような、鋭い刃の冷たさ。見ていて背筋が凍るようですね。}

{これは斬る事に特化した武器なのですね}


職員たちはため息をついた。それを見計らったように、悠仁は刃を静かに鞘に納めた。


{武器を見ただけでこれほど緊張したのは初めてかもしれません。それは業物なのですか?}

「ユウジ。これは特別な武器なのですか?だって」

「あ、これは無銘だからそれほど特別な刀でもないよ」

「そうなんだ……これでも特別ではない……」

{これは別に特別な業物という訳でもないそうですよ。}

{これで普通と申すのですか!これの業物はどれほどすごいのでしょうか……}


職員たちはこの初めて見る刀を目の当たりにしてあれこれ分析したりしようとしていた。

これでひとまず「サムライ」という職が存在することを認知してもらえたので良しとして、引き続きカードの説明を受けた。

インテリジェントカードを媒体に、ウィンドウが切り替わるのは理解できた。

このカードは残高は他人には見えないが、冒険者ステータス、名前などは表示されていて、身分証明書的な扱いで使用できる物だというのがわかった。これさえあれば、門番への身分証明の提示で困らずに済むだろう。

他にも冒険者特典として、宿屋の斡旋や割引もあり、ランクに応じた依頼を受けたりと、様々なサービスが用意されている事がわかった。

また、紛失についてはインテリジェントカードが媒体なのでそこに準する。

次に、一つ上のランクアップについての条件についても教えて頂いた。

どうやら一定期間の間にFランクの依頼を10件こなさないといけないのが主な条件だった。その上で試験に合格してから晴れて昇段出来る。

とりあえず悠仁はメリアーナとPTを組む形でFランクの依頼をいくつか受けた。

メリアーナは冒険者のランクは持っているものの、生活の為だったのでそれほど高いランクではなく、悠仁と同じFランクであった。


{それでは、依頼を10個達成出来ましたら、昇級の為の試験を言い渡しますのでまた来てくださいね!それでは、しっかりと準備をされて臨んでください}

{はい!わかりました}


メリアーナと悠仁は冒険者ギルドをあとにし、武器防具屋を訪ねることにした。

冒険者ギルドの向かいに西洋の剣を看板として掲げられている建物が見える。

どうやら木製で宣伝用として大きめに作られているようだ。まさに「武器屋です!」って宣伝しているようなものである。

悠仁はこの看板を見て心躍った。極力顔には出さないようにしているが、口元がつい緩んでしまいそうなので一層引き締める事に留意した。

ふと店に入ると・・・ところ狭しとぎっしり壁や床に立てかけられている武器の数々!

元の世界の某ア●バの武器屋にあった物をより重厚に。そこには無かった重そうな武器が数多く並んでいた。

戦闘用に作られた刃渡りの部分が大きなバトルアックスに、柄や平地に値する位置に彫金で加工された模様であしらった西洋風の両刃の様々な剣。そして冒険者ギルドで名前が出てきた、先端が幅広のシミターなど。男の子ならこれらを見て血が躍る光景。


「うわっ!すごいな!こんなに武器があるのは想像していなかったよ」

「ふふふ!目当ての武器とか決めてるのかな?」

「そうだな~。個人的にはやや長柄の武器を使ってみたいんだ。どんなのがあるのかな?」

「じゃ、ちょっとお勧め聞いてみようか?」


メリアーナは武器屋の店員に話しかけた。

{ワシは鍛冶屋のマスター・ロルグ。何か武器をお探しかね?}

{メリアーナです。今日は彼が武器をお求めのようだけど、相談したいと思って……}

{ふむ。彼は主にどのような武器を使うのかね?}


鍛冶屋マスター・ロルグは悠仁に近づき、尋ねようとした。


{あっ!彼は耳が聞こえないので話のやり取りが難しいんです}

{そうなのか。それで戦えるものなのか?}

{先ほど冒険者ギルドで登録してきたばかりなんです}

{そうかそうか。冒険者カード見せて頂いてもいいかな?}


悠仁は冒険者カードを掲示した。


{ふむふむ。戦闘職のレベルが戦士9にサムライ12?

冒険者ランクFの割には結構レベルが高いな。それにしてもサムライというのは何だ?}

{鍛冶屋マスターでも存じないんですか!}

{ふーむ。どこか遠い国での恐るべき剣術というのは聞いた事があるが・・可能なら、素振りしてくれんか?}

「ユウジ。マスターが素振りして欲しいんだって」

「いいよ。型をいくつか披露するよ。」

{マスター。どこで振ったらよろしいですか?}

{そうだな。付いて来てくれ}


三人は数々の武器売り場から、裏にある鍛冶用の炉のある、そこそこ拓けた空間に移動した。

そこでマントを脱いで荷物を置いた悠仁は中央に立ち、最初にお日様のある方向に向かって刀礼した。そして左手親指を鍔にかけて構える。


右手を柄にかけ、居合抜きを放ち、そのまま右手は受け流しの体制に入ってそこから真向切り。そして血振りして切っ先を見せない瞬時の横納刀。

それからも柄当てから瞬時に後方を突き、流れるように前方へ真向斬り。そして納刀。

次々と肩慣らしではあるけど精神集中して丁寧に振り終え、刀礼をした。

悠仁はただ刀に神経を向けて集中している。


{……}

{……}


マスターは息をのんで、答えた。


{これがサムライの刀に剣術か・・・恐ろしいほど洗練されているな。何よりも力を感じさせなかったが?}

メリアーナが悠仁に通訳する。

「刀の剣術は基本的に、スピードと力に頼らない事に重きを置いているのです」

悠仁は稽古用の木刀をお願いした。

「この頭に向かって重い真向切りをお願いします」

「えっ?ユウジ?大丈夫なの?」

「うん。説明するよりやってもらう方が早いと思うんだ」

「怪我しないでね……」


マスターが木刀を振り上げ、上段に構える。これに対して悠仁は刀を両手に持って下方に向けている。

{いくぞ!}

マスターは思い切り悠仁の持っている剣を折る勢いで振りかぶった。

これに対して、悠仁はただ真っ直ぐに両手を上に上げて、剣の先でマスターの剣を受ける。

すると、渾身で放たれたマスターの剣は悠仁の剣の先からやや中央の位置に来た所で止まった。その刹那、悠仁は威力を完全に殺し、相手の刀のベクトルを吸収してなお自分のベクトルは止めずに相手の首元へもっていって寸止めする。

この態勢で相手が強引に横に振ろうとしても振れないよう、軸をずらして刀と自分の立ち位置で相手の次の攻撃に備える。


これが実戦だったらマスターの首は引き裂かれている所だった。

マスターは冷や汗をかき、静かに後退した。


{……さっきのは何だったんだ? 渾身の振りが力なく受け止められたかと思えば既に剣が首元にあったし。最後に強引に振ろうとしたけど動けなかったんだ。}

「イアイジュウジュツというものでございます」

{そうか・・・まだまだ知らない剣術があるんだな。それにしてもとても戦士レベル9とは思えないが?}

「最近戦闘を始めたばかりなので、経験が浅いのです」

{そうか。それであの技量とは恐ろしいな。ここへはどういうのを求めているんだ?}

「刀の手入れの道具と、ちょっと長柄の武器をと思ったんです」

{長柄?そういう武器も扱えるのか?}

「こちらの流派ではありますけど、槍と杖を稽古していました」

{では、どういうのをお求めなんだ?}

「十文字槍を探しているんです」

{十文字?十字ではないのか?}

悠仁は書く物を求めたのでマスターが下書き用の羊皮紙を持ってきた。

悠仁はその図面を丁寧に描いた。それは日本の戦国武将が愛用していた十文字槍。これのなかごも含めた図を描いて、マスターに見せた。

{随分と図面を描くのが上手いな}

十文字槍、と聞くと多くの方は真田幸村を連想するかもしれない。それはそれで合っている。何故ここで西洋の剣や刀でなく槍を選ぶのか?

悠仁はここまでの経験で、リーチが欲しいと感じていた。「臆病者」と言われるかもしれないが、痺れ毒を喰らって動けなくなった事もあった。また、相手は同じ人間であるとは限らない。様々な魔物が登場する。その時に柔術の通用しない魔物が出てきたらどうするのか?色々考えた末で、現在は稽古でも使用していた長柄の武器が欲しいと感じたのだ。


マスターは思案した。ここにあるのは悠仁の描いたようなデザインの槍は存在しなかった。

また、悠仁は杖道もやっていたので、槍を二分割して使えるよう、接続する形での発注となった。無論、十文字槍の刃の方もお任せの鍛冶で造って頂くことにする。

{予算の方は大丈夫なのかい?結構値は張るぞ}

{大体どのくらい必要なのですか?}

{その刀と同じ鋼で造るとしたら、柄の部分も補強してざっと見積もって10万ゴルだ}

(10金である)

{10金……!?}

「大丈夫だ。それでお願いしよう」

「ちょっとユウジ!本気?」

「命がかかっているんだ。そこに妥協は出来ない」

メリアーナは悠仁が冗談で言う事はないのを理解していたのでこれ以上は悠仁に追及せずにマスターを信じてお願いすることにした。

{はっはっはっ。気前のいい青年だ。よし。丹精込めて造ろう。七日後に仕上がると思うからその時にまた来てくれ。}

{ありがとうございます!}

これで悠仁の武器発注がまとまったので、暫くこの街を中心に活動する事にした。

他にも、メリアーナの弓や矢、メリアーナの為の小剣も一緒に購入した。

それから、多少身を守る防具が欲しい話になったのでマスターに案内されて建物で繋がっていた防具屋に案内された。

{あっ!マスターお疲れ様でした}

防具屋のカウンターにいた店員がやってきた。

{お得意様だ。この二人の為の防具を見繕ってやってくれ}

{かしこまりました}

先ず、悠仁の防具を思案した。

あまり重いのを身に着けると動きが鈍るので個別に装着する形をとった。

やや軽めの防刃になる細かい目の金属で編んだインナー。この上に腹と胸を守るブレストプレートに、腰当てと肩当て、そして脛当てと籠手を選んだ。

籠手と脛当ては革製を選び、その上に三角の棒を数本縫い込む形で補強した。

これで腕でも剣を多少受け止めることは可能になった。

それから、お願いして手裏剣を収納できるように、ポケット作成をお願いした。

これら防具を仮装備してサイズ合わせなどをした。

最後に、鉢金と頭巾を発注した。頭をむき出しにしたままにするわけにはいかない。

むき出しにするという事は「頭をどうぞ狙ってください!」と言うようなものである。

次に、メリアーナの防具を揃えることにした。

メリアーナにバストのふくらみ加工がされている女性らしい形状のブレストプレートを用意し、皮手袋から籠手、脛当てと基本的な防具を用意しておいた。それから、ふわりと柔らかく長いシルクのような髪の毛を隠すためのフードとマントも置いてあったのでこれをすぐに購入し、絡まれる確率を少しでも減らす装備にしてみた。

今回の冒険者ギルドでは強引に絡まれることが無かったので幸いだが、無視して介入して来るならず者に絡まれる可能性を少しでも減らす努力をすることにした。


次に、発注した武器防具が出来るまでの間、この街にお世話になるという事で宿泊地を探さなくてはいけなかった。

二人分の武器防具だけで全財産のうちの四分の三ほどを使い、この世界での金銭感覚がまだ身に付かないものの危機感をおぼえているので、手頃な価格の宿泊地を探す事にした。

といっても、ここだけの話だが、悠仁が現在所有しているお金は冒険者Fランクがとても稼げる額ではない。冒険者Cランクにくらいにはならないとお目にかかれないのである。

メリアーナに付いていく形でこのテノアの街を歩く。

現実世界でいえばイタリアのジェノバのようなイメージで良いのだろうか?もっともイタリアに行った事はないので勝手な想像ではあるが・・・

「ユウジ。結構買い物したねー」

「ああ。また稼がないといけないね。宿屋楽しみだな。ちょうどお腹すいてきたし」

「じゃあ、美味しい料理作る宿屋知ってるよー。部屋はそんなに綺麗じゃないかもしれないけどいいかなっ?」

「今はとにかく食べたいかな」

「食べてからまた探せばいいもんね。行こ行こ!」


暫くすると、スパイスを効かせた美味しそうな香りが漂う建物にたどり着いた。

腸の詰め物を焼いたような香ばしさの記憶が蘇る。もしかしてウィンナーかな?

「この美味しそうな匂いのする店で合ってるかな?」

「そうそう。ここだよ!腸の詰め物の名産地になっていてうまく調理されているからオススメだよ!」

最初にこのテノアの街に入ってすぐ目前の大通りを少し進んだ右手に並ぶ宿屋街の裏の方にあった、民宿といってもいい大きさの宿屋であった。

看板を見ると「麦穂の豚足亭」とあった。

「と……豚足……?」

「そう。このテノアの街に来る途中にどこまでも広がる広い麦畑があったでしょー?

「そうだったな!あれだけ広い麦畑初めて見たよ」

「その麦畑で起きた豚さんの物語があるんです!」

「それは面白そうだな!」

「また聞かせてあげるね!それより中に入りましょう!」

二人は腸の詰め物の凝縮されたうま味がパリッと言う音を立ててはじけ飛んだ所から漏れる、喰いつきたくなるような匂いに釣られるようにして扉を開けて中に入った。


{いらっしゃいませ!}

{あっ!久しぶり来ました。お部屋は空いていますか?}

{可愛いメリアちゃんいらっしゃい!部屋はまだ余裕がありますよ!今日はお連れの方と一緒ですか?}

{そうなんです。十日ほど泊めて頂ける場所を探していたんです}

{これはメリアちゃんのコレかい?}

宿屋のおかみさんが親指を立ててメリアーナに近づく。

{え……ええとっ……は……はいぃッ}

メリアーナは赤面しながら顔を伏せてもじもじする。

{ほらっ!そこのアンタも挨拶しなさんよ!}

{あ、ごめんなさい。彼は耳が聞こえないんです}

{えっ?メリア、話は出来るの?}

{ええ。二人なら話は出来るんです。}

{メリアちゃんや。頑張ったねぇ。ささ、部屋に案内するよ。10日間で良かったかい?}

おかみさんは部屋の鍵を取り出して、二人に三階にある部屋を案内した。

階段を上がった先は所々に窓から光が差して明るくなっており、五つほどの部屋があった。

部屋の中は木と漆喰、レンガで組み合わせられた壁と床で、8畳くらいの広さに毛布を掛けられたセミダブルくらいのベッドがあった。

傍らには二人用のテーブルと椅子が二つ、この組み合わせがこの世界での一般的な部屋の家具なのだろう。


{この部屋なら一名でも二名でも10日間で1500ゴルの所を1000ゴルでどうだい?}

(一日あたり一部屋で150ゴル相当だ)

「メリアーナ。その額なら大丈夫」

「じゃあ、お願いするね」

{おかみさん。10日ほど泊まらせて頂きます。よろしくお願いします}

部屋チェックも終え、一回のカウンターに戻って、インテリジェントカードで支払いを済ませておいた。

{お腹すかせていたようだけど、これから食べて行くかい?}


きゅーぐるるるるる


メリアーナと悠仁はほぼ同時に腹の虫を鳴かせてしまったので、おかみさんは大笑いして厨房に入って行った。

{生きのいい答えだねぇ。彼氏が出来たお祝いにサービスしとくよ。お任せ料理だけどさ}

メリアーナは耳たぶまで真っ赤かでどきまきしていた。悠仁を時々ちらちらっと見ながら……

悠仁は中身はいい大人だが、メリアーナの可愛い仕草を目の当たりにして年甲斐もなくドキドキしており、もらい照れしていた。

いくつになっても照れるものは照れてしまう。そして、メリアーナの可愛いさを何とも思えないほど無神経で居られるはずもない。

悠仁も顔を赤らめ、メリアーナを見ては明後日の方を見つめ、またメリアーナの方を向いている。

{青春だねぇ。この子たちお似合いだよ!いい男見つけられてよかったねぇ}

{おかみさんッ!}

宿屋のおかみさんは手を休めずてきぱきと美味そうな匂いの元となった腸の詰め物を引っ張り出してはじゃがいもなどと一緒に煮込んでいた。

どうやらポトフが出来るようだ。

腸の詰め物の凝縮された旨味がスープに溶け込んで鼻腔をくすぐっている。

二人の前にたくさんの腸の詰め物が様々な具と一緒に煮込まれたポトフの入った器が出され、一緒にパンの中切れとチーズが出てきた。

「いただきます!」

悠仁が手を合わせて挨拶したので、思い出したかのようにメリアーナも一緒に手を合わせて「いただきまーす!」

ポトフの味づけは様々な野菜のうま味、甘味がにじみ出ており、香料としてのスパイスで味づけされていて少々ピリッとしていたものの、とても美味しく頂けた。

美味しそうに食べる二人を見て、おかみさんはワインをの入った小さめの木樽を持参してきた。

{年季物ではないけど、ワインもいけるクチかい?}

「ユウジ。ワイン飲める?」

「ああ。大丈夫。飲もうか」

{いただくわ}

{あいよ!私からのおごりさ!たんと飲むんだよ!}

悠仁とメリアーナは乾杯してワインを少しずつ味わって「麦穂の豚足亭」からの心地よい歓迎を受けた。

こうして二人はこの「麦穂の豚足亭」を拠点に活動を拡げていくのだった。



初めまして、雪燕≪せつえん≫です。この度は処女作となる「サイレント・サムライ」を読んでいただきありがとう存じます。拙い表現に、誤字脱字が見られる所が出てくるかもしれませんが、最後まで書きあげたいと考えています。この作品は「日本刀」「居合術」を異世界ファンタジーにして書きたいなぁという妄想から書き始めました。主人公、門間悠仁≪もんまゆうじ≫は健常者と違って聴覚に障害があり、障害に負けず生き抜くお話をややリアリティ性を持たせつつ描写するように心がけています。メリアーナという悠仁の耳になってくれているパートナーを得て、読者たちにどんな世界を見せてくれるのでしょうか?

サムライファンタジーとして引き続きお話をお楽しみください! 

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